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密室の作り方




「ねぇねぇ紗愛ちゃん。名探偵を目指すなら、適当な小道具だけで密室トリックを作ることが出来ないといけないと思うんだ」

「そうですね」

 紗愛はいつものように気のない返事をする。


 柳さんはミステリー好きで探偵サークルに所属する大学生だ。

 ただミステリー小説のような事件なんて簡単に転がっていないので、その代わりにこう主張したいのだろう。

 ――密室やアリバイ、怪奇現象をトリックとして解けるのなら、名探偵は逆にそれを作り出すことができる、と。


 というわけで。

 大学の図書館で本を読んでいたところを見つかった紗愛は、今日も柳さんに付き合わされるのだった。もっとも、いつも最終的には紗愛が問題を解決して、だからこそこうやって付きまとわれるようになっちゃったんだけど。

 最近では柳さんが来ることを想定して、多少の会話なら許される軽食可能スペースにいることも多くなった。


 紗愛の冷たい反応もいつものことなので柳さんは気にした様子もなく続ける。

「うん。だよね。そこで今回はどこにでもある紙とペンだけで、密室トリックを作れるか挑戦してみるね」

「そうですか。それではどうぞ」

 紗愛は慣れた調子で柳さんの言葉を促した。

「うん。例えばそうだねぇ……」

 そう言いながら、柳さんはカバンから机の上にペンと紙を取り出して、文字を書いた。


『今日は雨だ。今は午後三時。おやつはどうしよう?』


「こうやって、実際は犯人が書いたんだけど、被害者がこの時間まで生きていたような日記を部屋の中に置いておく、なんてどうかな」

「どうでしょう。その程度ではいくらでも偽造できますし、信ぴょう性に欠けますよ。筆跡の問題もありますし」


「うーん。なるほど。じゃあ、こういうのはどうかな?」

 柳さんはそう言うと、紙を手に取って二回折りたたんだ。

「この紙をドアの隙間に挟んでおく。ついでにペンはドアに立てかけておくんだ。で、扉に鍵が掛かっていたから窓を割って侵入する。すると扉はこうなっていた。これでは入り口から入れない。密室だ!」

 熱演する柳さんをしり目に、紗愛が冷たい口調でツッコミを入れた。

「わざわざそこまでしなくても、鍵がかかっている時点で密室じゃないですか」

「そりゃそうだ」

 柳さんが、がっくり肩を落とす。

「でも発想はいいと思います。これを使うことで、例えば和室のふすまなど、鍵のかからない扉を密室にできますね」

「あ、そうか。さすが紗愛ちゃん!」

「でもわざわざそんな状態で中の人が死んでいたら、誰かがトリックで密室にしましたと、宣言しているようなものですが」

「紗愛ちゃん、そういうメタ的なことは言っちゃだめだよ!」

 確かにそれを言っちゃお終いである。

 まぁそれはさておきと、紗愛はもう少しまともな指摘を加える。


「そもそも、紙とペンという小道具を用意したのに、扉に挟むだけでは面白みがありませんよ。他の物でも代用できます」

「じゃあ。例えば電話がかかって来てそれを聞きながら紙とペンでメモをしていた、という設定は? それを聞いて無ければ分からない情報だったら、ただ日付を書いてあるよりいいんじゃないかな? 走り書きなら筆跡も分り難いし」

「そうですね。さっきの日記もどきよりはまともです。ただそれって、密室よりアリバイトリックになっていません?」

「うん。そうだよ?」

「最初、密室トリックを作るって柳さん、言っていませんでしたっけ?」

「う。そうだったかも。どうしよう」

 紗愛はふぅっとため息をついた。

「まぁ、時間を設定することによって成立する密室というのもありますから、それでもいいですが」

「え、どういうこと?」

「たとえば鍵が掛かっていなくても、唯一の入り口の前で、何時から何時まで別のサークルが活動していて、その間誰もこのサークル室に出入りしていない、という証言があれば、それは密室になりますよね」

