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悪役令嬢の弟、断罪される

作者: 加上

「ルキウス・エリース!貴様との婚約を破棄させてもらう!」


 大広間に堂々たる声が響き渡る。なんだか見た事のあるような光景だ。

 シャンデリアはきらめき、華やかなドレスがあちこちに咲いている中ではあまりに似合わない空気がその場を支配していた。様々な視線が突き刺さってくる。非難や興味、一番多いのは困惑かな?

 そして俺は呟いた。


「いや、お前と婚約した覚えはないんだが」

「当たり前だッ!」


 あ、はい。

 まあ分かってはいるよ。この男――アルフレッドが俺と誰の婚約を破棄したいか。だって俺の婚約相手はこの国の第二王女殿下、エゼルフリダ・アスタルジア様ただ一人なのだから。

 そのエゼルフリダ様はアルフレッドの後ろに縮こまるようにしてこちらを見ていた。婚約者でもない男にぴったりくっついていて、はっきり言って嫁入り前の令嬢、しかも王女殿下としてはあるまじき行為である。このことについては再三こちらから言ったんだが……こうなったので効果はなかったらしい。


 そしてエゼルフリダ様とアルフレッドを守るように立っているのはグンヒルド嬢。騎士の名家として名高いサジタリアス家の分家のお嬢様だ。めちゃくちゃこっちを睨んできてるし、剣の柄に手をかけている。いやそんなもんパーティー会場に持ってくるなって。ボディチェックはどうなってるんだ。

 アルフレッドと並ぶようにして腕を組んでいるのはアデリザ嬢。こっちは魔術の名家のお嬢様だ。アデリザ嬢の実家とはうちの姉が発明してる魔道具のせいでもともと関係が悪いんだが、完全に敵視されてるなこりゃ。

 で、アルフレッドの後ろで心配そうに見守っているご令嬢が二人。背が高い方が今代の聖女様として名高いマティルダ嬢で、小さいのは学年主席のエレノア嬢。

 このように、才女と名高いお嬢様方がアルフレッドという男を取り合っているというのは耳にしていた。なんでも、平民からここまでのし上がってきたのが素敵だとか、魔術の天才だとか、剣も半端なく強くてその上女性に分け隔てなく優しい紳士だとか。最後の一つだけはいただけないな、紳士が五人も女性を侍らすわけないじゃんね。


 ああしかし、困ったものだ。

 こういうときのために――姉上に「断罪イベント」の上手い回避方法をよく聞いておけばよかった。いやマジで。


 とまあ、後悔してもどうしようもない。俺はうーんと唸ってからとりあえず訊いてみることにした。


「理由をお聞きしても?エゼルフリダ第二王女殿下」

「フン、その身に覚えがないとは性根が腐ってるにもほどがあるな」

「私は第二王女殿下にお尋ねしている。黙っていろ」

「エゼルはお前などと言葉を交わしたくないんだ、それくらい察しろ!」


 えー。面倒だなあ。そして会場中からの「お前何やらかしたんだ」という視線とざわめき。心当りがないんだなこれが。


「聞けばエゼルは婚約者のお前から常々厳しく当たられていたそうじゃないか。婚約者としてわきまえろだの、王女として振る舞いがなっていないだの。そもそもお前のような陰険な男との婚約を喜ぶはずがない。お前との婚約はお前の姉がやらかしたツケだったんだからな。なぜエゼルがそのために我慢しなくてはならないんだ」


 俺と王女の婚約の件については有名な話だ。なのでこの時点でアレ?という顔をし始めた人も多かった。俺もそのうちの一人だけど。


「だが!お前は身の程知らずにもエゼルに近づく男を消し去ろうと画策していた!卑怯にも貧民街のゴロツキを使って、だ!まあそんなもの俺にかかれば大したことなかったがな。だが心優しいエゼルはそのことに心を痛めている」


 アルフレッドは芝居がかった仕草で俺をビシッ!と指さした。


「お前のような男はエゼルの婚約者にふさわしくない!よってここでエゼルに謝罪し、婚約を破棄すると誓え!」

「ふむ……」


 俺は腕を組んで第二王女殿下を見つめた。びくっと肩を震わせた彼女の顔色は悪い。さて、これは真に王女が望んでいることだろうか――答えはイエスだ。


 エゼルフリダ様はおっとりした方で思い込みが激しいところがある。第一王子の件とアルフレッドの狂言が重なれば婚約破棄したいと言い出すだろう。

 しかも夢見がちなお姫様はアルフレッドこそ自分の運命の相手だと信じている節がある。これについては俺もお手上げだ。そもそも第一印象からよくなかったわけだし、あと俺が王家に義理立てる必要はないし。


