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運命と罪  作者: 愛姫
運命ー母というものー
8/9

アドル王国の裏

 翌日から、カルトは本業副業をしながら、いろいろな人に、国について、過去について尋ねた。

 商人はそろって、今の国の方が良いと言う。それは、貿易によって、多くの富を得られているからだ。たとえ、それが、非人道的なものでも、彼らには関係ない。己の富になるのであれば、なんだってしていた。

 農家は、前も今も、利益に変わりないが、奴隷がいることで、かなり仕事が楽になったという。寝床や、何かに金が掛かるわけでもなく、飯も、残飯だったり、余りものだったり。それが普通だろうという表情だ。

 兵士や警備隊などは、国政や、待遇に対して、思うところがあるようだった。といっても、それは、ごく一部の人間で、大部は、権力を振りかざしたり、いろいろと、目をつぶっていたりする。

 奴隷は、話しかけると、大体の反応は怯えだった。ジェノのように、しっかりと、相手の目を見ることはなく、顔をそらしたり、無言で立ち去ったりだ。見た目はやせ細り、ところどころにあざがあった。まずどう見ても、幸せには思えない。

 隣国の、ドリシアル王国でみた、あの人々の笑みは、どこにもない。

 この国は、貧富の差が激しいのだ。

 カルトは、道中にあるベンチに腰を下ろし、ため息をついた。

「クソガキが! 奴隷の分際でっ」

 白昼堂々と、奴隷を罵る言葉。カルトは顔を上げてそちらをみた。殴り倒されたのだろう、大きく、頬を張らせた少女と、それを庇う様に抱く、少年がいた。

「ナナが何したっていうんだ!」

「奴隷のくせに、商品の家具に腰を下ろすからだ! 家具が汚れれば売れなくなる。店が潰れるだろうが!」

 商人と奴隷の言い争いが続く中、その前を通る人々は、そちらを見ても、素通りしていく。

 カルトはまた視線を戻した。

「クソガキども」

 そういった商人は、懐から、刃物を取り出した。

 カルトは立ち上がる。

「死ね」

 商人がナイフを振り下ろし、少年は、少女を強く抱きしめ、目をつぶった。


 思った痛みがなく、不思議に思った少年は、恐る恐る目を開けた。

 目の前には、見知らぬ一人の男性が立っていた。その人の左腕は、商人のナイフを持った腕をつかんでいた。

「なんだてめえは! 殺されてえのか!」

 商人は唾を飛ばしながら、喚き散らす。それでも男性は動かない。

「俺は奴隷じゃない。殺せば罰せられるぞ」

「はっ。金でもみ消すさ!」

「この子供だって俺らと同じ人間だろう。なぜ殺す。なぜ家具に腰かけてはいけない」

「奴隷は人じゃねえ! ものなんだよ! 消耗品だ! そいつらは不良品だから、殺してすてんだよ!」

 それまで動かなかった男性が、短く息を吸ったのがわかった。左腕に力を入れると、商人が痛い痛いと喚き、ナイフを落とす。よく見れば、小樽のような商人は、男性に、片手で持ち上げられていた。商人は、バタバタと足を動かす。

「いっ。お前、ただで済むと思うなよ!」

 商人は痛がりながらも、まだ威勢が残っている。男性は、商人を、地面に下ろすと同時に、商人の背に、移動する。もちろん、腕はつかんだままで、商人は腕をひねりあげられていた。

 男性は、背後から商人の耳元でささやく。

「貴様こそ、ただで済むと思っているのか? 装いや髪型が変わってはいるが、五日前に詐欺をきっかけに、闇金操作等々が見つかって、罰せられた奴だろう。店を見るに、だいぶ搾り取られて、日々必死って感じだな。それに葉のにおいに混じって、甘い匂いがする。ソウマ(危険薬物)を使ってるな。まあ、ストレスが溜まるのはわかるが、薬に手を出して、まともになったやつはどこにもいねーよ。だいたい牢行きだけどな。どうする? まだ使って日が浅いのであれば、すぐにやめた方が良い。見つかれば、おそらくお前も奴隷になるぞ」

 商人は冷や汗を垂らし、完全に威勢をなくしていた。それどころか、恐怖にまみれた表情を浮かべていた。

 男性は投げ捨てるように、商人の腕を放した。それなのに、商人は、地面にうつむいたまま、動かなかった。

 男性は、少年少女の前に腰をおろした。男性は、きれいな赤髪、整った顔つき。印象的なのは、ひどく澄んだ、緑の瞳だった。少年の顔を見ると、立ち上がり、人込みに消えていく。来いと言われた気がした。

 ぼんやりと頬を押さえる少女の手を取り、少年は、男性を追いかけた。すぐに後ろを見たが、商人は、こちらを見もしない。少年は、再び男性を追いかける。

 夕日に向かう、大きな後ろ姿。夕焼けと、赤髪が同化していた。心には、懐かしい暖かさが、込み上げていた。一度なくしてしまったそれを、もう二度と失わないように、少年は手を伸ばした。


     *


「すまん」

 いつものように、玄関で迎えてみれば、少し申し訳なさそうにしたカルトが、背に少女を、手に少年を連れて、帰ってきた。

 話を聞けば、仕事帰りに、商人と揉めて、子供の奴隷を、連れてきてしまったらしい。

 ジェノは深く問うことをしなかった。

「少女のほうが病気のようなんだ。体が火のように熱い。意識も朦朧としていて出会ってからまともではない」

 ジェノは自分のベットに寝かせるようにいい、冷水を汲んだ。カルトと少年には風呂に入るように促す。少年は少し不安そうに少女を見ていたが、促されるまま風呂へとついていった。

 ジェノは少女の体を拭いた。あちこちに傷があって見るのもはばかれるものだった。あざだけではなく、刃物で切り付けられたようだった。体を拭き終わると傷の手当てをした。かなりひどい状態で右腕に深い切り傷があり、化膿していた。この熱はおそらくそこから細菌が入ったのだろう。何とか洗浄・消毒をし包帯を巻いた。

 ふと異様な香りが鼻についた。


 カルトが風呂から上がるとジェノが不安そうに呼んだ。カルトが部屋に入ると一瞬でその理由がわかる。

「ソウマか」

 あの商人の使用していたものだ。

 部屋には、草の様な匂いに交じって、甘い香りが充満していた。

 ソウマは、隣国から流れてきたもので、強い麻痺作用がある薬草だ。タバコなどの趣向品として輸入されたが、実際は、人体に大きなダメージを与える。精神を安定させるために使用するのだが、それは精神を麻痺させるものであり、効果が切れれば、反動で、大きく、精神が崩れたり、あまりの効能の強さに、身体の麻痺、最悪、臓器の停止などで、死に至る。その事実で、アドル王国でも、使用が禁止され、今では、処罰の対象である。大人はまだしも、子供にとっては、かなりの確率で、死亡が決定される。

