17話~Bチームの覚醒・皆の思い
「恋が始まらない」は毎週水曜日21時更新です。
この試合に勝利すれば準決勝へと駒を進める事ができる。この試合を含めてあと三回だけ白星を飾れば優勝だ。
先程チームメイトから一回戦全試合の報告を受けたが、一回戦目をBチームで勝ち上がったのは三年生の一クラスと自分達だけ。多くの戦友たちが無念ながら敗退してしまったのだ。
(……まだ花園は来ていない……か)
この試合に顔を出すとは言っていたが、試合が始まってもそれらしき人物は見当たらない。ただ、敗退してしまった多くの戦友たちのためにも、冬馬たちは下克上という劇的なドラマを作り出さなければならない。
「冬馬! 行ったぞ!」
ボールをカットした味方からのロングボールが上がる。冬馬はそのボールを上手に胸でトラップすると、相手陣地に向かってドリブルを仕掛けた。
(まだみんな上がっていていない……それに、相手ディフェンスはサッカー部の御岳がいる。確実に攻め切るためにはサイドの上がりを待った方がいいかもしれない)
冬馬は相手のプレスに耐えながらボールをキープしようとしたが、駆け付けた相手の選手三人に囲まれてしまい、ボールを奪われてしまった。
早いプレスに集団戦法。頭のいい試合運びは流石スポーツの得意なAチームと言える。これは思った以上に苦戦を強いられるかもしれない。
「裏! 走り込まれてんぞ!」
ボールを持ったAチームの選手が、冬馬のチームのディフェンスの裏を掻いたスルーパスを出すと、そのスペースに走り込んだ選手が一回トラップをしてシュート体勢にはいった。
「……純!」
勢い良く飛んで行ったボールは、飛び出した純の頭を通過し、アーチの様な半円を描いて白いゴールネットに吸い込まれていった。
「ピーー!」
駆け寄った審判がホイッスルを鳴らす。冬馬がボールを奪われてからゴールを決められるまで一瞬だった。Aチームとはいえサッカー部員は御岳一人のはずなのに、それ以外の選手も一人一人技術を備えている。
サッカーを苦手としているチームメイトがいる冬馬たちにとっては、先制点を奪われたのはかなりの痛手だ。
「ピピー! 前半終了!」
悪い流れのまま前半が終了してしまった。守りが堅いAチームの守備をどうやって崩すか。何かいい作戦みたいなものはないのだろうか。
「お、おい……見ろよみんな。あれ花園様じゃないか?」
チームメイトが小さく指でさした方向を見てみると、望月と一緒に見に来ていた花園が、冬馬たちのベンチに向かって手を振っていた。
「おい……花園様が我々に手を振ってくれているぞ……」
「これは、ジャンヌ・ダルクの導きか……」
「いや何言ってんの」
チームメイトたちが崇拝している花園が来てくれたおかげで、先制点を取られて青白くなっていたチームメイトの表情がみるみる明るさを取り戻してきた。
でも本当に応援しに来てくれるなんて、花園も今のクラスが好きなんだろう。頼りのAチームは一回戦目で負けてしまったし、残るのは自分達だけだ。
「よっしゃあ! ぶちかますぞお前らぁ!」
「おおーー‼」
明らかに試合前のモチベーションを超越したエンジンで、チームメイト全員の士気を高めた冬馬たちは、まだ後半開始三分前なのにもかかわらずピッチの中に走り出した。
「よっしゃ行くぜぇ!」
後半開始を告げる審判のホイッスルが鳴った瞬間に、前半とは打って変わって闘志を剥き出しにしたチームメイトたちが相手のAチームに襲い掛かった。
花とも言える存在が見に来てくれただけで、こんなにもプレーの質が違うなんて思いもしなかった。普段勉強しかしてないやつなんて走るスピードを緩めずにボールを追いかけまわしている。
とは言う冬馬のモチベーションも明らかに高揚している。根拠にならないが応援してくれる存在が近くにいるだけで、試合が終わるまでずっと走り続ける事ができそうな気がする。
「冬馬ー! 決めてこい!」
前半と同じシチュエーションで味方からボールを受ける。だがチームメイトが走り回って相手の布陣をかき回してくれたおかげで、残るディフェンダーはあと一人、御岳だけだ。
