バレた秘めごと
僕らのサークル『植研』が誕生してから早いもので、間もなく二週間が経つ。
これまで活動をしてきたと言っても、初回と次の日の集まりは掃除やサークル名を決めるといったことだけだった。その次に集まったときも特に何かを具体的にしたわけではなく、ただ長話をするのみとなってしまった。そして今日は、午後からやっとこれからやっていきたいことなどについて決めるための議論というか会議をすることとなった。
外の天気は少々曇り気味、倉庫内は比較的快適と呼べるような状態である。
「それじゃあ、ただ今より、これからやっていきたい活動等がある人は挙手をお願いします」と僕。
どこかの国会や学校の教師、もしくは小中学校の総合の時間に不定期で開かれるクラス会議の司会のような雰囲気を醸し出したかったがために、このような言い方をしてしまった。
僕を含めても僅か三人しかいないというのに。
「おいおい輝、急にどうしたんだ?まあ、別にいいけど」と夏南。
僕が今回のようなことをしたばっかりに少し戸惑わせてしまったようだ。それに対して彼女こと芦野さんは「分かったよ、畑四季くん...」と特に疑問をもったりするような反応一つしなかった。
それから、これといって進展がないまま約一時間が経過した。
それぞれ何かを考えたりしているように見えるものの、未だに僕も含めて誰も発言していない。
このまま時間だけが一方的に過ぎていくのではないかと思われた頃、芦野さんがゆっくりと挙手をした。そして僕は彼女を指名した。
「あの、意見を言ってもいいですか?」と彼女。
僕がこくりと頷くと芦野さんは次のように言った。
「私、研究とかとは違うかもしれないんですけど、外にプランターとか置いて花とか育てたいな~なんて...」と。
<それは、面白そうだ。小学生の頃にやったような朝顔の観察日記のようなこともできそうだし>
そんなことを僕が考えていると夏南が、こう言い放った。「とにかく空気が重い」と。
三人とも何も言わずに何の進展もないまま一時間といった時間だけが流れていったのだから、逆に意見を言い出しづらい環境となってしまっていたのだろう。そんな些細なことに僕は気づくことができないでいた。情けない以外の言葉が見つからなかった。
ただ考え込んでいるだけでは話し合いが何も進まなくなってしまうどころか、雰囲気までも悪くしてしまいかねない。そう考えた僕は、それからできる限り場の雰囲気を悪くしてしまうことのないように心がけた。
それからの話し合いはというと、先ほどまでの張りつめた雰囲気とは一変して会話がスムーズにできた。そうして、現時点では仮であって確定したわけではないが、これからの主な活動内容として次の三つのことが決まった。
・植物を種もしくは苗から育て、その様子を定期的にスケッチする
・食することが可能な花や草を実際に食べてみて、その感想を記録する
・時々の野外散策
以上の三点が決まった主な活動内容となる。
その後は、何の植物を育てたいか、食べてみたい植物は何か、などについて考えを出し合った。こうして、本日の活動が終わっていった。
「夏南に芦野さん、今日もお疲れ様。明日も宜しくね」と僕。
「これから、いったいどんなサークルになっていくのかが楽しみだね」と芦野さん。
「そうだな。大学での授業に提出物だったりと大変なこともあるだろうけど、そういった事も含めてこのメンツで頑張っていきたいな」と夏南。
こんなにも協力的で、心の底から一緒にいたいと思える仲間ができたのは本当に有り難いことだ。
<明日も、明後日も、その先までも、このメンバーでやっていけたらいいな>
そう感じた僕だった。
次の日も、いつもの倉庫の前で午後からの集合となった。それから、三人がそろったのを確認すると大学から最も近くにある花屋へと向かった。そう、今日は、花の種を買いに行くのだ。
何故かって、それは昨日の話し合いのなかで、金魚草、鈴蘭、パンジー、アベリアなどの多種多様なまでの花だったり植物の名前がでてきたは好かったものの、結局のところ決まらなかった。
そういったこともあり、実際に自分達の目で見て、育てたいと感じたものを一人一種類選ぶこととなったのだ。そんな理由で僕たちは今、花屋へと向かっている。
電車に揺られること約八分、内田花屋に到着した。個人店ながらに色んなものが陳列されている店内だった。三人は、それぞれ育てたいものを購入し、店を後にした。
無事に買い物も終わり、僕らは、サークルの活動拠点となる大学敷地内のとある倉庫へと帰っていく。行きとは対照的に、帰りは風に吹かれながらゆっくりと歩いて大学まで戻っていく。
それから約三〇分ほど歩いた後、大学に着いた。
花屋で僕は、サマーポインセチアと呼ばれる種類の花の種、それと、絶対に忘れてはならない園芸用の土と肥料にプランターも購入した。
何故、倉庫にあるのを確認したはずの土を購入したのかって...それは、この前の倉庫の片付けをしているときのことだった。ちょっとした悪戯な好奇心で土の入った袋の中身をのぞいてしまったのがいけなかった。袋を閉じているクリップを外し、中を見ると、もの凄い速さで禍々しい黒光りした物体が飛び出してきたのだ。
そう、それを人々は『チャバネゴキブリ』と呼ぶ。
おそらく、昔に僕たち以外の誰かが、倉庫においてある園芸用の土を開封し、それによってできてしまった僅かな隙間にいつの間にか人に知られぬうちにこっそりと侵入してしまったのではないだろうか。