 そう、この婚約は王家からうちの公爵家への義理立てだったのだ。と、この話は後にして、とりあえず返事をしてやろう。


「この婚約破棄は王家が認めていることでしょうか?第二王女殿下」

「お前は!エゼルには王女としての身分しか価値がないと思ってるのかッ!彼女は王女である前に一人の女性だ!」

「つまり了承していない、と。では責任はご自身が負うという事でよろしいか?私もこのようにあらぬ罪を着せられ侮辱されては黙っておられませんので、その点ご理解を」

「まっ、まって、ルキウス!」

「エゼル、この男の言うことは放っておけ。すぐに牢屋にぶち込まれるだろうさ」

「いいえ、私は無実ですので。このことは……そうですね、姉を通して陛下の耳にお入れしましょう」


 にこりと笑ってみせると王女は真っ青になった。姉上のことがよほどトラウマらしい。恨むなら愚かな第一王子と平民男を恨んでくれ。


「まあ、この身の程を弁えない平民と結ばれたいのなら王女という肩書はむしろ邪魔ですからね。ちょうどいいのではないですか?とてもお似合いだと思いますよ」

「貴様!アルフレッドを愚弄するか!」


 今まで歯ぎしりが聞こえそうな形相でこっちを睨んできていたグンヒルド嬢がついに剣を抜いた。え、うそ、そのまま切りかかってくる!?どんだけ短気なんだよ!

 見守っていたご令嬢たちの間から悲鳴が聞こえてくる。こっちが悲鳴上げたいわ!丸腰だぞ俺!

 グンヒルドはさすが騎士を志すだけあって目にもとまらぬ速さでレイピアを突き出してくる。が、その切っ先が俺に届くことはなかった。


「なっ、なんだそれは……!」


 グンヒルドのレイピアを防いだのは結界だ。

 結界は本来聖属性の魔法で、その属性を持たない俺に使えるはずがない。聖属性は珍しいので貴族でも申告する義務があるのだ。

 周りがそれに驚いている間に俺はとっとと退散することにした。


「やれやれ、ここにいたら名誉を回復する前に殺されてしまうな。騎士姫の剣が私の体と頭を別たないうちに帰らせていただくとしよう。では、次は法廷で」


 まあ、法廷なんかに持ち込む前にぶっ潰すけど。

 ちなみにグンヒルドが狙ったのは俺の腕あたり、つまり致命傷を避けた形だったがこの場での意趣返しはこんなもんだろう。宣言通りにさっさと会場を抜け出して外につけてある公爵家の馬車まで足早に歩いていく。


「おい、ルキウス!」


 後ろから声がかかっても歩く速度は緩めなかった。だが返事はしてやる。


「スヴェンか」

「えらいことになったなお前。いやあ、なかなか楽しい見世物だったぜ」

「そりゃどうも」


 追いかけてきたのは友人のスヴェンだった。ていうか何で馬車まで着いてくるんだこいつ。


「お前、うちまで来るつもりか?」

「エレイン様を通して陛下にお伝えするんだろう。こっちのほうが楽しそうだからな、いいだろ?俺とお前の仲なんだし」

「あそこ残っててもアホと王女の茶番しか見られないだろうからな。しかしお前、本当に姉上が好きだな……。義兄さんとの仲を裂くのは難しいぞ?」

「横恋慕なんかするかっつーの!まあ結婚させてくれるならするけど?」

「させるか。ヘンリー、出してくれ」


 御者に声をかけると馬車が動き出す。スヴェンならいても邪魔じゃないだろうし、姉上にこき使われても喜んで働くだろう。

 しかしとんだ卒業パーティーだったな。俺は息を吐いて馬車の背もたれに体を沈みこませた。



 さて、一連の騒動のきっかけを説明するにはまずうちの姉上の話をする必要がある。


 姉上ことエレイン・エリースはエリース公爵家の長女として生まれた俺の異母姉だ。姉上と初めてお会いしたのは俺が四歳のとき、母が後妻の座におさまったときだった。

 後妻になる前に俺が生まれてるということはつまり、父は母を以前から愛人にしていたということだ。姉上のお母上であるヴィヴィアン様がご存命の頃からだ。この国では王以外は一夫一妻制であるから愛人を作るのはまだしも子供までこさえるのは褒められたことではない。

 ヴィヴィアン様は陛下の従姉妹で高貴な血筋であったし、なにより魔術と領地経営に優れた才女だった。そんなヴィヴィアン様をないがしろにして浮気をし、ヴィヴィアン様が病に伏せられても愛人と遊びまわっていた父ははっきり言ってクソ野郎である。