 ジェノに湯を沸かすよう告げ、カルトは小道具の中の小袋を取り出した。中から小さな紙包みを取り出すと、ジェノの持ってきた湯に溶かし、少女に飲ませる。

「それは何?」

「嘔吐作用のある薬だ。苦しいだろうが、ソウマを吐き出させる」

 するとそれはすぐに訪れ、少女が、顔を顰めると同時に、小さくうなると、口から、泡と胃液を吐き出した。


 五分ほど経っただろうか。少女の嘔吐が収まった。ジェノは綺麗に嘔吐物を取り除き、布団を取り換えた。

 さらにカルトは、注射器を取り出し、薬液を入れ、少女の腕を握った。子供の血管を探すのは至難の業だが、熱があるのが幸いし、すぐに見つけることができた。カルトは慣れた手つきで注射を打つ。

「これで、すでに吸収されている、ソウマの働きを殺す。俺にはこれぐらいしかできない。後は、運と少女に任せるしかない」

 ソウマを摂取して、死亡するのは、大体6時間後。完全にソウマが体内からなくなるのは、十二時間後とされている。ソウマを飲んだ時間がわからないが、カルトと出会って、四時間は経っている。あと二時間後までは、油断できない。

「ジェノ、その子ともう休め。俺はこの子を見てる」 

「今日は仕事はいいの?」

「明日何とかしてみる。どうせ急ぎじゃないしな」

 ジェノが納得したように緊張を解くと、少年の手を引いた。しかし、少年は動かなかった。

「カルトがいるから大丈夫よ」

 ジェノの言葉にも反応をしない。

「僕もそばにいる」

 カルトは少年の目を見た。少年は一切目をそらさない。カルトは立ち上がり、部屋を出た。しかしすぐに帰ってきた。布団を抱えている。不思議そうに見る少年の前に、布団を広げると、ジェノを見た。ジェノは、意図を読み、微笑んで頷いた。

「ほら、ここで休むならいいでしょう?」

 少年は小さく頷く。

 ジェノと少年は、布団に入った。

 少年は、布団に入っていても、カルトの方を、じっと見ていた。

「おじさんたち、お医者さん?」

 カルトはゆっくりと少年を見る。

「医者じゃない。ただ、職業柄、いろいろと、、技術も、知識も持っているだけだ」

「しょくぎょうがら?」

 言葉が難しかったようだ。ジェノが少し笑って言い直す。

「お仕事で使うのよ。お薬の草とか、注射とか」

「何してるの?」

「それは言えない」

 少年は少し顔をしかめた。怪しんでいるのだ。

「カルトは何でもできるのよ。この家作ったんだって、一人で」

「え! 一人で?! 家を?!」

 さすがに驚いたようで、今日一番の大声を出した。

「あんまり言うな」

 ジェノはふふっと笑った。

「おじさん凄いね!」

 興奮する少年をよそに、カルトは無言で少女の方に向き直る。


 少女の表情が、安らかになってきた。気づけば、とうに六時間が経っていた。少女が命を保てたのは、本当に、運がよかったとしか言いようがない。

 少女の汗を、濡らした布でふき取る。頬の腫れに触れて、あの商人の顔を思い出した。

 確か、あの商人も、カルトが、情報と証拠を兵士に売った者だった。裏を暴き、裁いたところで、商人は変わることなく、より深い闇に染まっていた。

 裏をとっても、それを公で裁いても、良いほうへと動かないのなら、この国の裏を暴いたところで、国は変わらないのかもしれない。

 カルトは頭に浮かんだその考えに、ため息を漏らした。


     *


 翌日、小鳥のさえずりと朝日が窓から入り込み、ジェノは目を覚ました。少年は隣でよく眠っている。ベットの方を向けば、少女は昨日より顔色もよく、安定した寝息を立てていた。カルトは昨日の姿勢のままだ。

 起き上がり、カルトのもとへ寄ると、カルトが姿勢を保ったまま寝ていることが分かった。見たことのないカルトの寝顔は、はっきりと言って綺麗だった。整った眉に少し吊り上がった目、細めの鼻に薄い唇。

 ジェノは珍しいことに少々興奮してしまった。カルトの顔に、静かに口を近づけると、パチッとカルトの目が開いた。驚いて顔を引こうとすると、カルトの手がジェノの顔を引き寄せ、口と口が触れた。

「お前も寝込みを襲うんだな」

 少し口角を挙げたカルトが、いたずらにそう言って、立ち上がる。体をひねりながら、台所へ向かうと、こちらを振り返らずに

「お前から誘ったんだからな」

とこぼした。

 ジェノは自分の行いと今起こったことに驚きと困惑と羞恥でその場にうずくまった。おそらくこの心境を穴に入りたいというのだろう。押さえた頬には熱があった。


 昨日の夕餉を食べるのをすっかり忘れていて、朝餉になった。

 目の前に広げられた料理に、少年の顔が輝いた。

「これ、た、食べていいの? こんなに?」

 ジェノは微笑んで頷いた。

 少年は、それはすごい勢いで、料理をかきこんでいく。

「そんなに慌てなくても、誰もお前の分は取らないから、ゆっくり食え」

 カルトがそういい終える前に、少年はのどに詰まらせる。ジェノの差し出した水を、一気に飲み干した。

「おいおい……」

 カルトはあきれ顔を浮かべる。少年は無邪気に笑った。

 小さな物音に、カルトは扉を見る。すると、ゆっくりと扉が開かれた。そこには少女が立っていた。ぼうっとした表情でこちらを見ている。

「あら、もう歩けるの? ご飯食べる?」

 ジェノの言葉に、少女は、はい、、と答えた。たったそれだけのことだが、カルトは違和感を覚えた。考えすぎだろうか。

「具合が悪いなら、、ベットで食べてもいい」

 その言葉に、、少女は、、いいえ、平気です、、という。確かに歩きが覚束無いわけでもなさそうだが、その表情がどうしても気になる。

「ちょっと待て」

 少女はすぐに止まって、、カルトの方を向く。カルトは箸をおき、少女に近づく。ジェノと少年が不安そうに見ているのがわかる。今までの雰囲気が一変し、緊張感に包まれていた。

 少女の前に立つと、カルトは拳を振り上げた。そしてそのまま、少女の顔面を目掛けて振り下ろした。

 少年とジェノが慌てたのが分かったが、少女は微動だにせず、目の前で止まった拳を見ていた。

「なぜ避けない」

「避けても意味がないからです」

「なぜ意味がないんだ」

「避けても後で殴られますし、奴隷は殴られるのが普通です」

 少女はぼうっとカルトを見つめていた。カルトは少女の前にしゃがみこんだ。そして少女の手を握る。

「お前は世界に絶望しているのか?」

「すみません。ぜつぼうの言葉がよくわかりません」

「自分は死んでもいいと思っているのか?」

「はい」

 迷いなく淡々と答える少女。

「何か大切なものを無くしたことはあるか? 親や、家族、友達」

 少女は初めて、、少し躊躇した。

「全てです」

「詳しく話せるか?」

「父と母は殺されました。理由はわかりません。兄弟たちはあちこちのお店で働いていたようですが、最近、最後の弟が死んだと聞きました。友であった奴隷の子も、この間死んでいました」

