31話~真っ直ぐな気持ち
「恋が始まらない」は現在、毎週月・水・土曜日の三日更新で21時更新です。
(……えぇ!?)
思いもしなかった告白に頬が次第に熱を帯びてくるのが分かる。なにせ今まで生きてきた中で初めてされた告白だ。ここまで真っ直ぐに気持ちを伝えられると心臓が飛び跳ねそうになる。
冗談だと考えても、先ほど受け取った気品のある紙袋が裏付けしてこの子が自分をおちょくっているようにも見えない。
「俺、君の名前も分からないんだけど……」
「た……館山恋です!」
館山がはっきりとした口調で名前を告げる。彼女の潤ませた瞳をみて、はっきりとこの告白が偽りではなく、心の底から真剣だという気持ちが伝わってくる。だが……。
「でも、館山さんも知っていると思うけど、俺の噂聞いたことあるでしょ。三年の先輩を停学にしたって」
今でこそその噂は耳にすることはなくなってきたが、冬馬が三年の先輩を停学にしたという噂が出回ったという事実はこの先も消える事が無いだろう。
それに冬馬と一緒にいる事でこの子に迷惑をかける訳にもいかない。現にその危険性があるから純とは長らく会話をしていないのだ。
「だから君にまで迷惑をかける訳には……」
「元はと言えばボールが飛んできているのに気づいていなかった私のせいです。水城先輩は何も悪くありません!」
先程までの態度とはうって変わって迫力のある声を上げた館山に慄いていると、時の間を縫うように館山が言い続けた。
「私、水城先輩の事ずっと見てました。汽車でお年寄りのおばあさんに席を譲ってあげているところとか、駅で先輩の前を歩いている人が定期券を落とした時もすぐに拾ってあげたところも、全部見てました」
自分が何気なく過ごしていた日常が、他の人には好意的に見られていたと思うと途端に恥ずかしくなる。
確かに今館山が言った行動はした覚えがあるが、どれも誰かを助けてあげようなんて良心的な思いで起こした行動ではない。落とし物をしたら拾ってあげる、年寄りに席を譲るなんて冬馬にとっては普通の事だと思っていた。
「それに、自分の身を犠牲にしてまで私を助けて下さるような優しい人は生まれて初めて出会いました。だから先輩の事を好きになったんです!」
館山の髪が屋上に吹かれる涼しい秋風によって麗らかに靡く。
彼女の正直な気持ちは十分と言えるくらいに伝わった。だから冬馬も正直な気持ちを彼女に伝えなければならない。……たとえそれが館山の望んだ結末にならなくとも。
「……ごめん、今は誰とも付き合う気はないんだ」
冬馬の言葉を聞いた館山は「……え」と言葉にならないような声を上げると、一歩ほど後ろに下がった。
館山には物凄く申し訳ないが、今は誰とも付き合いたいとは思ってはいない。それも、三か月前にした失恋の傷が今も完全に癒えてはいないからだ。
人は失恋をした人に対して慰めのつもりで「時間が解決してくれるよ」や「新しい恋をしてみるのもアリなんじゃない?」などと言うことが殆どだろう。冬馬も失恋とはそう言ったものなのだろうと思っていたが、そんな言葉は全くの嘘だと身に染みて感じている。
時間が経過していくたびにあの人の事が頭の中から離れなくなっていき、新しい恋に手を伸ばそうとしても片方の手があの人を掴んで簡単に離してくれない。
後々になって気づいたが、冬馬はそれくらいに花園が好きだった。だからその分ショックも大きく、伊達の噂話なんて正直どうでも良くて、考えを落ち着かせるための一人の時間が欲しかった。
「……どうしてもですか?」
館山が喉から絞り出すように、瞳に涙を溜めて上擦った声を吐き出した。
「……ごめん」
その涙を見る事が途轍もなく辛くて俯きながら目を逸らしていると、少し沈黙の間を置いた後に館山が言った。
「なら一日……。一日だけ彼女になってください!」
「……一日は少し長いなぁ」
冬馬は休日を今まで進行状況が残酷だった小説の執筆作業に時間を当てているので、一日を他の事に費やしてしまうと、冬馬が制作している恋愛小説の計画に大幅な遅れをとってしまう。
この小説は小説サークルのメンバー全員に読んでもらうものなので、せっかくなら凝りに凝った自信作を全員に披露して、良い気持ちで先輩たちに卒業してほしいなと思っている。
「なら一時間だけ!」
「一時間くらいなら……」
「やったぁ!」
つい押されて了承してしまったが、その一時間は何をすればいいのだろうか。恋愛経験皆無の冬馬にとっては館山をリードするなんて無理に等しいので何かいい案は無いだろうか。
「今日放課後予定空いてる?」
「いや、何にもないです!」
「わかった、じゃあ家まで送るよ」
いい案も浮かばない脳みそから捻りだした答えがこれだ。だが一緒に帰るのであればお互い無理に気を遣う事もないだろうし一応は利に適っていると思う。
館山は少し考えこんだ後、「分かりました」と言って頬に濡らした涙を拭った。
「それでは、放課後玄関で待っています!」
手を振った館山が満面の笑みを溢して屋上から去っていく。
(……眩しいなぁ)
まだ十二時を過ぎた辺りだが、絶好の学校祭日和を象徴する秋晴れの空と共に、頭上には真っ白で淀みのない太陽が屋上を照らしていた。
お読みいただきありがとうございます。館山恋ちゃん、真っ直ぐな子ですねぇ……。
余談ですが、10話くらい溜めて予約投稿しております。以上です。
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