到着
お久しぶりです、狛太郎です。最近眠すぎて辛いです。何かいい目の覚まし方はないものか…。
そんなことはどうでもいいって?そうですよね、はい、すいません。
今回もお読みいただきありがとうございます。今回はとうとうビジョンを出ます。ぜひともしっかり読んで行ってください。文字ミスは生暖かい目でもいいので多めに見てください。
それではどうぞ!
城内を上に向かって進むこと早10分。道行く先にスーツ姿の男性が何処でも襲撃してきた。しかし、優華の攻撃により全員が無力化されていた。あくまで無力化であって、誰一人として死んでいない。それは優華が故意に行っていたものだ。
その間、遊楽は後ろでただ茫然と見ているだけだった。
「一向に減らないわね。正直こんなに魔法使えるのは嬉しいけどねー。遊楽君もやる?」
「遠慮しておきます…。それより、そんなに魔法使って後々大丈夫ですか?」
「あーそれなら心配ご無用よ。なんか2つ属性くれるって言ってたけど、1つでいいから沢山魔法を使えるようにしてくださいーって言ったら魔力をすごく増やしてもらったのよ。そういうわけでたぶん大丈夫!」
優華は振り向きながらそう回答した。ここで遊楽はその方法もあったのかと少しばかり後悔していた。
引き続き優華が次々に敵を無力化し、先に進んでいると、急に人手が途絶えた。何階上ったのかは定かではないが、2人ともここが最上階だと認識した。その階層は、一直線に廊下が広がっていた。その先には様々な絵が施された扉が拵えていた。素人でも一目見ただけで高価と判断できるほどだった。
2人はそっと扉に近づき、中から微かに聞こえる会話に聞き耳を立てた。
「ここは危険です!今すぐに脱出の用意をしてください!」
「断る!ここは私の城だ。誰にも渡さん!」
中では城主と思わしき人物と、恐らくガードマンの言い争いが勃発していた。その会話を聞いた遊楽はチャンスだと思い、中には聞こえぬよう優華にそっと話しかけた。
「優華さん、今ならきっと混乱中です。入るなら今で―」
「どっせい!」
優華は、話を最後まで聞かず扉を蹴破った。中には優華が言った通りの太った中年男性と、スーツのガードマンが20人程居た。遊楽も含めて急な襲撃に全員が驚愕していた。
そんなことは全く気にせず優華は次々に襲いかかった。相変わらず無力化するだけで、瀕死状態になるどころか掠り傷を1つも付けていない。それも順調に。まるで最初から手順が分かっているように。
結局遊楽は道中と同じように見物しているだけだった。それは城主と思わしき中年男性も一緒だった。
優華が敵を制圧するまでに3分も掛からなかった。全員が倒れたとこで遊楽は初めて部屋に入った。
「まじ優華さん半端ないですね…。戦闘イベ初めてのはずなのに。」
「戦闘に関しては漫画で予習済みよ。実際動いたのは初めてだったけど、こう見えても元陸上部だったから素早さには自信があるのよ?」
ガッツポーズをしながら答えた優華に対して、遊楽は改めて見方が変わっていた。彼女も一般より幾らか漫画を読んでいたため、こういったイベントには興奮しているようだ。その間に城主は逃げようとしていたが、腰が引けたのかその場から動けず震えている。
そんな城主に一言優華は言い放った。
「そこのおっさん!あんたよあんた!よくも私をあんな風に閉じ込めてくれたわね!今は話があるらしいから何もしないけど、あとで覚えときなさいよ!」
「う、うるさい!貴様らなんか今に捕まるぞ!」
そんな油断を搔き消すように遊楽が言葉の追撃をした。
「さっきまでいた人たちならこの人が片っ端から倒したんで、増援なら来ませんよ。」
その言葉を聞いて城主は顔がより青ざめた。
「それじゃあ、話を聞いてもらいますよ。そうは言っても1つだけですよ。さっさと首位を退いてこの村から出て行ってもらえませんかね。」
「ちょ、ちょっと待て!私と取引しないか!金ならいくらでもある。この城もやる。どうだ。これで1つ手を打ってくれ!」
遊楽は少し悩む素振りを見せた。その姿を見て優華は不安そうに、城主は顔から悪い笑みを浮かべた。
しかし、そんなことを考えていない遊楽ではなかった。ここまではお決まりのルートだった。
「この世界にゲームがあれば魅力的だけど、残念ながらないし、お断りします。自分の意志で動いてもらえれば、悪くはしませんよ。自分から動かない時には、ねぇ?」
遊楽はそっと振り向くと、優華が手のひらに魔力を流し誰にでも見えるように電気を浮かべた。その姿を見て再度青ざめた。
「わ、分かった!今すぐこの村を開放しよう。この村からも出てく。それでいいんだな。」
「もう1つ、他の街に貿易を再度始めることを催促してきてください。それを約束するなら誰にも見つからずに出て行っていいですよ。そういう道があるんでしょう?」
「約束しよう!それでいいんだな。それじゃあ私は失礼するよ!」
そういうと、座っていた座布団を退かし、その下にあった扉を開け、その中に入って行った。その穴の大きさは、普通の人なら余裕で通る大きさだったが、太った体ではかなりギリギリだった。
その姿を見た遊楽は、もう1つ言う事を思い出していた。
「あ、出身聞くの忘れてた。」
その発言に続いて、優華は遊楽の方を後ろから掴み、振り向かした。その顔は、眉間に皺が寄っていかにも不満と言った顔だった。
「ちょっと、もう少し私に仕返しさせなさいよ。」
「…皺を寄せると跡が付きますよ。」
「むきー!余計なお世話よ!同じ日本人じゃなかったらぶっ飛ばしてるわよ!」
「恐らく後で殴られるイベントがあるので勘弁してください…。そうだ。ポート、この村の結界の発生源がどこか分かる?」
ポートに話しかけていても、優華には誰に話しているのか分からず、痛い目で見ている。
そんな視線を決して気にしていないわけではなかったが、極力気にしないように話を進めた。
[マスターの位置から前方に3歩。その上の天井に張り付いています。]
言われたとおり遊楽は前に3歩移動し、天井を見上げた。そこには紫色に光る魔石が埋め込まれていた。言われなければ気付かないため、確かに有効的な隠し場所だ。遊楽は自分でも壊そうと考えていたが、先程から不機嫌な優華を呼び、魔石を指差した。意を酌んだようで、乗り気な様子で手に電気を浮かべ勢いよく電流をながした。それは奇麗に直撃し、破壊したと同時に小爆発が起きた。そして外では、全体が紫色に光り、その光が上部から消えていった。それが結界だったようで、試しにルーイから受け取った指輪を外しても何も起こらなかった。そこで遊楽は1つ疑問が浮かんだ。
「そういえば優華さんは、最初にこの城に転移したんですよね?この村特殊な結界で人間が入れないようになってたんですけど、大丈夫でしたか?」
「ちょっと聞いた話だけど、なんかこの城は結界の対象外みたいな。結界ってそのことだったのねー。ふーん」
あまり興味がなさそうに優華は相槌を打った。特にそれに関しては気にすることなく、遊楽は近くの壁を少し魔法で刳り貫いた。そこから顔を出し、大声で下に待機している3人に話しかけた。
話しかける前に既に3人どころか、全員が釘付けになっていた。壁を刳り貫いたのだから当然だ。
「みんなー。終わったよ~。今から戻る~。」
遊楽が終わったことを知らせると、アリエスは体の上で大きな丸を作った。
それを確認した遊楽は、優華を手招きで呼んだ。
「あのですね、優華さん。おんぶとお姫様抱っこ。どっちがいいですか?」
「お姫様抱っこで。ぜひ!一度やってほしかったんだよねー」
優華は否定するどころか、むしろ即答だった。一瞬遊楽は驚いたが、早いに越したことは無かった為、特に気にすることはなかった。だが、さすがにこうもすんなり言われると、すこし気恥ずかしい部分もある。そのため、結局一人づつ風で浮かせながら下まで降りて行った。降りる前に優華が一度呼び止めた。何事かと思い遊楽が振り返ると、何かをせっせと探していた。目当ての物を見つけると満足そうに優華は遊楽の元に近寄った。その正体は鞄だ。閉じ込められた部屋になかった為、この部屋にあると考えたのだろう。
