その1 月光のソフィア
ー1942年夏 満洲ー
「リン、早くして」
「わかってるってソフィア、まだ食べてるから」
「先行ってエンジン温めてるわよ」
行ってしまった。
「しょうがないなあ。すみませーん、これ包んで下さーい」
「アイヨー!」
ソフィアの後を追って俺も飛行場へと急ぐ。
もう日も暮れかけ、次々と竜狩りを終えた武装民間機が飛行場に降りてくる。
数年前にアメリカとの戦争が回避され、開戦に向けて準備されていた兵器が余剰となった。
そこでその余剰機が民間に払い下げられ、武装民間機として賞金を稼ぐ竜退治がここ満州国では行われている。
俺、萩原倫太郎もその賞金稼ぎたちの一員として、有翼人種のソフィアと一緒に日本製戦闘機「月光」を駆っている。
駐機場を見やるとピカピカのスマートな戦闘機が帰ってきた。
降りてきたのは長谷川だ。
「久しぶりだな、盟友」
「おお、倫太郎か、しばらく」
「どうしたんだこの零戦は」
「いいだろう、関東軍の連中が撤退が始まっても零戦は他のところに渡したくない。ならいっそ払い下げて、満州で武装民間機にしてしまえってんで売りに出てたんだ」
「いいなあ、俺も零戦乗りたいなあ」
「お前には月光があるじゃねえか。ところでいいのか、こんなところでクダ巻いてて。さっきソフィアちゃんが月光の方に走ってってたけど」
「いっけね、じゃあ」
「今日は昼間結構出てたからな〜夜出てくる竜は少ないかもしれんぞ〜」
長谷川の声を背中に受けながら愛機の駐機スペースへ急いだ。
たどり着くとソフィアが準備を終えて前部座席に座っている。
「ごめんごめん、長谷川と会って話してたら遅くなっちゃって」
「長谷川さん、零戦に乗ってたわね」
「おう、やっぱりかっこいいよなあ。俺たちも零戦2機で飛ぶか?」
「いい、月光だとリンと2人で飛べるから」
「お前、たまにそういうこと言うからかわいい」
「な、何よ!早く飛ぶわよ!」
「はいはい」
ソフィアは普段は澄ましているが、たまにこういうことを言う。いわゆるツンデレ、クーデレというやつだ。真っ赤になっているであろうソフィアを想像してこみ上げてくるにやつきを押さえ、滑走路へと向かった。
もう日もとっぷりとくれていて、帰ってくる機は無い。
俺たちが乗っている月光は日本の海軍から払い下げられた夜間戦闘機で、レーダーと上下に向いた斜銃を4丁装備している。
多くの武装民間機は昼しか活動できないが、竜には夜行性のものもいる。夜間にいきなり街や列車を襲われればひとたまりもないので、俺たちは夜間も哨戒を続けながら警報が発せられれば現場へ急行する。
夜間に活動できる武装民間機は少ないので、俺たちの報酬も良くなると言う寸法だ。
滑走路に進入して機体の方向を変え、フラップを下げてエンジンを全開にする。
ブレーキを解除し、加速していくとそのうちふわりと機体が浮き上がる。
なおも加速しながら次第に高度を上げていく…のを俺は黙って見ているだけだ。
操縦と射撃は夜目が効くソフィアの、レーダー監視や通信、航路を決めるのは俺の担当だ。
竜が確認され、現場へ向かうまでは俺の、実際に視認した後戦うのはソフィアの仕事になっている。
「今日は南満州をぐるっと周ろう。多分どこかで警報が入るだろう」
「了解」
草木も眠る丑三つ時、突然通信機が鳴り出した。
「ガー・ガガー・ガー…武装民間機ヒトマルハチ番、武装民間機ヒトマルハチ番、応答せよ」
「はいこちらヒトマルハチ月光、どうぞ」
「えー今どこを飛んでる?どうぞ」
「奉天の北50kmってところです、どうぞ」
「ちょうどいい、新京の南西100kmで竜の出没警報だ。20m前後の中型種らしい。今すぐ向かってくれ、どうぞ」
「了解、急行する。どうぞ」
「健闘を祈る…プツッ」
「ソフィア、聞いた通りだ。このまま北東へ向かってくれ」
「了解」
「もうそろそろレーダーにも映る頃だと思うけど…おっ、いたいた。12時の方向30km、高度1000だ」
「了解」
「そろそろ見えるか?」
「うーん…あっ見えた。大体15km先、1時の方向」
