33話~現実と涙
「恋が始まらない」は現在、毎週月・水・土曜日の三日更新で21時更新です。
青葉高校全体が学校祭ムードで熱を帯びていく中、香織の心の中は真っ白に澄み渡った上の空だった。
勉強机とベッドが置かれただけの質素な空間には、時刻を刻む長針の音だけが響いていた。そんななか香織はベッドに寄りかかって白壁を眺めていた。
ここ最近十分な睡眠がとれていない。あの日から時間が経てば経つほど自分の思考が彼の方に近づいて行ってしまい、目を閉じただけであの過ちの瞬間がフラッシュバックしそうになる。
学校では毎日水城の顔を見るたびに今日こそは謝ろうと思っていても、「ごめんなさい」のたった一言が言えずに無駄に三か月が過ぎてしまっていた。
(……でもそんなのは明日で終わりだ)
明日の学校祭の放課後はクラスメイトで打ち上げ会をすることになっているので、クラスのほぼ全員が直行で飲食店に向かうだろう。ただ、水城はそのまま家に帰るはずなので駅で待ち伏せをしていたらきっと謝る機会が巡ってくるはずだ。
(でも多分避けられるよなぁ……)
多分と言うかほぼ確信に近いだろう。ついこの前にも駅で待ち伏せをしていて、水城が来たところで謝りに行こうと思ったが、彼は自分に気づくと早足で改札をくぐって汽車に乗り込んで行ってしまった。
それには好きな人に否定された感じがしてとても傷ついた。だがこれは自分自身が招いた結果であって、水城の態度がそうなるのは当然だろう。
このまま謝ることができないまま月日が経っていくと、水城の心は完全に自分から離れて行ってしまう。……もう手遅れだとしても「本当の事を言えなくてごめん。周りに流されてご保身の態度をとってごめん。そしてなにより水城の事を悪く言ってごめんなさい」と嘘無しの本当の言葉を言いたい。
香織は明日の為に普段よりも早くベッドに潜り込んで、じきに侵入してきた睡魔に身を任せた。
いつもより早く寝たせいか翌朝の時間が十分に取れたので、鏡の前に立って彼に少しでも自分をよく見せるために入念にメイクを行った。
(よし、絶対に言おう)
鏡に映る自分にそう誓い学校へと向かうと、水城は先に教室で装飾の最終調整を行っていた。
それから放課後のイメージトレーニングをしたり、友人に連れ出されて学校祭を満喫しているうちに時間は駆け足で過ぎて行って、あっという間に放課後となってしまった。
(先に駅に行って待ってよう)
HRが終わって真っ直ぐに駅に向かい、改札付近にあるベンチに腰を下ろした。恐らくここなら水城を見失う事もないだろう。
携帯をいじったり、SNSを眺めたりして時間を潰す。だが、もうそろそろ駅についてもおかしくない時間になっても待ち望んでいた影が見当たらない。
(……クラスの打ち上げに行ったのかな)
一瞬この発想が脳裏をよぎったが、今の彼とクラスの状況からしてそれはあり得ないだろう。それならばこの話していない時期の間に彼女ができたとか……。いや、水城は女絡みがゼロに等しいのと、素顔の格好良さを知っているのは自分くらいしかいないからそれもあり得ないだろう。
だとしたら何でこんなに帰りが遅いんだろう……と思っていた矢先、視界の隅に待ち望んでいた人の影が映った。
(水城……!)
水城と目が合ったと同時に、香織は意を決して彼に近づいて行った。
言おう。今度こそ本心で。もし許されないとしてもちゃんと水城の目を見て正直に謝ろう。
水城の目の前で立ち止まり、勇気を振り絞って香織はとうとう声に出した。
「水城、あのと……」
「水城先輩! 少し遅れました!」
水城、あの時はごめんなさい。と言おうとした瞬間に、どこかで見覚えがあるような女子高生が水城の腕に飛びついてきた。
(えっ……)
水城は「ごめん、じゃあね花園!」と言うと、その女子高生を連れて早足で改札をくぐり抜けてホームの方へと行ってしまった。
目の前に起こった現実に何も言えないまま、遠くに行ってしまう水城を引き留めようと香織は慌てて腕を伸ばそうとしたが、その手は空を切って何も掴めずに宙を舞ってしまった。
(行かないで……)
なにが「水城に彼女ができるのはあり得ない」だ。女絡みがゼロに等しいのは水城が女子に話しかけるのが滅多にないだけであって、こっちから話せば普通に受け答えはしてくれるし喋り方も落ち着いていて心地が良い。それに素顔の格好良さなんてずっと彼を眺めていればすぐに気づくことだ。
それにあの紙袋と水城を真っ直ぐに見つめていた瞳。誰がどう見てもあの子は水城の事が大好きなんだって分かる。
それに比べて自分はくだらないプライドに押し負けて水城の事を貶すどころか、もう普通に話す事が出来ないどん底にまで関係性を悪化させてしまった。
癒し系の女子高生と落ち着いた男子高校生。舌を噛み切るくらいに悔しいが、ホームに向かう二人の背中がよりいっそうとお似合いに見える。
「もう私なんて相手にされないのかなぁ……」
思っていたことを震える声で喉から絞り出した瞬間、堪えていた物が頬を伝って地面へ滴った。
もうすでに水城の気持ちは別のところにあって、自分の気持ちは単なる邪魔者でしかない。この事実を痛感すればするほどに胸が痛いほど締め付けられて、立っていられなくなるくらいに全身の力が抜けていきそうだった。
「香織……?」
自分の名前を呼ばれたことに驚いて涙を拭かずに振り向くと、そこにはクラスメイトの笹森玲央が立っていた。
「玲央、どうしよう……」
自分がすぐに謝罪の言葉を言えずに三か月間じれったくうじうじしていたせいで、「ごめんね」の言葉が言えなかったせいで、水城はもう手が届かないくらいに遠くへと行ってしまった。
「水城が他の子に取られちゃったよぉ……」
目の前の現実を口に出した瞬間、嗚咽の声と込み上げてきた感情を堪えきれずに、駅の中だというのに香織はその場に泣き崩れ落ちてしまった。
瞼の奥から溢れ出してくる涙は制御が出来ず、しばらくの間止める事が出来なかった。
お読みいただきありがとうございます。最近いい方向に話が進んできていると思わせての今度はヒロインが崩れ落ちるという。今後ハッピーな方向に向けて頑張っていきます。
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