優華は鞄を漁ると、中から徐に短めのスパッツを取り出し、遊楽にこれ見よがしに見せつけていた。自然と遊楽は目を逸らしてした。その反応に期待していたらしく、嬉しそうにスパッツを履き始めた。
履き終えると遊楽に向けてグッドポーズをし、合図を出した。その合図で遊楽は改めて魔法を発動させ、下に降りて行った。
下では3人揃ってポカンとしていた。その表情で察した遊楽は、しっかり着地したことを確認すると、説明し始めた。
「えーと、こちらは日暮優華さん。僕と同じ転移者。成り行きで連れてきた。」
「どうもー。ピチピチJKの優華でーす。」
「じぇいけい?」
不思議な単語に反応したのはロウガだった。だが意味が分かっていないのはロウガだけではなかった。それは表情を見れば分かることだった。
そこで遊楽は話を別に移行させた。
「取りあえず!終わったし、打ち上げでもします?何かそれっぽいこと言ってなかったけ?」
遊楽は既に仲間になったと認識して、ルーイとの会話からも敬語が取れていた。
その話を聞いたルーイは、今にも溜息が出そうな顔でギルドを指さしながら答えた。
「それがですね、もう先に来てるんですよね…。というか既にお酒も飲んでるというか…。はぁぁ…。」
それに対して遊楽も同じ用に溜息が出そうになっていた。そして、気の向くままギルドの中に入っていた。
中では、スシリが既に大分ヒートアップしていた。女性店員は忙しそうに食事を運び、厨房と思われるところでは男性シェフが次々と料理を作り、女性店員に渡していた。
外では一緒に入っていいものかと優華が悩んでいた。そんな様子に気づいた遊楽は、手招きで優華を呼んだ。そうするとパァっと顔が明るくなり、急ぎ足でギルド入口まで来た。
外でポカンと見ていたルーイ達に気づいたスシリは大声で呼びかけた。その頬は少し赤く染まっている。その隣には素面のカウトが座っていた。
「ほーらほら早く~!盛り上がってるぞー!うへへー。」
「あぁーもう!今回の主役間違えてますよ…。ほら、遊楽さん。中にどうぞ?」
ルーイは遊楽に目配せし、中に入るよう催促した。遊楽は一度深呼吸し、呼吸を整えてから中に入った。それと同時にスシリが声を挙げた。
「今回の主役が到着したぞ~!全員盛り上がれー!!」
「「おぉー!」」
男女問わず、冒険者問わず、店員問わず、この場の全員がスシリに続いて一斉に声を挙げた。その声に圧巻された遊楽は、改めてやり遂げたことを実感した。そして、
「よっしゃー!全員自由だー!」
遊楽も大声で全員に言い放った。すると再度ざわつき、幾人か遊楽の元に近寄って行った。誰とも遊楽は面識がなかったが、不思議と親近感を感じた。
「よう兄ちゃん。あんたがやってくれたんだってな!これで俺達は自由ってこったな!」
「ようやく堂々と外に出られるのね!もうお姉さん感激っ!」
これが通常のテンションなのか、酒が回っている状態のテンションなのかは分からなかったが、遊楽は嫌な気持ちはしなかった。それどころか、むしろ和んだ雰囲気で緊張が解け、パーティーの状態に切り替わった。
遊楽は、妖孤達に押されるままギルドの中央の机に座った。押していた妖孤の中には、研究所で見た顔も居た。調子は絶好調の様だ。
座った遊楽の元に1人の女性店員が寄ってきた。
「本日はこのギルドからの奢りです!盛大に飲んで盛り上がってくださいね。」
柔らかな笑顔でそう告げた店員は再度職務に戻っていた。
その言葉を聞き、遊楽は様々な品を注文した。どの店員に頼んでも、「喜んで!」と言って笑顔で答えてくれる。そして、思うがままに食いついた。
「お兄さんいい食べっぷりね。」
「ほりゃ、おなひゃふいてまふから!」
「あらあら、口の中がいっぱいよ?」
魅力的なお姉さんと言える女性が遊楽に話掛けたが、遊楽は食事に夢中で気にしていなかった。通常の状態だったらデレデレしても可笑しくはなかった。
アリエスは周りの妖孤と一緒に盛り上がっていた。ロウガも一緒だ。だがロウガはいろんな女性に絡まれて別の意味で困っていたが、どことなく嬉しそうにしていた。
ルーイはスシリとカウトと一緒に酒を嗜んでいた。しかし、あまり飲んではいなかった。スシリの対処で忙しかったからだ。カウトと2人掛かりで様子を見ているが、何をやらかすかわからないのがスシリ。そのため、雰囲気には乗ってるが、周り程ガバガバ酒を飲んでいるわけではなかった。
しばらくして、周りと一緒に盛り上がっていた優華が遊楽の前に座った。そして、手に酒を持った状態で喋りかけた。その声の調子から、普通に酒を飲んでいることが分かった。
「遊楽くーん。もっと盛り上がろうじぇ~」
「優華さんは酒を飲むことに抵抗ないんですか…?それに、これでも盛り上がってますよ。こうも大人数で宴会的な事をしたことがなかったから、どうすりゃいいか少し戸惑ってるだけですよ。それより、この先優華さんはどうするんですか?」
すると、優香の頬から少し赤みが引き、まじめな顔つきに変わった。
「うーんとね…。どうすっかねー?…あかんっすわ。ノープランだ。ねぇ、どうしたらいいと思う?」
「こっちに聞かないでくださいよ。まぁそれなら、これから王都の1つのパチナオとか言う場所に行きますけど、ついて来ますか?いろいろあるでしょうし。」
「それじゃあついて行くわー。よろしゅうなー。序に敬語もやめちゃっていいからー。さっきからあの人達にはため口なのに私だけ敬語って言うのも嫌だし。先輩とか気にしないでねー。」
「…はぁ、分かったよ。それじゃあ優華、しばらくよろしくね。それじゃあ僕は食事に戻るんで。」
そして遊楽は再度食事に戻った。その時、優華はそっと立ち上がり、遊楽の隣に座っていた女性に話しかけた。
「ねぇお姉さん。私と一緒に飲みませんか?」
「えぇいいわよ。」
そしてそのまま立ち上がり、別の場所に移動した。
遊楽はそのことには特に触れず、近くの飲み物に手を伸ばした。その中身は水ではなかった。しかし、ビールのようなものではなく、ワインというにも言えるものではなかった。しかし、酔っぱらうという感覚を知った。
「お、おぉー。酒的なあれね。」
そこで遊楽は水をもらいに立ち上がろうとすると、その場で机にうつぶせになるように倒れた。と言っても、眠りに就いたと言った方が正確だ。初めての飲酒(?)と、疲労による物だろう。その遊楽にギルド内は気づいたが、起こすこともなければ、静かにすることもなく、引き続き宴会を続けた。
しばらくした後、すこし店内が落ち着いたようで、余裕のできた女性店員が一枚毛布を持ってきて、遊楽にかけた。そして、また職務に戻って行った。
スシリの上で静かに眠っていた冷が目覚めると、眠っている遊楽の元に歩いて行き隣で再度眠った。冷も疲れていたようだ。病み上がりなので当然の事でもある。
そして結局夜まで眠ったまま、時間が過ぎた。ふと目が覚めると、宴会は終わり、全員総出で片付けをしていた。店員が総出ではない。先ほどまで飲みたくっていた冒険者たちも同じだ。目覚めた遊楽は手伝おうとするが、声を掛けられ、止まった。声をかけたのは優華だ。
「よくお休みだったわね遊楽君。眠気は取れたかしら?」
「ふわぁぁー。おかげさまで少しは、ちょっと調子乗って魔法使いすぎたかもね…。それより手伝い…」
再度手伝いに行こうとした遊楽に次はロウガが話しかけた。
「あっ、兄貴は先帰ってていいっすよ。先に風呂入っちゃってください。あそこは体の魔力の巡りが良くなるんっすよ。多分今の兄貴の体は一番それを求めてるっすよ。というわけでお先にどうぞ。多分手伝いに行ったら姉貴にも同じこと言われるっすねー。」
「そういうことなら先に帰らせてもらおうかな?よっ。…やべ、体が思い通りに動かないな。」
「そこの兄ちゃん!」
