最悪で良好な旅立ち
異世界生活。それは誰しも憧れる一種の夢である。もしもそれが偶然だとしても、実際自分の身に起きたらどうだろうか。自分の知識だけで生き延びられるのか。一般人には厳しい現実かもしれない。それでも生き残る知識を持った人物もいる。また、知恵だけでなく、力、チーム全体のバランスも必要になる。異世界に関しては、誰1人として解明できるものはいない。そんな異世界でも、幸運な理由で行く人物や、何とも不運な理由で行く人物もいる。その種類は様々だ。だが、ついてしまえば、飛ばされた理由よりも、生存することを優先するだろう。
そして不幸な理由でとばされてしまった1人の少年は、さまざまな困難に立ち向かう。
「今日も学校終わった―!帰ったらゲーム三昧だぜー!」
「安井―。ほどほどにしろよー」
「わかってるよー!」
この男、安井遊楽は世間でいうところのゲーマーなのかもしれない。だが周りからは、成績も悪いわけではないので、オタクなどとは呼ばれず、一般生徒と変わらず、気軽に遊などと呼ばれている。特に省かれているわけではないので、友達がいないというわけでもない。
遊楽の高校では、部活は強制というわけではないので、遊楽は無所属である。一般生徒が部活動の時間帯は、もちろん遊楽は家でゲーム活動だ。
遊楽の見た目の特徴は、髪が少し茶髪で、目が生まれつき青いということだ。病気というわけではなく、親が外国人というわけでもない。なので、青い目の理由は本人にもわかっていない。もう1つの特徴は、少しばかりくせ毛ということだ。そして最後の特徴。それは、1人称が『僕』ということだ。別に、高貴な生まれで甘やかされて生きてきたわけではない。むしろ、今の遊楽は親が一人の為、バイトをしつつの生活をしている。そのため、あまり強気な発言はしない。だが気持ち的には、(精神面では)一般人よりも前向きである。
「おまえはいいよなー。部活入ってないんだし。」
ある友人が、そう呟く。
「そんなことないよ。ゲームという重大な仕事があるんだから。」
「なんじゃそりゃ。そんなに暇なら今度遊びに行ってやる。」
「それじゃあ選りすぐりのゲームを準備して待ってる。」
そんな話もしつつ、お互い、向かうべき場所に足を運んだ。友人は部活へ、遊楽は家へと。
遊楽の家は、広大な敷地の商店街を抜ければほぼ簡単に着く。だが遊楽はより近道で帰宅する為に、人気の少ない裏路地を通って登下校を行っている。本日もそんな帰り道。のはずだった。帰った後のゲームについてのんきに考えていると、突如として遊楽の足元になぞの巨大な黒い穴が現れた。穴の細部まで見ると、所々紫色の斑点が見えてくる。ブラックホールのような強力な引力はない。だがこの状況では、何か抵抗する術はなく、遊楽は穴に真っ逆さまに落ちて行った。
「え!?なんだよこれー!?」
エコー交じりのその声は、遊楽が地球で発する最後の言葉となった。
目が覚めると同時に、目の中には地球とは思えないような景色が入ってきた。誰が見ても地球とは別の異界。倒れていた地面は、芝生が生えていて、地球とはあまり差がなかった。だがそれはあくまでも芝生だけだ。
この場所には地球にはないような植物や、ウサギと猫が合体したような謎の生物が生息していた。そして、ここが異世界だと認識できる決定的な理由は、上空に数匹、いや数頭というべきかもしれない。ドラゴンが飛んでいるのだ。
「もしかしてもしかしなくても、絶対に異世界だこれは!ゲーム好きとしては喜ぶべき…なのかなこれ?」
喜ぶべきか悲しむべきか悩んでいるうちにある1人の少年がこちらに寄ってきた。身長は150cm程。青い髪と、右目が赤で、左目が青のオッドアイが特徴的である。後ろ側の髪の毛の先には少し紫が混じっている。そして首には鈴付のチョーカー(首輪に似ている)物を付けている。
「こんにちは。もしかして僕だけじゃなくて、この世界にも初めまして?」
少年は、謎の笑みで歩みつつ近寄ってきた。
「どうしてそのことを知ってるの?」
少年の特徴よりも、なぜ自分がここの世界に元からいた人間ではなく、地球という名の別の世界から来たことを知っているのかという同様を隠しきれなかった。
「ほぅほぅ。君って案外感情とか同様をすぐに顔に出して隠しきれない人?」
「答えになってない!」
遊楽は自分でも顔に出やすいのは理解してるがそこまでとは思っていなかった。
「いいじゃなかー。もっと僕と話そうよー。たまにはリラックスしてから話すことも大事だし、焦って聞いていても、全部理解しきれないと思うよ?」
「そんなこと気にしてる時間も惜しいぐらい焦ってるの!君は誰なの!なんで僕が違う世界からきたことを知ってるの!」
「まったく、せっかちだな。しょうがない、早速その質問に答えるとしよう。」
その少年は急に顔を真面目な顔に戻してしゃべり始めた。思わずそれに遊楽も身構えて姿勢を正して座っている。遊楽の額には一滴の汗が流れた。
2人の今の状態は、遊楽が座っていて、少年が遊楽の前で立っているといった感じである。周りから見れば、師弟関係のような位置取りだ。
「まず、僕の名前はサイト。一応この世界では神様?というかこの世界の創造主って言ったほうがいいのかな?
そして君がなぜ地球から来たことを知っているかというと…なんでだと思う?」
「そこで焦らすの!?というか今さらなんだけど、神様ってことは敬語使ったほうがいいの?」
「本当に今さらだね。別にさっきと同じく、友達と接するようにしゃべっていいよー。というか目の前にいるこの僕が神だと知っても驚かないんだね。」
「こんなところでいちいち驚いてたら、この先やっていけないしね。まず、こんな世界に来たこと自体驚くべきことだから。」
神様はこんなに軽く素性も知らないやつとしゃべっていいのかという疑問が過った。だがそれと同時に、なぜ自分が地球から来たこと知っているのかという答えにもつながった。
「もしかしてサイト、君は人の素性とかどんな奴なのかがわかるの?だから僕が地球から来たことも知ってて、こんな積極的に接してくれてるの?」
「君は僕が思っていたより出来る子なんだね。大体正解だよ。よくできました!」
サイトは、満面の笑みでそう答えた。今にも鼻歌でも歌い始めそうなぐらいに。
「僕は人の記憶を見ることができるんだ。人を探れるという特徴があれば自分の身も守れるし、自分で言うのもあれだけど今の時代何かしら便利だしね。」
こんないかにもゲームみたいな能力なのかと遊楽は思った。だがそれがわかれば接し方も簡単になる。きっと今サイトを目の前にしては自分のすべてがお見通しなのだと理解すれば、サイトとの接し方もわかりやすくなった。すべて思ったことが筒抜けなのだから自分の中でとどめておくのではなく正直に言えばいいのだから。
「あのさ、サイト。神様の知識量を見込んで、聞きたいことが3個ほどある。まず1つ目。これは単純に僕が知りたい疑問なんだけど、サイトって今何歳?神様ってだいたい長寿って言うイメージが定着しているからさ。2つ目。僕はどうしてこの世界に来たの?3つ目ここから近くの村か町までどれくらいの距離がある?」
言葉には出さないが、正直に言うと今この世界で生きているかかなりの不安がいくつもあった。まぁこの状況で口に出さなくてもすべてを悟ったようにサイトはほほ笑んだ。
「じゃあまずい1つ目の質問に答えようか。僕の年齢だったっけ?少なくとも6000年は生きているかな。」
「ほんとに?でも正直に言う。それって神様の中では長生きしているほう?神様の平均年齢とかは人間の僕にはわからないからさ。」
「どうだろうね?まぁ神の中だったらまだ幼いほうなのかな?僕自体もあんまり他の神と交流がないからよくわかんないや」
サイトは悩んでいるようだが目の奥にはいかにも遊楽をからかっているような笑いが潜んでいるに違いない。まぁ慣れてきたのでこの際サイトの笑いなどを気にすることはなくなった。そんなことを遊楽は考えると、サイトが少しがっかりしたような顔に変わった。ここまでくれば、誰だろうと思考を読まれたんだと認識できる。
それよりも驚愕なのが、神の年齢は6000年でもまだ幼いということだ。どのくらい生きていれば、人間の成人になるのかが気になり始めたが、この場では関係ない話なので、聞けるときにでも聞くことにした。
「じゃあ次の質問に答えてもらっていいかな。」
「わかった。なぜこの世界にきたかだったね。正直に言うとね、本当の理由はわかっていなんだ。」
「それってどういう…」
その言葉を聞いた瞬間、サイトが何を言っているのかわからなくなり世界が凍りついたように錯覚した。遊楽の視覚の中だけで。
「言葉の通りだよ。君がここに来た本当の理由はまだ分かってない。僕の予想としては、本来できるはずのない時空の歪みができてしまったのだと思う。何回か実際にも君のような人間がこの世界に来たことがあるんだ。最近はなかったんだけどね。だからもしかしたら、おじいちゃんぐらいになってるかもしれないけど、君みたいな地球人がいるかもしれないよ。」
遊楽はサイトの言っている言葉の意味がわからなかった。いや、理解しようとしなかったが正解であろう。あまりにも不運すぎる出来事でこんなわけもわからない異世界に飛ばされたと納得しようとしなかった。意味のわからない理由で地球での人生を閉じられたのにも納得がいかなかった。
「だけどこの理由はあくまでも僕の予想だから、そこまであからさまに落ち込まなくてもいいと思うよ。君がここに来た本当の理由が分かるように僕もできる限り協力するから。」
「別に落ち込んでないから大丈夫。」
とんでもない理由に対しての怒りを目の前にいるサイトにしかぶつけることができなかった。そのため、自分でもわかるほどに尖った言い方になっていた。
そのあとは、さすがにサイトも場の空気を読んだのか、多少ばかり無言の時間があった。
「…いつまでも黙っているわけにもいかないし、最後の質問に答えるとしようか。近くの街を聞くってことは君は案外この世界で過ごすことを受け入れているみたいだね。その前向きな志気に入ったよ。それじゃあ教えてあげよう。ここから近くの町と言ったらうーんとねー。リーンの街かな。そこは宿屋もあるし、ギルドもあるから君が望むなら冒険者登録するのもいいだろう。」
「わかった。いろいろありがとう。それとさっきは君にあたって悪かったと思ってる。ごめん。」
いかにもというほどサイトはきょとんとした顔をしている。そんなにも自分が謝るのが意外なのかと内心思って、少し怒りを覚えた。だがその怒りはサイトに行くこともなく、むしろ遊楽にとって本来の怒りとは違う感情となっていた。
「そうだ遊楽。これからは呼びにくいから遊って呼ばせてもらう。だから僕のことも神様じゃなくて、気軽にサイトって呼んでくれて構わないよ。」
「わかったよ、サイト。これからよろしく。」
聞きたいことも聞き終えたので、遊楽は早速リーンの街に向かおうとした。するとサイトから話しかけてきた。
「そうだ遊。君はこの世界のことについて知らないだろう?そんな状態でリーンの街に向かって大丈夫なのかい?今なら君にこの世界のことも教えてあげるよ。プラス、君にいくつかおまけをしてあげよう。」
確かにこのまま無知のままリーンの街に向かっても、下手すれば無駄死にするだけなので、話を聞くことにした。
サイトの話をまとめるとこうだった。この世界には、主に3つの種族がいるらしい。
