健康診断とサークル
今朝もいつもと同様の手順で起床。昨日は、セクハラと捉えられても致し方ないことをしてしまった。咄嗟の行動だったとはいえ、今日大学で再開することがあればもう一度謝罪しておきたい。
それにできたらサークルのメンバーとしても勧誘できたら...いや、流石にそれはないか。
「おはよう、夏南。今日の服装って無地ならどんなTシャツでもよかったんだよな?」
「おう、胸部エックス線で結核の有無とか調べるらしいからな。それで良いと思うぜ」
大学の入学式以来、僕らは一緒に通学することを約束した。それに選択した履修科目も同じだったため、その方が都合がよい。
大学にも予定通りに到着。学部ごとに異なる場所にある受付も、僕らは同じ学部という事ですぐに終わった。
そして、検診が始まる時間までそこら辺を少しばかりぶらつくことにした。
その間、僕らはサークルづくりのための人員を獲得するための作戦を再度確認する。
結局昨日話し合って決めたように、とにかく多くの人に声をかけてみるというものとなった。
とはいえ、見ず知らずの相手をいきなり何の前触れもなく誘うというのは難しいものだ。
しばし歩き続けていると前方に一人で歩いている女性を発見した。これは声をかけてみるチャンスかもしれないと思った僕は夏南に目線を送ってみる。
それに対して彼は無言で頷いてくる。こうなったからには声をかけてみるしかない。
そして僕は女性に声が聞こえる距離まで近づき「あの~少しお話大丈夫ですか?」と言った。
その声に反応してくれた女性が「どうされました?」と言いながら、こっちを向く。
気まずい。僕が声をかけた女性は昨日のあの女子だった。ここで会えたからにはもう一度しっかりと謝ろう。なんか相手の方も気まずそうな表情だし。
変な誤解を持たれたまま新生活を過ごしていきたくはないし、それにこの機会を逃してしまっては話すキッカケすら作るのが難しくなると思う。
そうして、僕は彼女の方をしっかりと見て謝罪した。
「昨日のあれは本当にごめん。悪気は無かったから、ただそれだけ...」と言って後方に置いてきた夏南の所に戻ろうとした時、彼女が口を開き次のように言ってきた。
「いや、あの、昨日の事は全然気にしてないから大丈夫。あ、あとこれ良かったら食べてください」と言って彼女が肩に掛けているトートバッグから小さな包みを取り出して僕に渡してきた。
「あの、これは何ですか?」と僕が聞くと「昨日のちょっとしたお礼です」とだけ言ってどこかへ走って行ってしまった。
それから僕は夏南のところへとゆっくりとした歩幅で戻る。
<本当にこんなものを僕が受け取ってしまってよかったのだろうか?>なんて考えながら。
僕が小包みを手に戻ると夏南が「それどうしたんだ、輝?」と聞いてきたので、正直に答えた。すると彼が次のようなことを言った。
「もういっそのこと、その女子のことをサークルのメンバーとして勧誘しちゃえばよかったのに」と。それに対し「そんなことを僕にできると思うか?」と聞くと彼は一旦黙り込んだ。
そして僕が「今さっきだって無理して対応してくれたんじゃないかと思うし」と言うと「輝、悪いが俺はそうは思わないぞ。本当に昨日のあれが嫌だったらお前に何か渡したりはしないと思うけど」と夏南が言ってきた。
「そうなのかな...」と僕は、彼の言葉を素直に受け取ることができないでいた。
確かに彼女のことをサークルづくりのためのメンバーに誘うことができれば、この先のやるべきことは少なくなるだろう。
そうしているうちに健康診断が始まるまでもう間もなくとなり、僕らは受付の時に渡された紙に記載された場所へと向かう。
いやー本当にどうしたものだろうか。いっそサークルづくりを諦めてしまうという選択肢もあるが、それだけはなるべくしたくない。
これは単に僕の身勝手な考えなのだが、大学生活の上での友達は一生涯の宝と言うではないか。それに、これは仮の話なのだが僕らの作ったサークルに今後入りたいと思ってくれる人もいないとは限らないのではないだろうか。そんな理由で僕はサークルを新たに作りたいのだ。
ちなみにどんなことをするサークルにしたいのかと言うと、高校の時から植物の生育に没頭していたこともあり植物に関する事について語り合ったりできたらと思っている。
これは余談だが、上京する前に住んでいた所では庭を埋め尽くしそうなほどの草花を育てていた。
そして、大学生活のために引っ越してくる際は流石に全て持ってくることはできなかったため、一番のお気に入りの八重山ヒルギのみを持ってきた。
あちらの家に置いてきてしまった植物は家族に世話を頼むことにした。それは無茶な事だと思っていたのだが、案外快く受け入れてくれたので内心助かっている。
今度いつ帰省することができるのか分からないが、その際には多大なる感謝の気持ちを胸にしまって行けたらと思っている。
次に学部についてだが、この大学には工学科と食品科学科の二つがあり、僕と夏南は食品科学科の方に所属している。
植物関連のサークルがあったら良いなとは思っていたが結局のところ無かった。
味噌汁の出汁の黄金比について語り合うといったようなマニアックなサークルがいくつかあったりしたのだが。ただ、何らかのサークルに所属するのなら自分と少しでも共通の話題がある方が良いに越したことはない。
夏南が今回のことであっさり了承してくれたのは嬉しかった。
あの後で嫌じゃなかったかと聞くと「おもしろそ...」とのことだったので、そこまで気負うことはなさそうだ。それに一緒に何かをやってくれる友達がいるというのは本当に心強い。
これら全てひっくるめてサークルづくりを実現させたいと思っている。
勿論、無理やりメンバーに加入させたりはしたくないし、少しでもやりたいと思ってくれる人に入ってほしい。さて、本当にどうしたものだろうか......
