『植研』
二日間の休みも終わり、今日からまた大学生活がスタートする。
これから生活していくことで日々新しい発見や知識が身についたりしていくだろう。
時には物事が計画通りに進まなくなることもあるかもしれない。
だが、とにかくやってみないと何も分からぬまま、得るものなくして終わってしまうだろう。
そして今日は先週の金曜日以来となるサークルのメンバーとの顔合わせの予定だ。
僕と夏南は今朝も一緒に大学へと向かった。それから一時間目の講義が始まり、何だかんだで午前中の時間割を終えた。
僕らは昼食を食べるために大学敷地内のテニスコート裏のベンチに向かい腰を下ろす。
「夏南、今日の授業分かりやすかったな」
「そうだな。けど、逆に今日の時点で分からなかったらヤバいぞ。だって初回だぞ」
言われてみればそうだった。
それが終わると夏南にサークルづくりをいつから本格的に始めるかについて聞いてみた。
「そうだな。それなんだけど、やっぱり三人で話し合おうぜ」と夏南。
「じゃあ、芦野さんも呼ばなきゃだね」と僕。
「輝、お前がそう言うと思ってさっきの休憩時間に彼女に連絡しといたぞ。だからもうすぐで来ると思う」
芦野さんについては説明するまでもないと思うが、三人目のメンバーになってくれた女の子だ。
そして夏南は、いつの間にか僕の知らないところで彼女と連絡先を交換していたらしい。
僕も彼女と連絡先の交換がしたい。いや、むしろこれからのためにもすべきである。
別にやましい気持ちがあったりするわけではなく、ただこれからのサークルづくりのためにも、しておいて損はしないはずだと思ったためである。
それから間もなくして彼女が来た。
「ごめんなさい、遅くなってしまいました。講義が長引いてしまって...」と彼女が弁当の入った巾着袋を揺らしながら走ってきた。
その言葉に対して「大丈夫だよ、僕らもさっき来たばかりだから」と言うと、隣に座っていて夏南がゲテモノを見るかのような眼差しで僕を見てきた。
それはさておき、彼女は僕らと同じ学科ではあるものの選択科目が異なるため、時間割に差が生じたりするらしい。
「じゃあ三人集まったことだし、これからの事とかについて話し合うとでもするか?」
「って、なんで輝が弱気になってるんだよ?元々言い出したのはお前だろ」
「悪かったよ。それと、芦野さんも本当に有り難う」と僕。
「えへへ、私も二人と同じサークルに入れたから嬉しいですよ」と言って彼女は笑っていた。
まだ正式に新しいサークルとして認められてはなかったものの、その言葉は心に響いた。
それから、午後の授業が始まるギリギリの時間まで色々なことを話し合った。サークルに関しての事、それ以外にも日常的な会話など。
午後の時間割も何の問題もなく終了。もうそろそろで午後の六時となる。
僕と夏南は大学からの帰り道の途中、ふらっと目に入ってきたアットホームな雰囲気漂う定食屋へと足を踏み入れる。
芦野さんは僕らと帰り道が反対方向なうえに電車通学。おまけに、家で待っている小学三年生になったばかりの弟のために晩御飯を作らなくてはならないということで帰宅した。
彼女の家庭は母子家庭らしく、母親が夜遅くまで働いているらしい。そういった事を昼食の際に話してくれた。きっとこれまでにも相当な苦労をしてきたことだろう。
それに比べて僕らときたら、帰宅途中に定食屋へと寄り道しているのだから何も返す言葉が無い。
<生き方は人それぞれだし...そうなんだけれども、いつかは僕らも頑張らなくてはいけないな>
定食屋で僕はヒレカツ定食を、夏南は天ざる定食を注文した。
しばらくして頼んだメニューがテーブルまで運ばれてきた。僕のは、カツが四枚と大盛りのキャベツが大皿に乗ったので、夏南のは天ぷらが何種類も乗っかっていた。
「夏南、このカツ美味しいけど一口いるか?」と僕。
「いや、別に要らないけど。もし良かったら俺の天ぷら食うか?」と夏南。
そうして夏南は南瓜の天ぷらを僕によこした。