1つ目は、遊楽のような人間だ。この世界では半分半分の確率で、魔法を使える子供が生まれるそうだ。魔法が使えようが、使えなかろうが、大きな格差差別はなく、平和を保っている。3つの種族の中では、身体能力、魔力共に平均的な数値の人が多い。何かに特化している人が生まれるのは、稀にあるらしい。
そして2つ目がビーストだ。ビーストは決して魔法が使えないわけではないが、魔法を使える者は限られている。その代り、多くのビーストは一般的には考えられないような身体能力を持っている。ビーストにはさらに2種族あり、犬耳と猫耳がいるらしい。基本は半人半獣だが、覚醒すると一時的に制限を解除し、犬耳であれば狼、猫耳であれば豹に姿を変える。この2種族の中では近年ちょっとした争いが多発しているらしい。国が亡びるレベルではないが、ずっと対処しないでいるといつか国同士の戦いになりそうだということだ。
そして最後に異世界では定番のエルフである。エルフは3種族の中でも最も魔法を得意としている。年々減っているようだが、翼を持ったエルフもいるそうだ。だが、どんな原理で飛んでいるのかは人間やビーストには分からないが、エルフ自体が飛んでいることは、珍しいことではないらしい。近年では、羽を持っていないエルフでも宙を飛んでおり、その魔法を解析しようとしているグループもあるようだ。
そして、誰しも一度は憧れる魔法には4属性あり、火、水、風、雷、となっている。本来はもう2つ光と闇あるのだが、今では特殊な家でしか継承していないようなので、今回の説明では省かれてしまった。
魔法の種類としては、詠唱なしで発動できる簡易魔法と、高度な魔法の為、詠唱を必要とする難易魔法(高度魔法ともいう。言いやすいため、街中ではこちらの呼び方のほうが定着している)が存在する。難易魔法の中でも、一言で終わる詠唱もあれば、巻物1つ分にも及ぶ詠唱もある。
そしてこの世界に職業は、農民や商売人と言ったものはあるが、成人を終えた(この世界では18歳を越えれば成人である)男女は冒険者ギルドにて冒険者登録をすることが多いのだという。だからといって、成人してなくても、冒険者登録することも珍しいことではないらしい。
「それじゃ最初に言った通り君にいくつかおまけをしてあげよう。何かの間違いでこんな世界に送られてさぞかし不安だろう。そこで優しいこの僕が、君の身体能力を少しばかり強化しておこう。君も決して弱いわけではないみたいだから、よっぽどのことがない限り死ぬことはないよ。ピンチになることはあるかもしれないけど。」
「いまボソッととんでもないことを言ったよね!ピンチになるかもって!」
「死なないって言っただろう。ちゃんと話を聞いといておくれよ…。そうだ、もう1つおまけをしよう。遊、魔法を使いたいとは思わないかい?」
その発言はあまりにも衝撃的だった。決して悲しい意味ではなく、もちろんうれしい意味でだ。本当に自分が魔法を使えるならぜひとも使ってみたいと思っていた
が、こんなにも簡単に使わせてもらえるとは思わなかった。魔法が使えると知った時点で、今までとは、異世界の見方が変わった。それに、魔法が使えると聞いてから、先ほどのサイトのとんでもない発言は頭からなくなっていた。
「基本は1属性しか使えないけど、僕は神様だからね。遊には2属性まで選ばせてあげよう。ありがたく思いなよ。何の属性がいい?」
この時点で遊楽のテンションはマックスに近かった。どの属性も使ってみたいと思っていたからである。
火属性は主に炎操れる。高度の魔法使いになれば、コンロやガスバーナーのようなもので起こせる弱火から、噴火レベルまでの威力で発動できるらしい。さらに、炎を固形物として使えるらしい。(例 炎の剣や盾といったものだ。固形物にすること自体は誰でもできる。上級者になれば硬度が上がるらしい)
水属性に関しては攻撃魔法が少ないものの、その分回復も行えるので貴重な属性でもある。基本はちょっとした外傷だけだが、相手の怪我の状況がしっかりわかっていれば、骨折などの重傷も治せるらしい。だが、人体の蘇生は不可能に等しいらしい。そもそも、この世界での人体蘇生は禁止されているそうだが、人体蘇生に失敗すれば、ゾンビや、ホムンクルスのようになってしまう危険性があるので、禁止どころか重大な罰則である。
風属性は空気のある場所ではどこでも魔法を使える。逆に空気のないところでは、空気を作り出すこともできる。技量次第では、微風から、トルネードや、ハリケーン、台風も起こせるらしい。
雷属性は雷だけでなく嵐を作れるので、自分の思い通りに天候を変えることができる。そのため自分が有利になるようなフィールドを作り出すことができる。使い方次第では、照明にもなるそうだ。(魔力を貯める道具がこの世界には存在するらしい。携帯できる照明ということだ。)
この時遊楽は、前線で戦うことを前提として考えているので、水属性のことは頭に入っていなかった。
「決まったかい?まぁどれを選んでも君は使いこなせると思うよ。僕の勘だけど、君はこの世界に前向きだからね。」
「決めたよ。火属性と風属性にする。勝手な意見だけど、一番相性がよさそうだから。」
「意外と速い決断なんだね。君が選んだことだから、特に口出しするつもりはないけどね。それじゃあ後ろ向いて。」
遊楽の頭の中は不安よりも楽しい気持ちでいっぱいだった。今は遊楽のほうが、サイトよりも子供の様に興奮していた。
「それじゃいくよー。」
その瞬間サイトは遊楽の背中に手を置いて、魔法の力を体内の器の中に入れ始めた。その瞬間、油断していたのもあるだろうが、普通では感じられないよう激痛が全身を駆け巡った。だが遊楽の体は全く動かず、ただ悶え、苦しむしかなかった。
終わったと同時に痛みと体中の呪縛から解放された。その痛みは、地球上、いや、全宇宙の物を集めても説明は到底できないような痛みだった。
「ぜぇはぁ…。いまのは…なんなんだ…」
「すごいね!気を失わないなんて。やっぱり僕が見込んだだけあるね。それじゃあ、さっきの痛みについて説明しようか。そもそも、君の体は魔法とは無縁なもので、まったく準備が整っていないんだ。そんな状態の体に無理矢理魔法の力を流し込んだんだ。破裂せず耐えただけでもすごいほうだよ。誇りに思ってもいいほどだよ。」
「それ…なら、先に言っといてよ…」
「てへぺろ」
激痛に耐えてすぐ後に話されたので、脳の処理が追いつかず、自己修復に体の全ての働きが向かっていた。そのため、ある程度は理解できたが、すべての内容は入ってこなかった。要するに、遊楽の体は器で、その中に熱湯を大量に注ぎ込んだようなものだ。そんな生ぬるい痛みではなかったが。だがこれだけは遊楽にも感じることができた。男が「てへぺろ」なんて言ってもかわいさの欠片もない。それだけは遊楽の頭でしっかりと確認できたことだ。
この時、水属性を選んでおけば、自己修復が行えて、今の話にもついて行けたのかもしれないと早くも後悔し始めている。実際、オートで行うには魔法ではなく、あらかじめ用意した道具に、術式を埋め込まないと発動しないという仕組みになっている。さらにその中でも、魔法による傷を治すものか、直接手を下された傷なのかにもよる。今この状況では、あまり関係ないことなのだが。
遊楽の意識がはっきりとしてきたタイミングを見計らってサイトは話しかけてきた。
「そうだ。あと二つほど忠告。1つ目は仲間がいれば問題ないのだけど、基本魔法の使い過ぎはしない方がいいよ。そもそも君の体が整っていないのもあるけど、魔法を使いすぎるとたまに自分の体がオーバーヒートしちゃうんだ。そしてもう1つの理由は、君もわかると思うけど。」
「魔力が切れる、でしょ。」
この時点で遊楽の体はまともに喋れるほどまで、回復していた。
「そう、その通り。魔法はもちろん便利だが無限に使えるわけではない。まぁすべては人の技量で変わるし、君の場合はこの僕がじきじきに魔力の底上げをしているのだからよっぽど高度な魔法を連発して使わない限り魔力切れにはならないと思うよ。オーバーヒートにだけ気を付けてね。一度そうなると、しばらくの間魔法が使えないし、多少動きにも関わってくるから。」
要するに、この世界の魔法は地球で言うところのバイクみたいなものだ。エンジン(魔法)を使いすぎればオーバーヒートも起こるし、燃料(魔力)を使いすぎれば燃料切れにもなる。遊楽の体は、その燃料タンクを少し拡張したような感じになっている。
「それで、もう1つの忠告って言うのは?」
「そうだった。もう1つの忠告って言うのはね、何百年続いてる有名な家とか、悪いうわさがある王家とかそう言った特殊な家系にお世話になるときにはきをつけるんだよ。魔法の説明の時にもう2つの属性、光と闇があるって言ったでしょ。」
「確かに言ってたね。特殊な家でしか継承されてないだっけ?」
「そう。そしてその光と闇の属性を混ぜると人の精神に干渉することが出来てね。対象の記憶や感情を消すことが出来れば、存在自体をなかったことにも出来るんだ。一番最悪なのは、死ぬこともできず、感情も忘れ去られて、ただの操り人形になることだけどね…。」
精神に干渉することができるといわれてもいまいち実感がわかなかった。他人の精神に入れるということだろうか?この世界のすべての生き物に干渉することはできるのか?操り人形というのは、命令に従順なロボットになることと同じなのだろうか。サイトも、ふざけてこんな話をするほど意地の悪い性格ではない。あまりにも今までの陽気な少年とは思えないほど真面目な顔つきでしゃべっていたので、肝に銘じておくことにした。
「わかったよ。神に誓って。」
「それを僕の前で言うか。じゃあその言葉しっかり心に刻んでおこう。」
サイトも遊楽も笑っていたが、実際はお互いに不安を抱いた。第三者から見れば笑っているようにしか見えないが。
「じゃぁそろそろ行くよ。いろいろありがとう。もらったこの力、存分に使って、この異世界生活を有意義なものにするよ。」
「僕からもお礼を言わせてもらうよ。僕の話し相手になってくれてありがとう。」
「そうだ!僕がこの世界に来た原因突き止める事、忘れないでね。」
「もちろん。なるべく早く見つかるように努力するよ。それでも一応僕は神様ってことで少しばかり忙しいから、そんな早く見つかりはしないと思うから、そこらへんはよろしくね。」
こんな話をしつつも、遊楽はリーンの街に歩き始めたが。だが、サイトはその場でただ見送るだけだ。しばらくたった後に後ろに振り替えると、そこにもうサイトの姿はなかった。瞬間移動というべきなのかテレポートいうべきなのか悩んでいるうちあっという間にリーンの街についた。道のりの中では本当に何もなくただただ歩いていただけだった。いくつか地球にはいないような生物を見たが、敵意があるようには見えなかったので、スルーしてここまで来た。お決まりの山賊イベントや、困っている女性の救出イベントはなく、異世界ライフは本当にこんな感じでいいのかと思い始めるほどにまでなった。
そして街に着いたと同時に、ある肝心なことに気が付いた。
「魔法の使い方聞き忘れてた―!」
高度魔法に関しては、詠唱さえすればいいというのはわかっているのだが、その詠唱の内容もわからないし(そもそもこの世界の文字が読めない。)簡易魔法も、念ずれば発動するのか、何か動作があるのかもわからなかった。
