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芽生えたもの

 両手に大学用のカバンと今、スーパーで購入した食材を詰めた袋を持ち家まで歩いていく。

「ただいま~母さん...」って僕は今、絶賛一人暮らし中だった。だから、当然のことながら返事が返ってくることはない。別に母さんに会いたいとか、母さんの作る料理が恋しいなどということはない。

 時刻は午後一時過ぎといったところだろうか。袋から買ってきた物を取り出していく。

 ホッケに牛乳、ジャガ()()!?

 これは一体どうしたものだろうか。こんな経験は今まで一度もしたことはない。

 何があったのかというと、買ってきたばかりのジャガイモから芽がにょきにょきと生えているのだ。

 袋に入れる前までは少々泥がついていて、つるつるだったというのに。今ではザラザラしてしまっている。

 もしかして僕が今まで知らなかっただけで、ジャガイモって奴は比較的すぐに有毒な芽が生えてくるものなのだろうか?

 だとしたら全国の主婦や料理人たちは、さぞかし大変な苦労をしているということになる。

 だって、ジャガイモの芽には、ソラニンやチョコニンと呼ばれる天然毒素が存在しており、食べてしまったら最後、大半が食中毒を起こしてしまい、自身の体調を危機に晒してしまうことになるのだから。

 そして、そうならないためにもピーラーや包丁などの調理器具を用いて下処理するではないか。

 まさか、こんなにも早く芽が出てきてしまうとは想像もしていなかったが。


 驚きを隠せぬまま、続いての袋の中身を出していく。

「葉っぱが立派だなぁ~この人参は...」

 えっ、だって、これも袋に入れる前は葉の部分がカットされていたではないか。こんなにすぐに葉が再生するといったことは絶対にありえない。祖父が人参農家だったから今の状況が普通ではなく異常な事だとはっきり言える。

<だとしたら、さっき買ってきた他の食材たちにも何らかの異常事態が起こってしまっているのではないだろうか?>という焦りの気持ちが強くなる。

 何も起きていないことを願いたいが、この状況から察するに、そう上手くいかないような気がする。

「やっぱり、こうなっちゃうか~...」と溜め息交じりに言葉を発した。今度は、大根に花が咲いていた。

 これも今までのと同様、購入して袋に入れるまで花など確認することはできなかった。むしろ、蕾すらも見当たらなかった。それなのに今は、こうして花が咲いている。

 それからというものの、このような不可思議な事がおきた食材が見つかった。

 まるで、土に埋まっていた時のように凄く生きいきとしていた。

 これらは、どうしてこうなってしまったのだろう?何かが作用したとでもいうのか?

 まさか、これが僕の中に眠っていた力だとでも言うのだろうか。それに、あの時の出来事は夢だったんじゃないのか。だが、実際に今、僕の目の前でありえないような事が起こっているのだから、確実に何かの力が作用しているとしか考えられない。

 ともかく、この力が僕や周囲の人、物に対して悪影響を及ぼさないか心配である。それに今は、何に対して作用するのかといったこと、力の性質が不鮮明の二つを一刻も早く解決したい。

 とりあえず、今は何とか臨機応変に対応していくしかないだろう。

 食材を冷蔵した後、僕はスーパーで購入したカップヌードルを食べた。


 突然だが、ここまでの状況を一旦整理することにしよう。

 今の時点では、この力が野菜にしか作用しないことが判明している。生魚の入ったトレーを買い物袋から取り出しても何も変化が起こっていなかったためだ。

 直接トレーの中の物に触れていないからといったことは考えにくい。何故なら、三個入りで薄いビニールにパックされていたキュウリの場合、直接中身に触れることはない。

 しかし、購入した時に枯れかけてパサパサになっていた花が帰宅後に袋から取り出すと花本来の潤いを取り戻し咲いていたのだから。

 ざっと今の時点で謎の力について分かっている事は、このくらいだ。


 今の時刻は、午後五時半。

僕は、これから簡単なものにはなるけれども夕飯を作ることにした。

「さ~てと、まずは野菜の下処理からやっていくとするか」と、わざとらしく言い捨てて料理開始。

<もう、さっきみたいな変な事は起こらないでほしい>と、祈りながら手を動かしていく。

 そうして一時間程経った頃、夕飯が無事完成した。

 台所の三角コーナーに捨てた野菜の皮は特に廃棄する前と変わらず、野菜を切っている途中にも、これと言って変わったことは起きなかった。

 そして、調理器具から野菜炒め、味噌汁を食器によそい米と共に食べ進めていった。

 それが終わると、入浴、明日のための気持ちづくりをして眠りにつく。 

 その日は、入学式での緊張、疲労してこともあってか布団に入るとすぐに眠ることができた。


 翌朝も昨日同様に目覚まし時計を右手で止めスイッチを切った後、布団から抜け出す。

 そして朝食やら何やらを全て済ますと、お気に入りの絵柄のTシャツと、薄手のコートを羽織って家を出る。今日は夏南と一緒に大学に行く約束をしていたため、昨日のあの場所に向かう。

