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消えた携帯電話

ショートストーリです


「お、いたいた」


 静かな図書館に、場違いな陽気な声が響く。

 顔見知りの男性から声を掛けられ、紗愛は露骨に嫌な顔をした。柳さんのお喋りに付きまとわれて、最近は他の図書館利用者からマークされてしまっているというのに。

 ちなみにその柳さんは、紗愛のすぐ隣に座って大人しく本を読んでいる。紗愛に怒られたためだ。

 声をかけてきたのは別の男性。柳さんが顔をあげて、その人物を確認する。


「あ、新井じゃん。どうしたの?」

「ちょっと助けてほしいんだよ。俺の携帯が密室から忽然と消えちゃってさ」

「え、何それ。面白そう」

 柳さんがあっさりと食いついた。こういう話が好きなのだ。

「そうですね。行ってらっしゃい。私は本を読んでいますので」

「えー、紗愛ちゃんも行こうよー」

「そうそう。美貴だけじゃ不安だし。豚汁のときみたいにぱっと頼むよ。なっ?」

「……はいはい。分かりました」


 紗愛はため息をついて立ち上がった。このまま断り続けても頼み続けられそうで、図書館の迷惑になると判断したからだ。

 ただ少なからず、密室という言葉にも少なからず興味を惹かれていた。



  ☆☆☆



 向かった先は、探偵サークルの部室だった。

 ついさっきまで新井さんは一人でサークル室にいて、意味もなく掃除やら筋トレをしてだらだらと時間をつぶし、鍵を掛けて部屋を出た。

 そして携帯を忘れたことに気付いて再び戻ったが、見つからなかった、と。


「……それって、単に部室のどこかに転がっているんじゃありませんか」

 紗愛が冷たい視線を向けた。密室でも何でもなかった。

「ああ。そうかも! さすが石田ちゃん」

 新井さんが大げさに手を打つ。

「ただ、結構探したんだけどなぁ……」

 そう言いながらサークル室の扉を開ける。確かに鍵は掛かっていたようだ。

 部屋の中はそれほど物がないのでさっぱりとしているが、パッと目携帯電話は見当たらない。

「僕が電話かけてみようか?」

 柳さんがスマホを取り出す。けれど、柳さんが電話を掛けようとする前に、新井さんがそれを止めた。

「あ、それいいな。でも、ちょっと待て。美貴じゃダメなんだ。非通知設定にしているから」

「ええっ。なにそれ、酷い!」

「いや。だって昨日ゲームしているときにいちいち電話してきてうざかったから一時的に。それがそのままだった」

「まぁ、多少は同意できますね」

「えぇーっ」

 紗愛もうなずいた。柳さんの間の悪さは、紗愛も何度か経験済みだ。

 すると紗愛は、新井さんの視線が自分に向いていることに気付いた。

「……何ですか?」

「いやぁ。美貴の携帯が駄目なら、石田ちゃんのがあるかなって」

「……私ですか」

 紗愛はあからさまに嫌そうな顔をした。

「そもそも私、新井さんの番号を知らないですよ」

「俺が教えるから。えっと……」

 新井さんが紗愛の話を聞かずに勝手に電話番号を口にする。紗愛は仕方なくスマホを取り出すと、もう一度その番号を聞いて、数字を打ち込んでいく。

 しばらくして、軽快な音楽がどこからか聞こえてきた。

「おっ、あった。あそこか」

 音の震源は棚の上に平積みになった雑誌の下だった。どうしたらあんな場所に置かれているのか。誰かが意図的に隠したとしか思えない。いや、実際そうなのだろう。そもそも――

 新井さんは棚の上から携帯を手に取って、画面を確認する。そして大きな声で叫んだ。


「って、なんじゃこりゃ」

「え、どうしたの」

 柳さんが驚いた様子で画面をのぞき込む。

 特に不審な点はなかった。先ほどの着信が非通知設定になっているくらいだ。


「えっ……なんでこれ……」

「そりゃ。非通知設定で電話しましたから。簡単ですよ。電話番号の上に184とつけるだけです」

 さらりと紗愛が述べる。


「えっ。それじゃ意味がないじゃ――」

 言いかけて、新井さんは口をつぐんだ。

 紗愛は大きくため息をつくと、冷たい視線を新井へと向けた。

「そうですよね。そもそも今回の話は、新井さんの自作自演ですから」

「え、そうなの?」

 柳さんが意外そうに声を上げる。

「はい。この部屋はしっかりと鍵のかかった密室でした。わざわざ密室から何らかのトリックを駆使してまで人の携帯を盗むようなことが事件が起こるより、自作自演であった方が可能性としては高いですよね」

「そっか」

「普通あんなところに携帯を置きません。つまり、あのような場所に意図的に隠して電話を掛けさせようとした。その動機は……」


「うう。そうだよ。石田ちゃんの連絡先を知りたかっただけさっ」

 紗愛がすべてを語る前に、新井さんは叫んだ。紗愛としてもあまりに馬鹿馬鹿しく説明するのも嫌だったので、その点は感謝した。

「これを見ろ。この見事に男の名前しか並んでいない連絡帳を! ううう。俺だって美貴みたいに、女の子の名前が欲しかったんだよっ」

 新井さんが血の涙(比喩的表現)を流しながら叫んだ。

 はぁ、と紗愛は大きく息を吐くと、新井さんの手から携帯を抜き取った。


「……まったく、仕方ないですね」

 そう言いながら携帯を操作していく。こういう機器に疎そうに思われがちの紗愛だが、そこは現役の女子高生。慣れた手つきで登録を終えた。

「はい。これでいいですよ」

 紗愛は携帯を新井さんに返した。

「おおおぉっ。マジで――って、あれ、これは……?」

「はい。柳さんの登録のところ。『柳』になっていたのを、名前に変えておきました。ついでに、ちゃん付けにしておきましたので、それっぽい雰囲気は出たかと」

 名字だけや男性の名前だけが並ぶ登録画面の中、ひときわ目立つ「美貴ちゃん」の文字。

「えーっ、ちょっと、紗愛ちゃん。それ僕的にもなんかやだなんだけど」

「俺だってそうだよっ。いや……でも待てよ? ちょっと試してみるか?」

「だから、やだだってっ。着信拒否しているくせに」

「安心しろ。あれは石田ちゃんに電話させるための嘘だから。ほら、物は試しに一度電話をかけてみろって――」

「それじゃ失礼しますね」


 二人が不毛な争いをしている中、紗愛はこっそりとサークル室を後にした。

 そろそろここの図書館に寄る習慣を変えようかと考えながら。





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