その場で立って悩んでるのもあれなので、その日はとりあえず宿屋にでも行って休むことにした。もちろん何もなく宿屋に向かうことはなかった。本人も少なからず一般人よりもゲームをしていたので、そう予想していたし、それを望んでいたから困りはしなかったのだが。
街中の道のど真ん中で、フードをかぶった女性と思われる人と、左目に傷がついている男性が中心となったチンピラグループと思われる奴らが何やら争っている。普通だったら無視するとこだが、遊楽は迷わず女性の方に参戦していった。少し会話が聞こえてきた時、明らかに女性が追われていたからである。
「お手伝いしますよ。」
女性は無言で頷いた。もちろん助けようとして参戦したのにはもう1つ理由がある。もちろん女性1人が戦っているというのもあるが、サイトによる身体強化がどれほどのものか確かめるのにちょうど良かったからである。もしかしたら魔法が発動して、相手を殺してしまう、もしくは、かなりの重傷を負わせてしまうのではないかという不安を抱きつつも、戦闘が始まった。
「てめぇ何者だ。」
「ただの通りすがりですよ」
「けっ、そうかよ。尻尾巻いてとっとと逃げるならいまのうちだぜ。」
「そんなことするぐらいなら、こんな道のど真ん中なんかに来ませんよ。」
「それもそうか…。お前ら!あいつも容赦なくやっちまえ。ただし、女の方は絶対生け捕りにしろよ。時間もねぇから早めにな!」
全くと言っていいほど話を聞いてくれる雰囲気はない。そのおかげで遊楽も本気を出せるようになったし、後で説明しなくてもよくなったの、今のとこでは結果オーライだ。さらにこっちは2人で戦おうとしているので、たとえ相手を完膚なきまで叩き潰しても、アンフェアな状況では仕方なかったと言い訳ができる。
戦闘が始まったと同時に相手の1人が襲いかかってきた。だがその動きを見切ることは大変容易だった。身体能力だけでなく、動体視力も上がっているようだ。ある1人の最初の攻撃は大ぶりの右ストレートで分かりやすく、かわすことが大変簡単だった。よけられた相手は、自分のスピードで壁に衝突して気を失っている。当たった壁は、かなりの罅が入っていたので、当たれば重傷を負っていただろう。
次の刺客は、さすがに学んだのか、二人同時に攻めてきた、今度はコンビネーションで攻めてきたので多少複雑な動きだった。だからと言ってよけられない攻撃ではなかった。二人は挟み撃ちで襲いかかってきた。後ろは壁で逃げ場がない。こういう時に自分の攻撃力と防御力、俊敏性がわかる。右から襲ってきた奴のほうが筋肉がついており、明らかに凶暴だったので、利き手の右手で防御し、左から襲ってきた奴は、反撃が出来そうなぐらい、隙だらけだったので、左手で反撃をする。倒れてうずくまっているおかげで空いた空間にすばやく移動して、少しの逃げ場を作る。この強さなら逃げ場などいらないだろうが、保険を掛ける為に逃げ場を作った。万が一ということがあるかもしれない。右から襲ってきた奴は、防がれたことがよっぽど悔しかったのか、怒りにまかせて突進してきた。怒っているときほど単調な攻撃はない。一番初めのチンピラよりかわしやすかった。だがその考えが甘かった。突如手を広げて襲いかかってきた。そのため脇腹に多少のダメージが入った。だが、肋骨などの骨には、罅はあまり入らなかった。そして、倒れたのは相手だけだった。脇腹を殴られたと同時に、遊楽は肘で攻撃していたのだ。そのため3人目も気を失っている。
狙われていた女性もなかなかの運動能力で相手の攻撃をかわしつつも、的確に攻撃を入れている。油断を見せない、誰が見ても戦いなれているとしか言いようがなかった。これなら女性1人でも勝てたのではと思って来た。そんなことを考えていると、いつのまにか手下は全滅していた。女性の方が、狙われている数が多かったので、ほとんどは女性の方が倒したと言ってもいいのではないだろうか。残るはリーダーと思われる人物だけだった。なぜその人物をリーダーだと思ったのかは、最後まで攻撃してこなかったというのもあるが、明らかに気迫が違かった。殺気の量が尋常ではないほどで、周りの人ですら恐怖を覚えるほどだった。
「ほんとにお前は何者だ。ただの通りすがりじゃないだろう。」
「少し付け加えると神様から加護を受け取った通りすがりかな?」
「そうかよ。まともに答える気はないと。」
全てを正直に話したのにと思ったが、信じてもらえないのも十分承知の上だった。身内だったらまだしも、赤の他人のこんな話を聞いて、信じるのは相当のお人よしである。
そして、リーダーと思われる人物とのの戦闘が始まった。始まったと同時に男の姿が消えた。気付けば隣の女性が倒れていた。そして姿は見えないが声が聞こえてきた。
「これで1対1だ。せいぜい楽しませてくれよ!」
次の瞬間背中から強力な打撃攻撃を受けた。この時、このパワーがただの人間の力でないと悟った。こいつが使っているのは間違いなく自己強化魔法だ。魔法というより自己強化をするための術式が埋め込まれた道具を身に着けている。通常、1つの道具で、1つの効果を得るというものだが、この男が使っているのは、高度の術式が埋め込まれている、高難易度・腕輪だ。腕輪だけに限定されないが街ではこちらがよく使われている。ハイレベルと付くものは、道具が1つだけであろうと、様々な効果を得ることができる。その種類には、いくつかあるが、今回つけているのは、身体能力全般を強化するものだろう。だがそれなら遊楽の目を使えば動きは特定できなくはない。
「お前の実力はそんなもんか。もっと本気を見せてみろ!」
「お望みどおり、本気で行くよ!」
遊楽がしっかりと身構えたと同時に男の動きが急に止まった。遊楽は何もしていない、ここにいる人たちも何もしてない。女性の方も、いまは倒れているので何もしてない。(してないというより、できない)だが男の動きは止まっている。呆然としていると相手の体のあちこちが灰になりかけていた。
「残念ながら今日はもう時間らしい…。俺は悪魔軍のゾディアだ。次の時に決着をつけてやる。その女もまとめて潰す。それまで死ぬんじゃねえぞ。お前は俺の獲物だ。死んだら魂になろうが、生まれ変わろうが潰す。」
ゾディアは遊楽に背を向けると、彼の目の前に門が現れた。その色は、遊楽が吸い込まれた穴の色にも似ているが、多少違うようだ。
「お前!仲間はどうするんだよ。」
「悪魔軍に雑魚はいらねぇ。じゃぁな。」
気付けば周りの手下は灰になり始めた。さすがにこの状況は遊楽に把握できなかった。すると意識が戻った女性がよろよろとした足取りではなく、しっかりとした足取りで横を通った。それと同時に周りには聞こえない大きさの声で話しかけてきた。
「この先の宿屋で待っています。今起きたことの説明をするので必ず来てください。」
それを言い終えた彼女は宿屋に向かって行った。さすがに男としても、冒険者志望としてもこの場でただ立っているわけにもいかないので、遊楽は落ちている自分の荷物を広い、宿屋に向かおうとした。今の遊楽の所持物は、学校の教科書、筆箱、スマホ、ポータブル充電器とコードである。だがほとんどの教科書が、ボロボロになっていた。そしてボロボロの教科書も含め、それらの道具は学校既定の鞄に入ってある。忘れ物(この場では落し物)がないことを確認して、早速宿屋に向かった。
宿屋にはもちろん彼女がいた。だがそこにいる彼女はフードをとっていて、その姿は遊楽の見てきた女性の中で一番美しく声にもならなかった。入り口で棒立ちして、通行人の邪魔になるわけにもいかないのでので、とりあえず彼女の前の席に座った。
彼女の前の席に座ると、即刻話しかけてきた。
「来ましたね。とりあえず自己紹介をしましょう。私の名前はアリエス・レイ・ランゼルと言います。あなたの名前は?」
「安井遊楽です。よろしくお願いします。」
今までポーカーフェイスだった彼女も、相手のことが少し知れたからであろうか、顔に少し笑みが混じっているように見えた。濃い色の茶髪にロングヘア、透き通ったような緑の双眸が特徴だ。服装はフードつきのローブを身に着けている。それ以外は一般的な服で、お嬢様っぽい服でもなければ、貧相な服というわけでもない。ローブの下は、袖が少し長めの半袖。下はスカートようにも見えるが、無地の白色、地球で言うところのガウチョパンツに似ている。だが、走ったり戦闘のせいで、泥がかなり付いてしまっている。
「さっきのことについて教えてもらっていいですか。知っているような口ぶりでしたよね。」
「えぇ、もちろん説明させてもらいます。そのために呼んだんですから。まずはじめに、先ほどの集団とはあなたも戦いました。そのためこれからはあなたも敵として認識されるようになります。その覚悟はできますか?」
「もちろん。それぐらい覚悟しなければあの場に参加していませんよ。」
「それもそうですね。」
アリエスとしては多少気遣ってくれているようだが、敵として認識される覚悟はできているので心配無用だ。
「さっきの奴らは悪魔に忠誠を誓ってしまった哀れな人たちです。そのせいであのような死に方になってしまいました。悪魔と契約、もしくは悪魔に服従してしまった時点で、その人の寿命はかなりなくなってしまいます。いや、悪魔に決められるといったほうがいいのでしょうか。通常はそれで終わりなのですが、今回の悪魔はその代りに対価を与えているようです。そしてそれを知ってしまった私は殺しの対象となってしまって追われていたという感じです。」
「1つ質問していいですか?この世界は今、悪魔に支配されてるんですか?」
遊楽にとってはそこが疑問だった。支配されていることよりも、悪魔にということが重要である。普通ゲームでは魔王が支配しているのがメジャーである。(ものによっては魔王も悪魔扱いされる)物語が始まって、世界が支配されているのは異世界のお決まりなので、そこに関しての疑問は、少しもない。
「支配されているとまではいきませんが、日々悪魔によってこの世界の各地が浸食されています。そのせいであのような人が出来てしまうのです。それを阻止するためにここに仲間を求めに来たのですが…。」
これなら好都合と思った。実際のところ遊楽も方向や通貨、魔法の使い方もわからない状況で過ごすのはいささか不安だった。そのため仲間がほしかった。この世界で過ごすためにも、冒険者として過ごすにも、絶対と言っていいほど仲間が必要なのだ。
「それなら僕と…」
仲間になってほしい、と全てを言いきる前にアリエスが前のめり気味で言って来た。
「そうだ。私とチームを組んでいただけないですか!」
「ぼ、僕で良ければ、ぜひともよろこんで…」
急な変化に吃驚していたのに気付いたのか、アリエスは元の位置に戻って行った。少し顔を赤くしているようにも見えなくはなかったが、話を続けることにした。
「じゃあこれから僕たちは仲間ってことでよろしいですか?」
「あ、はい。これからよろしくお願いします。」
思っていたよりも、アリエスは立ち直りが早いようだ。気持ちをすぐに入れ替えることができるのは、とてもいいことだ。
「チームになって早々悪いんですけど、3つほどお願いがあります…」
アリエスはきょとんとした顔でいる。遊楽としては聞いてくれるか不安もあった。1つならまだしも、3つもあるのだから。
「なんですか?私にできることであればやらせていただきます。」
この答えを聞いてかなり安心した。大事なことなのだから2回言おう。願いは3つあるのだから。