 そんな父の愛人をやっていた母もぶっちゃけ性根が曲がってるような人で、俺に公爵家を継がせるために姉上を冷遇した。ああ、補足しておくとこの国では女性でも当主になれるのでこの頃からヴィヴィアン様譲りの聡明さをいかんなく発揮していた姉上は次期当主と目されていたのだ。

 だが俺は母の目論見とは全く正反対に、姉上に興味があった。なんで母は姉上に意地悪を言うんだろうと不思議に思ったので、姉上に直接聞きに行ったくらいだ。


 そして姉上は尋ねた俺ににっこり笑って言った。


「ハイネ様は私のことが邪魔で仕方ないのよ」

「どうして?」

「だって私がいたらあなたが爵位を継げないでしょ?」

「ぼくはあねうえのこと、じゃまじゃないよ」


 だって姉上は可愛らしい顔立ちをしていたし、俺に優しかった。使用人に偉ぶって姉上にヒステリーを起こして怒鳴る母とは真逆だったのだ。それに母は俺に姉上の悪口を吹き込んでいたので、嘘をついていると分かって母への信頼はマイナスまで突入していた。

 姉上はそう言う俺に微笑んでくれた。


「ルキウスは素直でいい子ね。あの女はしばらくしたら追い出すつもりだったけどルキウスは私と一緒においで?」

「うん!」


 この時点で母より姉上のことがずっと好きだった俺は一も二もなく頷いた。思えば人生最大の英断だったと思う。


 姉上はこの後本当に母を別邸に追い出して父も王都からほとんど帰ってこなくなった。つまり姉上が実質的に領地を治めるようになり、ヴィヴィアン様が重用してきた部下たちを使う立場になったのである。この時の姉上はわずか十二歳だったので驚きだ。

 そして姉上は同時に俺に一番の秘密を教えてくれた。


「私、前世の記憶があるのよね」


 いわく、姉上は「この物語」を知っているらしい。何度か話を聞いてようやく理解したのだが、姉上が前の人生を歩んでいた世界では娯楽として物語が多く生み出されていて、そのうちの一つが「この世界」を舞台にしたものだったそうだ。

 内容は平民として暮らしていた娘が実は男爵の妾の娘で、王国の学園(アカデミー)に通い王国の王子と結ばれるというもの。ハッキリ言って空想上でしかありえない物語だ。しかもその男爵令嬢は王子だけではなく高位の貴族の子息たちも虜にしていくらしい。どんな絶世の美女かと呆れたら顔立ちはかわいらしくも平凡とかいう設定らしくてアホらしくなってしまった。


 だが姉上はこの物語が未来に展開されるものだと信じていた。そしてその「攻略対象」の王子こそが、父が母を黙らせるため――つまり俺を次期当主とするために姉上と婚約を結ばせたアーサー第一王子殿下だというのだ。


「え、じゃあその令嬢は姉上を差し置いて殿下と結ばれるということですか?」

「そうよ。私――エレイン・エリースは王子に言い寄るヒロインが気に入らなくて彼女の前に立ちはだかるライバルキャラ、悪役令嬢だったの」

「いや婚約者に女性が言い寄ったら普通の反応でしょう……」


 というか婚約者がいるのにそこらの男爵令嬢にコロっといく王子、かなり統治者に向いてないんじゃないか。そして王子のご学友たちもそうなるというのだから思わずこの国の未来を憂いてしまったくらいだ。物語に粗がありすぎて現実になるだなんて、いくら姉上の言葉でもその時点では信じられなかった。


「最終的にエレインは学園の卒業パーティーの場でヒロインにしたさまざまな嫌がらせを暴露され婚約も破棄されるの。これが断罪イベントというやつね」

「でも姉上は嫌がらせとかしませんよね?」

「そうね。というかあのボンクラ王子とはさっさと婚約破棄したい。こっちから願い下げ。私は王妃より領主になりたいんだもの」


 このとき姉上は第一王子と既に顔合わせ済みだった。王子は姉上いわく「俺様」系で、ちょっとしたことで姉上が正論を言ったらすぐに機嫌を悪くしたらしい。女のくせに生意気だな、とまで言ったというのだから俺も婚約には反対だった。姉上に失礼なことを言う輩など王族であっても許すべきではないし、あの王子は絶対姉上を幸せにできない。


 そして姉上は領地の経営に関してまだ少女とは考えられないほどの手腕を見せていたので、俺としても姉上が公爵家を継いだ方がいいと思っていた。その「前世」で得た知識から、姉上は「内政チート」と笑っていたがうちの領地はみるみるうちに豊かになっていったのだ。ヴィヴィアン様が生きておられた頃から下地が作られていたのだろうが、それにしても年端もいかない子供が並大抵の努力と才能でできることではない。