 カルトは淡々と話す少女を、自分と、ジェノと重ねながら見ていた。

「それに、目が見えなくなってきたんです」

 その言葉に、そこにいた誰もが顔をこわばらせた。あのぼうっとした視線は、精神的問題だけではなかったようだ。

「どちらも? それとも、右か左かのどちらかか」

「左? だと思います。もう半分が暗くて」

 カルトは少女の顔を優しく引き寄せ、瞳を見た。確かに左の瞳がくすんでいる。少女は想像よりも、多くのものを無くしていた。

「そうか。……俺も育ての親を殺されている。それに、足は機械だ」

 カルトは義足を見せる。少女の表情はあまり動かなかったが、少し動揺したようだった。カルトはゆっくりと少女を抱きしめる。

「お前のことが全てわかるというわけじゃないが、少しならわかるつもりだ。それにお前はもう奴隷じゃない。物なんかじゃない。大切な命だ。俺たちと同じ、人間だ」

 少女は変わらずにぼうとしていた。わかっても、わからなくても、カルトは人間らしく生きてほしいと思った。カルトがいろんな人に助けられたように、今度は自分が手を差し出そう。そして、人が人らしくあれる国にしよう。たとえ国がそれを望んでいなくても、それがカルトにとって、ジェノにとって、この子たちにとって、幸せであると思えるなら。カルトは胸に抱いた幼子の鼓動を、しっかりと確認した。


      *


 少女たちと卓を囲み、緊張感が解けてきた。少女はナナ、少年はイハンと名乗った。兄弟だと思っていたが、実は違うらしく、ナナはあの商人の元で1年働いていたらしいが、イハンはまだ一か月ほどだったらしい。

 あらかた食べ終わると、カルトは珍しく、食事の片づけをジェノに任せ、身支度を始めた。

「今日は建設の方は休みじゃないの?」

 ジェノの問いかけに、カルトは振り向かずに返事をする。

「そうだ。今日は副業の方でいろいろと動いでみようと思う。ボスにも話があるし、あの子たちについても調べてくる。あとついでに買い出しもしてくるよ。何かいるものはないか?」

 ジェノは首を振ったが、何か思いついたように、部屋を出て行った。すぐに戻ってくると、風呂敷包みを差し出した。

「実は、前からずっと仕立てていたんだけれど、昨日ようやく作り上げたの。これを売ってきてくれないかしら」

 カルトは受け取り、中身をみた。全体像はわからないものの、おそらく女性用のドレスだろう。生地はカルトが買ってきたものだから、よく覚えているが、部分的に刺繍が施されていた。

「いいのか? そうとう時間がかかったと思うが」

「いいの。最初からそのつもりだったから」

 カルトはうなずいて鞄にしまった。

「それであの子たちへ何か買ってきてくれないかしら」

 川辺で遊ぶ子供たちを見て、カルトはうなずいた。


 家を出ると、イハンが駆け寄ってくる。それに続いて、ゆっくりとナナも来る。

「おじさん、出かけるの?」

 カルトはしゃがんでイハンを撫でた。

「ああ、仕事だ。夕方には一度戻ってくるよ。そうだ、お前たち、何かほしいものはないか?」

 イハンは考え込み、すぐに美味しいものと言った。ナナにも問いかけたが、ありませんといった。カルトは微笑んで、ナナの頭を撫でた。ナナは相変わらずぼうっとしている。

 カルトは見送る子供を背にして、森へと歩いて行った。


 まだ朝早く、森には澄んだ空気が流れていた。カルトは入り組んだ森を進んでいく。人がほぼ出入りしなので、この森は生い茂っていた。それを盗賊は好条件としていた。盗賊はどんな場所でも痕跡を残さない。なので、この生い茂った森でも、人の気配を消すことができ、兵士に見つかることなく、アジトへ出入りしている。

 カルトは、物置小屋のような、古びた小屋の扉をたたいた。

「どちら様ですか?」

 中から老人の声がする。

「KS.」

 カルトがそういうと、扉が静かに開かれた。目の前に老人が立っている。老人は何も言わずに道を開けた。

 ただの老人。一見そう思えるが、彼はこの小屋の番人をしている。その実力は謎だが、予期せぬ訪問者や、兵士が来た場合に、ただの木彫りの老人として対応する。実際は盗賊の一員である。

 カルトは奥に座っているボスに声をかけた。

「なんだ、こんな朝早くに」

「折り入って話がある」

 ボスはカルトに向き直った。

「実はいろいろと調べさせてもらった。ボス。あなたはかつて、王の側近だった。それもかなりの腕の使い手だろう」

 街中で聞いた情報だった。かつての王の支持者は、ほぼ、奴隷にされている。ほぼというのは、いまだに見つかっていない者たちがいるからだった。そのなかでも、王に一番近く、最強と言われた者たち、ホウロウと呼ばれる従者たちが、その大部分だった。ホウロウというのは、猛禽類という意味で、指し示すのは、鷲、鷹、梟、隼といった、鳥を指し示す。実際にその者たちは、猛禽類の名で呼ばれていた。

「俺の育ての親もそうだったんだろう? たった七人しかいないうちの、二人が俺の両親だ。父は梟、母は木菟。二人ともその紋章を隠すように持っていたからな」

 カルトの話に、ボスは全く動じず、ただ静かに見つめる。

「そしてボスは鷹。ホウロウのトップだろう」

 カルトは言葉を待つ。ボスは黙っていたが、やがて息を吸い込んだ。

「そうだ。俺はかつての王の一番の従者として、鷹という役を与えられていた」

 ボスは椅子に座りなおした。

「お前が聞きたいことをすべて話そう。もうお前にはその覚悟も、時間も、力もある。もう隠す理由もない。すでに姫に聞いておるのだろう」


      *


 それはライズベリー王国の滅びる前夜。

「国王、お話とはなんでしょう」

 窓を見る王に、高貴な装いの兵士が問いかける。

「鷹、前々からお前のことを一番に信頼している。だから、最後の願いを、聞いてはくれないか」

 王は愁いを帯びた表情をしていた。

「最後とは……」

「明日、大きな反乱が起きるだろう。私の傲慢さが招いてしまった種だ。私が処罰されるまで、おそらく終わることはない。私は同じ国の者が争うなど、考えたくもない。だから私は、自ら投降する」

「そんなっ。王はこの国を思ってやられてきたではありませんか! 私は」

「それが傲慢だったのだ。人は結局欲には勝てんのだ。この事態を招いてしまったのは、この私に責任がある。だが、かわいい子供たちには罪はないのだ。お前はこれから私を守らないでくれ。そして私の一番の宝である子供たちを、どうか逃がしてはくれないだろうか」

