32話~小さな温もり
「恋が始まらない」は現在、毎週月・水・土曜日の三日更新で21時更新です。
一般開放の時間が終了するとともに校舎内の人波が静まると、冬馬はクラスメイトに混じって教室内装飾の撤去作業に努めていた。
冬馬は当番が当たっていなかったので分からなかったが、どうやら冬馬たちのクラスが催したお化け屋敷はかなりの好評だったらしく、最後に体育館で行われた学校祭の表彰式でも優秀賞を貰っていた。
一通り片付け作業を済ませたところで先生が教室の中に入ってきて、簡単なHRで放課後となる。夕方の予定が空いている生徒たちは何人かで打ち上げに行くらしいが、冬馬は別の事で頭の中がいっぱいいっぱいだった。
少々荷物の整理に手間取った後、自分の私物を持って玄関へと向かう。着くとすでに館山が待っていた。
「お疲れ様です水城先輩! 良かったぁ、ちゃんと来てくれたんですね!」
「館山さんもお疲れ。約束はちゃんと守るよ」
本当は心の何処かで、からかわれているだけじゃないかとまだ疑っていたが、ここまで嬉しそうな表情をされると少しでも疑っていたことに申し訳なく感じる。
「それじゃ帰ろうか。館山さんの家ってどの地区?」
「えーっと、冬海地区です」
「冬海地区か……」
冬海地区とは青葉駅から五駅ほど離れていて、冬馬がいつも降りている駅から二駅遠ざかってしまう。だからと言って途中で降りてしまうと約束した一時間より大幅に余ってしまう。
「わかった。ちゃんと家まで送るよ」
「ありがとうございます!」
約束は約束なので、冬馬は館山を家まで送り届ける間は一時間限定彼氏に徹することにした。
しかし球技大会で助けたとはいえ、こんなに純粋な子から好かれるなんて、ましてや告白されるなんて思ってもいなかった。
それに何事もなかったかのように隣を歩いているが、良く見てみると愛嬌のある顔つきで笑顔とショートカットが良く似合う可愛らしい子だなと思う。あの時気持ちを強く持っていなかったら、OKの返事を出してしまっていたかもしれない。
「あの、館山さん。俺なんかのどこがいいの?」
球技大会で助けたというのはあるかもしれないが、所詮はクラスでも目立たない地味系男子だ。素朴な疑問だが、顔で判断しないというのであればどこに惹かれたのだろうか。
「……えっとですね、顔も性格も全部大好きです」
「全部って……」
迂闊にこんなことを聞いたのがそもそもの間違いだった。ただでさえそんなことを言われれば頬と耳に熱を帯びるのが当然なのに、言った館山も頬を赤らめる素振りを見せるなんて反則だ。
冬馬は飛び出しそうになった心臓を落ち着かせようと別の話題に転換し、学校祭の事や休日の事などを話し込んでいるうちに駅についてしまった。
「水城先輩、私定期券の更新してくるので少し待っててもらっても良いですか?」
「あーうん、じゃあ改札の近くで待ってるよ」
「分かりました」と返事をした館山は人混みの中に入ってしまった。改札の近くで待っているとは言ったものの、この時間帯は学生や大人関係なしに人が多いので、館山にも見つかりやすい場所で待っていなければならない。
どこで待っていようかなと場所を探していると、改札の近くのベンチに座っている見覚えのある女子が目に映った。
(……花園?)