「有り難う。けど、どうして分かったんだよ?僕まだ何も言ってなかったのに」
「う~ん、どうしてって言われてもな~...輝は分かりやすいんだよ。なんか気になる物があるとすぐ今回みたいな事してくるし」と夏南。
「そうだとしても、なんで南瓜の天ぷらをくれたんだよ?」と僕。
「何か不満があるんだったら返してくれてもいいんだぞ。別に俺が食うだけの話だから」と夏南。
そんな事を言われてしまっては余計に手放したくなくなるではないか。そうして僕は彼からもらった南瓜の天ぷらを食べる事とした。
その後、僕らは食べ終わると店内を出た。外は風が吹きつつも春の陽気に包まれたような心地の良いものだった。
「じゃあ、また明日」と僕。
「そうだな。輝も気をつけて帰れよってもうそんな年でもないな」と夏南。
何だか子ども扱いされたようで複雑な気分だった。まあ、身長が一六〇センチと少しだからそのように扱われてしまうのかもしれないが。
そうしてお互いの家へと帰宅していった。何と今日は芦野さんと連絡先を交換することができた。
これからどんな風なサークルが出来ていくのか、何をやっていくのかは現時点では未知数だ。それでも楽しくやっていければと思っている。
まだ決定的事項ではないものの、サークルづくりを成功させたいと心の底から願うのだった。
一週間の月日が経過した。その間、大学から出された課題やサークル申請に関する書類の提出で忙しかった。そして今、本日最後となる講義を受けている。説明がいちいちまわりくどい教授で眠くなってしまった。
その後、僕と夏南は提出した書類のことで話があるらしく呼び出された。
そこではサークル申請した件についての話を聞くこととなった。
「今回、君らが提出してくれたサークルを新しく結成させたいとの事なんだけど...」と教授が何か言いづらそうにしていた。
まさか駄目だとでも言われるのだろうか、そうでないなら何のことだろうか。
僕らが教授にその話の続きを確認してみたところ、それほどまでネガティブな内容では無かった。「君らには非常に伝え難いんだけど、サークルを作りたい旨は充分に分かった。ただ、今のところ使用させてあげられる場所が少々不憫に感じるかもしれないけど良いかね?」と教授。
僕らからしてみればどんな場所でも良いとは言えないが、この流れから推測するに取り敢えずサークルづくりは認めてもらえたようだ。
しかし、ここで今一番気になるのは場所がどんな所なのかという事だ。できれば最低限の空調設備は整っていてほしいものだ。僕が考え込んでいるうちにも夏南と教授は話を続けていた。
「早速なのですが教授、その場所っていうのは一体何処になるんでしょうか?」と夏南。
「それがな、もう十年以上も前から使わなくなったプレハブの倉庫なのだよ」と教授。
「そうなんですか。それで、何が問題だと教授がお考えなのか教えていただけないでしょうか?」
「そうだな。最低限の設備はあるんだよ。水道、蛍光灯に埃を被った扇風機が。ただ、だいぶ汚れてしまっていると思うんだよ」と教授。
不憫な場所とは言っても、何とかやっていけそうな設備はあるじゃないか。それの何がここまで話を拗らせたのだろうか。
僕らと、途中で合流した芦野さんで帰るついでに教授に言われたプレハブ倉庫を下見した。
周辺が薄暗く外観が何とか視認できる程度だったものの所々の塗装が剥げてしまっているのが分かった。かと言って使用できないとまではいかなさそうだった。
倉庫内の様子については、また後日確認することにする。
唐突だが活動場所となる倉庫の鍵は僕らが管理をしても良い事となり、代表として僕こと畑四季が常備すると決まった。大学側からしても、プレハブ倉庫は今後一切使用する予定が無いとかで。
その週末のこと、正式なサークルとして活動する初日を迎えた。
あれから三人で連絡をとり合い、大学がある週は基本的に土日に集まることとなった。
長期休暇の際は適宜確認したのち、集まるという方針となる。
課題などがあった際に互いに教えあったり共に考えたりもできるだろう。そういった面でも有効活用していけたらと思っている。