「助かります。それじゃあ早速1つ目、冒険者ギルドに連れて行ってほしいです。悪魔達の侵略を阻止する前に装備を整えたい。そのためには収入がほしい。収入がほしいとなったらやっぱり依頼をこなすのが一番だと思うので。2つ目。アリエスさんは魔法って使えますか?」
「多少は使えます。自分で言うのもあれですけど、高度魔法も、詠唱の内容が書かれたものさえあればある程度使えると思います。」
「なら、魔法の使い方を教えてほしいです。信じてもらえないのは承知の上なんですけども、さっきも言った通り僕はもともとここの世界の住人じゃなくて、魔法の使い方が全く分からないんです。魔法の力事態はサイトって言う神様にもらったんですけど。信じてもらえますか?」
「もちろん。信じがたい話ですが、きっとそうなんでしょうね。仲間としてそこは疑わず正直に受け入れます。」
「本当に助かります!それじゃあ3つ目のお願いです。ここの言葉を教えてください。よく分かりませんが、喋りのほうは大丈夫なんです。だけど新聞とか、そこに書いてあるメニューは何が書かれているのかがさっぱりわからなくてですね…」
「もちろん教えます。」
安心したのも一瞬の出来事あって、次の瞬間予想もしていなかった言葉がアリエスから発せられた。
「それなら、私からもお願いです。」
「ほえ?」
この展開はいままで多くのゲームをやっていたとしても、予想していなかった。まさかこっちがお願いされるとは。おかげで遊楽の口からはよくわからない言葉が発せられた。
願いに応えられるか不安だったが、アリエスのお願いは簡単なものだった。
「これからはチームなので敬語はやめましょう。承認してくれたら私も敬語ではなく私語で話します。もう1つ、気軽にアリエスって呼んでください。」
「わかったよ、アリエス。それなら僕も気軽に遊って呼んでよ。」
「わかったわ、遊。 ……以外に恥ずかしいわねこれ…」
全くもって同感だった。今は2人とも顔が赤くなっている。女性とは話すのは慣れていないし、今のとこ男1人、女1人なのでどう接すればいいかわからなかった。簡単なことと言ったが、実はかなりハードなお願いだった。双方が早く2人目の仲間がほしいと思ったことだろう。
こうして、遊楽の異世界生活の1日目が幕を閉じた。この時点で1日目のノルマは達成していた。遊楽の心の中では、とりあえず宿屋が見つかればいいと思っていたが、それ以上の成果を1日で得ることができた。これも毎日ゲームをしていたおかげだろうか。仲間ができてしまえば、次の日にやりたいことも大量に思いつき、明日に備え早めに就寝することにした。
次の日、遊楽は思っていたより早く目覚めた。早く目覚めたといっても、この世界に時間軸がよくわからないので、何とも言えないのだが。早く起きたと思った理由は、窓の外の太陽が、丁度登っていて、日本で見る6時ぐらいの場所に太陽があるからである。こういうところは地球と同じなんだと認識することができた。まだまだこの世界と地球の区別がしづらい。この世界を知るためにも、今日一日中はアリエスに全面協力してもらう予定だ。部屋の扉を出ると、下のロビーがやけに騒がしかった。(今回泊まった宿屋は、ロビーのすぐ隣が食道となっている。人が宿泊するための部屋は、2,3階となっている。)遊楽は、こんな朝早くから何事かと思い移動すると、何やら受付とアリエスがもめているようだ。幸い(?)なことに、受付は女性職員で、殴り合いには発展しなさそうだ。それをしばらく見つめていると、あからさまに落ち込んでいるアリエスが遊楽のほうに歩み寄ってきた。
「こんな朝からどうしたの?何かあった?」
こんな質問をすると、アリエスは顔をあげた。その目は今にも泣きそうなほど潤んでいた。
「遊~!あのね、私があまりにもお金を持ってないから今すぐ出て行けっていうの!
ちゃんと連れがいるから待ってほしいって言ったんだよ!そしたらそいつを早く起こして出てけって言うの!」
とうとうアリエスは泣き始めた。昨日のアリエスはどこに行ったのかと思うほどの激変だった。もはや性格が変わっている。だが、内面が弱いという意外な一面も知れたので、結果的にはよかった(?)のかもしれない。だが今はそれよりもさっき言っていたように金が問題だ。受付の話によると、ここの宿賃は5000カリン、(この世界での通貨だ。日本円のように、1つで10円のようなものはあるが、札ではなくすべてが小銭である。)アリエスの所持金が1500カリンである。もちろん足りない。ここまで差があれば、即刻つまみ出されないだけまだ優しいほうだと思った。だが大事な仲間が泣いているとあれば(?)このままで引き下がるわけにもいかなかった。
「ちょっといいですか?5000Caさえ払えればいいんですよね?」
「そのとおりです。では払っていただけますか?」
「今日の日没まで待っていただけませんか?こんなこと聞いてもらえないのも十分承知の上です。なので日没まで待っていただければ、倍の金額、10000カリン払わせてもらいます。これでどうですか?」
「…。日没までですよ。特別ですからね…。それ以上は待てません。」
受付の女性はあまり納得しているような顔ではなかったが、何とか交渉成立だ。こうなってしまった以上、(自分でこの状況を作り出したのだが。)日没までに10000カリン集めるしかない。その時の女性受付今にもため息を吐きそうだ。
「アリエス、こうなったら即刻ギルドに行って、仕事探しに行くよ!」
アリエスはまだ多少の涙は浮かべているが、話すには十分なほど回復していた。
「グスン…。わかった。こうなったら、10000カリン集めて見返してやりましょう!」
気合が入ったのか、アリエスはやる気に満ち溢れている。こうして、多少の問題がありつつも、異世界生活の2日目が幕を開けた。
早速2人はギルドに向かうことにした。もちろんアリエスが先頭だ。ギルドに向かうまでの道中では、遊楽の頭の中に、たくさんの議題が流れ込んできた。まず1つ。この世界の時間軸についてだ。きっと日本時間で表わせば、24時間なのは間違いないと考えられる。今日の朝がそのいい証拠だ。だがいつ昼時なのかをどうやって判断するのかがわからない。そして2つ目、魔法も使えず、武器も持っていない状態でどうやってクエスト(依頼)をこなすかだ。まぁある程度のモンスターなら素手でも対抗できると予想できるが、仮にスライムが雑魚敵だったとしたら、素手で戦うのは大変困難となる。きっとこの世界でも液体のような感じと予想できるからである。
「あのさぁ、アリエス。冒険者登録し終わってからでいいから、武器屋に行かせてもらっていい?」
「そういえば、遊はなんも武器を持っていなかったのね。服装は珍しいけど、動く分には今日1日ぐらい大丈夫よね。だけど、武器を何も持っていないっていうのはダメね。任せなさい!遊にぴったりの武器は私が選んであげるから!」
正直言って、不安しかなかった。とりあえずの目標は、ギルドについて、冒険者登録をすることだ。
途中ちょっとした商人に絡まれることはあったものの、何とかギルドには着いた。ギルドの中は広い構造となっていて、クエストなどの受け付けは入口をはいって右に曲がったところにある。逆に左側には、飲み場(酒場ともいう)がある。そして、真正面にはサイトの壁画が飾られている。いわばこの街のシンボル的存在になっている。世界の創造主なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。そのため、子供から大人までサイトを知らない人は1人としていないという。だがその絵はだいぶ長身で、かなり美化されている。本物と比べるとだいぶ違って見える。
観賞している暇はないので、多少は並んでいるものの、2人は冒険者カード発行受付の方まで足を運んだ。
「すみません。冒険者登録をしたいのですが、ここで出来ますか?」
「登録料として500カリンいただきますが、準備のほうは大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。」
実際は少しも大丈夫ではない。ただでさえ少ない金が減ってしまったのだから。2人合わせて1000カリンで、残りは500カリンとなってしまった。この金額ではまともな武器も変えないだろう。そもそも1番安い武器が買えるかすら微妙なところだ。
「それでは、そちらの装置の上に立ってもらえますか?そちらで身体能力、魔力などといったステータスを測定します。測定が終わったらそのままのデータが、そちらの冒険者カードに記載されます。」
測定装置は一般人が見るとただの箱にしか見えない。ただし、それは一般人の場合だ。冒険者や、魔法の適正がある人には、多少の術式が見える。高度な術式なので、すべてを読み取るのは不可能に近いが。この装置を作った人物、ルーン・ロス・ヴィクトリアスは天才と言われている。彼はこの装置だけでなく、魔法の発動条件や、数々の発明でこの世界に名を残している。
今はとりあえず、箱に入ることにした。
「それでは測定します。…まぁ!魔力、身体能力ともに平均を上回っていますね!それに、魔法の適正も2つあるんですね!驚きです!」
もちろん、この結果はわかりきっていたことだった。なんせ、神様直々に強化してもらったのだから。そんな話をしても信じてもらえるとは微塵も思っていないだろう。
係員はこうも驚いているが、魔法の適性が2つあること自体は、珍しいと言えば珍しいが、まったくいないというわけではなく、ギルド全体がざわめくようなことはなかった。
「安井遊楽さんで間違えないですね。失礼と重々承知ですが変わったお名前ですね。どこの出身の方ですか?」
「あまり知られてない場所なので言ってもわからないと思いますよ。」
「そうですか…それは少し残念ですね。それでは次の方どうぞ。」
こうして遊の測定は終わった。遊楽の言葉をさらっと流されたことに関してはノーコメントで居たい所存であろう。また、言葉を流したこの受付はかなりスルーに慣れているようにも見えてままならない。
そして、次はアリエス測定なのだが…
「なんですかこのステータスは!魔法の適性は1つしかありませんが、すべての身体能力において女性平均を大きく上回ってますよ!」
この結果には遊楽も含めて、ギルドの中にいる人、全員が驚いていた。驚愕である。少なくともここ最近ではこのような結果は出ていなかったようだ。だがあくまでも女性平均なので、化け物並の強さというわけでもない。それでも男性平均より0,5倍程強いということになるのだが。
「見てみて遊!私ってこんなに強かったのね!」
「どうしてそんなことを内緒にしてたんだ?」
「別に内緒にしてたってわけじゃないんだけどさ、昨日の中で話すタイミングがなかったというか、そもそも私がこんなに高ステータスだなんて考えたことがなかったもんだから。」
こんなことならもしかしたら遊楽の武器は要らないかもしれない。そんなことを考えながら2人の冒険者登録が終わった。しばらくの間ギルド内では、アリエスのステータスの話で盛り上がるであろう。
2人は、早くしないと日没になってしまうので、早速クエストを行うことにしようとした。だが、まずはお互いの魔法分野や、ステータスを知るための話し合いをすることにした。ゆっくりしてもいられないので、早速とりかかることにした。話し合いと言っても、実に簡単なものだ。こんなところで時間を掛ける位なら、早急にクエストに向かうべきだからだ。