無事に健康診断も終わり木陰で一息ついていると、さっきまで一緒に行動していたはずの夏南の姿が見当たらなくなっていた。辺りを見渡してみるも彼はいなかった。
とりあえずメールだけでもしておこうと思った僕は自分がいる場所の写真と短い文を送信した。メールの送信には成功したものの五分、十分経っても返信がない。
もう帰ってしまおうかと思っていると、ピロンというメールの通知音が鳴った。
そこには『今からそっちに向かいます。悪いけど、そのまま動かないで待っててくれないか?大事な話があるから。』と書かれていた。
どういった訳があったのかは知らないが彼からのメールに書かれていた通りにその場で、僕はゆっくりと空を流れていく雲を眺めながら待つこととした。
「あ~あそこの雲、なんか鯉みたいな形してるなぁ~...」って、ただ鯉に似た形があったからといって何を変に意識してしまっているのだろう。
昨日のあれは単なる偶然に起こった事故であって、クッキーの小包みをくれたのだってたまたまだっただろうに。
どうして僕は、こんな気持ちになってしまっているのだろう。それに、あの女子のことを意識していなかったというのなら、さっきサークルづくりのためのメンバーに駄目もとで誘うだけしてみてもよかっただろうに。
自分でも意味の分からない事をあれこれ考えながら夏南を待つこと約二〇分。
ようやく彼の姿らしきものが遠いながらに近づいてくるのが見えてきた。
それと、彼の隣にいるのは誰だろう。まさか、三人目を集めてきてくれたのだろうか。
でも仮にそうだったとしたら、さっきのメールで教えてくれても良いものではないのか。
僕に伝えづらいこと、もしくは直接でなければ言いづらいことがあった場合を除いて。
次第に彼の姿がはっきりと識別できるようになってくる度に僕は驚きも覚えた。
何故なら、彼の隣には昨日と今日で何度も話題として登場してきていた女子がいるのだから。
やはり、さっき彼女からのクッキーを僕が受け取ってしまった事だろうか。だとしたら本来渡すはずの人を間違えてしまったから返してほしいとか言いにきたのだろうか。
それとも、昨日のことを警察に訴えるとでも言いだすのではないだろうか。
二人が僕の方に近づいてくる度、どうしたものかと焦った気持ちになる。
とうとう二人がぼくの目の前まで来てしまった。
僕が夏南に耳打ちで「どうしてこの女子が一緒にいるのか?」と聞くと、彼がハッキリとした口調で「お前が作ろうとしているサークルのメンバーになりたいんだとよ」と言ってきた。
今のは僕の聞き間違いか何かだろうか。それとも本当に入ってくれるというのか。
どちらなのか確信が持てなかった僕は、彼女にも聞いてみることにした。
「本当に、良いんですか?まだ、サークルとして成り立つかすらも分からないというのに」
「あの、私、昨日二人がサークル作りのことについて話しているのを聞いちゃって。それに私の母親が花屋さんで、幼い頃からそういった空間で育ってきたってのもあるんですけど、花とかの植物全般が好きなので是非入れてもらえたらと思ったんですけど...」と、一生懸命に話をしてくれた。
その気持ちを無下にはしたくないし、サークルづくりを実現させるために最低あと一人は必要なのだから断る理由もない。
ただ、サークルとしての活動が現時点では具体的に決まっていないという課題があったため、それでも良いのか最終確認の意味も込めて聞いてみた。
それでも彼女は嬉しそうにしていたのでメンバーとして入ってもらうことにした。
そのことを伝えると「有り難うございます。こんな私ですがこれからどうか宜しくお願いします」と言ってくれた。そうして、ひとまずサークル作りのための人手が集まった。
僕、畑四季輝と明口夏南、そして今回メンバとなってくれた彼女の三人で何としてでもNEWサークルを作るという目標を達成させられるように努力するしかないだろう。
それと、彼女は僕らと同じ学科の一年で芦野梨実花という名前らしい。
大学には、電車で約三〇分かけて通学しているとのこと。何故そんな事が分かったのかというと、この後の帰り際に教えてくれたためだ。