13話~暖かな空間
「恋が始まらない」は毎週水曜日21時更新です
「あーーーっ! 兄ちゃん! 香織ちゃん家に来てるよ! こんなに綺麗な人が彼女だなんて……兄ちゃん中々やるねぇ」
満面の笑みで話している美陽には悪いが、本当は付き合ってないし、話したり一緒にいたりすること自体珍百景なのだ。
冬馬は話の流れと、俯き気味になっている花園を見て、美陽と母さんの勢いに押されてまだ誤解を解く事ができていないんだろう、と察した。
「二人とも落ち着いて、俺と花園は付き合ってないよ? 多分だけど貸したスニーカー返しに来てくれただけだよ」
「え……だって冬馬うちに女の子連れてきたことないじゃない」
「いやまあ……そうだけど」
ここでちらっと花園を見ると、何とも気まずそうに箸を止めていた。食事も途中で中途半端なので、ここで帰らせるのも申し訳ないような気がする。しかもわざわざ来てくれたのに、いきなり帰れは失礼すぎる。
「花園、良かったらうちでご飯食べてって。後で送ってくよ、とりあえずシャワー浴びてくる」
「あ……ありがとう」
背中に隠れていた美月も花園の隣に座らせて、冬馬は着替えを持ってこの場から逃げるように風呂場へと向かった。
(……花園さん、本当にうちのバカ三人が失礼しました。もう少しだけ喋っといてください)
シャワーから噴き出る温水を頭に浴びながら、冬馬は静かに花園の無事を願った。
ただ借りたスニーカーを返しに来ただけなのに、突然家の中に連れ込まれてご飯を食べさせられる。しかも極めつけはその家がクラスで全く話さない底辺の男の家だ。
良く考えると気まずい以上の何物でもないが、本当に申し訳ない事をしたと思う。冬馬は後で花園に謝っておこう、と心に留めてシャンプーを泡立てた。
身体を洗い流してからリビングに戻ると、食事を終えた様子の花園と妹二人が、何やら賑やかに喋っていた。
すでに最初の気まずさみたいな蟠りが消えていて、こうして見てみると花園が長女の三姉妹に見えなくも……と変な想像を浮かべていると、花園がこちらを振り向いて「あがったんだ」とはにかんだ。
仲良くなったところ妹たちには悪いが、花園にも帰る電車の時間があるだろう。あまり長居して貰って迷惑かけるのも嫌なので、そろそろ送っていかなければならない。
「花園、もう準備できてる? 送っていくよ」
「いや、やっぱり悪いよ。駅までだし一人で行けるよ」
「……もう暗いし危ないから」
ここから徒歩十分で着くとしても、その途中で何かあるか分からないのに、こんな夜道を女の子一人で歩かせるなんて絶対にできない。
それに花園は学校のトップに君臨するような美人なので、一人で帰らせるなんて危なすぎてなおさらだ。
冬馬の言葉に折れたのか、花園は「そっか、じゃあお言葉に甘えて」と荷物を持って立ち上がった。
「香織姉ちゃん、また来てね?」
「うん、また遊びに来るね! それじゃあお母さん、お料理とても美味しかったです! ありがとうございました!」
見た目で判断するのは良くないかもしれないが、律義にも頭を下げてお礼している花園を見ると、チャラチャラした見た目でもしっかりしているんだなぁと感心した。
「あらお母さんだなんて! 香織ちゃん、こんなので良かったらいつでも嫁に来なさいよ!」
「こんなのって……じゃあ送ってくるね」
「お邪魔しましたー!」
三人を家に残して外に出ると、冷たい風が一斉に冬馬を襲った。しかもシャワーを浴びた後という事で、肌に当たる風が余計に冷たく感じる。
隣を見てみると、花園も寒いと感じているらしく、両手をポケットの中に突っ込んで冬物のストールの中に顔を埋めていた。
しかしながらまた花園と話すことになるなんて……。勉強合宿が終わった時は重なった疲労で帰宅する事だけに精一杯だった。が、完全にスニーカーを貸したのを忘れていた。
別に変え時だと思っていたので返してくれなくてもよかったが、丁寧に菓子折りまで貰ってしまった。(だが冬馬が帰宅した時には既に美陽によって食べられていた)
丁寧にお礼はするし、おまけに菓子折りまでくれて、冬馬は案外花園は良い奴なのかもしれないなと少しだけ見直した。
「急にお邪魔してごめんね」
「いやいやこっちこそこんなに帰るの遅くさせちゃって本当にごめん!」
「全然気にしてないし、すっごく楽しかった。またお邪魔していいかな?」
「うん。美陽も美月も懐いてたみたいだしまた遊んでやってよ」
シャワー上がりにリビングで感じた、初めて会ったとは思えない程の暖かい雰囲気。あの人見知りで内気な美月にさえ「また来てね」と言わせるなんて、よっぽど一緒に話したことが楽しかったのだろう。
「あ……そういえば眼鏡どうしたの?」
「家に置いてきたよ。実はかなり目が悪いっていうほどでもないんだ。いつもは黒板の字が見にくいから掛けて行ってるけど普段はこうだよ」
「へぇー、断然こっちの方がいいのに! コンタクトにした方がモテるんじゃない?」
「いや怖いから無理」
あの指を目に近づけて瞳にタッチする感覚。想像しただけで背中に寒気が走る。それに底辺のオタク予備軍が少し身なりを変えた所で誰も見向きはしないだろう。
恐らく純だけが「え、だれですか。おはよう冬馬」みたいな頭のおかしな会話をしてくれるかもしれない。
「それに俺花園みたいに美人で人気がある訳でもないし、誰も気づかないでしょ」
「え……」
「ん、どうした?」
「いや……なんでもない」
何か気に障った事でも言ったかなと思って自分の言動を振り返るが、二周くらいしてもそういった部分は全然見つからなかった。
そうこうしているうちにいつも冬馬が登下校で使っている駅に着いた。
「それじゃあ気を付けてね。それと菓子折りありがとう」
「こっちこそ、ご飯も貰っちゃったし。お母さんと妹さん達によろしくね、それじゃあね」
そう言い残すと、花園は冬馬に手を振って急ぎ足で改札をくぐっていった。
何ともまた夢のような時間だった。また花園と話すことがあるのだろうか。思ってもいなかったことが最近二回も起こっているので、関わる事がないとは言いきれない。
冬馬は無いところから出てくる予感を頭の片隅にしまって、今来た道をもう一度歩き始めた。
お読みくださってありがとうございます! 香織の冬馬のお家編が終了しましたね。次の舞台はどこか、来週に続きます。
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