「それじゃぁまず僕から。僕が使える魔法は、火と風だ。でもまったくと言っていいほど魔法の使い方を知らないから、できれば教えてほしいです!」
「それじゃ実戦で教えてあげる。そっちの方が時間も短縮できるからね。
それじゃあ次に私の魔法について説明するわね。私が使うのは水属性魔法。サイト様から聞いてるかもしれないけど、水属性は多少の攻撃はできるけど、基本回復専門だから。でも私の場合は、身体能力で攻撃は補うから安心して大丈夫よ!」
こうして、二人の短い作戦会議という名の自己紹介が終わった。
作戦会議が終わったら、早速2人はクエストを選ぶことにした。
雑魚の種類といては、スライム、オーク、ゴブリン、ほとんどの場合が夜限定のゾンビとなっていた。ほとんどの場合というのは、最近はゾンビも進化しているようで、日中でも行動できる種類が生息しているようだ。
今回の討伐対象は、オーク1択だ。武器がそろい次第スライム討伐にも行こうと遊楽は話したが、アリエスはかたくなに拒んだ。
「スライムは絶対に嫌よ!絶対行かないからね!何が何でも行かないんだから!」
「どうしてそんなにスライム討伐がしたくないの?討伐の所要時間がないとか?」
「それもあるけど…。」
よっぽど言いたくないのか、アリエスはその場で「ああ…」と呻きながら縮こまってしまった。
「ごめん…。言いたくないなら言わなくていいよ。おとなしくオークの討伐に行こう。」
「うん…。」
それで納得したのか、立ち上がったと思えば、クエストの依頼書を持って受付まで向かった。心なしか、少し楽しそうに見えるが、その反面少し落ち込んでいるようにも見えなくなかった。受注の手続きは容易らしく、アリエスはあっという間に遊楽の方に戻ってきた。
「受注してきたよ。それじゃ行きましょうか。」
冒険者登録してから、今回が初クエストなので、少しの回復アイテムが支給されるようで、アリエスがいくつかのアイテムを持ってきた。それらのアイテムは、アリエスが常備している鞄にしまわれた。
立ち止まっている時間はないので、街外れの森に早速向かうことにした。
森についたと思えば、すぐさま戦闘が始まった。それと同時にアリエスは遊楽に魔法の使い方を教えてきた。
「魔法には種類があるのはきっとサイト様から教えてもらっているでしょ。それじゃまず簡易魔法の使い方から説明するね。簡易魔法はホントに簡単。火属性に関しては、念じれば手に炎が出てくるわ。風属性も、念じればある程度の風が起こせるわ。そしてどの魔法でも共通なのは、ある程度の座標を決めてから念ずること。やってみて!」
やってみてといわれてもそう簡単に扱えるものなのかと不安が丸出しだった。だれが見ても今の状況は挙動不規則な変出者だ。
不安要素多数でも覚悟を決めるしかないこの状況では、実践あるのみだ。実際やってみれば、予想以上の簡単さで炎が出現した。その炎は飛ばすことができれば、手に持ったまま武器にすることもできた。今回は結局武器が買えず、丸腰で挑んでいるので、炎を固めて剣として使っている。アリエスは、銅のような素材でできている太刀を使っている。
炎に合わせて風属性の魔法を発動すると『炎の風』が発動した。アリエスは驚いたような顔をしていた。
「それが2つ魔法が使える人だけが使える複合魔法ね。直でみるとすごいわね。」
複合魔法は、簡易魔法どうしが発動したときに発動するらしい。そしてその複合魔法は、思いのほか威力があり、かなり多くのモンスターを倒していた。複合魔法があるのなら、高度魔法は入らないのではないのか、と思うほどだ。
「ねえ、アリエス。複合魔法って2人の術者が同時に魔法を行使すればできるんじゃないの?そうすれば、たとえ少しの魔法しか使えなくても、ある程度のクエストがこなせると思うんだけど?」
「できないこともないけど基本は無理ね。魔法を発動した術者の魔力が違うと、強いほうの魔法が弱いほうの魔法を打ち消しちゃうの。完全に魔力が一致するならできるかもしれないけど、そんな人なかなかいないからね。」
魔法にはまだまだ秘密がありそうだ。戦闘中に聞いても頭の中に入ってこないだろうから、落ち着いた時に聞くことにするが。
今回のクエストは、冒険初心者でも簡単にこなせるクエストで、オーク20体の討伐となっている。この2人ならば、この程度のクエストは余裕なので、アリエスはクエスト受注の際、重ねて薬草などの採取クエストも受注していた。採取クエストは、報酬は低いものの、雑魚モンスターを倒すよりもよっぽど楽なクエストである。モンスターの生息地付近の採取クエストに関しては、危険性があるので、報酬は少しばかり多めである。
「とりあえずオークの討伐数は越えたわね。それじゃ少し休憩したら、薬草の採取クエストに行きましょうか。今回だけ食料も配給されてるから、それを食べましょうか。」
そういうとアリエスは鞄からサンドイッチを取りだし、遊楽に手渡しした。ギルドでの配給されるものは、割と質が良いらしい。遊楽の想像ではよくて乾パンぐらいだと思っていた。量も申し分ない。
今回の採取クエストは薬草の他に、解毒草と痛みをしばらく抑える鎮痛草も内容に入っているので、通常よりも報酬が高い。そしてなぜこのような簡単な採取クエストが残っていたのかは、鎮痛草にある。鎮痛草は、薬草よりも貴重で、そのまま使うのはあまり効果がないが、他のものと混ぜ、別の物質に変化させると本来の効果を発揮する。なぜ貴重なのかは、鎮痛草の生えている場所にある。鎮痛草の生えている場所は、黒牙虎と呼ばれる(別名、冒険者に対しての殺戮兵器と言われているほど)モンスターの縄張りとなっていて、大変採取が難しい。闇属性の魔法を使えるならまた別の話だが。(闇属性の魔法は一定時間、闇と同化することが可能)
たとえこの2人が強いといっても、まだ勝てる可能性は低い。勝てるならば、正面から向かって行って採取してもよかったのだが、今回は回り込んでから採ることにした。最悪の場合に備えて、いつでも戦闘態勢になれるように準備してから挑むのがセオリーだ。
「そうだ。この世界の時間って何で分かるの?」
すっかり忘れていたが、時間がわからないと、あとどれ程で日没なのかもわからない。そもそもこの世界で生き延びるには、言語の次ぐらい必須知識である。
「目で測る。」
「本当に?」
「もちろん嘘よ。ちゃんと確かめる物があるわ。遊もギルドとかで目にしたと思うけど。」
「なんか壁に掛けられてた、特殊な宝石みたいなやつ?」
「そう、その通り。それで大体の時間がわかるわ。それじゃあ次は時間の説明ね。まず時間には大きく2つの種類があって、陰と陽があるの。そこから細かく分かれて、合計4つになるわ。1つ目が火の刻、次が水の刻。次が風の刻。最後に雷の刻よ。魔法の属性で別れてるから、きっとすぐに覚えられると思うわ。」
「ちなみにそれってどうやってあと少しで水の刻だー、とか判断するの?」
「それは、時間に連れて、宝石の色が次の刻の色に近づいていくのよ。それで大体わかるわ。日没って言ったら、陰の時間で、水の刻に緑色が少し混じり始めたぐらいの時間帯かしら?」
「携帯できる宝石ってあるの?」
「この通り持ってるわよ。」
そういうと、後ろにかけていた鞄から、宝石を取り出した。(さっきから宝石と言っているが、正式には時間石という。)これさえあれば、もっとこの世界での生活が計画的になるであろう。そして現在の時刻は風の刻だが、あと少しもすれば、水の刻に変わりそうだ。
「それじゃあ時間に余裕があるわけでもないし、そろそろ行きますか。」
「了解。作戦通りで行きましょうね。」
決して時間は待ってくれないので、早々に取り掛かることにした。先ほども言ったが、今回は回り込んでから鎮痛草を採取することにしている。黒牙虎は、五感が優れていて、ちょっと音を立てただけでも、基本気付かれてしまう。そのため、常に細心の注意を払う必要がある。ならばどうやって意思疎通を仲間とするのかというと、簡単なジェスチャーである。2人が定位置についたら、早速遊楽はGoのサインをだした。さすが女性というのか、アリエスは静かに鎮痛草まで近づいた。その間、遊楽は何をしているかというと、監視だ。なぜかというと、音を発しないようにするというのもあるのだが、鎮痛草の採取には、繊細な動きを必要とするからである。そのため、男の遊楽は監視である。最悪の場合は戦闘も避けられないので、そのための準備も兼ねて監視である。しばらくすると、アリエスが採取できたのかこちらを向いてグッドポーズをしている。(もちろん遊楽が教えた。)そして先ほど居た位置まで戻ってきた。そしたらあとは帰るだけなので、退却のジェスチャーを出した。退却は意外とスムーズに行き、先ほどオークと戦った森まで戻ってきた。もちろん遊楽はゲーマーとして、こんな簡単に戻ってこれるのかと疑問が生まれた。
「これでクエスト終わったわね。」
そしてアリエスが見事にフラグをしっかりと建築していった。そのおかげで遊楽の疑問は消え、実際にトラブルが起きた。そのトラブルというのは…
「ギャオォオ!」
黒牙虎の怒声が響き渡った。
「どうしてさっきまで奥にいた黒牙虎がここにいるの!?」
なぜか黒牙虎が森の浅い場所にいるのだ。通常、縄張り争いがひどいため、絶対自分の縄張りからは離れないはずなのだ。また、先ほどまでいた場所は、静かで、他のモンスターがいるわけでもないので、こちらまで来ているのがおかしかった。だがこのまま放っておくと、リーンの街まで向かって行きそうだ。
「遊!わかってるわよね。これは作戦外だけど、ここで進行を止めるわよ!」
「もちろん。まだまだあの街ではやることが多いからね!」
もちろん、戦ったことのない遊楽でも、黒牙虎の強さはわかっていた。だが、このまま見過ごして街に向かわすわけにもいかない。初心者とはいえども、冒険者なのだから。そんなことを考えているうちに、相手は即刻襲いかかってきた。その速さはもの尋常ではない速さで、目で追うのもやっとのレベルだった。並の人間であれば、もはやある程度の動きを見ることも不可能である。
武器や、装備が整っていないこの状況では、余計に不利な状況だった。そのため、黒牙虎の一方的な攻撃になりかけていた。なりかけていたなので、決して攻撃が当たっていないわけではない。だがそれでも、不利な状況に変わらない。今回アリエスは後ろに立って、遊楽の回復を行っている。だが簡易魔法では回復が追いつかない。
黒牙虎の攻撃は、噛み付きや突進と言った単純な攻撃だが、どれも素早く、攻撃力も異常である。いくら強化してある遊楽の体と言えど、この猛攻に耐えるには限度がある。防具ありの冒険者でも、黒牙虎の猛攻を耐えられるのは5分台だ。
このままでは形勢逆転のチャンスはない。冷静になれず考えに詰まりながら戦闘中の遊楽に、アリエスは叫んできた。
「遊!このままじゃ回復が間に合わないわ!だから遊は後ろで高度魔法の詠唱を唱えてて!その間は私が黒牙虎を引き受けるから!それで一発逆転を狙うわよ。」
その考え自体は悪くない。だが…
「わかった!って言いたいところだけど、詠唱の文が読めないよ!」
「そんなこともあろうかと、翻訳の眼鏡を持ってきてるわ。これは、対象の脳から直接言語を読み取れるから、誰でも読めるようになるわ!」
そう言うと、アリエスは1つの眼鏡と、詠唱が書かれていると思われる紙を投げてきた。こういう状況でのアリエスは用意周到だ。運がいいというべきでもある。