遊楽は声を掛けられた方向に反射的に振り向くと、試験管の様な容器に入ったポーションが投げられていた。辛うじてそれを受け取った遊楽は投げられた方向に改めてむくと、そこには1人の男が立っていた。
「それでも飲んでいきな。一時的に体の動きが良くなるぜ。」
「ど、どうも。ありがたくいただきます。」
そのまま蓋を開けて中身を飲み干すと、少し遊楽の体が軽くなったような気がした。先ほどよりも体の動きも良くなっている。何とかルーイ達の家まで帰れるほどには。
そして遊楽はギルドを後にした。
メルン家の鍵は開いていたお陰で入ることには何も困らなかった。部屋に荷物を置き、遊楽は風呂に直行した。今回は冷も一緒だった。
脱衣所で服を脱ぐと、先日と同じ様に扉を開け、転送先の温泉に着いた。
体を流し、頭を洗い、冷も一緒に洗い、温泉に向かい浸かった。
「冷は溺れちゃうから、桶で我慢してね。」
遊楽は脱衣所に置かれていた桶を湯船代わりにお湯を入れ、そっと冷を入れた。中では人間の様にゆったりと寛いでいた。遊楽も思うがままに寛いでいた。1人しかいないというのもあり、いつも以上に伸び伸びとしていた。
「あぁ~。生き返る~。ふわぁぁ…。なんか…眠く…。いやいやいや!これじゃ寝てばっかだ!いや、でもやっぱ…。すやー」
結局睡魔には勝てず、風呂の淵を枕代わりに又遊楽は眠りに就いた。それに続けて冷も再度眠った。互いに魔法の使用の回数が多く、いままで使う事がなかったため、負荷が一気にかかったのだろう。
1人と1匹が寝て何分が経過しただろう。元から周りは暗く時間の感覚が分かっていない。ふと目が覚めると、遊楽の目の前にはタオルを鎖骨付近まで巻き、風呂に浸かっている優華がじっと遊楽の方向を見ていた。遊楽はそのまましばらく固まった。そして状況を整理し始めた。
(えっと、ちょっと待てよ…。ギルドから帰って、風呂に入ってそのまま寝ちゃって、起きたら目の前にほとんど半裸の優華が居る…。という事は…)
「え、なに?夜這い?」
「ちっがうわよっ!そんなことするわけないでしょ!スシリさん達と帰りに話してて、先に風呂入っていいよー、って言われたから入ったら、鍵かけられて、「今のうちに仲を深めときなー。ルーとアリエスちゃんはもう入ったよー」って言われたから仕方なく…。というか、それ本当?」
「まぁ間違ってないというか…」
「え、嘘…。軽く引くんだけど。」
優華はまるでゴミを見るかのような眼で遊楽を見た。それに対して遊楽は精一杯反抗した。
「ちょっと待てい!その時も優華と同じ感じで半強制的に入らされたんだよ。そこ間違えないでくれ!」
遊楽は最終的に自分から入ったことは話さなかった。だが、別に嘘を話しているわけではないため堂々と言い放った。
「わ、分かったわよ。それは悪かったわね。と言ってもなー。これからどうしよう。どうしたら開けてもらえるかしらねー。」
ここで2人とも唸りながらどうすればいいか考えた。
そんな時、扉の方向からカチッという鍵を解錠する音が聞こえた。
互いに顔を見合せて、先に遊楽が立ち上がり風呂場から出て行った。
「じゃ、また明日。取りあえず、今日の事は水に流そう。ね?」
「そう言うなら私も忘れるわ。私はまだしばらく入浴していくから、また明日ね。お休み。」
時間も時間なため、遊楽は先に寝ることを遠からず言った。それを優華も察したようで、互いに「また明日」と言った。
脱衣所には鍵を開けたであろう張本人、スシリはいなかった。気にかかるところはあるが、深堀はせず着替え、部屋に戻って行った。
既にロウガは爆睡していた。遊楽はいままで、まじまじとロウガの寝ている姿を見ておらず、改めて見て1つ思う事があった。
「ロウガって寝相整ってんだな。羨ましいわ。それに比べて僕はなぁ。はぁ。…寝るか」
ほぼ不貞寝に近かったが、遊楽は改めて眠りについた。その数10分後には、優華も眠りについていた。
翌朝、遊楽は3度目の起床イベントを味わっていた。今回はスシリだけでなく、優華も参戦していたため、負荷は2倍になっていた。
「ほーら、遊楽君。朝だぞー。優華ちゃんも一緒なんだから起き…」
遊楽は別の意味で二度寝していた。2倍の重さが腹にかかれば不可抗力だ。布団はロウガが遊楽を退かし、畳んでいた。
結局遊楽は、ルーイが王都行きの馬車を借りに行ったところで起床した。
「何故最後まで気持ちよく起きれないのか…。」
「いつもこんな調子だったの?それは少し悪いことしたわね。これから起こすことがあれば、この起こし方は定期的にするわ。」
「どっちにしろやるのか…。まぁいいや。取り合えず出れる準備だけしておこうかな?」
「ルーが馬車借りてるし、準備が出来次第行ったらどう?」
「それじゃあそうしますよ。」
朝のことは気にしないように、遊楽は村を出る準備を進めた。既にアリエスとロウガと優華は終わっており、荷物を持った状態で座っていた。と言っても、遊楽事態あまり持ち物がないため、準備というほど用意するものはなかった。
10分後には全員家を出て、出入り口に向かっていた。道中では特に交わす言葉もなく、問題もなく、数分で出入り口まで着いた。
借り終えた馬車付近にはルーイとカウトが待っていた。ルーイの弓矢は既に積み終えていた。
「お待たせ。最後の挨拶とか大丈夫?」
遊楽が少しの不安を籠めて聞くと、ルーイは腰に下げていた袋から小さな魔方陣が刻まれた平たい魔法石を取り出した。
「レイルから試作品の転移装置をもらったので、帰ろうと思えばきっといつでも帰れますし。それに、ずっと会えないわけでもありませんし。」
「ロウガは?」
「俺も大丈夫っすよ。頑張れば歩きでも帰れないことはないんで。」
「ハイスペックだなぁ…。それじゃあ行こうか。スシリさん、カウトさん、いろいろお世話になりました。」
遊楽と、アリエス、優華、冷は一緒に頭を下げた。
「それはこちらの台詞ですよ。おかげでこうやって喋れてるわけですし。」
「あっ、そうそう。道中気を付けなよ?ここみたいな小さな村の道のりだったらなんもないけど、王都に行くってなるとそれなりの盗賊とかいるから。…王都に行くのであってるよね?」
「合ってますよ。しっかり注意して行きますよ。」
こうして、出発前の大きな会話は終了した。これ以上は互いに話すべきことは終わったようで、5人と1匹は馬車の中に乗車した。御者はアリエスだ。優華も御者の経験はなかったらしく、申し訳なさそうに任せていた。
「遊楽さん、2人をお願いしますね。」
「多分こっちが頼りっぱになる気がしますけど、頑張ります。それでは。スシリさんもまた会いましょう。」
「はいはーい。またねー。一線を超える時は言うんだよ~。」
スシリがそんなことを馬車が発進したと同時に言い放った。
「「超えませんから!」」
遊楽とルーイは発言のタイミングが被った。最後の最後までスシリは平常運転だった。それを聞いていたロウガと優華は顔を見合わせ、苦笑した。
村を出てから数十分。間もなく森の一本道に入ろうとしていた。周りは木々に囲まれていて、一本道は少し平坦に整えられていた。それでも全く段差が無いわけではなく馬車には多少の震動が伝わっていた。だが不快なレベルではなかった。
「いやー、長閑っすねー。こうも静かだと眠くなってくるっす。」
ロウガは欠伸をしていた。それにつられて優華も欠伸をした。
この日は確かに天気が良い。雲も散らばっており、見た目的にもいい天気だ。
しかし次の瞬間、そのムードは壊された。馬車に奇襲が行使されたからだ。しかし、その攻撃は馬車の防護結界によって防がれた。どうやら遊楽達が来る前にカウトが張っていたようだ。しかし、その結界にも目で見える罅が入っている。不思議なことに馬は暴れていなかった。
そこで、遊楽は瞬時に指示を出した。
「全員草叢に隠れて!馬は僕がやるから。」
無事に指示が通り、全員馬車お御者台から飛び降り、左右の草叢に隠れた。遊楽は馬を繋げていた紐を解き、少し緑の深い所に移動させた。急な出来事により、現在冷はアリエスと一緒にいる。