 王は鷹に薄く微笑んだ。鷹は何も言えなかった。鷹はうつむいて呟いた。

「王よ。王を守るべきものに守るななど、そんな」

 王は鷹の肩をつかんだ。

「お前の性分はわかっているからな。どうせ嫌でもやってくれるだろう」

 顔を上げた鷹に、王は堂々と笑って見せた。

「頼んだぞ。クロウド・サジャストン」

 クロウドは込み上がる衝動を抑え込み、王に頭を垂れた。


 翌日、王宮が燃えた。まだ朝早くだった。

 クロウドは城を走った。誰が裏切者かなどわからない。だから斬りかかってきた者全てを斬った。昨日まで一緒に笑っていた旧友。子供のように、親身に育てた部下たち。

 部屋につくと、クロウドは乱暴にドアを開いた。

 部屋には怯えたように左頬を押さえた幼いジェノがいた。火傷を負ったらしい。しかし手当てしている暇もない。

「姫様、私とともに来てください」

 困惑している姫の手を引き、クロウドは部屋を出た。

「鷹!」

 名を呼んだのは梟と木菟だった。ともに血で汚れていた。手にする剣にも。

「反乱だ」

「王は!」

「既に投降されたはずだ」

「助けに参らねばっ」

「これは王の決断だ! 余計なことをするな! それよりも姫君を逃がすことを考えろ。妹君はどこか」

「それが、先ほど部屋に参ったところ」

 妹君の姿はなく、隼が死んでいたという。

「そうか、お前たちは俺とともに姉君を守れ。互いにもしものことがあっても必ずこの方だけは守るのだ」

 二人は小さくうなずいてともに走った。


 森に入り、敵を撒いたがいつ追手が来るかわからない。姫を洞窟に隠すと追手に気づかれないようにあえて追手の元へと走った。夜の方が姫が見つからずに隣国へ渡れる。それまで、それまでの辛抱だ。クロウドは握る剣に力を籠め、かつての仲間を前に込み上がる衝動を殺した。


 夜になり、クロウドは疲れ切った体を引き摺って洞窟に戻ったが、

「姫様……?」

 そこにジェノの姿はなかった。クロウドは絶望した。立っていた足に力が入らなくなり、その場に崩れ落ちた。

「王よ。お許しください」

 それまで抑え込んでいたものが一気にあふれ出し、クロウドは久しぶりに涙を流した。

 やがて梟と木菟が来た。

「鷲は殺されたとみていたが遺体が見つからないらしい。隼はすでに燃やされた。鳶と鶚は以前行方が分かりませんが、何人か斬りあったみたいです」

「明日、中央広場で公開処刑がされるそうです」

 クロウドは涙を拭った。そして立ち上がる。

「一晩ここで休もう。三人で殴りこんでも意味はないだろうが、せめて最後を見届けたい」

「もちろんです。コートも用意してきました」

 梟と木菟はふらつく鷹の背を抱えて洞窟へと入った。


 翌日、三人で中央広場へ行くと、多くの者でひしめき合っていた。中央広場の中心に絞首台が設置され、王と王妃、そして妹君が首に縄をかけられていた。

 大臣の言葉がやけにうるさく感じた。なのに全く何を言っているのかわからなかった。

 大臣の合図で、一番に大切にしてきた者が目の前で動かなくなった。

 クロウドはあふれる涙を抑えきれなかった。口に拳に力が入って血の感覚がした。両隣にいる二人もかすかに震えている。

 人混みをかき分け三人はその場を後にした。


 森の奥の小屋で鷲が傷をいやしていることを知った三人は共に匿ってもらうことにした。鷲は最高齢で木彫り老人としてここで生きていくといった。だが、クロウドたち三人は兵士としての生き方を簡単に捨てられない。

「鷹、これからどうする。慕い、生きる理由であった者たちをなくし、我々は」

「まだだ。終われない」

 鷹は死んでいなかった。折れたはずの翼を広げ、三人に告げる。

「あそこにジェノ様はいなかった。つまりまだ生きている可能性が高い。王の最後の願いだ。まずはジェノ様の安否を確認することが先決だろう」

 その後ジェノを奴隷として見つけ、この数年間ずっと見守ってきたのだ。


      *


「それがこれまでの成り立ちであり、サジャストン一家の役目だ。盗賊はあくまで、動きやすくするための口実だ」

 鷹、クロウド・サジャストンはボス。鷲、ローガン・ホイルドは、老人として番人。やがてここにたどり着いた、鳶と鶚は、クロウドの足として動いていた。

「なぜ、この国の裏を暴かなかった。時間は十分にあったんじゃないのか」

 カルトは素直な疑問をぶつけてみた。

「我々ではこの数年間をかけても決定的証拠を得られなかった。城に何度か忍び込んだが、それが原因で足が付き、お前の両親は殺された」

「じゃあ、ジェノはどうして助けなかったんだ。生きていたとしてもひどい扱いを受けてたんだぞ」

 カルトは攻めるようにクロウドに問う。

「ジェノ様を、巻き込みたくは、なかった」

 クロウドは力なくそうこぼした。

「たとえひどい扱いを受けていても、我々が手を差し伸べれば、きっと王家の者だと気づかれてしまう。そうすれば、我々でもきっと守れない」

 カルトはクロウドの意図がわかっていた。だから対して、何も咎めはしなかった。

 だから、カルトははっきりとさせたかったのだ。

「ジェノは父の無念を晴らしたいと言った。あんたたちに守られてるなんて、知りもしなかっただろうが、ジェノはとっくに覚悟を決めている。巻き込みたくなくても、あいつは自ら闇へ手を伸ばしている。俺はあいつが望むなら、なんだってしてやると決めた」

 クロウドは真剣にカルトの表情を見た。カルトはクロウドの目から視線を離さない。

「あんたたちはどうする」


「重要なのは同胞を集めること、証拠を見つけること。それができれば、きっと今の情勢を覆せる」

 サジャストン一家はカルトの手を取った。許されるのであれば、慕った王の無罪を証明したいと。皆で机を取り囲み、これからの作戦を練る。

「まずは同胞だ。数年間で、奴隷の半数は、こちらに味方することを誓ってくれた」

「それでも三分の一ほどの数だな」

「それだけの人を集めれるんだったら大丈夫だ。隣国のドリシアル王国に、応援を頼む」

 突拍子もない発言に、皆が目を丸くした。カルトは自分の出生についてを話した。

「つまりカルトは王子か」

「へえ、コリャ運命としか思えないね」

「というか、梟も木菟も、すごい子供を拾ったもんだよ。まさかあのチビがこんなになるなんてね」

 カルトは咳払いをして注意を促す。

「そんなことより、次は証拠だろう。城にあるんだとしたら、俺がとってくるのが手っ取り早いな」

「は? カルト、城に行ったことあるのか」

「俺は現王女と取引をしている。おそらく口を割るのは簡単だ」

 カルトに異様な視線が注がれる。

「なんだ」

「お前、ジェノ様という人がありながら」

「現王女ともなんて」

「勘違いすんなよ。そんな関係じゃねえし。ジェノと接吻したのは昨日が初めてだしな」

 がたがたと暴れだすクロウドを、鳶と鶚が抑える。それを横目に、ローガンがいう。

「それにしても、カルトには頭が上がらんな。わしらが何年もやってきたことを、一人で、経った数年でやってしまうとは。クロウド。わしらのやってきたことは、所詮口だけだったのかもしれんな」

 くっと言葉に詰まるクロウドに、カルトは笑って見せた。

「そんなことねーよ。正直、両親に拾われて育ってなきゃ、今ここに生きていなかったかもしれない。両親が殺されたとき俺を拾ってくれたボスたちがいたから、今こうして力も知識もあるからな」