「早く後ろに下がって!早速詠唱に取り掛かって!」
言われるがままに詠唱を始めようとして、眼鏡をかけた。するとすべての文字日本語に訳され、遊楽でも文字が読めるようになった。それと同時に遊楽は、体に違和感を覚えた。だがそんなことには目もくれず、詠唱を開始した。
「始めるぞ!」
詠唱の文面は以下にも中二病のような文章で恥ずかしさもあったが、こんな時にそんなことも言っていられない。
「我が赤き炎の魔力を糧とし、今ここに業火をもたらさん。現れし業火を持って、敵を幻滅せよ!」
割と短い詠唱で、力は足りるかと思ったが、十分な火力だった。アリエスは、詠唱の内容を暗記していたのか、詠唱が終わったと同時に黒牙虎から瞬時に離れて行った。そして目の前には、巨大な火柱が浮かび上がった。さらに遊楽の中から、少し魔力がなくなったような感覚があった。今までも使っていたが、改めて魔法を使ったという実感がわいた。
火柱が落ち着いたと思えば、その中からより黒くなっている黒牙虎が出てきた。焼死したようだ。1ミリたりとも動かない。こうして、予定外の黒牙虎の討伐が完了した。幸いなことに、今回現れた黒牙虎は通常より大変小さかったので倒せたと考えられる。それに、低レベルのモンスターしかいないこの森を縄張りとしていたので、レベルも低かったので、この高度魔法でも倒すことができたのだろう。
本来のクエストも終わっているので、また何も起こらないうちに退散することにした。またアリエスがフラグを立てないように注意しながら。
ギルドに帰還すると、黒牙虎を倒したといううわさがもう出回っていた。何も言われないうちに受付まで向かうことにした。
クエストが本当に達成されているのかを確認する方法は2つある。まず1つ目は討伐クエストに関してだ。討伐クエストは、冒険者カードに実際に倒したモンスターの名前や数などが乗っている。またドロップしたアイテムも表記されるようだ。だがそれは、それを獲得した方の冒険者カードに表記されるようだ。
2つ目は採取クエストに関してだ。採取クエストは、実際に採取した物を見せればいいのだ。採取したアイテムの受け渡しは、基本ギルドの方で行ってくれる。早急に届けてほしいという依頼には、冒険者自ら出向くこともある。
受付に着くと、遊楽とアリエスは一緒に冒険者カードを提示した。受付の係員が冒険者カードを受け取ると、かなりの早業で確認を始めた。
「…はい。オーク20体の討伐、薬草、解毒草、鎮痛草の採取クエスト達成ですね。こちらが報酬の8000カリンとなります。それと、今回は小さいながらも、黒牙虎も倒しているということなので、さらに追加で特別報酬が出ています。こちらがその特別報酬の20000カリンです。お疲れ様でした。」
「ありがとうございます」
「またのお越しをお待ちしております。」
遊楽はなるべくポーカーフェイスを保とうとしているが、あまり意味がないだろう。想像していたよりも報酬が多くもらえ、うれしいからである。
「どうだった?それなりにもらえた?」
「うん。合計28000カリンになったよ。これで10000カリン払っても18500カリン余るから、多少の武器は買えるんじゃないかな。」
この結果を聞いたアリエスは、先ほどの遊楽のような表情になっていた。最初のうちの28000カリンはでかいということなのだろう。日没まであまり時間がないので、急いで宿屋に向かうことにした。
宿屋の受付の人は朝と変わっていなかった。そのため説明の手間が省かれるので、入金まで時間がかからなかった。
「10000カリンです。これで今日も泊めさせていただけますよね。」
「えぇ。取引は取引ですから。しっかり守りましょう。ご利用ありがとうございます。ですが、次はこんなことにならないようにちゃんと準備してくださいね。それと、もう少し早めにしてもらえませんか?オーナーが寛大な心の持ち主だったからこんな時間まで待ってて下さったんですからね。」
「面目ないです…」
「私からも謝ります…。すみませんでした…」
1日目と同様に、計画通りにはいかなかったが、大体のお題はクリアだ。心残りと言ったら、今日中に武器が買えなかったことだ。入金が終わったころにはもう雷の刻(現実で言えば約11時ぐらいである。(手続きなどが大量にあったので余計に時間がかかってしまった。)
既にかなり遅い時間なので早めに寝て疲れを取って、後日武器屋に行くと考えていた。こうして、異世界生活2日目は、中途半端に幕を閉じた。
異世界生活3日目。遊楽の予定では、少し早いかもしれないが、この世界の中心と言える王都に向かおうとしていた。だが、黒虎牙との戦闘の傷も完璧には癒えてないし、そもそも武器がそろっていないので、今日に王都出発はあきらめていた。早くリーンの街を出るためにも、今日中にしっかりとした武器をそろえて、傷を癒すことが、本日の課題である。早くて明日、遅くても3,4日後には出たいと考えていた。そのため本日も忙しい。さっそくロビーへ向かった。
本日は受付(宿屋)とのトラブルもなく、あらかじめ本日分の宿泊料金を払って、先に部屋をとっておいた。(もちろん、遊楽とアリエスは別々の部屋だ。)今回の宿泊料金も5000カリンなので、今の遊楽たちの残高は、13500カリンである。防具などは買えないかもしれないが、ある程度の武器は買えるであろう。お互い武器を買えば、また金欠に元どおりなので、武器を買い次第武器ならしの為にもクエストを行うことにした。
「それじゃあアリエス、今日も案内よろしくお願いします!」
「任されました~!」
そんな会話を交わしつつ、早速武器屋に向かうことにした。今回向かっている武器屋は、初心者用の武器から、中級者用の武器が打っている〔ブリックス〕という店だ。〔ブリックス〕というのはもちろん店長の名前だ。そして今回なぜこの店に決めたかというと、2人の中では防具を買わないという意見なので、武器専門店に行くためにここにしたのだ。いずれは防具も必須になるが、ただでさえ所持金が少ないのだ。やられる前にやる戦法だ。
店の看板にはキー語で(日本語のようなもの。この世界の文字)ブリックスと書いてありその上のシンボルでは、斧と剣がななめの状態で重なっている。これは絵ではなく、木材で作ったもののようだ。かなりの怪力や、ビーストならば本物の武器として扱えるかもしれない。だが当然、殺傷能力はないし、あまりに大きいため場所を取るので扱えるとしても、いらない。
店の中に入ると、武器専門店なだけあって中には武器しか置いていない。だがその武器には数多くの種類があり、片手で持てる様な片手剣、両手でしか持てない様な大きさの太刀、片手剣と合わせて使う盾。近距離武器はこんな感じだ。ナイフなども置いてあるが、そういったものは、武器として使うのではなく、モンスターなどから皮などといったもの剥ぎ取るために使うものだ。
飛び道具は、さまざまな種類の弓、そして体の小さな人でも扱えるような、ボウガンといった感じだ。弓とボウガンでは飛ばす矢の長さや質量が違うので、それもまた別に置いてある。弓のほうが矢は長く、威力は高い。だが、男性のような多少体が大きい人でないと使えないというのが弓のデメリットである。
逆にボウガンは、威力こそ弓より劣るが、体が小さかろうが誰でも使える。また、ボウガンの弓には、自分で様々な効果をつけることができる。(麻痺や睡眠)
今回は2人とも近距離武器と決まっているので、早速お互いに武器を選ぶことにした。1人あたりが使える金額はおよそ6500カリンといったところだ。アリエスは早速武器を選び始めた。今見ているのは太刀の様だ。この世界でも金属という概念はあるらしい。先ほどアリエスから借りた翻訳眼鏡をつけてみると、鉄の太刀や、銅の太刀などがある。なぜいつも翻訳眼鏡をかけていない理由は、この眼鏡は直接脳から言語を読み取るので、使用者の脳に大変負荷がかかるようだ。そのため、普段の生活ではこの翻訳眼鏡を付けていないのだ。(どちらかと言えば付けられない)
しばらくすると、アリエスは武器が決まったようだ。
「遊。今回私はこの武器にするわ。」
アリエスが選んできたのは、6000カリンのアグニオンの太刀。アグニオンは、炎の魔力をまとっている特殊な魔石である。光と闇以外は、それぞれの属性の魔石がある。
火属性が、アグニオン。水属性が、バブルイア。雷属性が、ボルティング。風属性が、ウィンディット。魔石にはそれぞれ価値があり、魔石の魔法力が高ければ高いほど、魔石の力も上がり、値段も上がる。今回アリエスが買った太刀はいたって平均的なものだ。そのため6000カリンで済んだのだ。高いものでは数億カリンもするようだ。
次は、遊楽の武器を選ぶことにした。遊楽が買おうとしている武器は、片手剣だ。盾は買わずに、片手は魔法を使うために空けておくことにした。いざとなればまだ脆いかもしれないが、炎で盾を作ることもできる。
遊楽が選んだこの片手剣は、何の魔石も使っておらず、5000カリンとなっている。だが何の効果がないというわけではない。この片手剣には、魔法の威力が2倍になるダブキルサーが使われている。このダブキルサーには段階があり、サードキルサー、フォースキルサーと上がっていく。
もちろん倍率が上がるごとに値段も上がっていく。
特に問題や、買う武器に長い時間悩んでいたわけではないので、思いのほか早く購入まで事が進んだ。
「ブリックスさん、お会計お願いします。」
「合計11000カリンだぜ。つんつん頭に、美しいお嬢さんがこんなところで武器を買ってどうするんだ?」
ブリックスは、控えめに言って筋肉マンといった体格だが、客とも愛想がよく、初対面の相手でもこのようにからかってくるほど、優しい人だ。また、このリーンの街では評判も良く、冒険者としても稀に出撃するとのことだ。
「僕たちはこう見えても冒険者登録しているんですからね。使用目的はもちろん冒険や、モンスター討伐のためですよ。」
遊楽がそんなことを言いつつ、アリエスはいつも持ち歩いている鞄から冒険者カードを取り出した。すると、ブリックスは、ギルドで話題になっている話をしてきた。
「その名前…。2人組の新人冒険者…。もしかしてお前たちが黒牙虎を倒したって言う2人組か?」
まさかギルドだけでなく、こんなところでもその話を聞くとは思っていなかった。2人の中ではまだギルド内でしか回っていない話だと思っていた。この世界の情報網を少々甘く見ていたようだ。
「信じられませんか?」
アリエスは少し不安そうな顔でそう尋ねた。すると
「いや、そういうわけじゃない。倒したならきっと宝玉が現れたと思うんだが…」
「もしかしてこれのことかしら?」
アリエスは鞄から黒い宝玉を取り出した。誰が見ても黒いといえるほど黒かった。
「アリエス、いつの間に拾ったの?」
遊楽はアリエスがこのアイテムを所持していることを知らなかった。そもそもドロップしていたことすら知らなかった。
「街に戻る前よ。拾わないともったいなかったから。」
全く気付かなかったという反省もしつつ2人はブリックスに話しかけた。
「これがどうかしたんですか?」
「その宝玉なんだが、俺と取引しねえか。その宝玉をくれたら、武器に変えてやろう。もちろん無料でな。どうだ?お互い損はねぇはずだが。」