 一番驚きだったのは姉上が魔道具を積極的に開発し普及させていったことだ。魔道具は魔石から得られる魔力で動かす道具のことだが、開発されたのはつい最近であまり普及していなかった。

 それまで魔石というのは魔術師が魔力を補うために使われるものだったのだが、姉上は魔石を有効に利用する魔道具を次々と作り出していった。うちの領地には魔石が採れる鉱山があったのも幸いして一大事業となっていったのだ。


 そしてその手助けをしたのが姉上の将来の夫となるランスロットだった。

 ランスの父は魔道具を発明した功績で一代男爵となった人で、その息子のランスも魔道具技師を目指して日々邁進しているような少年だった。姉上の無茶振りによく応えてくれた彼は、俺にとっても兄のような存在だ。実際に義兄になるとは思ってもみなかったけど。


 とまあ、姉上の功績はすさまじいものだったが貴族の子供が必ず通う学園への入学は免れなかった。ちなみにランスも一年遅れて入学したのだが、彼も「攻略対象」だったらしいので驚きだ。だからか、ちょっと姉上は警戒しているような節もあった。



 それから姉上が学園に入学して、王子とはやはりそりが合わずに一年を過ごし、そして翌年ヒロインことマーガレット・ヴァーゴ男爵令嬢が入学してきた。平民として暮らしてきたマーガレット嬢はマナーがなっていないところも多く、最初は馬鹿にしていた王子だったが、彼女と偶然出くわして一緒に過ごすことになったり、そこからマーガレット嬢の貴族にはない素朴な感性や型破りさに惹かれるようになっていったらしい(姉上談)。

 で、驚くべきことにあとはだいたい姉上の知っていた物語に沿って進んでいった。違うのは姉上が犯罪まがいの嫌がらせをしなかったことだが、他の貴族が嫌がらせをしたり色々あったりして姉上がやらなくても大差なかったらしい。姉上はこれを「物語の強制力」と呼んでいた。


「はあ~、どうしよう。このままじゃ断罪イベント起きちゃうわよね。婚約破棄はしたいけど一方的に言いがかりつけられるのも屈辱でイヤ……絶対ざまぁしてやるけど卒業後に手を煩わせたくないわ」


 卒業前の最期の夏季休暇に領地に戻ってきた姉上はそう言って深い深いため息をついた。俺はそれでは、と提案した。


「こっちから先に婚約を破棄しては?」

「……ハッ!その手があったかー!!!」


 前世の物語に姉上は囚われていたが、そもそも名誉を汚されているのは姉上だ。婚約者をないがしろにする王子は自分の立場が分かっていないし、姉上が犯罪に手を染めていない、かつ王子や令嬢に何度も忠告している以上非は向こうにしかない。この国は地方自治の色が強いのでめきめきと力を増している公爵家の令嬢(ほぼ当主)を王族といえど無視することはできないのだから。


「ありがとうルキウス!最愛の弟よ!」

「いーえ、姉上のお役に立てるなら俺なんだってしますよ」

「シスコンだー!」

「まあそんなとこです」


 という訳で姉上は王妃殿下にサクッと案件を奏上した。王妃殿下は姉上の母上と大変仲がよかった方で姉上もとても気に入られているのだ。そのせいで王子と姉上の婚約がわりと簡単に決まってしまったのだが。

そして陛下は――こう言ってはなんだが、王妃殿下の尻に敷かれまくっている。

 王妃殿下は王子の愚行に大変お怒りで、姉上との婚約の破棄には大賛成だったし学園卒業後に予定されていた王子の立太子も取りやめると固く決意された。だがこのことは王子には伝えられず、王子が卒業までに身の振り方を改めたら婚約継続、という形に収まった。


 だがアホ王子が考えを改めることもなく、姉上は卒業までマーガレット嬢に危害を加えた者たちの捜査をしていた。姉上に押し付ける形で断罪するつもりなのだろうと考えていたらしい。俺もアホ王子とその取り巻きたちならやりかねないと思ったので協力したかったのだが、領地の仕事があってあまり役には立たなかったと思う。

 代わりに姉上を支えたのはランスだった。ランスは「攻略対象」だったがマーガレット嬢になびくこともなく姉上とずっと親しいままだった。というか一線を越えつつあった。卒業したらランスと結婚するわねとサラッと言われたときの俺、三日は仕事も手につかなかった。相手がランスじゃなかったら一ヶ月くらいいじけてたと思うけど。


