27話~夏の終わり
「恋が始まらない」は現在、月・水・土曜日の三日更新で、21時に更新です。
(……あいつ、結局午後の授業受けなかったな)
昼休みに席を立ってどこかへいったのを確認してから、彼の姿をHRが終わっても視界に入れる事は出来なかった。
五時間目が始まる丁度前に、彼と仲がいい松田君が彼のと思われるジャージを持って教室を飛び出していくのを見たが、何かあったのだろうかと少しばかり心配してしまった。
(さあて、HRも終わったし帰ろうかな……)
そう思って机の中の教科書などを鞄に詰めていると、普段一緒にいる仲の良いグループの友だちが「帰りにどっか寄っていこう」と誘ってきた。
放課後の予定は無かったので了承して引き続き鞄に荷物を詰めていると、いつの間にか人数が増えていてそのうちの一人が今まで触れて来なかった話題を口にした。
「そういえば、水城が三年のサッカー部の先輩三人自宅謹慎にしたって知ってる?」
やはり、表面上は紛れもない嘘の情報が流れてしまっているらしい。水城が入院してからその噂はちょくちょく耳にするが、そのたびに心の中で「ちげぇよ、誰だよそんな噂流したやつ」と愚痴っていた。
「あんな見た目でどういう事したんだろうね、こっわ」
「まじそれなー、香織どう思うよ」
「本人も入院してたみたいだし……」
「えーあんな陰キャ庇うのー?」
「ちっ……ちがうって、別にそんなんじゃないし」
本当は全部知っている。もしこの場所に目撃者の一人である綾乃がいたら事の真実を話せるのに、自分が前に出しゃばって水城の事を庇ってしまったその後がとてつもなく怖い。
だとしても、見ず知らずの女子生徒二人を自分の身を捨てて助けることができる心の底から優しい人間だってこと、あんな見た目とか陰キャとか周りの人は言ってるけど、実際眼鏡をとったコンタクト姿は悪くないし長めの髪をショートにしたらそこそこ女子ウケはいいはずだ、ていうか絶対そうだ。
もし全てを話してしまったら水城が他の女の子に取られてしまうような気がして、自分だけが知っている水城の本当の姿を皆に言いたくなくて。それでいて自分の地位も傷つけなくて、自分が情けなく感じる。
「ていうか、香織も水城と仲がいいって噂されてるじゃん」
「えーそうなのー! 香織、あんなのがタイプなんだー! 以外ー!」
「ち、違うって言ってんじゃん!」
場の雰囲気に飲み込まれたのと咄嗟だったので、つい声を荒げてしまった。
全然本心で言っていない事は口を動かしている自分が良く理解している。だが、傷つきたくなくて……今のこの瞬間を壊したくなくて、言いたくもない事を喋ってしまう。
「あんなの全然タイプじゃないし、何て言うかおもちゃ感覚? てか陰キャなんて相手にするわけないじゃん」
場が静まり返る。だが息を吹き返したかのように周りにいた友だちが笑みを溢し始めた。
「そーだよねー! 香織があんなの相手にするわけないよねー!」
「誰だよそんな噂流したやつー! うちがぶっ飛ばしたろかー!」
友達の笑いが飛び交う中、心中穏やかじゃなかった香織はそっと胸を撫でおろした。これで難を逃れる事が出来た……と安堵したのとほぼ同時に、ガラガラと音を立てて今丁度話題になっていた男子が教室に入ってきた。
その男子が目に入った刹那、気持ちの悪い冷気が背中にぞわっと襲い掛かってくるのを感じて、心臓がドクンと跳ね上がった。
ーーまさか……会話、全部聞かれて……!
教室の中からやけに女子の騒ぐ声が聞こえるなと思って近づいてみると、その会話の中心となっているネタは冬馬の事についてだった。
多分だが、最初から話の全てを聞いてしまったような気がする。それも、全くと言っていいほど知りたくなかった事実まで聞いてしまった。
冬馬は席が近い後ろ側のドアから入って、自分の席の荷物を颯爽と鞄に詰め込んだ後、出来るだけ女子たちに表情が見られないように俯きながら教室を出て行った。
(……なんだよ揃いもそろって)
冬馬が三年のサッカー部の先輩を自宅謹慎にさせた、この偽りの噂は率直な意見で言うとどうでも良い。ただ、「おもちゃ感覚?」「陰キャなんて相手にするわけないじゃん」この二つは流石に堪える。
あの時花園は自分が女子生徒を庇って怪我をしたのを目撃しているはずだ。だが今の話で、その情報は間違っていると指摘するわけでもなければ、むしろ一緒になって冬馬を嘲笑していた。それがあの意見の源なのだろう。
二年生になって、勉強合宿で靴を貸して、普通に話せてお礼も言える良い子なのかもしれないと、少しだけ思った。そして今回の球技大会も花園が応援しに来てくれるのがとても嬉しくて、彼女がバスケの試合に出ている時、自然と彼女を目で追っていて、自分はこの人の事を好きなのかもしれない……と思っていたのにこれだ。
本人の言葉で自分は花園に相手にされておらず、ましてやおもちゃ感覚でもてはやされていただけという事実を知ってしまった。
--お前みたいな糞陰キャが近づいていい存在じゃねぇ
食堂で昼食を食べている時に伊達が言った言葉。正しくその通りだ。時々一緒にいてくれる花園にもしかしたら自分に少しでもその気があるのではないか、とちょっとでも期待した自分が甘かった。
よくよく考えてみると、自分が花園に芽生えた恋心がきっかけでクラスから孤立してしまうという、過去の過ちを二度も繰り返してしまった事になる。
結局自分みたいな存在は高嶺の花に手を伸ばそうとすることすら許されない。
だがそれと同じく、純粋な自分の気持ちを弄んだ花園香織という存在も許してはいけない。そう冬馬は心に誓った。
校舎から出ると、純が「冬馬、遅かったね。喫茶店に行こう」と何事もなかったかのように校門付近で待っていた。
校庭に見える梔子の花は、春には綺麗で艶やかな白い花びらを躍らせていた。
だが今は、張りを無くした茶色に染まって花びらが閉じてしまい、微かに夏の終わりを告げていた。
お読みいただきありがとうございます。えー、前々回もシビアでしたが、恐らく今の冬馬の状況は全世界の誰よりもつらい状況にあるのではないでしょうか。次回もお楽しみに。
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