「なるほど、さすが紗愛ちゃん。よし、じゃあ実際に出来るかやってみようよ」

「……結局、やるんですよね」


 紗愛は諦めた様子で、読んでいた本をぱたりと閉じた。

 柳さんはそんな紗愛の気持ちを知ってか知らずか、いつもの調子で設定を語り出した。


  ☆☆☆


 鍵を掛けて出た部屋。

 財布を忘れたと思い出して部屋に戻ると、机の上に置いてあったはずの財布が消えていた。

 扉の鍵はかかっていた。窓も鍵が掛かっていて密室。

 普段と変わらない部屋。

 違いがあるとすれば、それは机の上に置かれた紙とペン。


 それを見て、紗愛ちゃんは言ったのだ――

「これは紙とペンを使った、簡単な密室トリックですね」

 と。


  ☆☆☆


「はい。その心は――?」

 柳さんが振ってきた。

 紗愛は間髪を入れずに、柳さんに言った。

「柳さん、ご自分のズボンの左ポケットを探ってください」

「うん」

 柳さんがどうなるんだろうと言った感じでワクワクしながら、自分のポケットを探る。

「財布、入っていますよね」

「うん」

 柳さんがいつもそこに財布を入れているのは紗愛も知っている。

「つまりそういうことです」

「え」

「財布を忘れて戻ってみたら、密室から財布が消えていた――。そのオチは、実は自分で持っているのに気づかなくて忘れていた、です」

「えー。もっと本気でやってよー」

 柳さんが駄々をこねる。

 やっぱり駄目だった、と紗愛はため息をついた。

「まったく仕方ないですね。分かりました。真面目にやりますので場所を変えましょうか。どこか、人がいなくて使えそうな空き教室はありますか?」




 柳さんの紹介で移動したのは旧棟の一階奥にある小さな部屋だった。広い大学の構内にはこういう部屋がいくらでもあるようだ。少人数のゼミを行うような部屋で、机がロの字で並んでいる。今の時間は使われておらず空き教室になっており、扉の鍵もかかっていない。

 紗愛は教室の位置と部屋の構造を確認すると、ロの字に並んでいる机の上に、新たな紙と黒のボールペン、そして柳さんから借りた財布を並べる。


「鍵の代わりに柳さんは入口に立っていてください。私は少し準備します」

「うん。分かった」

 柳さんを先に教室の外に出させ、紗愛は少し遅れて出てきた。

「中を確認してください。問題ないですよね?」

 出入り口の扉に窓は付いていないので、扉を閉めてしまえば中は見えない。

 だからその前に柳さんに中を見てもらう。財布も紙もペンも、同じように机の上に置いてあるままだ。柳さんはそれを見てうなずいた。

「うん。ちゃんと財布はあるね」

「はい。それでは扉を閉めますので、この状態で入口を見張っていてください。私は少し外しますね」

 そう言って紗愛は姿を消した。

 

 それから数分ほどして紗愛は戻ってきた。柳さんは言われた通り素直に扉の前で待っていてくれたようだ。

「それでは、中にどうぞ」

「え? もういいの」

 驚きつつ、柳さんは扉を開ける。

 机のどこに財布があったっけ……とつぶやきながら柳さんが部屋を見回す。

 ロの字型に並んだ机。ぱっと見、財布は見当たらない。

 柳さんはそれに驚いた様子をみせたけど、まだ紗愛に尋ねることはせず、その状態を確認しただけで、次に紙とペンに目を向ける。

 さっき置いたときは白紙だったA4用紙に、黒いボールペンで何か文字が書いてあるようだった。

 柳さんは近づいて紙を手に取り、それに目を通した。


『 ※ ここは密室です 』


「……紗愛ちゃん?」

「はい。これでこの部屋は密室になりました」

 窓際に立って部屋全体を見渡すようにして、紗愛がどや顔で言った。

 柳さんはため息をついた。

「まさか紗愛ちゃんが、落語的なオチで締めようなんて……」

 拍子抜けした様子をみせる柳さん。

 だが気にした様子もなく、紗愛はさらりと言う。

「でも財布はないですよ? 柳さんが入口に立って見張っていましたよね?」

「う。確かに……」


 入口には自分がいた。紗愛が姿を消した数分間。紗愛はもちろん、他の誰も教室の近くに現れることはなかった。

 ここはサークル室と違って一階なので窓からの出入りもできるが、いま改めて見ても、鍵はすべて閉まっている。

 確かに密室だ。


「えー。すごい。確かに密室だ。どうやって財布は消えちゃったの?」

 柳さんはあっさりと降参した。

 そのことに物足りなくも感じつつも、いつものことなので、紗愛はもったいぶらずに種明かしをした。

「窓から入って取りました」


 そう言って紗愛はポケットから柳さんの財布を取り出した。

 確かにそれは教室に置いておいたものだった。

「え、でも窓には鍵が掛かっているよね?」

「はい。今さっき掛けました」

「……へ?」

 柳さんの目が点になった。

「私が最初ここを出たとき、鍵を開けておいたんです。で、柳さんが扉の前で見張っている間に、回り込んで窓から入って財布を持っていき、白紙に『密室です』って書いておきました」

 まだ納得のいかない様子の柳さんに向け、紗愛が悪戯っぽく笑いながら告げる。

「そして柳さんがもう一度この部屋に入ったとき、紙に書かれた文字に注目しましたよね。その隙に、一緒に部屋に入った私は、こうやって……」

 一度扉側に戻った紗愛は、すぅっと窓際まで移動すると、部屋の中央に立っている柳さんに顔を向けながら、自分の身体で隠すようにしながら、後ろ手で鍵の開け閉めをして見せた。


「うう。まさかこんな簡単な手で……」

「一点に注目させておいて……というのは手品でもよくある手ですよ。以前カフェテリアで柳さんが私にやろうとしたことのお返しです」

「うーっ。あのとき僕は失敗したのにー」

 柳さんが珍しく悔しそうな顔をした。

 そんな柳さんに向け、紗愛が微笑みながら続ける。


「――もっともこれは紙とペンじゃなくてもできますけど」

 そう言った紗愛は、机に置かれた紙を持ち上げ、そこに書かれた文字を柳さんに見せながら、悪戯っぽく笑みを浮かべた。


「こうやって文字に書くだけで、正確には密室でも何でもないこの部屋を、『密室』という『設定』にはできますよね?」





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