「よかったですねボス」

「……うるせーよ」


 カルトは証拠をもってまた来ると言い、小屋を後にした。


      *


 家に帰ると、イハンが飛びついてきた。

「お帰り! 美味しいものは?」

 イハンの後ろを、ナナが歩いてくる。

 イハンの頭を撫で、鞄に取り付けた魚を出した。

「貝魚だ。海でとれる魚なんだが、なかなかの上物があったんで買ってきた。脂がのってて、とても旨いぞ」

 イハンは大喜びで受け取ると、駆け足でジェノに持って行った。

 その後をついていくナナを、カルトは呼び止めた。不思議そうにカルトを見ると、カルトは鞄から、布を取り出した。

「服を買ってきたんだ。好みに合うのかわからないが、着てみないか?」

「それは着ろってことですよね?」

「いや、着たくないなら着なくてもいいんだ」

 ナナは少し悩んだようにしたが、やがて受け取った。

 ナナが来ないから、心配したのであろう、イハンが戻ってくると、ナナの服を見て大声を上げた。

「わあ! かわいいね! ナナに似合いそう! おじさん、僕には?」

 忙しないイハンに苦笑いして、カルトは服を差し出した。

「ありがとう!」

 イハンはナナの手をつかんで、早く着替えようよ、と言って部屋に行ってしまった。

「イハンが来て、今日は一日中、声が響いていたわ。元気よね。奴隷だったのに」

 ジェノがエプロンで手を拭きながら、玄関に出てきた。

 カルトは荷物を置きながら、笑って同意した。

「あの服、結構言い値で売れたぞ。おかげでいい服を買ってやれた。あれを着てれば、さすがに歩いていて奴隷にされることもないだろう」

 ジェノはよかったと、安堵の表情を浮かべた。

「みてみてー!」

 イハンの声に、ジェノとカルトは振り返る。シャツに膝までのパンツを着たイハンと、フリルのついた可愛いワンピースを着たナナが、洋服を見せる。

「似合ってるじゃないか」

 カルトがそういうと、イハンは無邪気に笑う。対してナナは、もじもじとしていた。何か不都合があるのかと思っていると、小さく、ありがとうと言った。

 カルトはナナの頭を撫で、おう、と返した。


 夕食を食べ終わると、またすぐに支度をした。

「おじさん、また仕事?」

 イハンに言われてカルトはうなずいた。

「遅くなるの?」

「そうだな。日付が変わる前には帰るよ」

 イハンは少ししょんぼりとした。

「一人が嫌なら、ジェノたちと一緒に寝てもいいんだぞ」

「ううん。一人で寝れるよ。気を付けてね」

 カルトは口角をあげて答えた。


      *


 カルトはいつものように、平然と城に忍び込み、ルルの部屋の窓をたたいた。

 ルルはすぐに窓を開けた。

「昨日来なかったから、不安になっちゃったわよ」

 カルトは答えずに小袋を渡す。ルルは嬉しそうに受け取った。これはまた盗んできたものだが、そこまで高価なものではない宝石だ。

「お代の代わりと言っちゃなんだが、ある情報を教えてほしい」

 ルルはカルトの初めての頼みに、少々驚いた。

「書籍、簡単に入れないような部屋にある書籍について教えてほしい」

 ルルはカルトの手を引いて、ベットへと招いた。

「それは私にもわからないわ」

 ルルはカルトに寄り添う。

「場所は?」

「それならわかるわ。一階の階段下よ。階段の右側に扉があるの」

 ルルはカルトの体をなぞるように、腹から胸を通して、首へと手を回した。

「ねえ、最後にもう一つほしいものがあるんだけど」

 ルルは妖艶に顔を近づける。カルトは素顔を見られまいと、できるだけ体をそらす。それでもしつこくルルが寄りつめ、カルトはベットに押し倒された。

「あなたが、ほしい」

 ルルが顔に手を伸ばすと、カルトはその手をつかみ引き寄せて、逆に押し倒した。

「悪いが遊んでいる時間はないんだ」

 カルトはぱっと手を放し、ベットから立ち上がると窓から外に出た。

 ルルは、その背を妬ましいように、顔を歪ませてみていた。


 一度塀を抜けると、反対側からもう一度城に潜入した。衛兵の動きを見ながら、城内へ入れる場所を探す。正面は衛兵が両脇にいて入れない。窓は固く閉ざされている。となれば入り口はひとつしかない。普通なら、ここから入るのも、盗賊であればやらないのだが、生憎モノが大物なので、多少のリスクはどうしようもない。

 カルトは衛兵の出入り口に近づいた。そうと扉を開け、隙間から中の様子を伺う。今のところ、衛兵は近くにはいない。カルトは静かに侵入した。

 もちろん中にも衛兵がいるのだが、城内は暗転しているため、相当のことがなければ気付かれることはない。カルトは余裕をもって部屋の前に立った。

 ノブを静かに回してみるも、鍵がかかっている。しかも全く見たことのない鍵だ。いつものように、道具を使っても開けることができない。しかし、鍵の場所がわからない。もう一度ルルに聞きに行くべきか。

 だが、さっきのルルの顔を思い出すと急にその気が失せた。

 いや、私情をはさむべきではないだろう。それにこれも全部ジェノのため。……いや、やっぱりやめよう。何回も行くとさすがに怪しまれるし、それで正体がばれたらどうしようもないし、わざわざ塀を乗り越える姿も見せたわけだし。他の方法を探そう。うん。……だめだ。方法があっても一番安全なのがルルだ。いつもならばこんなに迷うことはないのに、事一つ決めるのがどうしてもはばかられた。

 カルトは深呼吸して、その場を立った。


 怪しいノックの音に、ルルは扉越しに用件を尋ねた。

 しかし返ってきたのは予想外の声だった。

 ルルは鼓動が早くなるのを感じながら、ゆっくりと扉を開く。

「寝ていたか?」

「いいえ、大丈夫よ」

 カルトを部屋に入れると、ルルは鍵を閉めた。

「どうしたの? 一度帰ったようだったけど」

「扉の鍵の在処を教えてほしい」

 妖艶に笑うルルを見て、カルトは悪寒がした。

「等価交換でしょ?」

 つめよるルルに、カルトはゆっくり後ずさりする。

「何が望みだ」

 ルルは色っぽく口へ指をあてる。

「キス」

 カルトは思わず顔をしかめた。

「それは無理だ。顔をさらしてしまう」

「別に誰も言いやしないわよ」

 どんどん詰め寄られる。カルトは窓際へ追い込まれる。

「じゃあ目を瞑っててあげるわ。キスだけで情報が買えるなら安いじゃないの」

 カルトは唾を飲む。

「キスは安くない」

「あら、ロマンチストね」

 笑うルルに逃げ場を閉ざされた。

「十秒以内よ。十秒過ぎたら大声を出すわ」

 目を瞑ったルルの顔を見つめ、閉じられた目を手で塞ぎ、軽く口づけた。

 一秒もせぬうちにカルトは顔を隠した。

「物足りないけどまあいいわ。約束だから教えてあげる。鍵は父の寝室の机、一番小さい引き出しの中よ。でも扉を開けるのに、難しいのはそこじゃないわ」

「なんだ?」

 そして再び、ルルは妖艶な笑みを浮かべた。カルトはまずいと、これから言われることを悟った。

「今度は舌を入れて」

 もう嫌悪を通り越して、憎悪の感情が湧いた。

「拒否したら、衛兵を呼ぶわ」

 選択肢はなかった。やはりルルに頼るよりも、リスクを冒してでも、衛兵に化けるべきだったと後悔したが、すでに後の祭りだ。目を瞑ったルルをみて、カルトは拳を強く握りしめ、先ほどのように口づけた。妖艶な甘さが口に広がる。