 そして運命の日、俺は卒業パーティーにこっそり潜り込んでいた。いざとなったら姉上をお守りするためである。後でバレてしこたま怒られたけどそれはおいといて。


「エレイン・エリース!貴様との婚約を破棄させてもらう!」


 王子はパーティー会場のど真ん中で姉上をそう糾弾した。ていうか思い出したけど婚約破棄するときの口上って決まってるのか?アルフレッドの野郎も同じ流れだったな……。

 そのまま王子は姉上の悪行をつらつらと述べて、そしてマーガレット嬢こそが自分の妃にふさわしい!と宣言した。まあそれには俺も賛成だったけど。姉上は王子にはもったいない。


「そうですわね。婚約を破棄することには同意いたしますわ」

 姉上は王子とその取り巻き、そして王子にしがみつくマーガレット嬢に向かって優雅に微笑んだ。


「だって殿下、あなたの集めたその情報は間違いだらけなんですもの。まず、ヴァーゴ男爵令嬢を暴漢に襲わせたのはわたくしではなくパイシース家の手のもの。次期宰相ともあろうものが計画がずさんすぎますわ。ちょうど殿下が通りかかって助け出したなんて都合がよすぎますし、エリース家の家紋は偽物でした。これくらい見抜いてくださらない?そうね、あとマーガレット嬢を階段から突き落としたのはわたくしではありません。その時のアリバイもありますもの。犯人はあなたがたの婚約者のうちのひとり、と申しておきましょう。証拠もありましてよ?あとは――」


 姉上はものすごい勢いで王子の言った「姉上の悪行」に対して一つ一つ丁寧に反論していった。だんだん王子の取り巻きの顔色が悪くなっていくのが遠目からでもわかった。

途中サジタリアス家の次男が姉上を黙らせようと剣を抜いたが、会場の警備にあたっていた者たちがしっかり取り押さえてくれて安心した。……手回ししておけば俺の時も警備が仕事してくれたんだろうか。


「さて、このような場であらぬ冤罪をかけられたわたくしは深く深く傷つきましたの。それに以前からヴァーゴ男爵令嬢の振る舞いは目に余るものでした。ですので、わたくしあらかじめ陛下に許可をいただきましたのよ」


 ルージュを引いた唇で蠱惑的に微笑んだ姉上はランスが持っていた書状を受け取ると王子に告げた。


「アーサー・アスタルジアとエレイン・エリースの婚約を破棄する。また、アーサー・アスタルジアから王位継承権を剥奪する」

「なんだと!」


 王子は顔を真っ青にして吠えた。まさか陛下が自分のことを見限るとなど思っていなかったのだろう。


「これは本物です。よかったですわね、わたくしと婚約の破棄が叶って。わたくしも殿下、いえアーサー様のお願いを叶えられてうれしく思いますわ」

「嘘だ!俺は!第一王子だぞ!王太子だ!」

「立太子なさっていませんのに詐称は大罪でしてよ?詳しくは陛下からお話がありますわ。わたくし喋りつかれてしまいました……ああ、ありがとうランスロット」


 王子に背を向けた姉上はランスの差し出すシャンパンを手に取り、その場から優雅に離れた。王子と取り巻きたちはこのことを見越して準備されていた騎士団にしょっ引かれ、パーティーは幕を閉じたのである。



 さて、姉上はたいそう傷ついたということをものすごくアピールしていた。そしてそのせいで、「王家とエリース公爵家との関係は悪くなってないよ!」と示すために俺とエゼルフリダ第二王女殿下との婚約が結ばれたというわけである。


 これについては姉上も俺も誤算で頭を抱えた。しかも悪いことに王女は兄であるアーサー様をそれはそれは慕っていて姉上のことを悪女だと決めつけていたのである。そして俺は悪女の弟。仲良くできるわけがない。そこのところ考えてくれ王家。ポンコツしかいないのかよ。

 もちろん王女は姉上の婚約破棄騒動の一件をよく知っていた。なのであてつけとして同じように卒業パーティーで俺との婚約を破棄するように迫ったのだろう。

 いやそれ失敗してるから。同じ轍を踏まないでくれ。



「いや~、こんなに似てる兄妹とは思わなかったわね」


 俺の卒業祝いのために王都の邸宅まで来ていた姉上は俺の話を聞いて一通り腹を抱えて笑ったあとやれやれとため息をついた。


「全くですよ」

「ルキウスも災難だな」


 慰めるようにランスに肩を叩かれる。ホントにな。俺が何をしたというんだ。


「王女殿下の振る舞いがふさわしくなかったのは事実。そのことを注意したルキウスが文句を言われるのは筋違いだな。それでゴロツキがどうとかいう件はあの男の自作自演かな?」

