未知との遭遇
チリリリリリッ...と目覚まし時計の音が枕元で鳴り響く。『ふわぁ...』と一つ大きな欠伸をしてうっすらと目を開けた。
そして目覚まし時計のスイッチを切り布団から抜け出す。昨夜の残りの味噌汁と今、グリルで焼けたばかりのサバをおかずにして白米を食べ進める。
そう、今日は待ちに待った大学の入学式当日。僕の名前は畑四季輝。田舎から都会へと上京してきたため、これからは一人暮らしを満喫し放題なのだ。親の小言を聞かなくてよいだけでなく、これまで以上に有意義で充実した時間が増えることだろう。
そんなことを色々考えているうちに大学へ出かける準備が整った。着慣れていない黒光りしたスーツを身に纏い、こじゃれたネクタイを首に結び意気揚々とした気分で家を出た。
僕がこれから通う大学は家から徒歩で三〇分程の位置にある。電車を利用すれば約八分程で大学最寄りの駅に到着するのだが、費用の節約のためにという思いで僕は徒歩で通うことにした。
携帯のナビアプリを片手に大学を目指す。予定では入学式前点呼の二〇分前には着きそうだ。
歩き始めて間もなく三〇分となる。が、いまだに大学らしき建物が目に入ってこない。ということは、どこかで道を間違えたorそもそもの目的地情報の入力ミスの二択のうちのどちらかだろう。僕は急いで目的地の情報を再度入力し直した。
今度は確実に間違えていないという絶対的な自信を胸に再度ナビアプリに表示された地図に目をやる。
「えっ、どういうことだ。これは...」
僕にも今、この状況の意味が全くと言っていいほど分からない。ナビアプリは至って正常に作動しており、大学までの正確な道路情報を示している。
それなのに周囲には明らかに都会らしかぬ風景が広がっているではないか。
僕も携帯の画面に気を取られすぎていて周りが一切見えていなかったというのは問題だが、これは本当に意味が分からない。
とにかく一旦落ち着こう。ここでパニックになってしまっては何も始まらない。
「すう~...はぁ~」と大きく深い呼吸を三、四回繰り返した後、もう一度周囲の景色と画面上の地図を見比べた。が、やはり意味が分からないのと、この状況を飲み込むのに僕の脳みそが追い付いていない。
そして本来であれば大学は現在地から後、五分位の所にあるとなっていて、目印の看板がもうそろそろあってもいいとのこと。
それから気を取り直し、看板を探してみたりもしたが見つかることはなかった。ついには点呼まで残り三分を切ってしまったではないか。
<僕の大学生活は、どうなってしまうのだろうか?ここは一体どこなのか?>などと言葉にならない複雑な気持ちが脳内を駆け巡る。
そうこうしているうちに入学式前点呼の時間を迎えた。
状況は依然変化なし。とにかくこの状況を抜け出す方法を見つけるしかない。
そうして必死に考え抜いたのち、一つのある方法を導き出すことに成功した。
「誰かいませんか~それと立花木大学への行き方を教えてくださ~い...」と大声で叫んでみるというものだった。その結果は何とも不思議なものだった。
もの凄い暴風雨がいきなりふり出したかと思えば、上空からは見たことのない火の玉のようなものが落下してきた。
ドシャン...と鈍い音が地響きとして周囲に伝わった。次第に落下物周辺の塵や砂ぼこりが薄くなり、その全貌が明らかとなる。
「おほんっ、わしとしたことが。ところでお主はなぜ黙り込んでいるのだ?」と、どこからともなくアルト調の声が聞こえてきた。
これといって声を発するようなものは近くに見当たらないし...って、まさか落下物!?ってか、小さいもののおじいさんのような見た目をしている。人が空から降ってくるなんてことがあるのだろうか。いや、今は、そう考えるしかない。
「もしかして今の声は貴方のですか?」と、さりげなく聞いてみた。
するとすぐに返事が来た。「そうじゃ。お主にさっき声をかけたのは紛れもなくこのわしじゃ」と。
その者の姿は、どこか特異的で...って、そんな事よりもまずは、ここがどこなのかということと大学までの道順を聞かなくては。
ただですら入学式前点呼に遅刻しているというのに、これ以上のタイムロスは許されないのだから。
僕は勇気を出して聞いてみた。「あの~ここは一体どこなのかわかりますか?」と。
「そうじゃった。言い忘れてたというよりむしろ半分忘れかけておったわい。ここは、わしの作った亜空間で...」と、様々なことをもの凄い早口で話してくれた。そのおかげで携帯のホーム画面の時計は一時間ばかし経っていた。
今の話を簡単にまとめるとこうだ。
まず、僕は何かの抽選によって選出された。そして僕の中に眠っている潜在的な力を引き出すというのだ。
何故この僕が選ばれたのか、その力とは何なのかなどと色々考えてみるも一切見当がつかない。
ただただ時間が過ぎ去ろうとしていたとき、そのものは僕にこう告げた。
「それでは今からお主に眠っている力を解放するぞ?」と少しごもった声で。
いきなり何をされるんだろう。何も分からぬまま、僕は声に従い目をつむる。それから少し経った頃、おでこの中央らへんがじわじわと温かくなってくるではないか。なんだか春のぬくもりに包まれているかのようだ。
「おい、てる。起きろ!お前の名前呼ばれてるぞ」と聞きなれた声が耳に入ってくる。
はっとした僕は目を開ける。そこは、さっきいた場所などではなく大学の体育館で席についていた。
僕に声をかけて起こしてくれたのは、隣に座っている明口夏南。僕と同じ高校に通っていた唯一の親友とも呼べる存在で、共に上京してきて今の状況となる。
そして僕は「はい!!」と遅れてしまったが元気よく返事をした。今は学長が一人ひとりの名前を呼んでいっている。ということは、さっきの不思議な出来事は夢だったということだろうか?
そうだと仮定すれば、僕は予定通りに大学に着き、体育館での点呼を終え席について少しばかり寝てしまい、緊張していたせいでか変な夢を見てしまったということだろう。
さっきのが夢だったと考えれば、全て説明がつく。空から落下してきた者については誰だったのか分からないが、夢ならそういったことがおきても何ら不思議ではないだろう。また、おでこが温かく感じたのも夢だったと考えればいいだけの話だ。
そうして、無事に入学式が幕を閉じた。終わった後、名も知らぬ教授から少しばかり叱責の言葉をいただいたりもしたが。
帰るために再び大学の正門をくぐる。隣には夏南がいる。
こいつは、僕の住む家から少し離れた位置にある親戚の家にしばらくの間、世話になるらしい。
知り合いが各地にいるってのは便利だ。それに対し僕の場合は、ほぼ全員が実家周辺に住んでいる。
別に羨ましいだとか、妬ましく思っているだとかといった感情は無い。多分。
とりあえず僕らは、互いの家からちょうどいい距離になるところで別れることにした。
そのままの流れで僕は近所のスーパーへと足を運び、生魚、野菜などの今日の夕飯メニューになりそうなものを手に取り会計を済ませた。