偶然、優華と遊楽は同じ側に隠れた為、今の攻撃について話しかけた。
「ねぇ遊楽君。今のってさぁ。」
「うん。僕も思った。」
「「絶対銃だわ。」」
銃。この世界ではまだ見たことのない物品だ。2人はまだこの世界に疎い。これが元からこの世界の物なのか、持ち込まれた物なのか分かっていなかった。
「ロウガでもアリエスでもルーイさんでもいいんだけど、銃ってある?」
遊楽はルーイとロウガを仲間に正式に引き入れたが、何故かルーイからは「さん」が取れず、今だに「さん」づけになっていた。
「ジュウ?数字の10?」
「うーんと、あれだ。鉛を弾にして飛ばすやつなんだけど。」
「大砲ならあるわよ?でもそれ以上は知らないわね。それより、今のがそのジュウってやつに関係あるの?」
「大あり。ちょっくら行ってくる。」
遊楽はそっと草叢から出た。その瞬間に優華によって引き戻された。
「ちょっと何やってんの!?死ぬ気ですか、正気ですか、異常なんですか、ねぇ!」
「落ち着けぇ!そんな気はさらさら無いよ。銃がこの世界に無いってことはあれは地球人だろ?それだったら有益な情報が手に入ると思ってさ。それに、距離が離れてるってなると多分ライフルで、そんな連射はできないはず。ジグザグしながら走って行けば大丈夫。最悪一発ぐらいなら大丈夫…と思いたい。それじゃあ行ってくるわ。」
「兄貴―!」
出ていく遊楽に気づいたロウガは、イヤーカフ(耳に穴を開けないタイプのピアス)のような物を投げた。それはロウガが普段使っている速度上昇の魔道具だ。
「それ、俺の予備用っすけど、未使用なんで綺麗っすよ。ぜひ使ってくれっす!」
「ありがと。使わせてもらうよ」
遊楽はもらったイヤーカフを耳に付け、攻撃に細心の注意を払って走り出した。
当初の計画通りジグザグと一歩前を悟らせないよう不規則に走りだした。しかし、攻撃の手は止まない。幸いなことにまだ直撃していない。遊楽は今のうちにある程度敵の位置を探し始めた。
「ポート。今の射撃から位置分かったりしない?」
[射撃位置が全て異なっている為特定は難しいです。しかし、先程からずっと同じ場所で魔力の反応があります。そこにいる可能性が高いです。今のマスターの視界で一番背丈が高い木の上にいると予測されます。]
「おっけい。」
遊楽は足を速めた。背丈の高い木は高いだけでなく、太さもそれなりにある。人が入る分には十分な大きさだ。
一向に攻撃は止まないが、遊楽が全て避けきることに痺れを切らしたのか、攻撃が止まった。しかし、次の瞬間一発一発の狙撃から、連射による攻撃に切り替わった。
威力は落ちたものの、命中する確率が増えた為少しづつではあるが遊楽もダメージを負うようになってきた。その為、簡易ではあるが魔法で盾を形成した。
「あばばば!痛たた。ぬおりゃぁぁ!」
声を張って速度をより上げた遊楽は何とかダメージをそれなりに負ったものの、目的の木の下まで辿り着くことができた。辿り着く寸前に攻撃がぴったり止んだところから、ここにいることは間違いないと遊楽は判断した。
木には丁寧に階段が設置されていた。警戒しながら遊楽は一段づつ登って行った。警戒はしていたものの、トラップや奇襲などは1つもなかった。だが、広い部屋に出た時、そのつけが全て回ってきた。
その部屋には一瞬では数えきれない量の様々な銃が浮遊していた。そして銃口は全て遊楽に向いている。中心には1人の子供が座っていたが、魔力の発信地はその子供からだった。その子供は赤い目に灰色の髪をしていた。日本人には似ても似つかない。
「ここに何の用だ。回答次第で蜂の巣になってもらう。」
子供の口調は強いもので、雰囲気は大人並だ。
「この状況でその脅し文句は地球人にしか通じませんよ?」
遊楽のその発言に、子供は目を丸くしている。そして少し警戒を解いた様で、幾つかの銃を下ろした。それでも全てというわけではなかった。
遊楽も少し警戒度が低くなった。
「…質問いいか。」
「えぇどうぞ。」
「お前も日本人か?」
「青目の茶髪で信じてもらえないかもしれませんけど、日本人ですよ。という事は…」
「あぁ俺も日本人で、転生者だ。でも見た限り、お前も転生者ってわけではないな?」
「お察しの通り。僕は転移者です。…あのぉ、そろそろ下ろしてもらえませんか?」
「おっと、そうだったな。」
その子供は予備動作無、無詠唱で全ての銃を下ろし片付けた。糸で吊るされていた形跡がなければ、立体映像というわけでもなかった為、あれは魔法によるものだと遊楽は判断した。
しかし、全て片付けたわけでは無かった。腰に1つ回転式拳銃をぶら下げていた。
「そうだ、名前は…」
「僕は安井遊楽です。」
「俺は現名ドルベ・クロベル。旧名は黒田荒太。気軽にクロとでも呼んでくれ。」
「それじゃあクロさん。よろしくお願いします。」
「そうだ、この道通るまでに何か―」
荒太が何かを言おうとした瞬間、部屋にビィッという甲高い警報音のようなものが鳴り響いた。
「おっと話は後だ。」
荒太は最初から置かれていた狙撃銃に移動し、伏せの状態で構えた。
「今のって…?」
「警報装置。軍の連中が通る道に仕掛けておいた物だ。あいつ等俺の武器を押収しに毎回来てるから、先手を打っておこうと思ってな。殺しはしないから安心しとけ。この道を通ってるから察するに、遊楽は王都に行くんだろ?行きずらくはしない、さっ!」
荒太は遊楽のことを懸念しながら引き金を引いた。その瞬間、爆音が鳴り響いた。しかし、その音は人の耳にはあまり入らなかった。
標的はもちろん軍人だ。あまりにも離れているため、目視では確認出来なかったが直撃したらしく、覗いていたスコープから顔を放し、胡坐に状態で一息ついた。
「どんどん装甲固めてくるな…。いや、まだいけるか?」
「終わったんですか?」
「あ、あぁ、まぁな。」
「何か困ってた様子でしたけど。」
「いや、まぁ困ってることには困ってるんだけど…」
荒太は唇をへの字にしながら答えた。
「この銃は俺専用の対物用のライフルで、最初は盾なんか余裕で貫通したんだけど、最近強度を上げてきたみたいで減り込むだけで止まっちまうんだよな…。あっ、そういえばさっきの銃声大丈夫だったか?ある程度軽減されるように消音の魔道具を置いてはあるんだけどなぁ。」
「それは大丈夫でした。あのぉ、よかったら王都に行ったときどうにか頼んできましょうか?伝手があるわけじゃないですけども。」
「それなら頼むよ。無理だったら無理で我慢するわな。礼と言ってはあれだけど、好きな銃一丁とレシピやるよ。俺はもう覚えたから。信用できるやつなら提供してもいいぞ。ただし、そいつにも開示しないように釘を刺しとけよ。仮に道具屋とかなら売却もしないよういっといてくれ。」
「了解です。」
遊楽は製作過程が細かく書かれたレシピを受け取った。そこには様々な銃の作り方。弾のスペアの作成。手入れの方法。その他にも大量に記されていた。
遊楽がレシピをまじまじと見ていると、荒太は床を二回トントンと叩いた。すると壁が反転し、様々な銃や武器が出現した。
「ほれ、選びたまえ。」
武器の中にはロープや小瓶と言った道具も用意されていた。
遊楽が武器の数々に目を通している間でも、荒太は警戒を怠っていなかった。一定間隔でスコープを覗き周囲を警戒していた。
全ての武器、道具には何処かに1つ共通する印が付いていた。
「クロさん。この印って?」
「それは、さっき俺が浮かせてただろ?それに必要なんだよ。それで指定した物は自分の任意で操作出来るんだ。もちろん、選んだ物からは除いとく。」
「そうでしたか。それじゃあ…これにします。」
そう言って遊楽が手に取ったのは、自動式拳銃だった。
「それでいいか?それじゃ貸してくれ。」
言われるがまま、遊楽は手にとっと銃を荒太に渡した。荒太は受け取った銃に貼られていた印を剥がし、弾倉に入ってる残弾数を確認し遊楽に渡した。そして、さらに奥の部屋に入り何かを探していた。