悪い話ではない。こっちはこの宝玉を提供すれば武器をもらえる。しかも無料で。また、化工の技術、知識のない2人では、この素材を売ることしかできない。となば、この取引はどちらかと言えば、遊楽側の得が多い。
「それ自体は悪くない話ですね。では渡しますよ。ですが、僕からも1つお願いがあります。」
「とりあえず聞いておこう。なんだ?」
「これからも僕たちでは加工しきれないもの武器にしてほしいんです。」
ブリックスは驚きもせず、むしろ喜ばしい顔をしていた。
「…そんなことでいいのか?なんだよ!身構えちまったじゃねえか!こっちから願おうと思ってたぐらいだ!お前たちはいろんな化工しがいのある素材を持ってきそうだからな!これからお互い良い仕事をしような。」
ブリックスは鼻を鳴らしながらそう呟いてきた。
たったの3日で、専属武器師ができたので、2日目の損は取り戻せたといえるだろう。これからの冒険者生活は、もっと有意義なものになるだろう。素材集めという冒険の目標がふえるのだから。
「それじゃあ契約成立ですね。早速この宝玉を武器にしてもらってもいいですか?」
遊楽の中にはこんな堅い宝玉が加工できるのかという疑問しかなかったのだが、せっかく契約したので、ここはブリックスの腕を信じてみることにした。それにこんなところを疑っていたらこの先やっていけない。
「作る武器は片手剣でいいんだよな?それなら2日ぐらいで仕上がるぜ。それと、さっきまで持っていた武器は買うかい?それとも2日後まで待つかい?お嬢さんの武器は多分、素材が足りないから作れないと思うが。」
「それならその宝玉はアクセサリーみたいな感じにしてもらえますか?そしたら武器は両方買います。」
「了解した。それじゃお会計11000Caだぜ。毎度あり!」
片方だけの武器しか作れないのなら、ここはフェアにお互い店で買うのが一番いいと思い、今回はアクセサリーにしてもらった。次回素材を持ってくるときは、少し余分に持ってくると決めた。
アリエスは、1人分の武器しか作れないという言葉に反応していたが、アクセサリーにすると聞いて、「ほっ」と息をついた。アクセサリーなら2人分作れると思い安心したのだろう。
武器を買った後の現在の残高は2500カリンだ。武器の購入で、金欠に元どおりだ。
武器ならしのためにも、所持金を増やすためにも、早速ギルドに行ってクエストを受けることにした。
防具は変わらぬままなので、相変わらず雑魚モンスターの討伐だ。だが今回はオークではなく、理由もなく大量発生したゾンビの討伐だ。ギルド上流院モンスターデータ管理局解析課の話によると、今回のゾンビ大量発生はやはり、悪魔の侵略によるものだと考えられるらしい。悪魔軍の多大なる魔力に反応して、ゾンビが大量に湧き出てきたという説が街中では流れている。
今回のゾンビの討伐は夜のため、残りの時間は宿屋で過ごすことにした。黒牙虎との戦いで出来た傷を少しでも癒すためにお互いの部屋には向かわず、ロビーでアリエスに魔法による治療を受けることにした。アリエスはあまり大きな傷はないので。この場では遊楽のほうの治療に専念してくれた。
「我が青き魔力よ、いまここに祝福をもたらしたまえ。祝福もって、誇り高き戦士の傷を癒したまえ。」
詠唱を終えると、アリエスの手が青白く光りはじめる。その手は、少し暖かく、確実に体温が伝わってくる。この魔法は、一部の指定した場所に作用する魔法だ。回復力も、アリエスのステータス上効率がいい。水属性魔法しか使えないのがもったいないほどである。他の属性の魔法が使えれば、雑魚モンスターであれば瞬殺であろう。
遊楽の主な外傷は治り始めているが、左腕の骨と、肋骨に少し罅が入っているらしい。罅自体は魔法で固定しているので、遠距離魔法による援護や、反動が抑え荒れるように調節されたボウガンによる攻撃は平気らしい。だが、剣を振り回すような激しい運動は厳禁だという。今回は罅だったからよかったものの、完全に折れてたら、たとえアリエスでも瞬間的には治療は不可能だそうだ。
治療を受けている間、遊楽は王都に着いてから何をするかを考えていた。王都というのはこの世界での中心部。計画もなしにただ突き進んでいたら、どこかで必ずミスが生じる。そのためにも計画や、予定をもつことは大変重要である。
遊楽が王都での予定を考えていると、治療中ずっと疑問を浮かべているような顔のアリエスが話しかけてきた。
「あのさぁ、遊。ものすっごく今さらなんだけどさ、ずっとその服でこれからも冒険するの?確かにその服でも討伐系のクエストは行えそうだけど…」
アリエスの質問は当然といえば当然だった。この世界に来てからも地球の癖がそのままで、朝起きたら反射的に学校の制服を着てしまうのだ。それにこの世界では、このような服も珍しい。
「あ、すっかり忘れてたよ。盲点だった…。どうしようかな?今は持ち金もないし、夜からは討伐クエストがあるし…」
「それなら、王都に行ってから服を買うのはどう?王都なら種類もたくさんあるし、もしかしたら戦闘で役に立つものがあるかもしれないし。」
遊楽は刹那の瞬間も迷わずに了承した。実際このリーンの街では、必要最低限の物しか置いてない店が大変多い。
幸いなことに遊楽の学校では、ブレザーではなく学ランを採用している。そのため制服でも多少動くことができる。もし仮に着替えていれば、黒牙虎ともっと互角に戦えていたかもしれないが。そんな後悔の雰囲気を醸し出していると、きっとアリエスが不安になり、治療に専念できなくなると遊楽は考えたので、この場では出さないことにした。
アリエスの治療を受けているとあっという間に時間が過ぎ、いつの間にか陰側の水の刻から、風の刻に変わっていた。(地球上の時間で約18時)
そろそろ、ゾンビが謎の大量発生を起こす時間だ。今回のクエストは、他にも多くの冒険者が参加している。それほど大がかりなクエストである。
今回のゾンビは、ナイトゾンビという夜行性のゾンビだ。大半のゾンビはこの種類であるが、いつもの状態とは多少異なるらしい。通常のゾンビは、ゆっくりとしたスピードで、歩いてくるというデータがある。だがこの大量発生しているゾンビは、一般人ほどのスピード、力を持っているらしい。だが、ゾンビにかまれると感染するという事は変わらないらしい。そのため、クエストにはゾンビ治療のための回復術師が同行するらしい。ゾンビウイルスに感染してすぐの生物なら直せるそうだ。逆にいえば、ゾンビ化してからしばらく時間が空いてしまっているゾンビは、元には戻せないということだ。
地球時間で約19時、多くの冒険者が墓所周辺に集合した。冒険者、戦闘魔術師60人のほかに、15人ほどの回復術師が混じっている。半分はもちろんゾンビ化対策だが、残りの半分は、戦闘で傷を負った冒険者の治療のためだ。
ここにいる回復術師は全員、上級者だ。
作戦としては、大きな効果を齎す個人回復魔法を長い時間かけて発動するのではなく、少ない回復量ではあるが、短い時間で全体回復魔法を7人ほどで多重発動するらしい。
回復魔法は、他者との同時発動でもお互いの魔法を打ち消し合わないそうだ。そのため、初心者から上級者問わず同時発動はできるそうだ。だがやはり今回のクエストでは、回復魔法要員は上級者のみとなっている。
戦闘要員に関しては上級者が好ましいというだけで限定はしておらず、勇気さえあれば初心者でも参加可能だ。種族も特に制限はなく、全種族が参加可能だ。
現在、この場に集まっている冒険者のほとんどの装備が、弓、またはボウガンだ。しかし、魔法が使えるものに関しては、太刀や、片手剣といった近距離攻撃武器である。ゾンビに対しては、遠距離攻撃が有効であるため、武器だけでなく道具を揃えることも必須である。道具としては小型の投擲用ナイフや、敵を一網打尽にするための、落とし穴、電撃トラップといったものが有効である。たとえゾンビといえど生きた屍、つまりは1度この世から息を引き取っているのだ。すなわち、1定以上の攻撃力で、2~4発程攻撃すれば相手も倒れる。そのため1体ずつの攻撃よりも、高度魔法を行使したくさんのゾンビを倒したほうが、大変効率が良い。ゾンビを倒したということの目安は、ゾンビが木端微塵になったらである。
地球時間で約19時30分、全体での作戦会議が開始した。
「私は、ギルド上流院モンスター討伐課第3部副長、カシオ・フォルズです。今回のこのクエストで指揮官をさせていただくことになりました。皆さん知ってのとおり、このクエストは謎のゾンビ大量発生により設けられたものです。本気で取り組めるように頑張りましょう。」
この、ギルド上流院モンスター討伐課第3部副長のカシオ・フォルズは、口調の通り女性だ。討伐課となると、もちろん男性のほうが進められるが、この女性はそれほどの実力を持っているということだ。武器はボウガンとなっている。装備は大変身軽な格好で、肘、膝にプロテクターを着けているほか、ピアスに移動速度上昇用の術式が埋め込まれている。また、腕輪には魔法力全般、攻撃力全般をあげる術式が埋め込まれている。カシオ・フォルズの適正魔法は雷属性。また、魔法技能に関してもかなりのエキスパートである。高度魔法の詠唱も覚えている様で特に紙や巻物と言ったものは所持していない。街中でも噂が広まっていないわけではない。だからと言って有名というわけでもないが。
カシオ・フォルズの周りには2人の付添がいる。片方の武器は片手剣と盾、もう1人は弓を装備している。どちらも、術式が埋め込まれている物は装備していない。その代り、彼らはカシオ・フォルズとは違い、重装備である。しかし、ゾンビ討伐ではあまり重装備は好ましくない。通常のゾンビならともかく、今回の大量発生したゾンビなら尚更だ。ゾンビに対しては、防御力を上げるよりも移動速度を上げたほうが好ましい。そうすれば攻撃をよけられる。逆に、重装備で防御を固めていると、最終的に密集されてゾンビ化するのが落ちだ。
地球時間で約20時、ゾンビ討伐の開始の合図、鐘の音が冒険者のいる墓所周辺に響き渡った。響き渡るほど大きな音なので、もちろんゾンビにも聞こえている。そのため、大勢のゾンビが冒険者のほうに歩み寄ってきた。
「みなさん、向かい討ちますよ!」
そんなカシオ・フォルズの発言により、戦いの幕は上げられた。
多くの冒険者は武器による攻撃を始めている。攻撃魔術師は遠距離攻撃を行っている。いくらか例外もいるが。そんな中、後ろでは全体回復魔法の詠唱を行っている。
「我が身に宿りし水の妖精よ、大気に宿りし多くの魔力よ。この戦士達の傷を治し、そして癒したまえ。」
ゾンビの主攻撃は、素手を使った殴打などだ。そのためゾンビ対策だけではなく、通常の回復魔法も必須となる。また、この場はゾンビだけではなく、ゴブリンも生息している。そのため、ゾンビとは関係なしに命を落としてしまう可能性もゼロではない。だが、ここにゴブリンが生息しているということは、事前に全体に知らされている。
ゴブリンの攻撃は、近接攻撃も少なくはないが、主な攻撃手段は魔法による遠距離攻撃だ。さらに、ゴブリンは通常のモンスターより知能が高く、雑魚の割には一筋縄ではいかないモンスターである。ゴブリンと距離を近づけることは冒険初心者ではなかなか上手くいくことではなく、今回は主に冒険上級者が担当している。遊楽も、あながち参加していないとは言えない。そういったことになったのも、黒牙虎を倒した功績からだ。
現在後ろに控えているカシオ・フォルズは詠唱を行っている。詠唱中の彼女からは、只ならぬ魔力を感じる。油断しているとこちら側も感電してしまいそうだ。
