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恋が始まらない《本家》  作者: 北斗白
秋〜Fall〜
34/37

34話~純と京の町

「恋が始まらない」は現在、月・水・土曜日の三日更新で21時更新です

 忘れられない思い出ができた学校祭から二週間くらいが経ち、その日の放課後も喫茶店に寄り道して小説の続きを執筆しようと思っていた冬馬は、放課後の掃除当番を終わらせて玄関へと向かった。

 今の小説の進行状況は完全に滞っていて、何度書き直しても納得がいかないバッドエンドルートへと突き進んで行ってしまう。

 だから何か刺激のある物や光景を見て思考回路を変更しなければ、部長やメンバーが納得のいく作品を手掛ける事は出来ない。

 さて、どうしたものかなぁと考えながら歩いて玄関に到着すると、下駄箱付近に純が突っ立っているのが目に入った。


 (誰か待ってんのかな?)


 純とは同じクラスで席も近いので顔を見る頻度は多いが、三か月たった今でも硬直状態は続いている。この期間の中で、純がいてくれたことでどれだけ退屈しなかったかを身に染みて理解する事が出来た。

 突っ立っている純の横を通り過ぎようとした時、突然冬馬の左腕が掴まれた様な感覚に陥った。


 「……冬馬、もう我慢できないよ。また一緒に話そうよ」

 

 どうやら純の待っていた相手は他の誰かでもなく自分だったらしい。

 だがここで今更「うん、また一緒に話そう」と純の意見に賛成してしまうのは、あまりにも虫が良すぎる話なのではないか?

 元はと言えば親友である純を遠ざけたのは紛れもない自分自身だ。それで時間が経ってから7冬馬も一人でいるのが辛いからと言って、一度背を向けてしまった親友に開き直って顔を向けるなんて到底出来た事ではない。

 冬馬の心の中に葛藤が生じる中、純は続けた。


 「僕、違うと思うんだ。大事な親友が辛い目に遭っているのに見て見ぬ振りをするなんて。そりゃあ伊達も怖いけど、僕にとっては冬馬を一人にするクラスの雰囲気の方がよっぽど怖いよ」

 「純……でも俺は自分から遠ざけてるんだ。皆が悪いわけじゃないよ」

 「違う。それは皆に弱い心があるからだよ。でもやっぱりこんなの納得がいかなかったから、僕はもう弱い自分でいる事を止めた。だから冬馬、また一緒にいようよ」


 こんなにも完全に冬馬の言葉を否定する純は見たことがない。冬馬の目を見て一生懸命に訴えてくれるのは、この期間に自分のことを何よりも考えてくれていた証拠だろう。

 ……もし純が本気で自分と一緒に居たいと言っているのであれば、少しくらいは心を許すのはアリかもしれない。それに正直言って自分だって一番の親友と話す事すら許されないなんてあまりにも寂しすぎた。

 本心で言うならば純だけではなく、冬馬にとっても我慢の限界に近づいていた。

 

 「……うん。今までごめん。それと純、これからもよろしくね」

 「冬馬ぁ……」


 ようやくこの気まずい雰囲気の加瀬が外れたのか、純は「良かったよぉ!」と大声を出しながら冬馬に抱きついてきた。

 冬馬は押しのけようとしたが、流石に久しぶりに話したことの嬉しさの感情が勝ったので、場を濁すような行動はしなかった。

 親友と長期間話さなかったこともあって、積もりに積もった話題が尽きる事がないなか帰り道を歩いていると、純が別の話題を口にした。


 「そういえば花園さん、最近喋んなくなったよね」

 「あ、あぁ。何でだろうな」


 まさか花園の話題を純が振ってくると思いもしなかったので、「花園」と名前を聞いただけで冬馬の心臓が大きく波打った。


 「冬馬、球技大会の時も花園さんと話してたくらいだから仲いいんじゃないの?」

 「いや……ただのクラスメイトとして喋っただけだよ」


 純は「へぇーそんなんだ」と納得した後、すぐにまた違う話題を持ちかけてきた。

 花園と自分はただのクラスメイト。改めて自分が口に出した言葉をもう一度自分の心に言い聞かせる。昔はたまたま話す機会が多かっただけで、今は顔見知りに戻っただけだ。

 ……たったそれだけの事なはずなのに、どうにも喉に何かが引っ掛かったような気分になる。彼女のいる純なら何かいいアドバイスをくれるかもしれない。


 「純、全然関係ないんだけどさ。もし普段仲良くしている人が影で自分の悪口を言ってるのを聞いちゃったらどうする?」

 「それって冬馬の事?」

 「いや妹に最近相談されてさ……」


 慌てて自分じゃないと否定する。実はあの日からずっと胸の中で憤悶としていたことについて、自分では上手く整理が掴めず誰かの意見も聞きたいと思っていた。

 