しばらく経過し、荒太が持ってきたのはスペアのマガジン2つと、袋詰めにされた弾、そして2つのホルスターを持ってきた。
「これ、マガジンと弾な。あとこれ、ホルスター好きな方選べ。俺のオススメはこっちのヒップホルスター。俺の体が硬いってのもあるけど、バックサイドよりかはこっちの方が使いやすいと思うぜ。まぁ、選択は自由だけどな。」
ヒップホルスターは、最もオーソドックスな腰回りに付けるホルスターだ。バックホルスターは腰の後ろ側、つまり背中側にベルトに対して横向きに収納するものだ。
遊楽は奨められたヒップホルスターを選択した。すると、荒太は銃を仕舞った状態でホルスターを渡した。
「取りあえずこれな。普段から安全装置はかけとけ。それと、基本空撃ちはするな。故障の原因になる。それ以外に不明な点は?」
「ない、ですね。少しは知識もありますし。」
「そうか。そういえば王都に行くんだろ?ついでに連れてってくれよ。銃代とでも思ってくれ。」
「ま、まぁ1人御者台に移動すれば大丈夫だと思います。」
「おう。センキュ。それじゃあ、ちょっと待っててくれ。」
そう言い、再度奥の部屋へと入って行った。奥からはドタドタと歩く音や物が落ちる音が耳に入ってきた。偶に荒太の「痛っ」と言う声が混じっていたが、遊楽は気にしなかった。
しばらくした後、荒太が部屋から出てきた。その手には2つの長いガンケースを持っていた。中には上下2つずつ、アサルトライフルが収納されていた。合計8個だ。8個ともなると総重量は少なく見積もっても計24kgは下らないだろう。子供の体には負荷が掛かり過ぎる。そのため、ガンケースに小さく軽量化の魔法陣が小さく彫られていた。腰には先程からぶら下げていた回転式拳銃とは別に、太ももに装着したレッグホルスターの中に自動式拳銃が装備されていた。それにも軽量化の魔法陣が彫られていた。
「そうだ。一言言っておくと、俺の銃は発砲音が小さいし、反動も小さい。お前の銃は通常と同じくらいだ。耳栓しておいた方がいいぞ。あと、俺のが小さいからと言って威力は変わらないからな。」
荒太は遊楽に耳栓を2つ投げた。それを遊楽は受け取った。片方はポートで塞がっているため、実際に使うとしたら片方だけだ。
荒太の身長は165cmあるかどうかと言った所だ。そうなるとこの装備は身の丈に合っていない。しかし、それを扱う技術が確かにあった。いざとなれば、最初の様な操作がある。その点を含めて遊楽は何も言わなかった。
「それじゃあ行きましょうか。」
「おう。…あっそうだ。お前の他に誰がいるんだ?」
「僕と同じ転移日本人が1人。この世界の人間が1人。狐の獣人が2人。あとは…、この子です。」
遊楽は冷を呼び出した。すると一瞬で遊楽の頭の上に冷が呼び出された。呼び出された冷を見た荒太は一瞬驚いたようだったが、直ぐ自分を取り戻した。
「それじゃあ行こうぜ。」
荒太は遊楽を階段へ押し遣ると、近くの壁を強く押した。その壁はスライムの様に柔らかく指が沈んでいった。その奥にあったスイッチを押すと、部屋の照明が消され、銃が置かれてた場所が全てただの壁に戻り、厳重にシャッターのような物が下がった。その様子に今度は遊楽が驚いていた。そんなことは気にせず、再度荒太は遊楽を押し階段を降ろして行った。
降り切った所には、既に馬車が到着していた。
「あれ?みんなどうして…」
「あれだけ音を鳴らして、跡を付けて行ったらどこにいるか分かるわよ。」
「でも危険だとは思わなかったの?」
「まぁそこは俺の直観っす。割と俺の勘って当たるんっすよ?」
「まじかー…。あぁ、そうだ。こちらドルベ・クロベルさん。信用は僕が保証するよ。王都まで連れて行くけどいいよね?ちなみに、報酬は受け取ったので断れません!」
「という事でよろしく。気軽にクロとでも呼んでくれ。ちなみに、この武器に付いては詮索しないでくれ。」
「あのぉ…」
荒太の自己紹介を聞いたルーイは恐る恐る手を挙げた。この容易と口調では少しばかり抵抗があったのだろう。
「もし宜しかったら、その武器に幻術でも掛けておきましょうか?姿を隠す位ならできますけど…。」
「おぉ、ホントか!いやー良かった良かった。こっちはケースがあるからいいとして、こっちはどう隠すもんか悩んでたんだよ。ありがとな!」
荒太は少年の年相応の笑顔を浮かべた。それだけ見てればただの少年に見える。ただ、武器が厳つ過ぎる。そこを引けばプラスマイナスゼロだ。
その間、アリエスは何かが引っ掛かったように顔を顰めていた。しばらくし、思い出したようで手を1度ポンっと鳴らした。そして怒りを含めた笑顔で遊楽を手招きで呼んだ。
その表情から遊楽は恐怖を感じ、恐る恐る歩み寄った。
「遊、一発殴らせなさい。」
「…はい。理由はあれですよね、スライム戦の…。」
「よーく分かってるじゃない。行くわよ!」
遊楽の顔には勢いよくアリエスの拳が減り込んだ。
「いった!!もうちょい遠慮ってものはないの!?」
「ない!これでチャラにしてあげるんだから我慢しなさい。ルーイさん行きましょう。」
「は、はい。…あのぉ、大丈夫ですか?」
「傷は直ぐに直したみたいだから大丈夫だけど、痛みは消えないからなぁ。何でよりによって今思い出すかなぁ…」
「まぁ、どんまいっすよ。」
ルーイとロウガは遊楽を気にしながら馬車へ向かった。
「遊楽君。女というものは難しいんだ。ガンバ!」
「まぁ、俺からも頑張れとしか言いようがない。しっかり反省しておけよ。そこに原因があるからな。」
続いて優華と荒太も声を掛けてから馬車へと乗り込んだ。最終的には遊楽も乗り込んだ。
今回ロウガは御者台に移った。そのおかげで荒太分の席が空いた。
荒太のガンケースは客車の上の荷台に積み、拳銃だけ装備した状態で客車に乗った。
「そう言えば、クロさんは何のために王都に行くんですか?」「
「材料を買いにちょっとな。そろそろ残りが少なくなってきたんでな。さっき渡したレシピに材料は全部書いてあるからそこは安心しとけ。」
「了解です。」
2人目の臨時パーティーを引き入れ、馬車は再度行進を始めた。
王都までの残りも少なく、荒太が参加してからかかった時間はほんのわずかだった。その道中、一本道なこともありモンスターの遭遇も有ったが、荒太によって基本射殺されていた。相変わらず歳には合わない性格と行動に全員が動揺していた。
王都の前では検問が行われた。
遊楽は、荒太と優華を手招きで呼んだ。
「集合。こういう検問があると、厄介イベントは付き物だ。特にクロさん。銃がなぁ…。」
「あぁーそれなら大丈夫。中身までは見られない。この街に来た目的と、魔族認識されるだけだから。」
「それなら私も大丈夫ね」
「ここに1名不安要素の塊がいるのですが…。」
遊楽は2人に自分の体に悪魔寄りの力が宿ってることを伝えた。その間アリエス達は列に並んでいた。長さはそれなりにあるため、しばらく話していても、先頭にたどり着くことはないだろう。
「それはまずいな…。でもあの魔道具って、たしか70%以上じゃなかったら反応しないはずだよな?」
「いや、知りませんけど…。あっ、そうだポートなら分かる?」
「ポートって?」
「この耳のやつだよ。」
遊楽は2人に見えるように耳を出した。
「それで、どうなのかな?」
[肯定します。基本、魔族検知の道具は魔族要素が7割以上で反応します。1割でも魔族要素があれば反応する魔道具もありますが、高価なため、こういった検問では使われないことが多いです。]
「大丈夫だって。」
「それじゃあ行きましょうか?」
「何かあった時はある程度任せておけ。争いごとならどんと来い!」
「ないことを願ってます…。ロウガが何も起こさないといいな。」
この遊楽の発言は後々自分に返ってくることを今の遊楽には知る由もなかった。
しばらくの間、手遊びや武器の確認を行い時間を潰していた。この世界にもじゃんけんがあるらしく、横では「最初はグー!」という声が聞こえていた。今のところロウガの全勝だ。