「そうでしょうね。貧民街の者を使うなんて信用のおけない方法普通使わないもの。失敗すること前提だったのでしょう」


 スヴェンの言葉に姉上が同意する。まああの男本人でなくても取り巻きのうち誰かが手配したんだろう。


「第二王女殿下は継承権剥奪。王族として躾がなってないから政略結婚の駒にも使えない。いっそその平民の男に嫁がせてしまいましょうか?」


 王女の処分について姉上が楽しそうに言う。本人にも言った通りそれもアリだろうか、いや、足りないか。


「黙って婚約破棄をされていたら俺は王女を寝取られたボンクラと言われていたかもしれませんからあんな派手にやらかしてくれて逆に助かりましたね」

「そう?そもそもああでもしないと婚約破棄なんて叶わなかったでしょう。だってする理由がないのだもの。捨て身で平民と結ばれるために自らの名誉を地に貶めるなんて健気な王女様だこと」


 姉上は悪い顔をして目を細めた。きっとこの対価に陛下になにをねだろうか思考を巡らせているのだろう。そのことに否やはない。


 王女は俺を貶すことを是としたのだ。王族としての義務を果たさず、身勝手な理由で公爵家の体面を傷つけた。そしてあの愚かな平民も同様だ。平民は魔封じの腕輪でもつけて魔の森にでも放り込み、王女は修道院にでも入れてしまえばいいと思う。

 真っ先に領地にとって得となる取引を考える強かな姉上と違って俺はそこまで達観できない。この邪魔なくらいの矜持は同時に貴族として姉上に致命的に足りないものであるとも思う。


 潰す。未来永劫公爵家に逆らえぬよう、一家もろとも処刑してやる必要がある。


「しかしまさかグンヒルド嬢に斬りかかられるとはな。彼女も処分せざるを得まい」


 ランスは面倒くさそうに呟いた。それにスヴェンが反応する。


「あっ!そのことですけど、あの結界はなんだったんです?」

「魔道具よ」

「ああ、結界が無事に発動して何よりだったよ。あれはまだ試作品だったからな」


 ランスが俺の腕に視線を寄越してきたので嵌めていた腕輪を外してスヴェンに見せてやった。女性がつけるには無骨だが、男の正装なら袖で隠れてちょうどいい。


「万一のために……というか、『モニター』として俺が使ってたんだよ。ただこれは使い手の魔力が必要なタイプでね、魔石をつけたら大きくなりすぎてしまうし」

「へー!自分とは異なる属性の魔術も使えるようになるなんてすごいですね!」

「なかなか苦労したよ」

「楽しんでただろ、ランス。ただこれ燃費悪くてなー、半分は持っていかれたぜ」

「適性のない魔術を無理やり引き出しているからな。別の理論で組んでみるか……」


 ブツブツとランスが呟き出す。姉上が呆れたように「ランスはもう戻っていいわよ」と声をかけると俺の腕輪を取って本当に出て行ってしまった。相変わらずである。


「結界の件で陛下に何か言われるかしらね。――あら?」


 ランスが出て行ったばかりの扉がノックされる。


「お嬢様、ご来客でございます」


 執事のエクターの声が聞こえてくる。そして返事をする前に扉が開いた。


「ごきげんよう!話は聞きましてよ、エリース公爵!」


 そして姿を現したのはこの国の第一王女殿下、アナスタシア様だった。


「……アナスタシア殿下がなぜここに?」


 慌てて礼を取った俺とスヴェンとは反対に困惑を微塵も見せない顔で姉が口を開く。勝手に来たのだからと礼すら取らない無礼っぷりだ。しかし第一王女殿下が気にする素振りはない。


「言ったでしょう、話を聞いたからよ。エゼルフリダがあなたの弟との婚約を破棄したのでしょう?」

「ええ、それが王女殿下と何の関係があるのです」

「大有りです!」


 アナスタシア王女はえっへんと胸を張った。確か俺の二つ上だった気がするが、どうにも幼く見える仕草だ。


「わたくしはルキウスに結婚を申し込みに来たのですもの!」


 爆弾だった。俺は開いた口が塞がらず、スヴェンは目を丸くして落としてしまいそうなくらいだった。姉上は動じた気配がない。逆になぜ!?と問いたくなる。


「それは陛下のご意思ですか?」

「いいえ。いいえ、わたくしは自分の意思だけで来ましたわ。ごめんなさい、少々急ぎすぎてしまいましたわね」


 妙なテンションだったアナスタシア王女は自分を落ち着かせるように上気した頰を両手で押さえつけた。いつの間にか侍女がお茶を持って来てくれたので、とりあえず皆で腰を落ち着かせる。


