喫茶店「ルートクレマ」
お腹が空いたルーナのもとに現れた唯。彼女は喫茶店で働いており、そのお店に向かうことになる。
なんとか唯を部屋に引きずり入れる。
といっても、ぬいぐるみである俺はもちろん持つことはできないので、ルーナが運んだ。
彼女はぜえぜえと息を切らしている。
「こ、これでいいですか」
「ああ、ありがとう」
俺は、唯を布団――さっきまで俺が寝てたほう――に寝かせる。
「にしても起きないな」
「相当強く頭打ってたよね」
俺は唯を起こすために強行手段に出た。
口を、耳元に添えて。
「起きろーーーーー!」
「うわああ!」
彼女はすぐに起きた。
一回目でダメなら二回三回とやるつもりだったので、一回目で起きて少し驚く。
起きた彼女は、まだ何が何だかわからないといった状況で、しかし俺を見るとすぐさま飛びのく。
「く、くるな! 幽霊!」
「わあ、幽霊ってよくわかりましたね~」
「こらっ! 余計なこと言うな! ルーナ! 余計怖がっちゃったじゃないか」
唯はもう半泣き状態で壁にすがっている。
「お、おい、唯。俺だ俺。トオルだ。わかるか?」
「ト、トオル?」
「ああ、そうだ。トオルだ。だから安心しろ」
「なんでぬいぐるみがしゃべってるの? しかもトオルの声で」
「それには深い理由があってな……」
俺は事のいきさつをざっくりと彼女に説明した。
「なるほどね、ルーナちゃんって言うのかあ」
早くも順応したのか、俺が幽霊であることに対してビビらなくなっていた。意外にも図太い。
「それで、今ルーナちゃんはお腹が空いてると。よし、それならうちの喫茶に行こう。マスターなら一杯ぐらい奢ってくれるって」
「奢ってくれるって、お前が奢ってくれるんじゃないのか」
「あたしゃ、今お金持ってないからね」
ニシシと唯は笑う。バイトしてるんだからいくらか持ってるんじゃないかとは思ったけど、まあ協力してくれるみたいだし言及はしないでおいた。
そうして俺たちはひとまず彼女の仕事先――喫茶店「ルートクレマ」に赴いた。
チャリンという音と共にクラシックが流れてきた店内は、誰かが常に騒いでいそうなファミレスとは正反対の静かでゆったりとした雰囲気であった。
店の中には、数人の客。珈琲を飲みながら新聞を読むサラリーマン、老夫婦でなかよくパンケーキを食べてるところもある。現在時刻はまだ朝の6時なのでこのくらいでも十分に人がいると言えるだろう。
「マスター、お客さんだよー」
「はい、いらっしゃい」
「マスター、お願いだけど、この子になにか食べ物を作ってくれない?」
「ああ、いいよ。嬢ちゃん、そこに座ってくれたまえ」
マスターはそういうと、店の奥に消えていった。
俺はというと、人数カウントされていない。もちろんだ。ぬいぐるみで食べれないし、もし動くぬいぐるみだって知られたら、先ほどの唯と同じ反応をさせてしまうかもしれないからな。
そのため、俺はルーナに抱かれたままで動いてきた。
重かったからか、ルーナは俺をテーブルの上に立てかける。
「はあ、やっとご飯が食べられますよ~」
「そうだな、トオルがごはん作ってあげれたらよかったのにな!」
「しかたないだろ、しばらくカロリーメイトと外食だけで過ごしてたんだから」
そう、ここ三日間ほどは、コミケという名の戦場にて動き回っていたのだ。その間食事や飲み物は制限される。行列の中で何人もの人が社会的死を味わったのを俺はこの目で見ているからな。
「でも安心してよ、ルーナちゃん! マスターの作るアップルパイはおいしいんだから」
「アップルパイ?」
「林檎でできたパイだよ」
「それじゃ、説明になってないような気がする」
そもそも異世界の知識を持ち合わせていない俺と唯は、この世界と異世界との差が判らないのだ。それはルーナも同じで、おそらくここに来るまでのものすべてが目新しく映っていたはずだ。
「お嬢さん、今お持ちしましたよ」
そういってマスターはアップルパイを持ってきた。見るからにほくほくと温かみのある色合いと、リンゴの甘酸っぱい香りが鼻孔を刺激した。いや、ぬいぐるみだから比喩なんだけどね。
「うわあ、おいしそうです!」
「それは良かった。お嬢さんは甘いカフェラテでよかったかな。こっちは笹山くんの分だよ。それと、ブラックコーヒー」
「ありがとう! マスター!」
「気にすることはないさ、笹山くん。今回はおごりにしておいてあげるさ。君がお客様を連れてくるのはトオルくんくらいだからね。それじゃ、ゆっくりしていってくれたまえ」
実に気の利いたマスターだ。俺の分がないのは辛いところだけど、あってもおそらく食べれないだろうからな。
「それで、ルーナちゃんはこれからどうするの?」
「うーん……。どうしましょう。今のところトオルの身体を探さないといけないんですけど、見つかる気配がしなくて」
「見つかる気配がしないのか」
なかばルーナに俺の身体の行方を任せていたために、見つからないという言葉が実際に出てくると、いよいよ不安になってくるな。
「とりあえず、とくに用がないならそのままトオルの家で暮らしてたらどうかな」
「当面はそうなりそうですね」
現状、俺の身体についての打開策は見つからない。早く見つけないと、腐ってそうだから嫌なんだけどな。
「それよりさ、ルーナちゃん」
突然話を変えた唯は、身を乗り出してルーナの服を見る。
「いつまでもこの魔女っ子コスだと目立っちゃうよ?」
「え? そうなんですか?」
「うんうん、確かにかわいいんだけど、ここじゃこれは目立ち過ぎちゃう。どうせ今日あたし暇だしこれからショッピングにでも行かない?」
俺は思った。なるほど、一杯のコーヒーすら渋っていたのはこのためか。確かに高いもんなここのアップルパイ。そうして俺たちは、ルーナの服を調達するためにショッピングモールに行くことになった。
お店まで魔女っ子コスで来たルーナは割と目立ってた。普通に考えてそうだよね。うん。
唯は喫茶店で働く19歳の女の子。高校を出てすぐに働く子ってまじめだよね。夢をバリスタになることらしいが。
次回、ショッピングモールで服選び。え?戦闘はまだかって?なあにそんな焦ることはないさ。