(案外ロウガの直観は甘く見ちゃいけないんだな…。考えておこう。)
その様子を見ていた優華は、ロウガにじゃんけんを挑んだが、呆気なく敗れていた。悔しがる様子で何度も挑戦していたが、結果は変わらず敗れっぱなしだ。
「ちょっとロウガ君!何かイカサマでもしてるんじゃないの?」
「いやー、あの時も言った通り俺の直観は当たるっんすよ。ニッシシ。」
「そろそろ順番回るんだから準備しといてよー。ルーイさんなんか完璧だよ?」
「分かったわよ。でも私武器とかまだ持ってないし。準備するほどの物がないのよねー。」
各自が準備をしていると、ルーイから順々に検問の係員に呼び出された。今回馬車は外に待機させていたら、勝手に回収してくれるらしい。
既にビジョンが他の村、街と再度交流を開始したことは知れ渡っているようで、ルーイもロウガも種族について問われることはなかった。
優華、アリエスに関しては他の冒険者と変わらずすんなり通ることができた。荒太に関しては係員とは顔見知りのようで、軽い世間話なども挟んでいた。
そして遂に遊楽の番が回ってきた。
「次の方どうぞ。冒険者の方ですね。冒険者カードの提示をお願いします。」
「はい、お願いします。」
「えーとっ、安井さんですね。王都への目的は?」
「武器などの調達です。」
「はい、それではそちらの水晶玉に手を触れてください。その水晶玉に紫色の煙が浮かなければそのままご入場いただけます。」
遊楽は言われた通り水晶玉に恐る恐る手を伸ばした。水晶玉には一瞬紫色の煙が出かけたが、なんとか出ずに済んだ。係員は表情を固くしたが、見た限り異常がないため、遊楽を通した。
「それではどうぞ。」
「ありがとうございます」
遊楽は冒険者カードを受け取り、無事に王都パチナオへと入ることができた。
街の様子はゲームやアニメのような洋風な造りの建物で溢れていた。雰囲気もビジョンとは比にならない程活気立ってる。負けず劣らずと言った所だ。
「それじゃ、俺はここらでお暇するぜ。送ってくれてありがとな。」
「こちらこそですよ。健闘を願ってます。」
「おうよ。互いにな。そいじゃ」
王都に到着したことで、荒太とはここで離れた。しかし、少しは冒険者活動もしている同業者ということもあり、出会えなくなることはないと互いに思い、軽い挨拶で別れを済ました。
「それじゃあ、まずは1回この街のギルドに行っておこうと思うんだけど大丈夫?」
「大丈夫っすよ。情報収集は大事っすからね。」
「私もロウガと同意見です。何かいいクエストもあるかもですからね。」
こうして遊楽一行は最初にギルドに向かって行った。この街には親切な事に案内板が設置されていた為迷う心配はなかった。
ギルドの規模は少なく見積もってもリーンやビジョンの数倍はある。案内板を見る限り、同じ様に中の酒場も大分広い。
遊楽は扉の前で足を止めた。その様子に全員が少し動揺していた。
「どうしたの?入らないの?」
「…いや、入るよ。入るけどねぇ、こういう所って絶対何かしらトラブルイベント起きるじゃん、中間的なあれで。」
「とらぶるいべんと?それが何か私には分かりませんけど、きっと大丈夫ですよ」
ルーイは笑みを浮かべながら遊楽に話しかけた。それと同じように冷も遊楽の足下に歩み寄り、頬を擦り付けていた。それを見た遊楽は冷を持ち上げ、自分の頭の上に置いた。いつもの定位置だ。
「よっしゃ、入るぞ!なにかあったら頼むぞーい」
そして遊楽は勢いとは裏腹に静かに扉を開けた。中は開放的になっていたが、今回に限って同じ鎧を着た輩が何人もいた。その中には1人赤で統一されたトップと見受けられる人物がいた。その人物は遊楽に気づくと遊楽、ではなく冷を一直線で見ていた。顔まで鎧で覆われているため実際どうなっているかは分からなかったが、軍の方向性、行動から考えれば残っているスノーウルフである冷を見るのは不思議ではない。
「まだ、残党がいたのか。ここが中立域でよかったな。さもなければ今すぐにでも排除しているところだ。」
「おい、今何つっ…」
ロウガが一歩踏み込みながら怒りを言い放つ前に遊楽はブーストを使用して赤い鎧に向かって1発強烈な蹴りを入れた。その軍人は他の一般の軍人ごと巻き込んで後ろに飛んで行った。幸いなことに一般の冒険者は巻き込まれていなかった。
「貴様!ここが中立域と知っての行いか!」
「…そんなのは関係ないし、知らない。ただ、僕の仲間に対してそんなことを言われて黙ってるつもりは、さらさら無いってだけです。それに、命はそんな軽い物じゃない。これ以上何か言うなら、どうなるか知らないぞ。」
遊楽の顔には珍しく怒りが浮いていた。そして、右目から着々と紫紺の瞳に変わり始めていた。
[マスター、右目の変色が開始しています。公衆の面前で暴走化するのは軽率な行動だと]
その言葉に遊楽は反射的に右目を抑えた。その変化には幸い、誰も気付いていなかった。
「顔は覚えたぞ。あとで後悔するがいい。」
「それはこっちのセリフです。」
赤い鎧の人物が立ち上がり捨て台詞を吐き、ギルドの外へと出て行った。
遊楽はブーストを使用した際に頭から落ちてしまった冷を拾い上げると、腕の高さまで持ち上げ頭を撫でた。
「遊楽さん?大丈夫ですか?」
「迷惑掛けちゃってごめん。まさか自分が問題を起こすとは…。」
「いいえ。むしろすごいと思いますよ。私じゃそこまで出来ないと思います。でも、目を付けられたのは問題ですね…。いつ呼び出されるか分かりません。軍に危害を加えたとなると、反逆罪に問われる可能性がありますよ。良くて数年の強制労働、悪くて死刑か奴隷化です。」
「逃げる覚悟は出来てるっすよ!」
「その場合は死刑は免れないんじゃなかったかしら?」
「それじゃあ、何か依頼でも受けておこうか。呼び出されたらしっかり行こう。」
遊楽がクエストボードに移動した。しかし、その前には巨漢が立ちはだかった。
「…なんですか?」
男は無言で遊楽のことをしばらく眺めていた。そして、口を開いた。
「兄ちゃん、さっきはよく言ってくれたな!俺達もあいつらにはさんざん困らされてたんだよ。こっちまでスッキリしたぜ。何か礼をさせてくれよ。」
「反逆罪から逃れる方法はありますか?」
「さすがにそれはわからねぇな…。お前さん冒険者だろう?俺お勧めの武器屋とかどうだ?」
「それじゃあそれで。案内してもらえますか?」
「それじゃあお仲間も付いてきな。」
遊楽一行は結局クエストを受けずに、武器屋に案内されることになった。ロウガと冷、優華は乗り気でついて行ったが、アリエスとルーイは互いに顔を見合せながらついて行った。
時刻は昼前。人通りの数は多からず少なからずと言った所だ。そのため逸れるようなことはなかった。所々で興味をひかれる物があったらしく、それぞれが足を止めたりしている。しかし、男は止めることはしなかった。逆に丁寧に物の説明などもしている。かなり優しい性格の持ち主だった。
それなりの時間がかかって、ようやく男がお勧めの武器屋に辿り着くことができた。
「ここが俺のお勧めの武器屋だ。案内って言いたいところだが、思いのほか時間を食っちまってな。ここに来るまでで用事の時間になっちまったんだ。多分店主はいるだろうから大丈夫だと思うぜ。それじゃあな。」
「ありがとうございました。」
遊楽以外にも御辞儀はしていた。全員、物品の説明を受けた為当然のことではある。
「そうだ。俺はトリンだ。何かあったら相談の1つでも受けるぜ。」
トリンは1度手を振って駆け足で目的地へと向かった。
「それじゃあ、入りますか。」
店の外装はシンプルな物だった。変わっている所と言えば、店の名前が書かれた看板が外に出ていない。この世界に限らず、一般的には店の名前が掲げられた看板が飾られているものだ。しかし、ここにはそれがない。武器や鎧の模型が置かれていたため、辛うじてここが武器屋という事は分かる。だが、意識的に見ようと思わなければ見落としてしまう可能性もゼロではない。今回案内がなければこの場に立ち寄ることはなかったかもしれない。
