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親切な犯人



「ねぇねぇ紗愛ちゃん。よく探偵が、関係者を一堂に集めて理論的に追い詰めて犯人はあなたです! っていうのがあるよね? あれって絶対、犯人と一対一だと怖いからだよね?」

「ミステリーの演出だと思いますが……確かにそういう考え方も面白いですね」


 柳さんの主張に、紗愛は図書館へと向かっていた足を止めて答えた。

 高校の学校帰り、いつものように隣にある大学の図書館に向かっているところで柳さんと出会ったのだ。


「でしょ? でも犯人もみんなの前で言われちゃうの可哀想だよねぇ。人の良い人が仕方なく犯罪を犯しちゃったってこともあるし、何かいい方法ないのかなぁ」

「別にそこまで犯人に気を遣う必要はないと思いますが」

 紗愛は苦笑した。

 そういう意見が出てくるあたり、柳さんは少し優しすぎるのかもしれない。

「で、まさか代わりに私が犯人を告発する探偵役をしろというわけじゃありませんよね?」

 いつもと違い、今日は図書館の前で紗愛が来るのを待ち伏せされたのだ。紗愛に何か用があるのだろう。

「ううん。違うよ。ただ今回の事件のことで相談があって……」

「はぁ。やっぱり探偵サークルの話ですか。まぁ真面目に活動している点は、感心できますが」

 非公認サークルとはいえ、それなりに相談が来ているようだ。

「うん。みかちゃんに関係者のアリバイを調べてくるようにって言われたけど、なんか気が乗らなくて……」

「――って、活動する気ないじゃないですかっ」

 紗愛はあきれた。さっきの感心を返してほしい。

「ご、ごめん。いちおう理由があるんだけど、とりあえず、どんな事件かだけでも聞いてもらってもいいかな」

 柳さんはそう言うと、紗愛がうなずく前に、勝手に語り出した。



   ☆☆☆



 事件の舞台は、日本古文書の研究会という集まり。

 いわゆる単位が関係するゼミとは別の自主的な集まりで、日本の中世史が専門の教授である曽根壮一郎と、学生の大内・赤松・山名の三名で構成されている。いずれも男子である。

 先日、曽根教授が教授室に保管していた古文書が紛失した。状況からして、盗難の可能性が高いという。

 紛失した古文書は、群馬の実家から通っている赤松が最近持ってきたもので、曽根教授によれば、歴史的発見だという。ただまだ研究段階だったため、他の古文書とともに置いてあるだけで、厳重な保管はしていなかったとのこと。その隙を狙われてしまったというわけだ。

 古文書の存在を知っていたのは教授を含めて四人のみ。金品や他の史料には全く手が付けられておらず、明らかにそれだけを狙って盗まれており、つまり犯人がいるとすれば、古文書の存在を知っている研究会のメンバーになる、と。

 


「それをみかちゃんがどことなく聞きつけて、教授に事件を解決するって請け負っちゃったわけ」

「はぁ。西園寺さんらしいですね」

 相談に受けたのではなく、こっちからアプローチをかけたようだ。探偵の押し売りである。

「それで僕はみかちゃんに言われて、その中の大内さんのアリバイを調べるようにって言われているんだけど」

「調べればいいじゃないですか」

「うーん。だけど大内さん今、大学休んでいるんだ。何でも大内さん、左足を骨折しているみたいで」

「じゃあ犯人ではありませんね」

「でも足がプラプラになるほどの重症じゃなくて、杖をつきながらなら歩けるみたい。この間も事務的なことで大学に来て、曽根教授にも会っているそうだよ」


 犯行を実行することは不可能ではない。そのためアリバイを調べる必要はある。ただ彼は現在大学に通っていないので、それを調べるためには、彼の自宅まで行かないとならない。その作業を西園寺さんが柳さんに命じた、ということらしい。