 カルトはルルを引きはがして顔を隠した。

「で? 難しいことは?」

「ん。扉を開けるときに、大きな音がするの。いつも開けないから、その音が鳴ったらかなり怪しまれるわ」

 ルルの顔がひどく火照っていた。

 なぜかふらつくルルをベットへ運び、閉められた鍵を開けて部屋を出た。


 カルトは、王の寝室から鍵を盗み出した。しかしカルトは、珍しく足を滑らせ、寝室でこけた。その際に王が起きなかったのが幸いだが、見つかってしまったら、今までの苦労が水の泡になっていた。

 城に何度か忍び込んだ際に、建物の劣化した場所を把握していた。その中で一番扉に近い場所へ行くと、細工をして、糸を引けばそこが崩れるようにした。その糸を慎重に伸ばし、扉の前で鍵を取り出す。慎重に鍵を回し、ロックが外れたのを確認して、静かに扉を開けた。すると木材がすれる音がして、次に、大きく木材が叩き合う音がした。カルトは音が鳴ると同時に糸を引き、城の柱を崩した。すかさず部屋に入り込む。

扉越しに耳をすませると、複数の衛兵の足音が鳴る。会話の単語を聞くに、柱の崩れに気を取られているようだった。

カルトは部屋を見渡した。壁一番にある棚には、所狭しと、書籍やフォルダが羅列している。部屋の中心にひとつだけ机があり、その上にも書類が散らばっていた。

カルトは証拠を探し、部屋を歩き回る。よく見れば、全てがこの国の裏取引についてだった。それも、散らかっているように見えるが、しっかりと年号別に並んでいる。決定的な証拠があるのは、おそらく、一番過去の記録だ。カルトは、並びから推測して、部屋の隅にあるファイルを手に取った。年号はこの国の創立時。中を開けば、この国一番の貿易相手の国と、現王の密約、および、前王を蔑める計画書や、改竄された税金表、などかなり有効な書類だ。カルトは他にごく最近のものから、商人にかかる理不尽な税金や、農業者に対する納品物の記録の抹消記録などを抜き出した。

一緒にファイルに入れると、カルトは扉を少し開き、外の様子を見た。未だに衛兵が駆け回っている。カルトは、崩した柱と対照になる場所に取り付けた糸を、指に引っ掛けて、扉を開きながら、思いっきり引いた。

立て続けに壊れた柱に、衛兵たちが再び慌てふためく。影に隠れたカルトに気づくことなく、駆け去っていくのを確認して、カルトは窓から逃亡した。


カルトは家にたどり着くと、崩れ落ちた。どうも手足に力が入らない。体が熱い。風邪を引いたことがなかったが、症状から見て、そうだろうと判断した。だが、ベッドまで行くのがきつい。

 カルトは壁に寄りかかり、荒い息を整える。

「カルト?」

 ジェノの声に、カルトはゆっくりと顔を向ける。

「悪い」

 最初に出たのはその言葉だった。

「え?」

「別の奴と、接吻した」

 ジェノの驚きと悲しげな表情が、朧気だがわかった。

「すまん」

「……それより、大丈夫?」

 ジェノが一歩近づくと、ドクンと大きく胸打った。

「あ……?」

 火照る体。しびれる手足。荒い息。大きい脈。ルルのふらつき。甘い接吻。全てがつながってカルトはジェノに制止するように言った。

「媚薬を飲まされたみたいだ」

 しまった。迂闊だった。これなら症状が治まるまで、家に帰るべきではなかった。ジェノに合わせる顔がなく、カルトは手で顔を覆った。

 いくら薬品に慣れた体だといえ、症状が治まるまでは時間がかかる。それまで耐えれば、耐えるべきだ。

「カルト」

 近くで聞こえたジェノの声に、驚いて正面を向く。ジェノは、カルトの目の前にしゃがんでいた。

「来るなって」

 背けるカルトの顔に手をあて、ジェノは自ら接吻した。思わぬ行動に、カルトは驚きつつ、受け入れてしまう。やがて口が離されると、カルトは腕で顔を隠す。

「やめろ。止められなくなるから」

 カルトはもはや、理性を手放す寸前だった。これ以上は限界だった。

「いいの」

 その一言に、カルトは糸が切れたように、ジェノに口づけた。


      *


 イハンは、朝日が顔にかかって、目が覚めた。日付が変わる前には帰るといった、カルトの姿はない。イハンは軽く布団を整えると、ジェノの部屋に入る。そこにはナナの姿しかなかった。不安になったイハンは、寝起きのナナの手を引いて、部屋をでる。すると玄関に、二人が肩を並べて寝ていた。

 カルトは昨日出て行った服のまま、ジェノは寝間着で、カルトの上着をかけられていた。

「おじさんたち、なんで玄関で寝てるの」


 少し遅くなった朝食はカルトが作った。ジェノは腰が痛いらしい。朝食を運ぶカルトにジェノが体調を問う。カルトは平気だと返したが、イハンは立場が逆ではないかと思った。ナナを見ても相変わらずぼうとしている。

 朝食を食べ終わると、カルトは食器を片付け、再び席に座った。

「実はお前たちに大事な話があるんだ」

 皆が真剣なカルトに注目する。

「明日、この国で反乱を起こす。きっと街はひどく混乱するだろう。だから、お前たちはここで、身を隠していてほしい。そのとき、ジェノも一緒に行くから、ここには二人だ。ここまでわかるか?」

 二人はうなずいた。

「そしてもっと大事なことは、お前たちの答えだ。俺たちは絶対にお前たちを迎えに行く。その時に俺たちとこの国を出るか、この国に残るか、決めてほしい」

 イハンは明らかに困って、ナナを見た。ナナはいつものように、カルトを見つめる。

「私は残ります」

「それは本心か?」

「私は荷物になります」

 カルトは席を立って、ナナの横にしゃがんだ。

「お前を荷物だなんて誰も思っちゃいねーよ。俺は一緒に来てほしい。でも無理に連れていくことはしたくない。わかるな?」

 ナナはハイという。

「お前がやりたいようにしていいんだ。お前の本当の言葉を聞きたい」

 ナナはカルトを見て、見て、口を開けて、閉じて、開けて、泣いた。

「一緒に行きたいです」

 カルトはナナを抱きしめた。それをみて、イハンは困っていた。カルトはイハンに問いかける。しかしイハンは返答に困っていた。

「姉が気がかりなんだろう?」

 イハンは驚いて目を丸くした。

「お前の姉は、お前の意見に賛同するといった。だからお前の本心を聞かせてくれ」

 そういうとイハン、は大きな目から、大粒の涙を零した。

「お姉ちゃんと、一緒に行きたい」

 カルトは泣く子供二人を抱きしめる。それに続いてジェノも三人を抱きしめた。


      *


 カルトは書類を机に広げる。サジャストン一家はその資料に目を丸くするも、希望を抱いた。

「明日、決行しようと思う」

 カルトの言葉に、皆が頷いた。

「作戦は?」

 カルトは国の地図を広げた。

「まずは国の両端から、中央広場へ向かって、同胞を集めながら歩く」

「衛兵はどうする」

「おそらく歩いているだけなら、何もしては来ない。もしやめるように言ってきたら、うまく丸め込んでこちらにつければいい」

「そんな簡単につくのか?」

「衛兵の多数は、今の国政に、疑問や不満を抱えている。おそらくすぐに寝返るさ。もし寝返らないやつがいても、他の衛兵が抑えるはずだ。中央広場で合流する。先導は鳶、鶚、頼む」

