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恋が始まらない《本家》  作者: 北斗白
春〜Spring〜
8/37

8話~星と少女

「恋が始まらない」は毎週水曜日21時更新です。

七話の前書きは間違えました。


 早く着かないかななどと考えながら歩いていると、遠くに背の低めな街灯の明かりが見えてきた。これはもう少しで合宿所に着くサインだ。

 

 「花園起きて、もう着くよ」

 「ん……、嫌なんだって……」

 「は?」


 嫌なんだって……? 予想外の返答に冬馬は驚いて花園の方に顔を向けると、彼女はまだ目を瞑っていて、不機嫌そうに眉をしかめながら眠っていた。

 

 「寝言言ってないで、早く起きて」


 軽く膝を上下して気持ち大袈裟に揺さぶると、背中の女の子は「ふぁ?」と情けない声を出して目を覚ました。

 普段は抜け目がないように振る舞っているのに、寝起きは弱いんだなと心の中で小さく笑い、冬馬はまだ虚ろな目をしている彼女に言い続けた。


 「あの街灯のところに行ったら降ろすからね。誰かかしら居ると思うから上手くやってよ」

 「え……何で降ろすの?」

 「さっきも言ったでしょ、他の人になんて言われるかわかんないからだよ」


 崖を登った時に同じことを言ったような気もするが、やはり花園には分かって貰っていなかったらしい。


 「わかった、じゃああの街灯までお願い」


 冬馬は「了解」とだけ言うと、そのまま街灯に向かって歩き出した。

 辺りは既に暗く静まっていて、夜空に散りばめられた星屑たちが絢爛けんらんに輝いていた。

 幸運なことに、この合宿中ずっと曇りのない晴れ空かつ、合宿所が山付近に位置しているので、今まで見たことがないくらいに星が美しく見えた。


 「星、奇麗だな」

 「え……あ、本当だ」


 ちらりと花園の様子を見ていると、冬馬は一つの物語を思い出した。

 中学生の時、教室にいるのが嫌で図書館に通っていた時期がある。その時たまたま読んでいたのが「星と少女」という小説だ。

 少女は何事にも一生懸命だった。勉強にも運動にも、もちろん恋愛にも。そして少女はある日、勇気を振り絞って、想い人である同級生の男の子に告白しようとした。だができなかった。それは告白しようとした前の日、少女は病気で亡くなってしまったからだ。

 しかし容体が急変した時、少女は紙とペンを持った。死ぬのを承知で想いを伝えるのを諦めてなかったからだ。少女はここでも一生懸命に文字を綴った。震える手でペンを握りしめながら。

 最後の一文字を書き終えた時、少女は死んだ。星が「輝く」という役割を終えて燃焼したように、少女の輝かしい人生は幕を閉じた。


 「俺も星になりたいな」

 「ぷっ……急に何言ってんの? そんなキャラだったっけ?」


 ぽっと出た自分の発言がツボにはまったのか、花園はぷるぷる震えながら笑い始めた。

 可笑しいと考えられる発言は記憶にないが、彼女は恐らく笑いのツボがどこかずれているのだろう。

 冬馬は勝手に言い聞かせて、笑われて熱くなっている顔面を見せないように、街灯の方に顔を向けた。

 やがて花園の笑いのツボが収まってくると、お別れの場所である街灯の下に到着した。


 「ありがとう、ここでいいよ」


 背負われていた花園が言うと、冬馬は屈んで彼女を降ろした。

 振り返って花園を見ると、今まで暗かったから気づかなかったが、彼女のスニーカーの靴紐が切れてしまっていて、結構汚れているのが分かった。


 「……花園、これ履いて」


 冬馬は履いているスニーカーを脱ぎ、キョトンとしている花園に渡した。

 

 「なにこれ」

 「靴、履けないんでしょ。いらなかったら普通に俺履いて帰るけど」

 「……ありがとう」


 純が昨日の夜「海行くと思ってビーチサンダル持ってきた」と言っていたので、転んで無くしたと言って最低それを借りればいいし、このスニーカーは長い間履いていてサイズが小さくなってきていたので、そろそろ変え時だと悩んでいたものだ。

 

 「それじゃあ俺先に行くから、すぐそこだけど気を付けて」

 「……うん、ありがとう」


 冬馬のスニーカーを履いて軽く足踏みをしている花園に手を振って、冬馬は街灯の明かりを辿って合宿所に帰宅した。

 合宿所の前には、恐らく花園のルームメイトであろう女子生徒数名が屯していて、心配そうに彼女を待っていた。

 そこを何事もなかったかのようにスルーして部屋に戻ると、「冬馬ぁぁぁ! ごめんねぇぇぇ!」と純が飛び込んできたので、すぐ避けて「明日ビーチサンダル貸してね」とだけ言ってそのまま床に寝転んだ。

 とにかく今日は予想もしない出来事の連続で凄く疲れた。まだ十時くらいで、同じ部屋にいる男子たちはすでにトランプなどのカードゲームに耽っていたが、正直に言って今はそんな楽しい事をする気力はない。

 それに……、花園が言った「……嫌なんだって」という言葉。あの時は流したが、実際は少し気になると言っても嘘ではない。

 

 「冬馬……? どしたんその絆創膏」

 

 興味深そうに顔を覗かせる純を横目に、冬馬はある女子に手当てして貰った右頬をなぞった。

 

 「……ちょっと転んだんだ、今日歩きすぎて疲れたからすぐ風呂入って早く寝るね」

 「あ、僕も走りすぎて疲れたから早く寝る。そうと決まれば風呂にレッツゴー!」


 そう言うと、純は急ぎ足で部屋の隅に置いている自分のバックに、着替えを取りに向かった。

 

 (さて……)


 俺も用意するか、と寝転んでいた体を起こす。

 今日はとりあえず早く風呂に入って、部屋に戻ってきたら速攻で寝よう。今日花園と関わったからと言って明日からの生活が変わることはない。

 普段通り。特に何が起こったという訳でもなく、通りすがりに人を助けただけだ。でも、少しだけ自分も過去から一歩抜け出したような気がする。


 「冬馬ー! もう準備良いよー!」 

 「おっけー、今行く」


 冬馬は自分の洗面用具と着替えを持って、扉の前で手招きしている純の元へと向かった。今後の学校生活、面倒くさい事が起きませんように。そう心の中で呟いて大広間の扉を閉めた。

 扉を閉めても、大広間からは元気な男子たちの歓喜の声や悲哀の声が漏れていた。


お読みくださってありがとうございます。無事に肝試し編が終わりました! これからの恋が始まらないはどうなっていくのでしょうか。


北斗白のTwitterはこちら→@hokutoshiro1010

お知らせなどは活動報告をご覧ください。

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