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恋が始まらない《本家》  作者: 北斗白
夏〜Summer〜
26/37

26話~フラッシュバック

「恋が始まらない」は現在、月・水・土曜日の三日更新で、21時更新です。

 「……失礼します」

 「はーい……ってどうしたの?」

 「間違って食堂で水ぶちまけちゃって……」


 ここで正直に、伊達たちに物理的に冷水を浴びせられたとでも言うともっと面倒くさいことになるだろう。冬馬は出来るだけ言葉を選びながら保健室の先生に事情を説明した。

 先生は「大変だったわね」と言うと、特別に今日一日ジャージで過ごしてもいいという事を了承してくれたので、その言葉に甘えてすぐに濡れた制服を脱いで持ってきたジャージに着替えた。

 

 「いやーもうそんなドジしちゃ駄目よ?」


 本当は自分が失敗をしたわけでもないのだが、嘘の事実を言ったので叱られるのは致し方ない。

 ただ、今日の残りの時間はどうしようか。着替えたからといって教室に戻っても、今のクラスの雰囲気の状態だと単に居づらいだけだ。それに第一に伊達の顔も見たくない。 


 「……はい。でも少し具合悪いんで保健室で休んでも良いですか?」

 「良いわよ。風邪ひかないようにね。少しベッドで休んでなさい」


 冬馬は六時間目の授業が終わってクラスメイトがいなくなったら荷物を取りに教室に戻って、それまで保健室のベッドで休ませてもらうことにした。

 

 (……またこれかよ)


 今まで生きてきた中で、これと似たような経験をしたのは一回だけある。あの時はただただ辛くて、苦しくて、助けてくれる友達もいなくて、いっそいなくなってしまいたいと思っていた。

 でも高校に入って、純と出会ってから引っ込み思案な自分を変えたいと切実に思っていた。だけど入学して早々ある女子生徒にその心を折られて、やっぱり自分自身を変える事が出来ないんだと痛感した。

 それから純以外にクラスメイトとも話さなくなって現在の二年生になってしまった。でも自分を変えたいという思いが胸の中に微かに残っていて、勉強合宿で今まで話してこなかった男子生徒と距離を縮める事が出来た……と思っていたのに。


 (……本当に頭痛くなってきた。ちょっと寝よう)


 冬馬はベッドの中に潜り込み、容量が飽和されてきた脳内から視点をずらして、考える事をリセットすべく聴覚に意識を凝らした。

 しんと静まり返った保健室に、時計の針がチク……タク……チク……タクと音を鳴らして時刻を進めているのが分かる。

 秒針の音に耳を傾けているうちに、冬馬はいつのまにか眠りの中に入り込んでいた。



 ふと目を開けると、背が小さくてひょろっとしたような体型の男の子と、窓側のスロープに寄りかかって男の子を見ている可愛らしい女の子が目に入った。

 その女の子は男の子に何かを告げた後、足早に教室を去って行ってしまった。

 一方取り残されて動けなくなっている男の子は、両手を震わせて雫を滴らせていた。


 (これって……)


 次の日男の子は学校に行くと、黒板に書かれた「水城は前原まえはらを襲った」という文を目にした。クラスメイトからの視線が痛く突き刺さる中慌てて文字を消したが、何のことかさっぱり分からなかった。

 その日からクラスメイトの何人かによる男の子に対する無視、廊下を歩いている時のすれ違いざまの軽い暴力……いわゆる「いじめ」が始まった。

 もちろん犯人は分かっていた。それが男の子が決死の思いで自分の気持ちを告げた相手である女の子だ。ただ一つ、理由がさっぱり分からなかった。

 女の子が面白半分で情報を改ざんして周囲の取り巻きに偽りの情報を流したのか、それとも女の子が犯人だという前提条件が間違っていて他に犯人がいるか。だがどちらにしろお互いにメリットがないことは明らかだ。

 だが考えたくないメリットがあるとすれば、男の子をいじめて楽しんでいる相手側の話のネタになる。自分たちより弱い人間を見つけて好き勝手にストレスを解消する……くらいだろうか。