 二人は御意という。

「俺とクロウド、ローガンは城に乗り込む。それぞれ姫と王、妃を連れて、中央広場へ向かう。その際に、俺はできるだけの書類を持ち出す。中央広場に出演者が集まれば、その書類をばらまきながら、王のやってきたことをぶちまける。ジェノにも意見を言わせる。そして最後に国民に選択肢を委ねる。この国に残るか、ドリシアル王国に出国するか」

「選択肢を出すのはいいが、今の同胞だけでも二万人はいる。反乱後はおそらく四万人にはなる。それをドリシアル王国が受け入れることはできるのか」

 クロウドの質問に、カルトは厚紙の封筒から、一枚の書状を取り出した。

「すでにドリシアル王国の承認は得ている。それに、実は、ドリシアル王国の隣国が、敵国に攻められた際に助力し、合併したといった。国は広かったが、国民が少なく、高齢者が多いということで、そちらへの移住を望んでいる」

 クロウドたちは他には何もないと手を挙げて見せた。

「では明日、日が昇るのが合図だ」

 クロウドが払うような仕草をすると、鳶と鶚は小屋を出て行った。

「我々はまだどうするのか決めかねている。ローガンは残るの一点張りだが、我々はいまだに決められていない」

 クロウドは重々しくそういう。例え現王が憎くとも、この国を捨てることはできない。そういうことだ。それは彼らの生い立ちや志のもとの考えであり、カルトにはどうしようもなかった。

「ドリシアル王国に行った後は、俺はこちらの国に干渉する気はない。だが受け入れる準備はしておく。いつでもいい。待ってる」

 クロウドは微笑を浮かべた。


      *


 家に帰ると、三人は荷造りをしていた。といっても、荷物が多いわけではないので、ほぼ家の中の掃除だ。

「カルトおかえり」

 三人の迎えに、カルトは微笑んだ。

「カルトのお仕事って、衛兵なの?」

 イハンの言葉に、カルトはぎょっとした。

「棚に、いっぱいナイフとか入ってたから」

 武器を入れていたところまで掃除したようだった。慌ててジェノが駆け寄る。

「ごめんなさい。油断してたわ」

「いや、もう隠さないでいいだろう」

 カルトは、イハンとナナを呼んで、自分たちの事情を話した。ナナは特別驚いた表情を見せなかったが、イハンは納得したように呟いた。

「だから僕のお姉ちゃんのことも知ってたんだね」

「悪いな。勝手にいろいろ調べたんだ」

 イハンは首を振った。次にジェノを見て、お辞儀をする。

「ごめんなさい。お姫様だって知らなくて、いろいろ失礼なことを」

「いいえ。私は今お姫様じゃないからいいのよ」

 ジェノはイハンの頭を撫でた。


 夜も更け、ナナはジェノと、カルトはイハンと寝床についた。イハンの体温が暖かく、カルトは、イハンが幼子であることを、身に染みて感じていた。

「イハンはどうしてナナと一緒にいたんだ? 実際の兄弟でもないのに」

 イハンは少し視線をずらして考えたが、すぐにカルトをみた。

「たぶん、お姉ちゃんに似てたからだと思う」

 思い返してみても、姉とナナが似ているようには思えなかった。

「あの、なんか、わからないけど、雰囲気? かな。たぶん、とても静かで、何があっても動じないんだ」

 カルトはそうかと納得した。

「明日は、ナナのこと頼んだぞ」

「え?」

「身を挺して、ナナのことを庇う勇気があるお前なら、きっと大丈夫だ」

 イハンは少し頬を赤らめて、目を閉じた。


      *


 翌朝になり、カルトとジェノは早朝に起きだし、イハンとナナを起こした。イハンとナナに食事をするように言い、二人は身支度をして家を出た。

「中央広場で落ち合おう。そこまで一人だが」

「平気よ。もう子供じゃないわ」

 フードから覗くジェノの笑顔を見て、カルトはジェノを抱きしめた。


 ジェノが下るのを見届けると、カルトは森の方から城へと向かって歩き出した。

 城の外壁に着くと、すでに、クロウドと、ローガンが、準備していた。

「そろそろ潜入してもいいだろう。でどこから潜入するんだ。それに、王と王妃がいる場所がわからんぞ」

 クロウドが早口に言う。

「ルルの部屋から侵入する。玉座はルルの部屋の下だ。鋼状石の板だから、床からはいけない。ルルの部屋を出て、すぐ左に、大階段があるから、そこから降りればいい」

 詳しく構造を知ってることに、クロウドが訳を尋ねると、ローガンがカルトの本職を告げた。

 カルトはあたりを見渡して、いつものように外壁を上った。カルトの後をクロウド、ローガンが続く。外壁を降りると、一人の兵士に気づかれたが、カルトがさっと背後へ回り込み、

「お前はこの国に不満があるだろう。我々はその不満を、今日、国民へ暴露するためにここへ忍び込んだ。ともに来る気は?」

 その兵士は過去にカルトが情報を渡したことのある青年だった。おそらくすぐに反応する。

「もし、奴隷を解放できるなら」

「それは第一に考えている。その者たちの安全も」

 兵士は頷いた。

「お前に仕事を頼みたい。城の階段下にある書籍室はわかるか?」

 兵士は再び頷く。

「そこにはこの国がやっている裏取引の書類がある。できるだけ多く持ち、中央広場へ向かってくれ」

 カルトは首にかけた腕をほどき、ルルの部屋へと向かう。

 兵士は踵を返して歩き出した。

「おい、あれで本当に大丈夫なのか」

 クロウドは先程の兵士を見ながら、カルトに続いて木を上る。

「あいつは妹が奴隷になっている。それに一度取引をしていて、国に不満があるのは明らかだ」

 カルトはある窓のところでノックをすると、中から金髪の女性が出てくる。女性は戸惑うことなく窓を開けた。

 瞬間、カルトは彼女の口を塞ぎ、クロウドとローガンが二人をの両脇を通り抜ける。

 もがくルルを見て、カルトは吐き捨てるように言った。

「悪いがお前を利用する」

 ルルの口を塞ぎ、手足を縛り、肩に担ぐと、木を伝いながら窓を飛び降りた。すぐ後に、クロウドとローガンが、それぞれ、王と王妃を担いで、窓から飛び出す。

 カルトは外壁にロープをかけると、片手で登っていく。クロウドもローガンも、それに続いて登り始める。衛兵たちが来ないので、クロウドは気になり後ろを見たが、兵士同士が争っていた。そのなかで書類らしきものを持った兵士が、複数、門からでていた。おそらくあの中に先ほどの兵士がいるのだろう。その兵士がほかの兵士にも声をかけたのだ。