「なあ、俺ここにいていいのかな……」

「お前は俺の従者だ。いいな」

「わかった」


 スヴェンがコソコソと話しかけきたので彼は俺の後ろに立たせておいた。卒業後まで先延ばしにするつもりだったがもうこの際腹をくくってこいつを雇ってしまおう。厄介なことになったら絶対巻き込んでやる。

 一方アナスタシア王女はふわふわと微笑みながら紅茶に口をつけて「おいしいわ」などと言っていた。うーん、話とは印象が違うな。


 アナスタシア第一王女殿下はアーサー様とエゼルフリダ様とは母親が異なり、側妃の産んだ姫である。性格は冷静沈着で凛とした美女という噂で、氷属性の魔術を得意とすることもあり氷の薔薇姫なんて渾名で呼ばれていた。俺も一年間だけ同じ学園に通っていたのでお姿を拝見したことはある。

 だが今のアナスタシア王女は噂とは違う人柄のように見えた。というか噂どおりならこんなところに急に押しかけてプロポーズまがいのことなどしないだろう。


 ……プロポーズされたのか、俺。


 今更ながらに現状を理解して何とも言えない気持ちになった。ちらりとアナスタシア王女を見ると視線が合うが、パッとそらされる。その頬は薔薇色に染まっていた。


「へー、なるほどね。アナスタシア様、うちの弟のこと好きなんだー」


 その様子を見ていた姉上が突拍子も無いことを言いはじめる。ていうか不敬じゃない!?何で姉上そんなに馴れ馴れしいの!?


「そ、そ、そ、そんなことありますけれど」

「あるんですか!?」

「なきゃ急にプロポーズなんてしないわよ」

「姉上はもうちょっと取り繕って!」


 何だか投げやりになり始めた姉上に俺は泣きそうになった。いくら姉弟そろって王家に馬鹿みたいな婚約破棄をされたとは言えこっちが不敬な態度を取るのは許されることではない。取りたい気持ちはわかるけど。せめて考えなしの婚約破棄大好きバカ兄妹相手だけにしてくれ。


「いいのよ。エリース公爵、あなたには大変な迷惑をかけましたから」

「ここに今いることもですよ」

「……常識のないこととは理解しています。けれど、居ても立っても居られなかったのです。陛下にお願いしても不信感は拭えないでしょうし、直接お申し込みするのが一番誠実だと思って」

「それはそうね。第二王女がダメだったから第一王女と婚約させます、なんて有り得ないわ。こちらをどれだけコケにする気なのかってね」


 姉上は肩を竦めた。すでに王家に対する不信感はこれ以上ないくらいに膨らんでいるのである。それをまた婚約などで繋ぎとめようとしても姉上は今度こそ王家を見限るだろう。姉上にとって王族と結ばれた俺は人質のようなものなのだ。


 恐ろしいことに、姉上は王家に対する忠誠心というのがこれっぽっちもないのである。なんなら自治区として正式に独立しちゃおうかしらなんて宣うくらいだ。まあ、ここで俺を王配にして王家を牛耳ると言わないだけマシなのかもしれない。権力に興味ゼロなだけだけど。


「それで、アナスタシア様。公爵家にどんな便宜を図ってくださるとおっしゃるのです?」


 俺を差し出すリターンは何かと明け透けに姉上は尋ねた。さっきからアナスタシア王女の護衛の眉間のシワがすごい。こんなに不敬な貴族、他にいないだろうからな。


「それは、わたくしの一存では決められません」

「……へえ」

「姉上!」

「ええ、馬鹿げたことだとは承知しています。それでもわたくしはルキウスが欲しいのです」


 今度は真っ直ぐにアナスタシア王女が俺を見つめてくる。目があって、逸らしたくなったがきちんと彼女を見つめた。薄いブルーの瞳が美しいひとだった。

 姉上はおもむろに立ち上がると「じゃあ後は若いお二人で〜」とか言ってスヴェンと侍女を連れて部屋を出て行ってしまった。マジか。


 残されたのは俺とアナスタシア王女、そして一応王女の護衛だけだった。


 俺はようやくアナスタシア王女から視線を逸らした。バルコニーに出るとアナスタシア王女は静かについてくる。


「理由をお聞きしてもよろしいですか?」

「……そうですね」


 アナスタシア様が硬い声色で答える。


「わたくしが欲しいものは三つです。エリース公爵家とのつながり、ルキウス・エリースという人材、そして……あなたの心です」


 最初は予想がついていた。二番目も想定内だ。だが、俺の心……とは。なかなかロマンチストな王女様らしい。

 そして俺は、俺を求めることでアナスタシア王女が真に得たいものも理解できた。


「あなたは玉座が欲しいのですね」


 正妃腹の第一王子は姉上の件で失脚し、第二王女も王にはなれないだろう。そもそもエデルフリザ様は素質がなく、期待もされていなかった。だから俺の婚約者にさせられたというのもある。