それにしても、あの時は驚いたものだった。なんせ、小さなゴッキー大将と遭遇するとは考えてもいなかったのだから。そういった諸事情により、今回新たに園芸用の土を購入したのだ。新鮮かどうかは分からないが、勿論、開封口の切られていない土を。
それから、あのときの汚染されてしまっていった土は自治体の方針に基づいた処理の仕方をした。
倉庫に着くと、三人は花屋で買ってきた物を机の上に並べていく。それを終えると早速、プランターに種を植えていくことになった。ここ最近の気温が例年よりも少し高く、もう蒔いてしまってもいいだろうという判断になったためだ。
その後は、プランターの底に害虫が侵入してくるのを防ぐためのネットと、水はけをよくするための底石、そして種を育てるために一番大事な土を盛ってやった。
「じゃあ、今から自分の選んだ種を植えるとしますか」と僕。それに応じるように二人は頷いた。
そしてここからが僕の心配の種である種蒔きの時間。
決してギャグを言おうとしたわけではない。至って真剣な感情である。
大学初日の入学式、変な夢のようなものを僕が見たことを思い出してほしい。その後に何があったのか覚えているだろうか。僕にとっては忘れもしない出来事だった。
大学からの帰り道、僕はスーパーによって夕飯の買い出しをした。その後、帰宅してから買ってきた野菜を袋から出したではないか。その際に、買ってきた野菜が畑に今まで埋まっていたかのような活きいきとした状態になっていただろう。その中には萎れていた花が咲いているのものまであった。しかし、スーパーで購入した魚などには何の変化も起きていなかった。
何らかの変化が見られたのは、植物だけであって、調理、もしくは包丁で切ってしまった野菜には何も変化が起きることはないようだったのだ。
そんな不可思議な現象が入学式以降も続いている。
野菜を含めた植物に触れてからすぐには何も変化は起こらないものの、三~五分以上時間が経つにつれて少しずつ変化が生じてくるという僕なりの法則的なものを見つけたのだ。
そのため、今回は種を買っただけだからといって油断をすることはできない。
恐るおそる『サマーポインセチア』の種が入っているパッケージの上の方をハサミで慎重に切って開いていく。今にも僕の心臓の鼓動が倉庫内にいる二人にも聞こえてしまいそうなくらい激しい。
ところで問題の種はというと発芽していなかったものの、少しひびが入っているようだった。もう少し時間が経過してから開封していたら一体どうなっていたことだろう。
そう考えると少し恐怖のようなものを感じざるを得なかった。
<夏南と芦野さんにことがばれてしまわぬうちに早めに土に埋めてしまおう...>
そう思ったのも一時的なものに過ぎなかったのだ。
僕が種をパッケージの中から左の掌に移した時、隣で同じく作業をしていた夏南が僕に声をかけてきたのだ。
「輝、そっち終わったか?俺の方はまだ終わってないんだけどよ」と。
「僕の方もまだ今から種を蒔こうとしていたところだから、終わってないよ」と、僕は返事をした。
「そっか、余計な時間とったな。悪かった」と夏南。そう言うと彼はまた自分の作業の続きに戻る。
僕は彼が自分の作業に戻るのを確認すると、自身も種を今のうちに蒔いてしまおうと決心した。そして、種をやさしく握っていたこぶしを緩め、その状態を確かめる。そこには、僅かではあったものの五ミリ程の何らかの細い物体が出ている種があった。そう、発芽してしまったのだ。
僕が恐れていた事態が起きてしまった。考えられる原因は、夏南に話しかけられた際、突然のことで緊張してしまったせいか少し僕の手が汗ばんでいたことだろう。それ以外は今のところ分からない。とにかく、急いで誰かに気付かれてしまう前に証拠を隠滅するしかない。
そう思った僕は、種をプランターの土に、今まさに埋めようとしているところだった。そのタイミングで再び夏南が声をかけてきた。とっさのことで僕は再び種を掌で覆い隠そうとしたのだが...
「輝、こっちは終わったぞ。お前の方はどうだ...って、その種どうしたんだ?」と夏南。
あと一歩のところで僕は、種を隠しきれなかった。もう終わりだと感じた僕は、彼に今まで隠してきたことを全てを打ち明けることにした。
「さっきまで、その種、発芽していなかったよな?知らないけど」と夏南。
「そうだよ、それでさ...」と、僕がことの顛末を話すと、彼は笑ったりすることなく真剣な眼差しで僕にこう言った。「今まで隠してきて大変だったな」と。
それから少しして、芦野さんが「何かあったの?」と首をかしげて聞いてきた。僕らが何の会話をしていたのか気になってしまったのだろう。そして僕は、この際だからということで彼女にも何があったのかを話すことにした。
「そうだったんだね、羨ましいようでなんか少し不気味な力だね...」と彼女も決して僕を笑ったりすることはなかった。
僕の持つ不思議な力のことを二人が知ってしまったとき、気持ち悪がられたり、せっかくできた夢にまで見てきたサークルが終わってしまうのではないか、などと考えていたため、そうはならなさそうで良かったと思っている。それどころか、二人は打ち明けた後も普段と変わらない様子で接してきてくれる。そして、もう自分一人で悩んだりしなくてもいいということを二人から伝えられた。
この僕の中にある力が存在する限り、僕は普通の何事も無い生活を送ることはできないかもしれないが、このサークルのメンバーと共に何とかして乗り越えていけたらいいな、と思えた。