どうして花園がここに……。もうクラスの何人かは打ち上げに向かっているはずなのに何でこんな所にいるんだろう。
花園も冬馬に気づいたようで、目を丸くさせた後にベンチから腰を上げて人混みを掻き分けながらこちらに近づいてきた。
あの一件以来話していなかったのと、学校でも視界に入れないように気を配っていたためか、ばっちりと目が合ってしまった事に動けなくなっていると、冬馬の目の前まで迫った花園が口を動かした。
「水城、あのと……」
「水城先輩! 少し遅れました!」
花園の声を遮るように、定期券の更新を終えた館山が戻ってきた。
「ごめん、じゃあね花園!」
「あっ……」
その場から逃げるように改札をくぐり、停車している汽車へと向かう。
花園には申し訳ないが、今は花園の事で時間を取っている場合ではなく、館山の一時間限定彼氏に精一杯努めなければならない。それにあの日冬馬は自分の気持ちに心を閉ざしてしまった。
だからもう、過去の事に目を向けている暇はないんだ、と。
「水城先輩、さっきの綺麗な方……彼女さんですか?」
「え、いやいやただのクラスメイトだよ」
「むしろ軽蔑されて嫌われてると思う」と言いかけたが、慌てて口をひっこめた。
「そうですかぁ、先輩モテるからとっくに彼女いるのかと思いました」
「……本当に口が上手いなぁ」
改札に背を向けて、冬馬と館山はホームに停車していた汽車に乗り込むと、席に着いて数分も経たずに汽車が動き出した。
少なくとも改札を抜けて汽車に乗り込むまでは、冬馬は後ろを振り返る事がなかった。
冬海駅に着き、そのまま館山の家へと歩き出す。現在の時期は秋なので花びらがなくなってしまっているが、冬海地区は自然が豊かなようで彼方此方に桜の樹が地面から顔を出していた。
「水城先輩。あの桜並木、春になると凄く綺麗な桃色の道になるんですよ」
「へぇー、また春に見に来たいな」
館山に言われて春に桜が満開になっている並木道を勝手に想像したが、彼女の言う通り絶対に美しいのだろう。と思っていると、並木道の入口前に建てられた看板に貼られたポスターの中に、「桜回廊」という文字の下にライトアップされた桜の並木道の写真が目に入って、やはり美しいなと心の中で呟いた。
「せっかくなのでここの道通っていきましょう」
「いいね、じゃあ歩こうか」
話しながら歩いていると、距離はさほど短いものではなかったが、あっという間に出口が見えてきた。時間を確認すると、丁度一時間限定彼氏の終了時刻に差し掛かかろうとしていた。
それに気がついたのか、館山が気分が沈んだように呟いた。
「……もう、終わりですね」
「うん、でも俺も少しの間だったけど楽しかったよ」
最初はいきなりの告白で戸惑ったけれど、この子と話していくうちに気まずい雰囲気になることは一度もなく、一緒にいる間はとても楽しかった。これは紛れもない自分の本心だ。
「わ、私もとても楽しかったです!」
「そっか……」
それなら良かったと心の中でホッとした。初対面の子と何を話せばいいんだろうと思っていたが、館山が真っ直ぐな性格の子で本当に良かった。
彼女の気持ちを断った自分が言うのも無責任かもしれないが、将来この子には自分よりもいい男の人を見つけて幸せになって欲しいと思う。
お世辞でもなく、心からそう思えるような優しくて真っ直ぐで良い女の子だった。
「水城先輩、ここまででいいです。私のわがままに付き合ってくれてありがとうございました」
「こっちこそ、本当にありがとう。久しぶりに楽しい思いができたよ。」
「それと……あっ、あそこに虹が見えますよ!」
昨日雨降ってたっけなと思いながら館山が指差した方に顔を向けると、その刹那、冬馬の右頬に何か温かいものが触れた。
「えっ……!」
「水城先輩。私まだ諦めてませんから! 今度は唇を奪いに行くので!」
館山はそう言うと、冬馬に頭を下げて走り去って行ってしまった。
(最後の最後までしてやられたな……)
右頬に手を当てると、まだ火照っているような温もりを感じた。
こんな自分を好きになってくれてありがとう。小さくなっていく背中にそう呟くと、冬馬は夕焼けで照らされた橙色の桜並木道を引き返した。
お読みいただきありがとうございます。館山さん、健気で良い子でした、、
次回も手に取ってくれたら嬉しいです。
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