「こんにちわー。私に合うような武器を探しに来たんですけど。…留守かしら?」
優華が真っ先に入って行くと、中には誰もいなかった。明かりは灯っている。無人というわけではなさそうだ。奥からは物を打つような音が聞こえていた。
全員が店内に入ると、机の下からガタッという物音がした。
「いたっ。うぅ…」
全員が机に釘づけになっているところ、冷は机に向けて歩み寄った。
「か、可愛い…。お、おいで。」
声の調子はおっとりとして、少し怖がりな一面があると、遊楽の頭が訴えていた。数々のアニメを見てきた遊楽の経験だ。
すると、冷は再度遊楽の元に戻ってきた。それにつられ、机の中から1人の少女が出てきた。その少女は実質急に現れた遊楽達に驚き、その場で固まってしまった。
身長は150cm程。紫色の長い髪は下ろし、ピンを1つ付けていた。右手には本が1冊挟まっていた。
「あ、あのー…。大丈夫ですか?」
ルーイが問いかけても、少女は固まったままだった。そこで遊楽は行動に出た。
少女の前まで移動すると、遊楽は静かに少女の頭を撫でた。少女は一瞬怯えた様子だったが、徐々に顔が緩んでいった。そのまま遊楽は少女の目線まで視線を落とし、話しかけた。
「急にごめんなさい。お勧めの武器屋がここって聞いて来たんですけど、大丈夫でしたか?」
「えっと…その…。ちょっと待っててください!」
最初はおどおどしながら返答していたが、次の瞬間奥の音が鳴っていた部屋に駈け出した。奥からは「お姉ちゃん。お客さん…」という声が聞こえてきた。言葉から察するにさっきの少女は妹らしい。
しばらくすると、胸に晒をまいた作業服の少女が現れた。髪はショートヘアと真逆で、髪色は明るい黄緑色だった。
「いらっしゃい!うちの武具店にようこそ!そこの変わった服を着たあなた、装備をお求めで?」
次に現れた少女は活発で、声の調子も明るかった。
「そうです。そうなんですけど…、うーん?誰かと雰囲気が似てるような?」
「あーもしかしてリーン出身の方ですか?私もこの子カレンもブリックスの娘です。」
「えっ!ブリックスさんって既婚者だったの!?人は見かけによらないっていうのはまさにこのことね…」
「あぁー、やっぱそう思いますよね。」
姉は苦笑しながらそう返答した。
「そうだ、私はユリナです。お父さんのお得意さんなら大歓迎ですよ。どうぞ見てってください。カレンは奥にいる?それじゃあ少し片付けといてくれる?ありがと。」
先程から後ろに隠れていたカレンはこくこくと激しく頷くと、1度お辞儀をしてから奥の部屋へ再度駈け出した。その姿は最初より少しは気の抜けたものになっていた。
「さてと、お目当ての物はあります?」
「えっと、僕のこの服に代わる防具と、こっちの人の武器と防具をお願いしたいんですけど。」
「それじゃあ、まずはそっちのお姉さんから。お姉さんは…近接武器だね。こちらにどうぞー」
ユリナは優華の戦闘タイプを初見で見破り、隣の部屋へと移動させた。その間、遊楽達は自由に見て回っていいと言われたので、置かれている武器や防具を各自見ていた。
武器の中にはリーンの街ではなかった武器がかなり置かれていた。物としては、ダガーや、爪、などだ。もちろんリーンで売られていた武器も存在していた。ユリナの姿や、聞こえていた音からするに、ここで制作している物らしい。ルーイとアリエスが言うにはかなりの品らしい。ロウガはあまりそう言ったものに興味がないらしく、装備よりも店の雰囲気を楽しんでいた。遊楽は武器や防具をしばらく見た後、カレンが隠れていた机の前の椅子に座り、荒太から受け取ったレシピを眺めていた。
(作り方がわかっても少なくとも僕は作れないな。ブリックスさんに頼むか、ユリナさん達頼むか…。)
遊楽は今どちらに作成を頼むか悩んでいた。取引をしたという点ではブリックスに頼むのが妥当だ。しかし、王都となると物品の流通もいいため、材料が集まりやすく、質のいい材料を使用することが出来る。どちらも利点があるというのが、今は悩みの種になっている。
人は物事に集中するとあっという間に時間は過ぎてしまう。約30分後、優華とユリナが隣の部屋から出てきた。しかし、遊楽の体感時間としては10分程だった。
「とりあえず、採寸と何となくの意見は固まったので、次はそこのお兄さんどうぞこちらに。」
言われるがままに遊楽は隣の部屋へと移動した。中には様々な採寸機器や、材料となる布などが置かれていた。
「それじゃあ、まずは採寸しますから、そこに立っててください。」
「は、はい」
再び言われるがままに棒立ちしていた。するとユリナはなれた手つきで身長や肩幅などを図りだした。
「それでは、何か防具の要望はありますか?軽装備が良いとか。個人的には…、お兄さんは軽装備が良いと思いますけども。何なら私のお勧めで組むのでも構いませんが。」
「それじゃあお願いします。多分僕が組むよりよっぽどいいと思うので…。」
「それじゃあ出ましょうか。」
こうして遊楽の採寸も終了した。時間的には10程だ。優華にかかった時間が長かったのは、武器についても話していたからだ。
「それでは、しばらく時間を頂きますね。今日は特に依頼がないので、今日中には出来上がりますよ。何かありますか?」
「ちょっと話が変わっちゃうんですけど、そのブリックスさんと連絡とか取れますか?」
「手紙なら出せますけど。急ぎでしたら連絡鏡使いますか?」
「連絡鏡持ってるんですか?あれって結構高いんじゃ…」
聞いたのはルーイだ。その後ろではアリエスも不思議そうな顔を浮かべていた。
「ありがたいことに儲かってますから。」
連絡鏡はこの世界での連絡手段の1つで、テレビ電話のようなものらしい。しかし、値段が異様に高く一般家庭にはまだ普及していないそうだ。そのため基本は手紙による連絡になっている。
「それじゃあお願いします。」
「それでは奥にどうぞ。」
全員が奥の部屋に進むと、1度扉の前で止まり、2度コンコンと扉を叩いた。
「カレン。入るよー。」
「お姉ちゃん!?ちょっとま―」
恐らく「ちょっと待って」と言おうとしたのだろうが、既に遅かった。中で何が起きているのか知らず扉を開けたユリナは、中で紐やメジャーに絡まっているカレンの姿を見て呆然としていた。
「…お姉さん達、ちょっと手伝ってもらえますか?」
「分かりました。」
「僕たちはもちろん外で待ってますよ。」
遊楽は後ろに向き、ロウガも強制的に後ろを向かせた。それと同時にユリナ、アリエス、ルーイは中に入って行き扉を閉めた。
遊楽とロウガ、冷に会話があったわけではなかったため、中の会話は筒抜けだった。
「どうしたらこうなったの?」
「お姉、ちゃんが、片付けしてって、言ってたから、片付けてたら、転んじゃって、それで…。怒らない…?」
カレンは今にも泣きそうだった。それは声の調子からで分かるほどに。
「怒るわけないでしょ。私のかわいい妹なんだから。そのままじっとしててね。それじゃあお願いします。取りあえず解く事が第一なので、片付けとかは気にしないでください。」
「分かりました。それじゃあルーイさん、やりましょうか。」
「はい。痛かったら言ってくださいね。」
ルーイは同じ姉という立場もあり、少しは下の子に対する接し方も分かっているらしく、言葉だけども安心感がある。その姿にはユリナも驚いていた。
そこからカレンの救出劇が始まった。中ではかなり試行錯誤して解いているらしく、様々な声が飛び交っている。
「こう、もうちょっと…なのに。うーん…」
「あの、そこは…。あっ…、だめ、です…。」
その声を聞いた瞬間、遊楽はロウガの耳を勢いよく塞いだ。その反応速度は凄まじく、2言目を言おうとしている時には塞いでいた。
「兄貴ー?なんかあったんすかー?」
「何もないぞ。いいから大人しくしとけー。」
[マスター。精神の乱れを感知しました。大丈夫ですか?]