 カルトは外壁を上りきると、一番上から飛び降りた。機械の足がしっかりと地面をつかんだ。過去の義足はおそらく耐えられなかったが、ドリシアル王製の義足は、全く負荷を感じさせなかった。

 クロウドたちに飛び降りるように合図すると、ルルを無造作に下ろした。まずは王妃を投げ、受け止め、ローガンが飛び降り、受け止める。王を投げ、受け止め、クロウドが飛び降り、受け止める。

「まさかカルトにお姫様だっこされるとは」

「そのワード、すごく似合わないな」

 冗談はさておき、三人は再び王族を担いで、中央広場へと走った。


 中央広場にたどり着くと、国民が、所狭しとひしめき合っていた。同胞たちが台の前の方にいるが、後ろの方には何事かと、多くの商人や農家がこちらを見ていた。

 カルトたちは台に王族を下ろすと、群衆からざわめきが起きる。

「今からこの国王がやってきた裏取引を、ここに公開する」

 カルトがそう言い、覆面を取るとさらにざわめきが大きくなった。複数の場所から、カルトの名を呼ぶ者がいた。

 クロウドたち、ホウロウも覆面を取った。兵士たちや奴隷たちがざわつく。

 明らかに王は動揺していた。その目は、カルトとクロウドを、交互に見ている。

「まずはこの国ができてから、今日までに行われた取引だ」

 その言葉に複数の衛兵が台に上り、持ってきた書類を、群衆の中へばらまいた。群衆はそれぞれ手に取ったものを見る。

「これ、私の税金が取り消されてるじゃないか! あのときのはこういうことだったのか!」

 一人が声を上げると一人、また一人と声を荒げていく。

「ふざけるな! 納品物が届いていないと私は罰金も払ったのに!」

「あの時売ったのはこんなに高い宝石じゃないぞ! 詐欺じゃないか!」

 浴びせられる罵声に王は後ろへ下がる。もともと商人は金銭問題に厳しい。農家はその時の納品物次第で生活が苦しめられる。不満はないといったものの、少しでも国に穴があれば信頼を失うのは早い。

 罵声がひどくなったところでカルトが大声で鎮まるように言う。

「商人たち、農家たち、お前たちだってそう変わらない。奴隷になった者たちは間接的であれ、お前たちにすべてを奪われているんだ。住処、家族、資産、能力。思い当たる節は多いだろう。奴隷制度が始まったと言え、同じ人間をここまでひどく扱うことを、俺は理解できない。したくもない」

 怒りに染まっていた表情が、徐々に青く染まっていく。

「奴隷制度が始まったのは、この王が旧王の処刑を行ってからだ」

 カルトは現王を指さした。

「ここに並ぶ者たちの顔を見たことがある者は多いだろう」

 その言葉を合図にクロウドたちが並ぶ。そしてクロウドが第一声を発した。

「俺たちは旧王、ロノ王に仕えていたホウロウだ。ロノ王が処刑され、我々は身を隠しながら、最後の王の命を全うしていた。それはロノ王の第一王女を陰ながら見守ること。そして今日はその姫君より、お言葉がある」

 カルトは台の下に隠れていたジェノに手を差し出した。ジェノは手を取り、台を上る。その手は僅かに震えていた。

 台を上り、前に立つと、ジェノは大きく息を吸って、フードを脱いだ。

 その姿をみて、旧王妃にそっくりだという声が多く上がった。

「私はジェノ・ライズベリー。ライズベリー王国の第一王女です」

 群衆の前で堂々と話す姿はまさしく、一国の姫だった。

 ジェノはあの日の出来事、そして奴隷になったこと、やがてあの時のことを理解したことを話した。

「カルトに出会って、彼は私のために、この書状を手に入れてくれました。これは隣国とソモンのロノ王処刑までの密約と計画が書かれています。明らかな裏切り行為です。しかし父は、これを知りながら逃げはしなかった。全ては国民のためです。ソモンがきっと国を豊かにしてくれると、裏切られてなお、信じていたからです。しかしどうですか。国民の皆様。皆幸せですか。父は汚名を被ってまで戦争を避けたというのに、国民の半数が奴隷として、ものとして扱われるこの現状。私は、父がこれを望んだとは思わない。父を殺されたこと、当然憤りや恨みはありますが、私はそれよりも父の遺志を大事にしたい。ですから私は国民に選択肢を用意したい」

 カルトは懐から、一枚の書状を取り出した。

「この書状は隣国、ドリシアル王国の、政をしている方からいただいた書状です。この国の出国者を受け入れ、身の安全を確保するという旨が書かれています。それは身分関係ありません」

 カルトは表情を変えないで書状を懐に直した。

「この国を出るという選択肢を出します。これは私が旧王の娘であるからではなく、一国民として言うのです。この国に残るもこの国から出るも皆さんが選ぶべきです」

 ジェノが言い終わると、国民から拍手が起こった。

「俺は許さない! 国民もろとも国ごと滅ぼしてやるぞ。たかが一国が味方になったところで調子に乗るとは愚かな」

 ソモンはジェノを怒号とともに睨みつけた。

「国民を危険にさらすのであれば、ご自分も危険にさらされるべきではありませんか。国民はあなたが思うよりももっと自分の意思を強く持っています」

 ジェノに見下され、ソモンは国民の方へ向いた。

「この反逆者どもを処刑せよ!」

 ソモンの怒号が無情に響く。国民は誰一人と動かない。

「金だ! 首謀者を見事捕まえたものは金を与える!」

 ソモンは焦って声を荒げた。それでも誰も動かなかった。

「これが国民の意思でしょう。富より己の身を守ることが大切なのです」

 目を見開いてみても、ソモンに向けられる視線は冷たいものだった。

 その時、カルトは異様な気配を感じて、ジェノの手を引いた。

「何?」

 瞬間銃声が響いた。うめきを上げたのはソモンだった。カルトはジェノを下がらせ、ローガンとソモンの容態を見る。発砲した奴隷は衛兵により、捕らえられていた。

 幸い、当たったのは右肩上部で、肉を削いだだけであった。カルトは自分の覆面で傷口を押さえた。

 ジェノはただ怯え、困惑していた。カルトは、震えながらソモンをみるジェノの前に立つ。

「ジェノ、俺を見ろ」

 言われた通りカルトを見るジェノを、カルトは胸に抱き寄せた。

「落ち着け」

「でも、私のせいで」

「お前のせいじゃない。今は国民を受け入れるんだ」

 カルトの声を頭上に聞きながら、ジェノは深呼吸した。落ち着いたジェノをカルトは離した。

「恨みや怒りがあることは、当然のことだと思います。でも、どうかその手を汚さないでください。今の私たちはまだやり直せる。失ったものではなく、いまこれからを、大切にしていただけませんか」

「俺はドリシアル王国に行く」

 そう挙手したのは今、村一番の商人だった。カルトはまず、奴隷が先陣斬っていくだろうと思っていたため、まさかのことに正直驚いた。それから徐々に国民たちが声を上げ、移動を始めた。ソモンは完全に意気消沈していた。

 後の余韻を強く引きながら、アドル王国の反乱が幕を閉じた。

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