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月光のソフィア  作者: 鹿せんべい
2/2

その2 むかしのはなし。

夕方3時ごろに起きてから日が暮れて出撃するまでが一日でのんびりできる唯一の時間だ。家の窓から沈む夕日を眺めつつコーヒーを飲むのが一番の至福だ。夕日を見ると故郷の山間に沈む夕日を思い出す。



俺は東北の貧しい農家の生まれだ。

1931年に17歳で志願して入営した。

世界恐慌の煽りで三男の俺はとても食ってはいけなかったからだ。

張作霖を爆殺し、軍勢を拡大していた満州の関東軍に配属された。

航空隊で訓練を積み、そこそこのパイロットになったが、どちらかというと機体の整備や機械いじりの方が好きだった。



そこで出会ったのが長谷川だ。彼も同じ地方の出身で意気投合し、よく一緒に酒を飲んだ。

俺は他の徴兵組と同じく22歳で予備役となって前線からは退いたが、同期の中でも抜きんでた腕前だった長谷川は同じ年に始まった日中戦争にパイロットとして参加した。



俺はそのまま満州に植民し、農業を始めた。武装民間機のパイロットにも憧れてはいたが、俸給を全て仕送りに回していたため、金がなかった。


農業を始めて2年ほど経った頃だ。川で水浴びをしていると、キラリと光るものを見つけた。

砂金だった。

人生最大の幸運だったと思う。ここで砂金を見つけなければ、武装民間機を駆ることも、ソフィアに出会うこともなかっただろう。



こうして思いがけない幸運に恵まれた俺は、大金を手に入れた。それを元手に中古機市場に余っていた97式戦闘機を購入し、憧れの武装民間機乗りになった。

97戦は単葉機だが、まるで複葉機のようにくるくると良く回るいい戦闘機だ。

そうして武装民間機乗りとして稼ぎ始めた。最初のうちはライバルも少なかったため、稼ぎも良かった。しかし、だんだんと軍を退役した者や内地で食い詰めた者、西から逃れてきた有翼人種など商売敵が増えた。機体も旧型化して、だんだんと竜を狩れる機会も少なくなり、金を稼ぐのが難しくなってきていた。そんなとき、ソフィアに出会った。



あれは2年ほど前の雪がちらつくようになった頃だ。

竜を探してソ連との国境空域を97戦で飛んでいると、地平線の方から煙が立ち上っているのが見えた。近くまで寄ってみると、単葉機が墜落していた。

緑の塗装に赤い星。ソ連機だ。


生存者がいるかもしれないと思い、近くに機を下ろすことにした。

さいわいにもあたりは平らな草原で、風も微風だ。

フラップを下ろしてスロットルを絞り、機体を上下左右に振って速度を落とす。

ぎりぎりまで速度を落としてドスンと着陸した。


コックピットに近づいてのぞき込むと、そこには短い白髪(はくはつ)の羽の生えた女の子がいた。胸に手を当ててみると、まだ生きている。

とりあえず爆発の危険がないところまで運び、97戦に積んでいた救急箱の中から気付け用の酒を取り出してきて飲ませた。

しばらくすると意識を取り戻した。

「大丈夫か?」

「・・・はい」

彼女は日本語で答えた。

「名前は?」

「・・・ソフィア」


その後いろいろと話を聞くと、

ソフィアは徴兵されてソ連兵として空軍にいたこと、竜と戦うために味方3機と出撃したが返り討ちに会って自分だけが生き残ったこと、帰還途中に機が故障して満州国側に墜落したことなどがわかった。

「その翼についてる金具は飛べないように…?」

ソフィアの両方の翼にはそれぞれ穴をあけて黒い輪が通され、短い鎖でつながれていた。

輪がこすれる部分が赤くなっていて、見るからに痛々しい。

「…そう、です」

噂には聞いていたがひどいものだ。


「え~っと…亡命…する?」

ソ連から脱走してきたり迷い込んでそのままこの国に亡命する人は亜人・人、兵士・民間人を問わず多い。

「ダメです、脱走したら代わりに軍にいる仲間が制裁を受けます」

「大丈夫、ソ連から問い合わせられても外交部が迷い込んできた機はないって答えるだけだから。行方不明ってことになる」

亜人も含めた六族協和を掲げる満州国は亡命してきた亜人には寛大だ。

「でも…」

「機体の後始末さえ何とかすれば向こうも国境侵犯してまで捜索はできないし、名誉の戦死扱いで終わりだろう。大丈夫、この国は亜人を喜んで歓迎するから」

ソフィアはしばらく逡巡していたが、

「…よろしく、お願いします」

最後には亡命を決意した。後で聞いたところによると竜も討伐に出てそのまま戻らず、名誉の戦死となる兵士はたまにいるらしい。ソ連にいる仲間がつらい思いをしないなら、と自由への道を選んだ。


「さて、そうと決まればさっさとここを離れないと」

国境からは10kmほど離れてはいるが、万一機体の煙を見られたらまずい。消火器を取り出してきて消火し、砂をかけておく。

ソフィアが乗れるように97戦のコックピットから積んでいた救急箱や消化器、一週間洗っていないセーターなどを下ろせるだけ下ろし、スペースを作る。


ソフィアに先に乗ってもらうと、手慣れた様子でひらりと乗り込んだ。

自分も後から乗り込み、離陸の準備をする。

「窮屈だと思うけど辛抱してね。じゃあ離陸するよ。つかまってて」

「…ここ…でいいですか?」

おずおずと腹に手を回して密着した彼女の体は暖かく、心臓は早鐘を打っていた。かなり緊張しているようだ。俺も自覚していないだけで同じかもしれない。


スロットルを全開にし、ブレーキを解除するとガタガタと揺れながら加速していく。

やはり一人重くなった分なかなか持ち上がらない。上下の揺れが激しくなってキャノピーに頭を打ち付けそうになった次の瞬間、離陸した。

国境の黒竜江が見えなくなるほど遠くまで飛んだところで、やっとソフィアの脈も普通に戻った。

ほっとしたのか、いろいろと話すようになった。

・・・「目がふさがってるけどぶつけたりしてない?大丈夫?」

「…私はこういう目なんです。昼は細くて、夜は大きく開いて暗闇でもよく見えます」

「なるほど、夜に活動する民族だったのか。新京につくまで寝ててもいいよ」

「…いえ、今はうれしすぎて寝られません」



首都の新京までよろよろと飛んで着陸し、外交部を訪れて亡命の手続きを行った。

手続きを終え、成り行き上自分が保護者となって養っていかなければならなくなった。

さて、そこで浮上したのがお金の問題だ。もともと金欠気味だったのに二人も生活していける金は稼げない。

ソフィアは有翼人種ということで空間認知能力や動体視力に長け、夜目が効く。効率よく稼げる夜間に武装民間機として働こうという結論に至るまでそう時間はかからなかった。



日中戦争でエースパイロットとして活躍し、有名になっていた長谷川に頼み込んで軍で余剰になった夜間戦闘機がないか探してもらった。そこで見つかって、破格の値段で譲ってもらったのが夜間の爆撃に対抗するために開発・試作されたものの、日米講和で不要になった「月光」だった。



「どうしたの、ぼ~っと夕焼けなんか眺めちゃって」

「ちょっと昔のことを思い出していてな。お前もあのころに比べたら明るくなったよな~と」

「なによ、気持ち悪い」

そう答えたソフィアの糸のような目には夕日が反射して輝いていた。

月一回を目安に投稿していきます。

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