 (……俺の中学時代とそっくりだ)


 男の子は次第に誰とも話すことがなくなっていき、中学の最高学年になった。それと同時に双子の妹たちが同じ中学に入学してきた。

 その頃もいじめは続いていたが、母に相談すれば妹たちが入学したばかりで忙しいはずなのに、要らない負担をかけてしまう。だが先生に相談したとしても「それは思い込みじゃないか?」の一点張りでまともに話を聞いてくれなかった。

 薄々勘付いてはいたが、先生の内心としては本当は男の子に対するいじめを小耳に挟んではいるが「面倒ごとに巻き込まれたくない」というものだろう。


 (……でもこの頃だったか)


 最高学年となって卒業まであと一年、読書でもしていれば一人の時間を気にすることもなかったので、この程度のいじめは耐える事が出来ていた。

 だがいじめに耐性ができた男の子を面白くないと思ったのか、いじめっ子たちはとある暴挙に出た。

 ここで目の前に映し出されていたビジョンが体育館裏の空き地へと移り変わった。その空き地には男の子と、向かい合った先には三人くらいの男子が小さな女の子二人を拘束して笑っているのが見えた。

 

 (……そう、あいつらは俺に妹がいるって分かった瞬間、それをだしにして俺を呼び出したんだ)


 小さな女の子たちは「お兄ちゃん……助けて」と小さな声を漏らしながら泣いていた。

 許せなかった。どうしても。俺だけをいじめるなら良い。だが何故関係のない妹たちが危険な目にさらされなければならないのかが到底と言っていいほど理解が出来なかった。

 自分の妹……たったそれだけの既成事実で妹たちもいじめの対象になる恐れがある。そう推察した瞬間、頭の中の何かがプツンと音を立てて、遂に男の子の我慢していた感情が一気に爆発してしまった。

 

 (……美陽と美月が俺の両腕にしがみついて止めてくれたんだっけ)


 気がついたときには、目の前に血まみれの男子が三人転がっていた。質実に言うと、我に返るまでは何が起こったのか分からなかったが、赤黒い血にまみれた両腕に必死にしがみつく妹たちを見てすぐに理解した。


 (本当に人を殺しちゃうのかと思ったって美陽が言ってたっけ)


 その件は美陽と美月の証言で、行動を起こした男子三人といじめをしていた何人が自宅謹慎となり、学校側ではいじめの見過ごしなど教育委員会から指導が入ったようだ。

 男子生徒たちは骨折などの重傷を負ったそうで、その母親たちは男の子の家に突撃したが、男の子の母親がいじめの事実を伝えると、怪我を負った男子生徒の母親たちは謝罪をしておとなしく帰っていったそうだ。

 それ以来いじめはピタリと止んだが、同時に男の子には人が一切寄り付かなくなり、「人殺し」と陰で囁かれることになった。

 だが幸いなことに、妹たちが必死に事実を学校中にばらまいてくれたおかげで、妹たちがいじめられることはなかった。


 

 「……君、水城君、起きて」

 「……あ」


 無意識に瞼に指を持ってくると、不思議な事に涙が溢れていた。慌ててジャージの袖で涙を拭うと、保健室の先生が水の入ったコップを差し出してくれた。


 「なんか悪い夢でも見たのかね? とりあえずHRもそろそろ終わるころだから落ち着いたら帰りなさい」

 「わかりました、ありがとうございます」


 コップの中に入った水を一気に飲み干して身支度を整える。

 あんなに鮮明に中学の頃の記憶がフラッシュバックするとは、自分では気にしていないように思っていたが、実際はかなり傷ついていたと思い知らされた。

 冬馬は保健室の先生に礼をして、荷物を取りに行くために教室へと向かった。

 廊下の窓から見える橙色をした太陽は、最後に見た昼下がりの時よりも大きく西に傾いていた。

お読みいただきありがとうございます。さて、今回の話で冬馬のトラウマが明らかになってしまいましたね。次回もよろしくお願いします。


北斗白のTwitterはこちら→@hokutoshiro1010

お知らせなどは活動報告をご覧ください。

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