抗い、そして結末へ
「喰らいやがれ!」
健也は近くにあった消火器を振り回し、時には噴射した。
春花はチョークの粉で化け物の目を潰し、他の皆で急所を狙った。
俺は一人、シャベルを持って屋上のフェンスを乗り越える。
屋上の端に立つと、化け物が入ってくる前の会話が思い出された。
***
「『救世主』は俺にやらせてくれ」
全員が一斉にこっちを見た。
「匠、なにか策はあるの?」
美久が心配そうに聞いた。
「ああ、でも一か八かだ。失敗したら死ぬ」
「そう……」
扉が開く。
化け物が来た。皆は武器をかまえる。
健也は振り返った。
「ここは俺たちで食い止める。だからお前は存分に『救世主』を狙え。
あと……」
***
死ぬなよ。
健也の声が頭に響いた。
俺は『救世主』にシャベルの先端の狙いを定める。
俺は勢いよく床を蹴った。
『救世主』に向かって、速度を上げながら落ちていく。
『救世主』の頭をシャベルで貫きながら、俺は『救世主』の心臓の中に入った。
心臓の中は真っ赤だったが、とても静かだった。
近くに、丸く光る玉があった。
おそらくこれが核というものなんだろう。
これを破壊すれば……。
でも……。
「母さん……」
その玉は母さんの胸の中にあった。
「匠、お母さんを殺すの?」
母さんがここにいるはずがない。
つまりこれは偽物だ。
「匠、お母さんとここで暮らそう。
あなたの大好きなシチューを作ってあげるからね」
母さんは俺の手を掴んだ。はっとして、俺は手を振り払う。
「どうして? 匠……。そんな物騒なものは早く捨てて、ここでゆっくりしましょうよ。
ほら、健人君もいるのよ」
早く殺さなければ……!
そう思うのに体が動かない。偽物とはいえ、母さんを殺すだなんて……!
「匠、さあ……」
母さんは俺に手をさしのべた。
「母さん、俺さ……。友達ができたんだ」
唐突に俺は話し始めた。
「立派っていえるようなやつらでもなくてさ、皆色々と抱えてるんだよ。
でもさ、そいつらのお陰で、俺は友情ってなんなのか、分かった気がするんだ」
母さんの表情は変わらない。
「父さんのせいでさ、俺たちは苦労して、色んな人間の悪意に触れて、俺……、死にたいって思ってたんだ」
声が震える。
「でも……、支えてくれる仲間がいてさ、生きたいって思えるようになったんだよ……!
だから……、母さん……!」
俺はシャベルで母さんの胸を貫く。
「安心して逝ってくれ……」
シャベルを抜いた。反動で母さんの体は俺にもたれかかった。
「良かった……」
耳元で母さんの声が聞こえた。
「母さん!?」
何度呼んでも、返事はなかった。
地面が震え、崩れ始めた。
俺はきっと『救世主』を倒すことができたんだろう。
俺は地面に投げ出された。
幸い化け物が下敷きになって怪我はしなかった。
「匠!」
皆が駆け寄ってきた。
「良かった! 無事で!」
俺は皆に抱きつかれた。俺は皆に体を預ける。立っているのもやっとな状態だった。
「俺たちは勝ったんだ!」
健也が叫んだ。
俺は目を閉じた。
辺りが明るくなった気がした。
俺が目を覚ましたのは、病院のベットの上だった。
「良かったー! 目が覚めて!」
春花がベットの傍らにいた。
「ちょっと待って! 皆を呼んでくるから!」
「あなた! 何度目ですか? うるさいですよ!」
「あはは、ごめんごめん!」
春花は看護婦さんに謝ると病室を出ていった。
ん?看護婦?
俺が首をかしげると、春花はニカッと笑った。
皆が口々に説明してくれた。
化け物になっていた人達は『救世主』の体が崩れると徐々に人の姿に戻っていった。だが、何が起きてきたのか分かっておらず、目を白黒させていたそうだ。
残念ながら、『救世主』に食べられた人たちは助からなかったらしい。
でも、それぞれが自分なりに立ち直り、町は復旧してきているそうだ。
1週間後、俺は誰もいない部屋で、制服に着替えた。
玄関の近くには仏壇がある。
「いってきます、母さん」
俺は玄関を飛び出した。
「遅い!」
美久は俺を見つけると叫んだ。
「悪い悪い。
あれ?春花は?」
「ごめーん!」
向こうからダッシュでかけてくるのが見えた。
「いやー、目覚まし時計は3個中2個鳴らないし、朝食のスクランブルエッグは焦がしちゃうしでめっちゃ遅れた!
あと、ワイシャツが見つからなかったり鍵が見つからなかったり……」
「あーはいはい、分かったから!」
健也が止めに入った。
その様子を見て、小花と望がくすくすと笑った。
「さて、行こうか」
健也が呼び掛ける。
俺たちは学校の校門をくぐった。
空には太陽が輝いていた。