 残る王の子は側妃ブランゲーヌ様のお子であるアナスタシア王女とミハイル王子のみだ。アナスタシア王女は積極的に公務に関わっており将来が期待されている。それでも彼女がまだ立太子されていないのは弟である第二王子が優秀な人物だからなのと、これまた優秀な王弟殿下がご壮健だからである。

 ミハイル王子は学年で言えば俺の二つ下なので、去年学園に入学された。成績は優秀で、魔術と剣の腕は飛び抜けているほどではないが堅実な戦い方をするタイプ。女王より男性の王の方が好ましいという貴族の声が少なからずあるため、王子が学園を卒業されたら立太子されるのだという噂が流れている。


 アナスタシア王女とミハイル王子は仲睦まじい姉弟だったと思うのだが、王女には玉座が譲れない理由があるらしい。


 俺の問いにアナスタシア王女は目を細めた。涼やかな目元に迫力が宿る。


「そうね。その通りよ。そしてあなたも欲しているものを手に入れられる」

「私の欲するものが何かご存知なのですか?」

「あなたのお姉様の役に立つものすべて」


 驚きだった。


 いや、俺は姉上至上主義であるが、あまり表には出していない。こちらも立場があるので謗られるような言動は謹んでいた。

 だがアナスタシア王女は俺の行動原理を見抜いていた。なるほど、ギブアンドテイクの関係が築けると踏んでここにきたのだろう。


「卒業後は領地に戻られるつもりだったのでしょう?でも、領地に閉じこもっているだけではあなたの真の役割は果たせない」

「そうでしょうか?私は以前から領政に関わっておりましたので、十分に姉上のお力になれると思いますが」

「それは、公爵家の長男であるあなたでなくともできることよ。王都に残り、中央の政治に働きかけられるのはあなただけではなくて?」


 アナスタシア王女は冷たく微笑んだ。ああ、これが「氷の薔薇姫」の表情なのだと納得する。先ほどとは雰囲気ががらりと変わっていた。


 まあ、どちらでも美人なのには変わりない。


 姉上は妙なところで視野が狭い――領地のことを考えすぎているきらいがあるので、別の視点を持つ必要はあるだろう。社交なにそれおいしいの?とは本人の言だ。夫であるランスは貴族とはいえ中央の高位貴族に繋がりはなく、父親の元エリース公爵は無能で役に立たない。王妃殿下や王弟殿下と仲が良い姉上だが彼らを駒にするという発想がなさそうだ。


 俺は息を吐いた。第二王女と婚約した時から結婚というものに夢など抱くことはなかったが、この女性は素敵だと心底思えた。

 俺の望むものをくれる女性は姉上しかいないと思っていたが、どうやらそうではないらしい。姉上の言葉に頷いたあの日のように、これも大きな決断なのだろう。


「あなたの提案は魅力的ですね」

「では、よろしくて?」

「ええ。よろしくお願いします、アナスタシア殿下」


 跪いた俺に王女が手を差し出す。その指先に口付けると、アナスタシア王女は暗がりの中でもわかるくらいに頬を染めていた。

 アナスタシア王女は男に慣れていないのだろうか。少し不思議に思いながら彼女の手を取って部屋の中までエスコートする。黙って見ていた護衛の騎士がこちらを射殺さんばかりに睨んできた。


「そ、そうだわ。一つお願いがあるのだけど」


 まだ頬を染めたままのアナスタシア王女が俺を見上げてくる。


「なんでしょう」

「今度からはアーシャと呼んでくださいね、ルキウス」


 面食らって俺はまじまじとアナスタシア王女の顔を見つめてしまった。慌てて取り繕うように答える。


「承知しました、アーシャ殿下」

「……殿下、はだめ」


 ダメらしい。戸惑いつつ要望には応えておく。


「アーシャ様」

「ふふ、ありがとう。エリース公爵に報告に行かなくてはね」

「ええ」


 それから陛下にも報告しなくてはならないのか。面倒だが陛下は喜ぶだろう。あの方はどちらかというと事なかれ主義だ。俺が玉座を狙う姫の婚約者になる意味など気付きはしないだろう。


 頭の片隅で一度も愛称で呼ばなかった第二王女のことが浮かんだが、すぐに消え去っていった。

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