「……つまり柳さんは、相手の家まで行くのが面倒ってだけですね」

「い、いや。それだけじゃないよ。実はその、大内さんが犯人の可能性が高くて、それで顔を合わせるのが……」

「ああ。なるほど。それで先ほどの話に繋がるわけですね」


 柳さんの事情は分かった。

 それはそれでどうかと思うけれど、行くのが面倒くさいからという理由よりはずっと良い。


「でもどうして、大内さんが犯人の可能性が高いのですか」

「うん。実は防犯ビデオがあって、それを特別に見せてもらったんだけど、そこに犯人っぽい人が映っていて、左手に杖を持って歩いていたんだ」

 紗愛の眉がぴくりと動いた。

「それは杖で本当に間違いないんですか?」

「うん。それはもちろん。僕もみかちゃんもしっかり見たから」


 監視カメラは教授の部屋がある研究棟の入り口に設置されていた。

 それに加え、研究棟は夜間入口を施錠するため、最後に守衛さんが中に入って誰も残っていないか見て回る。

 その杖をついていた人物は、曽根教授が研究棟を出た後に中に入り、そして守衛さんが最後の点検に来る直前に、出る姿が確認されていた。

 ちなみにその間、他に入口から出入りしていた人物は映っていないとのこと。研究棟に残っている人物もいなかった。

 その話を聞いた紗愛は、少し考えこむ仕草を見せながら柳さんに尋ねる。


「杖というのは、松葉杖のように足が完全に浮くタイプですか? それともご老人のように補助に使うようなタイプですか?」

「見た感じ、その二つなら、ご老人タイプの方が近いかな」

「左手に持っていたんですよね?」

「うん。そう。つまり彼が最有力になっちゃったんだよねぇ」


 柳さんが顔を曇らす。

 やっぱり人の良い柳さんにとっては、犯人と直接やり合うのは苦手なのだろう。探偵を目指しているのなら、一番盛り上がる場面だというのに。何とも彼らしい悩みである。

 そんなことを思いつつも、紗愛は別のことを尋ねた。


「大内さんのアリバイは、どれくらい分かっているんですか?」

「一人暮らしでその日はずっと家にいたみたいだけど。それを証明できる人はいないみたい。で、詳しく調べてくるようみかちゃんに言われて」

「他の方のアリバイはどうなんですか?」

「赤松さんも大内さんと同じ。ずっと家にいたみたい。だけど証明する人はなし。山名さんはカメラに犯人っぽい人が映っているその時間、友達と地元のファミレスにいたって。トイレや何やらで抜け出しても、ここまで来られるような場所じゃないみたい」

「大内さんは左足を骨折されたということですが、他の二人は知っているんですか?」

「うん。直接会っているわけじゃないけど、さすがに左足を骨折したっていうのは知っているみたい」

 柳さんの言葉に、紗愛はうなずいた。

「なるほど。だいたい分かりました」

「ええっ。本当にっ?」


「はい。少なくとも、大内さんが本当に左足を骨折して杖が必要なのなら、カメラに映っている人は彼ではありません」

「どういうこと?」

 柳さんが首を傾げる。


「杖はないので、あれで代用しましょうか。身体を支えるという点では、杖と同じですから」

 紗愛が辺りを見回して示したのは、図書館の入り口にあるバリアフリーの手すりだった。

 紗愛はその手すりの元まで行くと、一緒についてきた柳さんに向けて言った。

「大内さんと同じ、左足が悪いという設定で身体を支えるようにして歩いてみてください」

「うん。分かった」

 柳さんは左手で手すりを掴み、身体を寄りかからせるようにして歩き出した。


「どうですか?」

「うーん。よく分からない、かな」

「それでは、今度は右手で手すりを掴んで同じ設定で歩いてもらえますか?」


「え? 右手? それだとバランスが取れないと思うけど……」

 柳さんは疑問に思った様子をみせつつも、体の向きを変えて、右手で身体を支えるようにして歩く。そして驚きの表情をあげた。

「えっ、どうして。なんかこっちの方が左足的には楽かも」

「はい。そういうことです」

 紗愛は当然のようにうなずいた。

「杖で左足の負担を減らすためには、左に杖をつくのではなく、右でつくのが一般的なんです。体の重心の問題ですね」


 歩くためには交互に足を出す必要がある。

 片方の足を前に出すとき、軸足のもう片方の足は身体の全体重を片足で支えなくてはならない。だがら骨折していて足に強い負荷が掛けられない場合、杖を使用することで、負荷を分散させているのだ。