(どうするかこのボール。また後ろに戻すか……いや、さっきも悩んで囲まれて最終的にボールを奪われてしまった。花園が見ているんだ……迷ってなんかいられない)
冬馬はボールを受けてから一切後ろを振り向かずに、相手ゴールがある真正面へボールを動かした。目の前に立ちふさがるのは御岳……ここは一か八か、今日の為に見ていた深夜サッカー番組でやっていた技を使うべきかもしれない。
何回も繰り返して見ただけだが……確か一気にボールを両足で挟んで、片方のヒールでボールを持ちあげながら身体を捻らせ、棒立ちになっている相手を抜き去る……
「なにぃ! ヒールリフトだと‼」
あとは飛び出してきたキーパーがいない方に、浮いているボールの中心を足の甲で叩けば……
「ピーー!」
「冬馬ーー! ナイッシュー! すげえな今のどうやってやったんだ?」
「ナイッシューだよ冬馬君! もっと点取ってよ!」
多分、皆の驚き以上に冬馬の驚きの方が遥かに上回っているだろう。普段の冬馬であれば一か八かの不可能に近いプレーは勿論、かっこよくて目立った行動をすることが考えられない。
だけど、根拠と呼べる確証がないにもかかわらず、今の冬馬なら何でもできるような気がして、気づいたら思った以上に思いっきりはっちゃけてしまっていた。
だが、本心からしてまだはっちゃけ足りない。
「ピー!」という試合再開のホイッスルがグラウンドに響く。
「冬馬! 守備は俺たちに任せて上がっとけ!」
「みんな……」
初めてかもしれない……いや、中学以来かもしれない。こんなに人に頼られることは。
クラスの中で喋ったことがない人も自分を信じて一生懸命守備を頑張ってくれている。点を取ってくれると信じて、自分の為に汗を流してくれている。
「よっしゃ取った! すぐカウンターだ!」
ボールを奪った冬馬のチームのディフェンスが、苦手なりに自分自身の身体を張ってボールを中盤の選手に繋げた。
パスを受けた中盤の選手は、相手ディフェンスの裏に抜け出した右サイドハーフにロングボールを渡すと、慣れないドリブルで相手ディフェンスを一人抜き去った。
「冬馬、行くぞー!」
相手をかわした右サイドハーフのチームメイトがセンタリングを上げる。皆が身体を張って、ドロドロになりながらも頑張って、絶対に勝利を掴もうとしてやっとの思いで届いたボール。
「あ……しまった……距離が大きい……」
冬馬の耳の中にそう聞こえたような気がする。だけど「距離が大きいからボールに届きませんでした」なんて自分だってごめんだ。そんなふざけた理由で皆が作り出してくれたチャンスを無駄には出来ない。
チームメイトが身体を張ってくれたんだ。だから冬馬も身体を張って点数を取るくらいではないと……皆の思いに応える事ができないじゃないか。
「なっ……」
冬馬が深夜のサッカー番組で見た、もう一つの凄い技。センタリングをもらった外国のサッカー選手が、明らかに高いパスミスボールを後方宙返りの体制になって高い打点からボールを叩き落とす……
「……バイシクルシュート」
「ピーー!」
「冬馬ー! 信じてよかったー!」
上手く後方宙返りができなくて腰から落下してしまったが、結果的に点数を決める事ができてよかった。
「ピッピッピー! 試合終了!」
試合終了を告げるホイッスルが響き、両クラスの選手たちがフィールドの中央に整列して挨拶を終える。
「冬馬、なんか大活躍だね」
「うん、何か調子いいみたい」
いかにも嬉しそうに満面の笑みを浮かべた純が駆け寄ってくる。今の試合も気迫を纏ったセービングを見せていたので、純も本気なんだろう。
「ちょっと水飲んでくるね」
「うんわかった、じゃあ僕は皆と次の試合の作戦を練ってるね」
一度今試合が行われたフィールドを見渡してから、純と別れて一人で水飲み場に向かう。
視界に入った白いゴールネットは、まだ揺れているような気がした。
お読みいただきありがとうございます。今回の話は意気揚々と書いてしまったので、いつもめどにしている二千文字を軽く超えてしまい、三千文字オーバーとなってしまいました。
執筆していて面白い回だったのですみませんでした!
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