 あの場所と言っても、ただ昨日の帰り道、別れただけの場所に過ぎないのだが。

 待ち合わせ場所に先に着いたのは僕の方だった。<少しばかり彼が来たら驚かせてやろう>などというよからぬ考えが頭をよぎり、電柱の陰に身を潜める。

 それから少しして彼がやってきたのを確認した僕は気づかれないように彼の背後に回り込むと「わっ!!」と大きな声を出す。

 だが、彼は顔色一つ変えることなく何事も無かったかのように歩き続ける。僕が、こんなことをしたから無視をすることにでもしたのだろうか?しばし僕はその場に立ち止まった。

 すると「お~い、てる。早く来ないと()いてっちまうぞ~」といった彼の声が聞こえてくる。

「待ってくれ~夏南...」と言いながら僕は彼の横に走っていった。

「さっきのは五月蠅かったぞ、てる!」

「いや~、ただ少しばかり驚かせようとしただけだから。ごめんってば~」と、愛想笑いを浮かべながら言った。

 それから大学に着くまでの間、ちょっとした会話をすることとした。

「聞いてくれるか、てる?」と夏南。

 それに対し「おぉ、どうした~?」と僕は答える。

「あぁ、あのさ~俺、なんか変な夢を見たんだけど、最後が何だったかな~って感じで」

「具体的にどんな夢だったんだよ?」

「今日の大学新入生対象オリエンテーションの後にサークル見学みたいのがあったんだけど、そこらで輝が何か凄い事をしたんだよ」

「僕が凄いことを、か。一体何をするんだろう?」と言うと、彼は話すことが無くなったのか、その夢を思い出そうとしているのか黙り込んでしまった。

 それに対し僕は、いくつか彼に話そうと思っていた事があったものの、そんなに大事な事ではなかったため話すのをやめた。昨日の謎の力について相談してみても良かったが、かえって心配させてしまいそうだったため、状況的に至急話す必要性が無い今は、自分で何とか頑張ってみることにした。

 

 何とか予想していた通りの時間に大学に着くことができた。

 ひとまず、オリエンテーションの行われる会場へと向かう。座席は自由で、大学(ここ)に通っている友達や知り合いは夏南しかいなかったため、とりあえず今日も僕の隣の席には夏南がいる。

 割と早めにオリエンテーションが終わり、今度はサークルなどの大学の敷地内の見学となった。

 もし、仮に新しいサークルを作りたいと思った場合は最低三人以上のメンバーが集められれば大学側に申請することができるとのことだったので、その時は夏南に相談してみようなどと考えていた。

 僕らは片手に大学の敷地について記されたマップを持ち、あちこち見て回った。そんな中、夏南は始終欠伸を繰り返していた。

 確かに僕的にも()()といって入りたいと思うサークルは、まだ見つかっていなかった。だが、何らかのサークルに所属しなければ新しい友達ができないとよく耳にするではないか。

 だから、もう少しだけ見て回り、それでもなければ新しいサークルを作ろうという考えになった。

 しかし、新しいサークルを作るにしても必ず夏南以外に誰か一人を加えねばならない。

 そのため、この案件はほぼ不可能に近いかもしれない。だって大学生活二日目にして、僕は夏南以外の男女誰一人と話ができていないのだから。初日の大学教授に注意されたのは除くものとして。

 そうしている間も刻一刻と時間は止まることなく流れていく。その時、放送が流れてきた。

 それにより、もう少ししたら再びオリエンテーション(さっきの)会場に戻らなくてはいけなくなった。何か大事な情報を誤って伝えてしまったのを訂正するためだとかで。

 そういう訳で新入生一同、会場までゆっくりと歩いていく者、走っていく者など色んな様子が見受けられた。僕らも遅れない程度のペースで歩いていく。

 そこでサークルについてどうするか彼に聞いてみたが、僕と同じ意見で所属したいものが見つけられなかったらしい。そのまま僕は断られないことを願いながらサークルを新たに作りたいという旨を相談してみた。以外にもあっさりと了承してくれた。

 それは良かったものの、あと一人を集めるという最初にして最難関と思われる問題があったため、現実問題結構厳しいのではないかと予想される。

 そして階段を下りていく途中、僕らの横を歩いていた一人の女子が足を踏み外し、今にも転げ落ちそうになっている。それに気づいた僕は、咄嗟に彼女の腰に手を回し支えていた。

「あっ、ごめんなさい。怪我は無い?」と僕は聞き、何事も無かったかのようにさっと手を放した。

 すると彼女も「いえ、こちらこそ有り難うございます」とだけ言って、ほんのりと頬を赤くし走り去ってしまった。

 そのやり取りを見ていた夏南が「てる、今の女子()すっげー可愛かったな」と僕の方を見て言ってきてるのは分かっていたが、つい段々と姿が小さくなっていく彼女を目で追ってしまっていた。この気持ちを上手く表現することはできないが何だかほんわかと胸の奥が熱くなってくる。

 これが俗に『恋』と表現されたりするものなのだろうか。そして、これが朝、夏南の言っていた()()()()なのだろうか。たまたまそんな感じの夢を見ただけなのだろうけど。

 

 さほど重要ではなかった情報を会場で聞き終えた後、僕らは帰宅ついでにどうやってサークルづくりのためのメンバーを集めるかについての作戦会議をした。

 その結果、明日の新入生健康診断の際に『とにかく多くの人に声をかけてみる』というものとなった。無謀な挑戦かもしれないのは重々承知だが、やってみるに越したことはない。

 ともかく明日がサークルづくりにおいて大事な日になることは確実なのだ。





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