ソフィアは有翼人種の中でも恐ろしく目が良く、夜目が効く民族だ。雲がなければ15km先ぐらいは余裕で見える。
「じゃあ後はよろしく。俺は他の竜が来ないか監視してるから」
「はい、後は任せて」
竜まであと1.5kmというところで降下して加速し、竜の下に潜り込む。
向こうもとっくにこちらに気がついていて、機の斜め上400mほどで一心不乱に逃げている。速度計を見ると針は300を少し超えたあたりで揺れていた。
立ち向かってこないのはこちらが下方にいてまだ撃たれないと思っているからか。奴らにもそれなりの知能はある。
と、その時、2丁の20mm斜銃が火を吹いた。
ダダダダ、と鳴り響きながら放たれた銃弾は竜の翼の付け根へと吸い込まれていく。
竜はギョッとしてこちらを振り向いた。そりゃあそうだろう。満州で竜が出会うような武装民間機では前に向かって撃てる斜銃は珍しい。
竜は300km/h以上で飛んでいたにも関わらず急に振り向いたためバランスを崩し、下へと落下して行く。
こちらも追いかけてスロットルを絞り、ダイブしていく。
落ちながらもこちらに火を吹こうと開いた真っ赤な口を目がけて今度は下向きの斜銃が火を吹く。
とどめだ。そのまま地面へと落ちていった。
機体を引き起こして水平飛行に移り、一息つこうとしたその時だ。
突然後方2kmのところにレーダーの反応があった。急速にこちらに近づいてくる。
「ソフィア!もう一匹いるぞ!後ろだ!」
「ええ!?しっかりしてよね!」
「悪い悪い、さっきまで地面ギリギリを飛んでたらしい」
さっきの竜がひたすら逃げてたのはこいつが原因か。
ソフィアが戦闘フラップを下げてスロットルを全開にし、機体を右に傾けて向かってくる竜へと反転する。
速度が遅いとはいえ急激に旋回したため体が座席に押し付けられ、重石を乗せられたような気分になる。
旋回を終えたときには月明かりでも竜の顔がわかるほど近くに竜が迫っていた。
そのまま機体を上に引き上げ、下向きの斜銃を数発発射したが鱗をかすっただけだ。
竜は急ブレーキをかけてホバリングし始める。くるりとこちらを向き、火炎を放射しようとした。
ソフィアは宙返りし終え、逆さのまま斜銃を発射しようとしていたが、慌てて機体を左へと離脱させる。
間一髪で火炎放射を逃れ、体勢を立て直してそのまま少し逃げる。
竜が追いかけてきたのを確認すると再び宙返りをし、斜銃で竜の翼の付け根を狙う。
ダダダダダ…竜の翼が付け根からもげた。血が吹き出しながらそのままドスンと地面に落ちた。この高さから落ちたなら間違いなく死んだだろう。
「ふう、なんとか墜とせたな。ご苦労さん。」
「リン、駆除証明書は?」
ゆっくりと旋回させながらソフィアが聞いてくる。
「おう、まだだった」
足下の箱からペンと証明書、通信筒を取り出す。
「2時45分、108番、月光、と」
キャノピーを少しだけ開けて隙間から通信筒を放り投げると、紅白のリボンをひらめかせながら落ちていった。竜からは50mほど離れてしまったが、死骸の回収隊が見つけてくれるだろう。
「さあーて、あと2、3時間で日も登ってくるし、そろそろ帰りますか!」
「そうしましょう」
その後は警報が入ることもなく、無事にハルビンまで帰ってきた。
いつもの駐機スペースに止め、整備係に昨夜の損耗を伝えてから街へと向かう。
「一仕事したし風呂でも浴びるか」
「いいわね、そうしましょ」
もちろん男湯と女湯に分かれて疲れを癒し、出てきてから軽く食料を買い込んで宿舎へと向かう。
簡単に朝ごはんを済ませたら、寝る。今日は疲れた。操縦していたソフィアは尚更だろう。朝ごはんを半分口に突っ込みながらこっくりこっくり船を漕いでいた。
夕方まで寝て、夜の戦いに備えよう。竜がやってくる限り、俺たちの戦いは続く。
読んでいただきありがとうございました。
初めての小説でしたが、いかがでしたでしょうか。
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空戦や軍用機に関してとんと無知なので、問題点をご指摘いただけるとありがたいです。