 「シチュエーションにもよるなぁ……」

 「なんか偶然教室の前を通りかかった時に、教室の中で周りの友達と悪口を言ってるの聞こえちゃったんだってさ」


 自分は言われもない誹謗をうけて、たとえそれが好きな人でもこの先関わりたくないと思った。ただ、いくら優しすぎる純でもこの話なら自分と同じ意見を提示するに違いない。

 ……と予想していたが、純の口からの返答は自分の感性とは全く違うものだった。


 「もしかして、その場に流されてしょうがなく嘘ついちゃったんじゃない?」

 「え……」

 「だって普段はその子と妹さん仲良くしてたんでしょ? 今どきの女の子って人間関係とかドロドロだから色々あるんだよ冬馬」


 純は何故か得意げに話しているが、思っていた回答と全然違う言葉が返ってきて、冬馬は一瞬言葉に詰まった。


 「……どう?」

 「あ、あぁ。ありがとう、帰ったら妹に教えてみるよ」


 結局その話題についてはこれ以上触れられないまま、冬馬と純は駅への帰路を歩いた。

 話している途中にふと空を見上げると、転々としやすいこの季節の中、冬馬の頭上は雨が降りそうで降りそうにない雲に覆われていた。



 陽が東に傾いて赤みを帯びていく中、約十分間ほどバスに揺られて冬馬が到着したのは、初めて見る高級そうなホテルだった。

 学校祭の日から一か月、行事の余韻に浸る余裕もなく慌ただしく時間が過ぎていくと、気づいた時には学校生活最大のイベントともいえる修学旅行の最中で京の町に来ていた。

 一日目はお決まりの寺社巡りツアーで、有名な観光地で名物ともいわれる京の町の風景を堪能した後、様々な寺社へ歩き回って何体ものの仏像を拝めてきたが、移動の時間があまりにも長かったのと歩く距離が長かったのとで、冬馬は既にくたくたになっていた。

 

 「冬馬、同じ部屋だね」

 

 ホテルのエントランスに集合し、先生たちが点呼と共に館内での諸注意や簡単なスケジュールなどの説明を受ける。それが終わると、冬馬は同部屋となった純と一緒に自分たちの宿泊部屋へと向かった。

 

 「うわ、すげぇなこの部屋」

 

 部屋の明かりをつけると、綺麗に整頓されたベッドが二つ設置されて、その間にはミニテーブルの上に小さなランタンが並んでいた。

 解放された巨大な窓からは、昼間は活気が溢れていた京の町とは様変わりして、静けさが漂う別の世界とも感じさせられるような美しい夜景が映し出されていた。


 「もしもし井森いもり殿……こちら準備オッケーでござる」

 「……は?」


 突然の純の不審な行動に疑問を抱いて後ろを振り向くと、冬馬が夜景に見惚れているのをいいことに、何やら純が部屋のドアの前に立って井森という相手と電話で会話していた。


 (井森って球技大会でチームメイトだった……)


 にやついている純に、「何してんの」と声を掛けるよりも早くドアが開くと、五人くらいの集団が部屋に押しかけてきて冬馬を取り囲んだ。

 

 「冬馬、今まで本当にごめん!」

 「ごめん冬馬!」


 中央に立つ井森を筆頭に、残りのメンバーも冬馬に謝罪の言葉を口々に述べると、自分たちの頭を床にくっつけた。


お読みいただきありがとうございます。

「恋が始まらない」についてカクヨムサイトの近況報告にて掲示したので、まだの人は見て下さい。


北斗白のTwitterはこちら→@hokutoshiro1010

お知らせなどは活動報告をご覧ください。

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