「黙らっしゃい。大丈夫だから!そこは気にしちゃダメだから!」
(彼女いない歴=(イコール)年齢の僕には今のはやばい。絶対ヤバい。特にロウガはすぐ顔に出るから1番まずい。ここにいる女子全員と顔合わせができなくなるのはとにかくまずい)
アリエスとルーイならまだしも、ユリナとカレンは恐らく顔を合わせている時間が少ない。さらに、カレンの性格上今のことを聞かれていたと知れば、人と顔を合わせるのが余計に困難になるだろう。その為、ロウガの耳を塞いだ。遊楽自身も顔に出やすい方だが、極力出さないよう今のうちに気持ちの整理をつけていた。
しばらくは声が聞こえていた。その中には解けない怒りや、逆に数か所解けた喜びの声もあった。だが基本戸惑っている声だった。そのため、所要時間は採寸よりも長かった。
4,50分経った頃に中の音が止み、扉を開けた先からユリナが出てきた。その顔からいかに苦労したか手に取るように感じられた。それでも笑顔は欠かさなかった。職業柄笑顔は大事ということらしい。
「お待たせしました。解くのに手間がかかったのと、ちょっと片付けしてたので遅れました。」
「全然大丈夫ですよ。ほら、ロウガ起きて。」
「ふわぁ~。終わったっすか…。むにゃむにゃ。」
「シャキッとしとけ、だらしないぞ。…あんまり人の事言えないけど。」
待っている間にロウガは眠ってしまった。遊楽が耳を塞いでいる時からうつらうつらとしてはいたので遊楽は予測できなかったわけではない。
「それではどうぞ。」
ユリナが中に案内すると、そこには疲れ果てたアリエスとルーイ、顔を真っ赤にして机の下に籠っているカレンがいた。
(やっぱ机の下って落ち着くよな。うんうん、わかる、わかる。)
遊楽とロウガは部屋の元の状態が分かっていないため如何に片付いたのかよく分かっていなかったが、かなり整頓されていた。そのため一目で連絡鏡がどれか判断することができた。
「はぁー、これが連絡鏡っすか。パッと見、普通の鏡と変わらない気がするっすけどね。」
「使えば分かりますよ。まぁお父さんが出るか分かりませんけど。」
そういいながらユリナは鏡に手を伸ばし、枠についていた宝玉に手を触れた。装飾品はそれだけだ。宝玉が淡く光り始めると同時に、鏡に映っている自分たちの姿が歪み始め、しばらくするとブリックスが移った。
「どうした…ってあの時の坊主と嬢ちゃんじゃないか。うちの娘達に何か用か?」
「あぁー…やっぱりブリックスさんの子供だったんですね…。」
「おいおいなんだよ嬢ちゃん、その何か言いたげそうな言い方は。」
「いいえ、別に何もありませんけど…」
アリエスは何とも言えない表情で応対していた。やはり本当だったという意外性の顔。どこか悔しがっている顔。ブリックスの姿からは連想できない可愛い2人娘について悩む顔などなど、様々だった。
「話いいですか?武器の制作をお願いしたいんですけど。」
「おっと、残念ながら俺には無理だぜ。そこのユリナに頼みな。俺が扱うのはあくまでも加工だ。武器制作の才能は俺にはない。仮に出来たとしても使い物にはなりゃしねぇよ。作れるのはアクセサリーぐらいだ。」
「それじゃあ店に置いてあった武器は?」
「ありゃあユリナが作ったものだ。リーンの冒険者が売ってきた素材を材料に加工して、王都に送り、そしてそれを武器にしてもあらってから再度送ってもらうってことよ。そこで売ってる武器の中にもリーンの冒険者が持ってきた素材から作られた物もあるぞ。」
「なるほど…。それじゃあユリナさんに頼めばいいですか?」
「全然構いませんよ。あとは大丈夫ですか?それなら切りますけど。」
「大丈夫ですよ。」
「おっと待ってくれ。俺から1つ。そこの新入りの坊主にも関係あるからこっちに来てくれ。」
「俺っすか?」
ロウガはなぜ自分が呼ばれたのか分からず鏡の前まで寄った。
「2人に言っておくぞ。娘はやらないからな。そこだけ勘違いするなよ。」
「またお父さんは…。」
「大丈夫ですよ。僕にそんな勇気はありませんし、ロウガに関しては恋愛に疎いですから。」
「ちょっと兄貴。それは俺でも怒るっすよ。否定はしないっすけど…」
「釘は刺したからな。それじゃ、これからもご贔屓に!カレンとユリナもまたな。」
「はいはい、またねお父さん。」
ユリナに続いて奥ではカレンも手を振っていた。
そして連絡鏡はただの鏡に戻り、再度遊楽達の姿を映し出した。
「いや、その、お父さんがごめんなさい。武器のことならしっかり受けさせてもらいます。今回は特別に無料で。武器と防具代もいいですよ。」
「いやでも、悪いですよ。」
「大丈夫です。これからも買っていただければそれで十分です。」
「兄貴、人からの好意は受け取っておくものっすよ」
「ロウガに言われたくなかった…」
その発言にロウガは不服そうだったが、気にしなかった。
そして遊楽はユリナに近づき、レシピを渡した。
「これなんですけど、公表だけしないようにお願いします。」
「はい。承知しました。今回の武器と防具を作り終えたら試作品でも作ってお渡しします。」
ユリナはすんなり依頼を受け入れ、作業机と思わしきものに置いた。そこには他の武器のレシピも置かれていた。
「それじゃあ、またあとで取りに来ますね。」
「分かりました。お買い上げありがとうごいざいました!」
「あっ、ありがとうございました…!」
客が店から出るということもあり、カレンも礼を言った。遊楽達は出入り口まで移動した。ユリナ達は早速作業に取り掛かるらしく、材料を漁っていた。
「それじゃあ行きましょうか。」
「ルーイさん止まって…。みんな静かに。」
遊楽は冷静に全員に呼びかけた。急なことでアリエスや優華も驚いていた。
そっとアリエスは遊楽に問いかけた。
「どうしたの?」
「外に魔力の反応がある。それも大勢、でかいのが。」
遊楽がそう言うと、全員が外の様子を窺った。すると、大勢の反応があり驚愕していた。
「これって、あれっすかね…」
「恐らく軍の人たちでしょうね。」
「どうする?出るか?」
「やめといた方がいいと思うわよ。ここだったら人目があまりないからそのまま切られるって可能性もないわけじゃないわ。」
そんなことを話していると、タイミングが悪いことにカレンが銃の弾倉のスペアをもって駈けてきた。
「わ、忘れ物です…!」
「やべっ!」
「どうしま、むぐっ…!?」
「ごめんなさい、すこしだけ静かに。」
遊楽はカレンの口をついつい塞いでしまった。元から声は小さめだったため普段なら問題ないが、ただでさえ全員物音を立てないよう気をつけていたため些細な声でも外に聞こえてしまう。そのため塞いでしまった。
当の本人であるカレンは顔を真っ赤に染めていた。
「今から放しますけど、静かにお願いします。」
その言葉を聞いてカレンは大きく頷いた。
「ぷはぁ…。その、どうした、んですか…?」
「ちょっと追われてまして。その追手がここに居るってことで静かにしてるんです。」
「それ、でしたら、その…奥に、隠し部屋が…。でも、密閉性が、高いので…風属性の魔法を使える、人がいないと、空気が、足りなく、なっちゃいます…」
「それでしたら心配ご無用。僕が使えるんで。」
「それでしたら、案内、します…。事情はお姉ちゃんに、話して、おきます…。2回、壁を、叩いたら、出てきて、ください…。」
こうして、全員再度奥に部屋に戻っていた。実際は廊下の途中で止まり、壁に隠されていた扉から部屋に入っていった。中には試作品と思われる武器や、加工前の材料が置かれていた。隠し倉庫らしい。
中に入る前に遊楽はカレンの耳元であることを呟いた。それに対してカレンは1度頷いた。そしてそのまま奥に進み、ユリナに話しかけ事情を説明した。
「お姉ちゃん、そういう、ことなん、だけど…」
「分かったよ。ありがとうね。それじゃあ、行こうか。」
そうしてユリナとカレンは出入り口へ向かって行った。
優華「今回の次回予告は私と。」
荒太「俺だ。」
優華「そういえばクロさん。そんな簡単に地球の物作って大丈夫なの?」
荒太「特には問題ない。今のところはな。」
優華「それは神様情報?」
荒太「それは次回分かるかも知れないし、分からないかもしれないな。というか、俺より遊楽達だろ?というかお前もじゃないか?」
優華「えぇそのとおり。果たして一体どうなっちゃうのか、楽しみだね!」
荒田「随分とお気楽な考え方だな。ま、俺にとっちゃどうでもいい話だが。それじゃあ、締めがお決まりらしいから、締めるとするか。」
優華「了解!せーのっ」
優華&荒太「「次回もお楽しみに!」」
荒太「あぁ、疲れた」
優華「お疲れー」