調査
「誰もいないな」
思わず俺は呟いた。
いつもだったら、この時間は休み時間で、廊下はたくさんの生徒で賑わっている。
だが、今は閑散としていて物音一つ聞こえない。
「生き残ってる人はやっぱりいないのかな」
美久が溜め息をついた。
俺たちはとりあえず武器を探すことにした。
「ねえ、匠は怖くないの?」
美久が聞いてきた。
「私は正直怖いよ。皆あんなことになっちゃって。本当は一歩も動きたくない」
「怖いさ」
俺は目を伏せた。
「俺の友達も化け物になった。体が溶けたんだ。臭いもやばかった。状況が飲み込めなくて、皆が教室から出ていくのを見ていることしかできなかった。
今は動いてないと気が変になりそうだから、無理やり動かしてるんだ」
「そーなんだ。やっぱり誰だって怖いんだよね」
美久は少しうつむいた。
チャットで一旦集合の合図が健也から来た。俺は美久と見つけた消火器や肩くらいまであるシャベルを持っていった。
「皆無事だな!」
健也は全員揃ったのを見て頷いた。
「それじゃあ、それぞれの成果を発表していこうぜ」
「まずは私達のところから言うね!」
春花がチョークや本を取り出した。
「チョークや、その粉とかは相手の目潰しに使えるかなって思って!
私達以外の人はいなかったよ。誰もいなかった。
なんか武器になりそうなものもあったんだけど、重くて持ってこれなかった! ごめんねー。
でも! なんか図書館に面白そうな本があったから持ってきた!」
本の題名は「○○町の歴史」。この町について書かれたものだ。
「次は俺が報告しよう」
健也が小さく手を挙げた。
「俺たちは教室を調べた。だが、誰もいなかったし、何も残っていなかった。何も、だ。
姿が変わってしまった人達の中には、匠の友達のように、液体になった人もいるのに、床は乾燥していた。
つまり、体の形が変わっても、体の器官はそのままあるんだ。だから、少しの液体でさえも、体の一部として、一緒に移動していったと考えた」
なるほど。なら、皆は形が変わっているだけで生きてるのか?
「俺たちは特別棟を調べた」
俺は消火器とシャベルを出す。
「こっちも誰もいなかった。武器になりそうなものだけ、取ってきた」
健也は頷いた。
「皆の成果を見て、なにか気づいたり考えたりした人はいるか?」
小花が手を挙げた。
「化け物みたいになっちゃった皆は、生きてるのかな。健也の話を聞くと、まだ希望があるんじゃないかなって思えて……」
「いや、死んでいるのに等しいよ」
望が答えた。
「僕は、とても仲がいい友達が同じクラスにいたんだ。だから、そいつが一つ目の化け物になっても、教室から出ていこうとするのを止めたんだ。皆の向かう先には、何か恐ろしいものがあるような気がして。
でも、あいつは正気を失ってた! 虚ろな目をして、まともな言葉もしゃべっていなかった! もう手遅れだった……!」
「望、落ち着け」
健也が背中をさすった。
「ごめん、もう大丈夫」
望は健也にお礼を言った。
望の言葉に俺はショックを隠せなかった。
健人は助からないのか……。
俺は拳を握りしめた。
「どうして……どうして私達が生き残ったの!? 私達は死にたいと思っているくらいなのに……。
生きたいと思っている人が死んで、何で私達が……!」
春花が頭を抱えて叫んだ。
悲痛な叫びだった。
「分からない。分からないけど、現象には必ず理由があるはずなんだ。だから、今は行動するしかないんだ」
望は自分にも言い聞かせるように言った。
その様子を見ていた美久が表情を急変させた。「皆ふせて!」
訳が分からなかった。でも、この状況でふざけるやつはいないだろう。
俺たちは素早く伏せた。
美久が窓を指差した。その指は震えていた。
俺は窓を見た。
叫ぶのを必死に我慢した。
そこには……化け物と呼ぶにはおぞましいものがいた。