「天よ、雷精よ。我が黄色の強靭なる魔力よ。この1撃を持って、敵を一掃せよ!」
詠唱が終わると、夜でもわかるほどの黒雲が空に浮かんだ。黒雲には電気が走っている。いかにもビリビリという効果音が似合いそうな感じだ。範囲も大変広く、さすが副長というだけある。
落ちてきた雷は、一点集中の物ではなく、威力を分散させより多くのゾンビを一網打尽にするものだ。分散させているはずのこの魔法なのだが、彼女の魔法技術が高いため、申し分ない程の威力の物である。
街ではある噂が流れている。真相は分からないが、彼女の全力の一撃を食らえば、ドラゴンなどと言った大型モンスターも一撃だという。
カシオ・フォルズの魔法による攻撃により、5分の1ほどのゾンビが倒された。それでも5分の1だ。まだまだ敵は残っている。
それよりか、増えているように思える。ほかの冒険者も同様に、ゾンビは増えているのではないかという疑問を抱いている。このままでは、いくら倒してもいくらでも増え続け、朝になる前に、冒険者や回復術師の魔力、体力が切れてしまう。誰もがそう思った時、カシオ・フォルズから退却命令が掛かった。
「みなさん、1度退却!開始前の墓所まで集合してください!」
これは実に懸命な判断だと全冒険者が実感した。冒険者全員が総掛りで倒しに行っても、全く数が減らないのだ。
全員が集合したところでカシオ・フォルズは冒険者に話しかけてきた。
「皆さんも気づいているのではないでしょうか。このゾンビは、数が減るどころか増しています。これは、自然的に発生しているのではなく、誰か術者が人工的に発生させているものだと考えられます。なので、皆さんの中から1チーム、私達と一緒に調査をしていただきたい所存です。」
その提案は、冒険者にとって衝撃だった。ただでさえ、終りが見えない戦闘の前線から討伐課3部副長と、1チームが抜けるのだ。ゾンビの発生は抑制できるかもしれないが、その分全滅する危険性も大幅に増大する。最悪の場合、ゾンビ討伐隊、発信源調査隊共に全滅する可能性も捨て切れることではない。
「副長さん、少し質問してもよろしいでしょうか。」
質問を口にしたのは、遊楽だ。
「あなたは…安井遊楽さんですね。討伐課の間でも話題になっていますよ。冒険初日から黒牙虎を倒した冒険者ということでね。」
「いやー、そう言われるとなんか照れますね~」
そんなことを言うと、アリエスは少し頬を膨らませている。
「それで、質問はなんでしょうか。」
「はい。このゾンビ討伐なんですが、解析課のほうでは人工的な発生という説のほうが濃厚だったのではないですか。」
この瞬間、カシオ・フォルズの顔が少し強張った。
「と言いますと?」
「いくらなんでも手回しが良すぎませんか。後ろの2人の男性方の装備がやけに堅いのは、ゾンビ討伐のためではなく、発生源を断つための装備ですよね。
それに、回復術師がこれほどいるのも調査に同伴させるためですよね。私の勝手な妄想であるならば、大変失礼な発言です。勘違いであれば、どうかお許しください。」
「……さすがというべきですかね。あなたの言うとおり、解析課では人工的なゾンビの発生という説が濃厚でした。そのため、この討伐クエストは、調査のために設けられたといっても過言ではありません。冒険者の皆さんには、騙すような形で参加させたこと、上流院代表として深く謝罪いたします。申し訳ありませんでした。」
後ろの付添2人も、カシオ・フォルズと同様に頭を下げている。だが、この2人からは誠意をあまり感じない。誰が見てもそう感じられるだろう。だが、カシオ・フォルズに関しては、誠心誠意を籠めて謝罪しているので、全冒険者はこの事実を受け入れられた。
遊楽にとってこの反応には驚きより安心の方が、感情的な意味で上回っている。何といっても今回のこの発言は賭けでもあった。というのも、先程の説明は遊楽の頭の中で思いついたものを次々と言っているだけなのだ。核心に気づかれてしまっては、これからの生活に多少の支障が出るため、この賭けには遊楽側のチップが多すぎる。だがここで勝負に出なければ上流院の考えにたどり着けていなかったであろう。もちろんこの世界にも『論より証拠』という言葉が存在する。だが、この言葉にも賭けで勝ったのだ。結果オーライである。
「これ以上冒険者の皆さんのお手を煩わせるわけにはいきませんね。それでは調査は我々だけで…」
「ちょっと待ってください。」
この瞬間口を挟んだのも、遊楽だ。カシオ・フォルズだけでなく、この場の冒険者全員が動揺を隠し切れていなかった。上流院だけで調査に向かってくれるという意見を遮ったのだから当然である。
「先ほど、そちらの考えを暴露してしまったのは紛れもなくこの僕です。御詫びと言っては笑えるような話ですが、その調査、僕たちも参加してもよろしいですか?」
すると、アリエスが小声で話しかけてきた。
「ちょっと遊!参加するのに何かしら理由があるんでしょうね!何もないなんて言ったら、私の拳が火を噴くわよ。」
「もちろん理由はあるさ。とりあえずお詫びというのは表面上の理由だけ。本当の理由は、悪魔軍に関係してるかもしれないからだよ。人工的に敵を発生させられることは知らなかったけど、実際可能なことなんでしょ?だけどいくらなんでもこの量の発生は以上過ぎる。それも連日で。これが異常事態なのはさすがに魔法に関して無知と言ってもいい僕でもわかるよ。なら一番説明が付くのは…」
「悪魔軍からの支援ってこと?」
「そうだと思うよ。」
この世界には、召喚魔法があるのを耳にしたことが何度かある。召喚魔法には、制限や条件、呼び出せる数の上限も存在するが、召喚できるものは幅広く、モンスターから神獣、契約次第では悪魔も召喚できる。さすがに、今回の中心核となる悪魔軍のボスや、幹部といったレベルS級の悪魔は召喚できない。神獣に関しては、神に選ばれし者、または、神獣の力を上回る者にしか召喚はできない。特殊な例として、神社などの儀式、または特殊な魔法で巫女による疑似召喚を行われるケースも稀ではない。
そして召喚には膨大な魔力が必要となる。たとえゾンビだろうと、この量を発生させているのならばより魔力を必要とする。たとえ高難易度系統の道具を使ったとしても、この量の魔力は補えない。そうとなれば、悪魔軍からの支援と考えるのが1番である。
「本当によろしいのですか?我々としては喜ばしいことなのですが…」
「僕の口から申し上げるのもおこがましいことですが、ここで話している時間、もったいないと思いませんか?僕の気持ちが変わらないうちに、早く向かいましょう。」
「それもそうですね。申し訳ありません。それでは行きましょうか。」
ようやくカシオ・フォルズは腹を決めたようだ。
「そうだ。冒険者の皆様から一時的にこちら側の指揮をとってもらえないでしょうか?お望みとあらば、多少とはいえど追加報酬も用意しようと思いますが。」
「私がやります!」
そう言って挙手をしたのは、犬耳の女性ビーストだ。だが、その耳には多少違和感がある。他の冒険者は特に不思議そうには見ていないので、遊楽はただの勘違いだと思い、違和感を消し去った。
驚きの声が多少はあったが、時間は無駄にはできない。反論の声がなければ、賛成する声もない。だが、カシオ・フォルズは、誰か1人が挙手すれば、他人の有無を聞かずに確定するつもりだったらしい。その証拠に、カシオ・フォルズはなんの躊躇いもなく指揮官の所有権を移行した。
「それでは、あなたに頼みます。お名前を伺っても?」
「あ、はい!私、犬獣族のルーイ・メルンと言います。精一杯頑張りますのでお願いします!」
思いのほか彼女は元気があるようだ。スタミナもまだまだ有り余っているように見える。偶然だが、ルーイ・メルンが指揮官になったのは良かったのかもしれない。
「それでは、私達と、遊楽さんのチームで調査に行ってまいります。ルーイさん、こちらの指揮は任せましたよ。」
「はい、任されました!そちらも頑張ってください。」
お互いそんな言葉を告げると、遊楽たちは調査へ、ルーイ・メルン率いる冒険者はゾンビ討伐へ再度向かった。ゾンビ討伐に関しては、多少戦力が欠け落ちてしまったものの、調査班で発生源を殲滅できれば、差支えないであろう。
いつの間にか時刻は雷の刻に代わっていた。地球時間で表せば21時程であろうか。
しばらく道を歩いてがゾンビの攻撃は、調査班へも及んでいた。だが、ゾンビ自体の数は少なく、5人であろうと倒すのは簡単だ。冒険者5人で円陣を組んで、お互い背中を守りつつ、中心に潜んでいる回復術師を守備している。調査班に同行している回復術師は2人だ。また、アリエスもある程度は水属性魔法が使えるので、実質3人の回復術師だ。
そんな中、アリエスは再度小声で遊楽に話しかけてきた。
「遊。あの3人の人には黙っとくけど、骨は完全に癒えてるわけじゃないんだから、あんまり無理はしないでね。今日は、後方で魔法による攻撃担当。わかった?」
「は、はい…わかりました。だけど、絶体絶命と判断したら問答無用で前線に出るからね。」
「わかったけど、本当に無理はしないでね。みんなを守れれば自分は犠牲になっていいとか、そういう考え誰も望んでないから。これ常識だからね。」
アリエスの念押しは実に効果的だ。並の人間の精神力ならば、アリエスの言葉に押し切られていたであろう。精神面では今まで誰にも負けたことのない遊楽だからこそ、耐えられる。
「みなさん大丈夫ですか?解析課の話によりますと、この周辺から異常な魔力反応を検知したという話です。注意してください。」
「わかりました。頑張りましょう。」
森の奥まで調査に来たので、周りには木々が生い茂っている。この状況では、召喚術師からしたら遊楽たちは絶好の獲物である。何が起きてもおかしくないこの状況で、回復術師を失うのは大きな痛手なので、先ほどカシオ・フォルズが結界を展開する符を2人に渡し、後ろで控えてもらっている。
しばらくの間、無言無音の時間が続いた。風の音以外は何も聞こえない。
「本当にここから魔力を検知したんですか。また私たちを騙そうとしてるんじゃ…」
そう口走ったのはアリエスだ。
「いくらなんでもその言い方はないだろ。すいません、うちの仲間が。」
「い、いえ。御気になさらずに。」
カシオ・フォルズは特に嫌な顔はしていなかった。
「…この魔力。来ましたよアリエスさん。」
カシオ・フォルズの言うとおり、奥から謎の魔力を感じる。魔法に慣れ始めたのか、遊楽でもある程度の魔力を感じることは出来る様になっていた。
奥からきている謎の魔力の持ち主は確実にこちらに近寄っている。
周りの木々は風に揺さぶられ、木の上に居座っていた鳥たちは飛び立っていった。
とうとう、謎の魔力の持ち主は月の光に曝け出された。だがその正体にはこの場にいる全員が驚くと同時に同様していた。なぜなら…
初めまして。
初めて投稿させてもらった狛太郎と申します。
物語を作ることは楽しいですし、アニメなどを見ていると、自分も書きたい!と思うのですが、なにせ日本語が怪しすぎる日本人ですから不安がかなりまじっております(笑)
謎の単語や、謎の接続詞をまれにみるかもしれませんが、暖かい目で見てもらえたら幸いです。
鼻で笑っていただいてもかまいません(笑)
より良い作品になりますよう精進しますので、これからよろしくお願いいたします。