 ただ左足と左手の杖だと、どうしても左に重心が偏ってしまう。そのため杖を右手でつくことによって、重心を真ん中に寄せているのだ。


「へぇ。そうなんだ。一見勘違いしやすいよねぇ。ん、ってことは?」

 ようやく柳さんもそれに気づいたようだ。

「はい。防犯カメラに映っていた男性は左手に杖を持っていたんですよね。右足が悪いならともかく、左足を骨折したというのなら、不自然です」

「じゃあ、あの映像は……」

「あまり考えたくはないですが、柳さんと同じように左足を怪我したから杖をつくなら左手を勘違いした人間が、大内さんが犯人であると偽装するためにした可能性はあります。防犯カメラに映っていたというのも、あえて映るように行動したのかもしれません」

 紗愛の説明に、柳さんは考え込みながら口にする。

「残りの学生のうち山名さんにはアリバイがあって、赤松さんにはアリバイがない……つまり赤松さんが怪しい?」

 紗愛は黙ってうなずいた。

「うんっ。さっそく、みかちゃんに電話してみるよ!」

「その……あくまで、杖をついていたという映像が本物ならということですが」

 紗愛はそう付け加えたが、柳さんは嬉々して西園寺さんに連絡をとった。


 それからしばらくして。

 柳さんの携帯に、西園寺さんからの返答があった。

 大学にいた西園寺さんが、赤松さんのもとに向かって直接問いつめたところ、犯行を自供した、ということだった。



  ☆☆☆



「それにしても問題の古文書は、そもそも赤松さんの実家にあった物を、赤松さんが持ってきたわけですよね。どうしてそれを、盗むようなことをしたのでしょう」

 紗愛は首をひねった。

 動機に関しては全く推理もしていないのだ。

 すると西園寺さんから顛末を聞いたらしい柳さんが、何ともいえない表情で紗愛に説明した。


「えーと。実はあの古文書、赤松さんの親父さんが酔った勢いで書いた偽物なんだって」

「――はい?」

「それを冗談で持って行ったら、教授が大発見だって騒ぎ出して、後に引けなくなっちゃったって言うか。それでこれ以上大事おおごとにならないように、こっそり盗み出したんだって」

 西園寺さんに問いただされた赤松さんは、あまり悪びれた様子ではなかったという。自分で持ってきた偽物を自分で回収しただけなので、それほど罪の意識もないのだろう。


「偽物をそれと気づかず、あっさりと評価してしまうこの大学が、少し不安になってきました……」

 付属の高校に通い、一応そのまま進学予定だが、別の大学に変えようかどうか、迷う紗愛であった。


「しかし、古文書を取り返した経緯はともかく、怪我をしている大内さんに罪を擦り付けようとしたのは、いただけないですね」

「えっと……それなんだけど」

 柳さんが申し訳なさそうに頭をかいた。

「ごめんっ。実はあれ、杖じゃなくって傘だったんだ!」

「……は?」

 紗愛の思考が一瞬止まった。滅多にないことである。

「あの日の朝、赤松さんが通っている群馬では雨だったから傘を持ってきてたんだって。自分やみかちゃんは地元と都内から通っているから、こっちは全然雨が降ってなくて、傘だと思わなかったんだ」

「…………」

「それに事前に大内さんの杖のことを聞いていたから、あの映像を見たとたん、これは杖に間違いない、って」

「思いこんでしまった、と」

 うん、と柳さんが申し訳なさげにうなずいた。

「つまり、赤松さんが犯人という根拠は全くなかったわけですね」

「うん。みかちゃんが、あなたが犯人でしょ、って言ったら素直に白状してくれたけど」


 つまり結果的に、アリバイだけで当てずっぽうに犯人扱いしたら、たまたま白状してしまったというわけだ。

 赤松さんにそれほど罪の意識がなかったから、あっさり認めてくれたけれど、もし証拠を要求されて、杖のことを話したら、赤ッ恥をかくところだった。

 紗愛は疲れた口調でしみじみとつぶやいた。


「……親切な犯人で良かったですね」




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