7話~前へ
「恋が始まらない」は毎週日曜日21時更新です。
肺が潰れるような痛みが冬馬の腹周辺を侵食する。
嫌な事に、冬馬が衝突した地面は石混じりの硬めな土壌で、勢いよく地面と当たった両手とお腹は少し時間が経過した今でもヒリヒリしている。
「……ああ、大丈夫。それより花園、足は?」
「……え?」
この事故で心配するべき優先順位は、冬馬の両手とお腹の痛みより、花園の捻った足の方が先決だ。
冬馬が考えるに、教室での口数が少なく、全然目立たないやつが足にギプスを付けて学校に来たとしても、心配の声を掛けてくれるのは僅か数人いるかいないかのどちらかだ。
だが学校の人気者がギプスを足につけてきたらどうだろう。そんな一大事があれば、その人気者の取り巻きの騒ぎだけでは済まず、学校全体のトップニュースとして取り上げられるだろう。
ということは、結論としてギプスの原因を探ることになり「近くにいた人間が人気者を助けられなくてギプスになった」という解釈を取られれば、その人間はスクールカースト以前に教室に居られるかどうかが問題となってくる。
今の冬馬の状態は、スクールカーストの順位づけでは最下位だが、中学生時代と比べれば随分とマシになった方だ。正直卒業まで落ち着いた現状のまま時間が進んでほしいと思っているくらいだ。
「大丈夫なの?」
「あ……うん。その……庇ってくれてありがとう」
あれだけ冬馬を眼中にも入れていなかったはずの花園が、ここまで素直にお礼の言葉を言うとはどういう風の吹き回しだと疑心に思ったが、こんな小さいことで一々悩んでいては先に進めない。
「それじゃあ、気を取り直して行こうか」
「うん……あ! 水城のほっぺたから血が出てる」
指で右頬を触る素振りを見せた花園と同じようにして、冬馬が右頬のあたりをなぞると、赤褐色の液体が肌から滲み出ていることに気が付いた。
多分無理やり方向転換した時に、近くの木々の棘に引っかかれたのだろう。それにしても何故あの時無意識に自分を犠牲にして花園を庇ってしまったのか。全然理解ができない。
「ちょっとまって、今絆創膏貼るから」
「絆創膏なんて持ち歩いてるの?」
「私の女子力舐めないで」
花園の女子力を舐めたことなど一度もないが、普段の彼女にチャラついている印象を持っていた冬馬は彼女の用意周到さに少し感心した。
「これで良し」
「……ありがとう。今度はちゃんと気を付けるから、つかまって」
そう言うと、花園は一回目と同じように体を起こして、もう一度冬馬の背中に乗っかった。先程の失態で、この崖は崩れやすいところと崩れにくいところがあると知った冬馬は、もう踏んでいい足場に目星をつけていて、二回目の崖登りは二人とも危険にさらすことなく登る事ができた。
「ふぅ、何とか登り切った」
「水城、歩けるの?」
「あー大丈夫、じゃあここら辺で降ろすよ」
「え、何で」
何でって……。この女の子は他人の目というものを気にしないのだろうか。学校の人気者を地味男が背負って行ったら、ゴール地点に偶然たむろしていた生徒たちに見られて、後で変な噂を流されるかもしれない。
その変な噂によって地位が破壊されるのは自分も花園も良い事ではないはずだ。
「ほら……、俺みたいなやつと一緒に居たら何て言われるかわかんないだろ」
「何言ってんの? 私たちクラスメイトだから大丈夫じゃん」
「そういう問題じゃ無くてな……」
そんな話をしながら歩いて行くうちに、奥に見える木々と長草の隙間から、微かだが光のようなものが見えてきた。
両手が塞がっているので、仕方なく長草を体で掻き分けながら進むと、やっとの思いで元の肝試しルートに辿り着いた。
「はぁーやっとでたぁ!」
背中にいる花園が待ちくたびれたかのように声を上げる。
人助けも一段落したところだ。そろそろ次の段階に移らなければならない。
「じゃあ花園とペアの奴……あれ、そもそも何で一人なの?」
流れで花園とペアを組んだ人に、彼女を送り届けようと思ったが、冬馬は根底の事を忘れてしまっていた。
そう、冬馬は花園が崖の下にいたことが衝撃すぎてそもそもの事を疑問視できないでいた。この肝試しは普通二人組のペアで参加することになっている。だが花園の周りには誰もおらず、見たところ独りぼっちだ。
「それは……ちょっと揉めたんだ」
「ふーん、色々あるんだな」
聞くと長くなりそうなのと、何か深い理由がありそうなので、冬馬はこの事をこれ以上探るのはやめることにした。
「深く聞かないんだ」
「別に聞いて欲しいなら聞くけど……」
「いや聞かなくて大丈夫」
入学式の日に結構な苦手意識を持ち、今後絶対に関わらないと誓った存在と今、こうやって距離がゼロの状態で話している。それに思ったよりも話の受け答えはしっかりとしてくれるし、入学式の日以来関わった事がないのに名前も覚えてくれていた。
もしかして花園は冬馬の事を眼中にないと思うよりも、ただのクラスメイトとして見てくれていたのではないか。それに入学式の日からもう一年が経つ。そろそろ頑固な考えを改めて、もう一度前に進むのもありなのではないか。
「じゃあ歩くよ、落ちないように気を付けてね」
「わかった」
その会話を最後に、二人は沈黙の時間へと突入していった。時々花園から「水城って松田君と仲いいの?」とか「今日の数学難しかった」などと話題を振ってくれることがあったが、冬馬は喋る事があまり上手くないので、せっかく振ってくれたその話題もすぐに尽きてしまう。
そして最後の話題から三分くらいが経過し、後ろもしっかり静まると、冬馬は背面から「すぅ、すぅ」と音が聞こえるのに気が付いた。
気になって首を最大限まで捻ると、冬馬の肩に頭を乗せた花園が寝ているのが分かった。良くこの体勢のまま寝れるなと思ったが、それほど疲れていたのだろう。
冬馬はゴール付近になったら花園を起こすことにして、それまでは寝かせてあげることにした。
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