僕と夏南が倉庫の前に到着すると、その前で芦野さんがすでに待っているようだった。
僕は急いでズボンのポケットから倉庫の鍵を取り出しドアに差し込み開けようとした。
ドアの立て付けが悪いのか、スムーズにスライドさせることができない。よく見るとあちこちに細かい砂や埃が蓄積しているようだった。
何とか無理やりこじ開けられたものの、倉庫内は酷く散らかっていた。何に使用されたのか分からない刃先がこぼれた錆びた包丁、すでに開封済みの園芸用の土の入った袋などがあった。
二か所設置されている窓にひび割れなどの破損は無く、こびりついた汚れが目立つものの清掃さえしてやれば現役としてまだまだ使えそうだ。
そして四セットあった椅子と机は汚れや欠けた箇所が見当たるも、それさえ何とかできれば窓同様に使っていけそうだった。
倉庫内の現状を一通り確認した後、自宅から各自で持参した軍手を身に着け清掃する事とした。
ある者は雑巾と洗剤を用いて汚れを落とし、それ以外は箒で掃いたりといったことを三人で効率的にこなしていく。
それが終わる頃には、もうすっかりと日が暮れていた。
途中で昼食だったり休んだりする時間を設けたものの、常に動きっぱなしだったためか疲労困憊だった。まだやり足りなかったり、不十分とぼしき箇所があったりもしたが何とかやっていけるくらいには清掃できたと思っている。
この日は、これにて終了となりそれ以外の事などは明日やることとなった。
今日一日やってみて分かったのだが、今のところ雨漏りだったりはしなさそうだ。
次の日は正午くらいから集まることになった。
「簡単なメニューばかりで悪いんだけど、もし良かったら食べて~」と芦野さん。
何と今日は彼女が僕らのためにお弁当を作ってきてくれたのだ。
そして何故か昨夜に夏南から『明日は昼用意してこなくていいから』といった内容のメールが届いていた。それがどういった意味かは不明だったものの昼食を用意してこないでいた。
夏南は今日のこの事をまるで初めから知っていたかのようだ。そんな事は無いと思うけど。
倉庫の鍵を開け中へと入る。昨日必死に片付けをしたかいあってかドアがすんなりと開いた。
それに空気を吸ったときの埃っぽさ、微細な物質によりむせてしまうこともなかった。
「今さらかもしれないけど、昨日とは見違えるようだな」と夏南。
「ほんとだよね~。昨日あんなに頑張ったんだもの」と芦野さん。
「二人とも何から何まで僕のために力を貸してくれて有り難う。サークルらしい事はまだできてないけど最高だよ!」と僕。
それから絆を深めるためなのかは知らないが、互いに何気ない会話をした。
このサークルが誕生してから日はまだ浅いものの、こうやって何かを一緒にやってくれる仲間がいるのが本当に良いものだと再認識させられた。
その後は彼女が用意してくれたお弁当を食べ、味の感想を言い合ったりした。どれもこの上ないまでに美味しかったうえに、彼女が作ってきたというだけで笑みがこぼれるのだった。
昼食も終わり、ここからが今日一番やりたかった事。それは大学誌などに掲載されるサークルの名前を決めるというもの。だっていつまで経っても名無しのままでは何となくも嫌ではないか。
三人で意見を交わしていくうちに植物に関する事をやっていく予定なのだからという事で『植』という文字は入れると決定した。
けれどもそれだけだと名前っぽくならないと口々に言うので、大抵の大学に存在する漫画研究会を略した『漫研』からヒントを得て、ついにはサークルの名称が『植研』と決まった。
省略しないと植物研究会。何だかそのままな感じもするがこれでよしとしよう。
サークル名が決定したことにより本当の意味での僕らのサークルが誕生したのだった。
最後に『植研』と大きく書いた厚紙を窓の内側から外に見えるようにマスキングテープで貼りつけ、昨日掃除ができていなかった棚の上の荷物を整理するなどした。
こうして達成感と筋肉痛の残る土日が終わっていった。