彼女を救うため
朦朧としていた意識が戻ってきた。
目を開くと、眩い光が目に飛び込んでくる。
目の前にいたのは、彼女だった。横断歩道を渡ろうとしている。私が最後に見た彼女の姿そのもの。
「桃香!」
私は桃香の近くに駆け寄り、彼女の手をとって思いっきり引っ張った。
「え?」
突然後ろに引っ張られたことに驚いている彼女を引き寄せた。次の瞬間、猛スピードで信号を無視した車が目の前を通りすぎていった。
「生きてる。生きてる。良かった。本当に、良かった。」
私は桃香を力いっぱい抱きしめた。その場で泣き叫びながら。
彼女は温かい。本当に生きてるんだ。とにかくそのことが嬉しかった。
「希帆、どうしたの?」
桃香は戸惑っていたみたいだけど、私が落ち着くまで頭を撫でてくれた。
その後、桃香と近くの喫茶店に入った。落ち着きたかったのと、今までに起きたことを色々話したかったから。
私達はテーブル越しに向かい合って座った。
「希帆、落ち着いた?」
「うん。ごめん、驚かせたよね」
「別にいいよ。友達だもん」
私は目の周りを赤くして泣き腫らしてたと思う。少し恥ずかしい。
「それで、希帆。どうしたの、突然泣いたりして?」
落ち着いた私に彼女は尋ねてきた。
「桃香はさっき何が起きたかわかる?」
「私が車に轢かれそうになった所を桃香が助けてくれたんだよね。そういえば、お礼まだ言ってなかったね。ありがとう」
「そう、今回は桃香を助けられたんだ」
「今回は?」
私はいままで経験したことを彼女に話すことにした。桃香が目の前で車に轢かれたこと。彼女のお葬式に行き、彼女のいない世界を経験したこと。
「不思議なこともあるもんだね」
それが、桃香の感想だった。
「桃香がいない世界。とても空虚で、寂しかった。だから、返してもらえるように願ったんだ」
「そして私が助けられたと。なるほどね」
「桃香は信じるの?こんな話」
自分で言うのもなんだが、荒唐無稽だとは思う。要は私が過去に戻ったということだから。
「私は信じるよ。だって実際に助けられたもん」
「そんな簡単に」
「希帆がこんな嘘つくわけないし。希帆の言う事なら信じる」
「ありがと」
桃香はあっけないほど簡単に私の話を信じてくれた。少し心配になるくらいだったけど。
その後、桃香はこんなことを言ってきた。
「ねえ、希帆」
「何?」
桃香は前のめりで私に話しかけてきた。そんな彼女もかわいい。
「今回私を助けるために過去に戻れたなら、実は希帆って自由に過去に戻れるんじゃない?」
そんなことを言い始めた。
「それってタイムスリップってこと?」
「というよりタイムリープかな。タイムスリップは肉体ごと過去に飛ぶことで、タイムリープは意識だけ過去に飛ぶことだから」
「詳しいね」
「ふふん。私が漫画好きなことをお忘れかな?」
そんなことを言いながら、桃香はドヤ顔で話しかけてくる。
「で、もし私がそのタイムリープができるとしたら何かあるの?」
「何かってレベルじゃないよ。なんでもできるじゃん。すっごいじゃん。羨ましすぎる!」
桃香はなぜかハイテンションだ。
「例えば?」
そんな彼女に聞いてみた。
「まず、過去に戻れれば死んだ人を生き返らせられる」
「今回がそれだね」
「うん」
確かに凄い。
「他には?」
「お金持ちになれる」
「どうやって?」
「宝くじの当選番号を記憶して過去に飛べばそれだけで億万長者になれるね」
まあ、凄い気もするが。
「他にも、過去の失敗を取り消したり、テストの内容を暗記して満点を取ったりとか。人生思いのままだよ」
「確かに凄いけど、リスクってないの?」
「リスクはあるよ。本来死ぬ人を助けたせいで、他の人が死ぬとか。助けた人が交通事故を起こすとかで。後は、バタフライ効果かな」
「バタフライ効果?」
桃香はドヤ顔で説明する。
「バタフライ効果っていうのは、どんな些細な出来事でも後々大きな影響を与える現象のこと。蝶々の小さな羽ばたきでも、台風のような大きな災害を起こす可能性があるってことかな。日本のことわざだと、風が吹けば桶屋が儲かる、が近いかな」
なるほど。
「ということは、私が過去に戻って何かを変えると、未来に大きな影響を引き起こす可能性があるってこと?」
「まあ、そういうこと」
少し考える。
「それって、大分まずいんじゃ」
「良くはないけど。まあ、最悪過去に戻って取り消すこともできるんだから、そんなに気にする必要もないんじゃないかな」
「そんなもの?」
「そんなものでしょ。それに、過去を変えるってワクワクしない?」
「確かに」
自分の思い通りの未来を作れるのだから。
桃香は続けてこんなことを言った。
「あと、一応不老不死に近いことは出来るっていうのはメリットかな」
「歳をとっても、過去に戻れば若返れるってこと?」
「そう。でも、肉体が生きている時間に縛られるのがデメリット」
「人間の寿命って80年はあるんだから、そんなにデメリットでもないんじゃ・・・」
「まあね」
やたら過去に戻れることに食いついてくる桃香に質問してみる。
「桃香は過去に戻れたら何をしたい?」
「私かー。うーん。希帆に命は救ってもらったし。ただ、力を活かして人助けをしてみたいかな」
「人助け?」
「そう。過去の失敗や後悔を無かったことにできるなら、それは人を幸せにすることに繋がるんじゃないかなって」
宝くじとか言ってたのに、意外。
「それなら、私とやろうか。それ」
「えっ。いいの?」
「私が過去に戻れるかは、まだわからないけど」
「やったー!一緒に頑張ろー」
私は桃香の笑顔を眺めながら、彼女が喜んでくれるならいいと思って、「人助け」を始めることにした。
これが、未来と世界を大きく変えてしまうなんて、このときの私は思いもしなかったのだけど。