運命
「カルト」
呼びかけられたような気がしてカルトは目を開けた。
目の間には自分と同じ赤髪と緑の瞳の女性が立っていた。
「シアナ?」
シアナは風になびく髪をかき上げた。
「大きくなったね」
カルトは驚くでもなく、ああ夢かと考えていた。
「ちょっとなんか喋ったらどうなの?」
シアナが腰に手を当てて頬を膨らませた。
カルトは生返事をしつつ声をかけようと思ったが特に言葉が出てこない。
するとシアナが隣に移動し、しゃがみこんだ。小さな花を撫でている。その花も自分の幻想なのだが、すごくリアルなものだった。
「今日はたくさんのことで混濁しているでしょう? 自分の過去も母のことも国も」
カルトはシアナの横に座った。
「うわ、顔はほんとキリアに似てるわね」
驚いた顔が幼かった。写真のままの姿だから年としてはまだ二十歳にもなっていないのだろう。
「今、キリアはどうしてるの? 国はどうなった? 局長と姉様は?」
また視線を花に戻してシアナは切ない顔をした。
カルトは簡単に今日聞いた現状を話した。
シアナは時々笑いながらうなずいていた。
「そうなのね。あなたはどう?」
「え、俺?」
カルトはしばらく沈黙した。
「そうよ。カルトは隣国からきて、自分の生まれ故郷を知って、それからカルトはどうしたいの?」
カルトは考えた。自分は王族の生まれで、それが捨て子として育てられた。しかし育ての親が殺されて自分は盗賊になる。そしてその正体を隠すために建築家になった。それが今の現状だ。これからは、どうするべきなのだろうか。
「そうね。あなたはいろいろなことがあっていろいろなあなたを持っているのね。それは私も一緒だったわ。でも一番大事なのはね、あなたが一番大切なものを守ることよ」
そういわれてハッとした。ジェノの顔がシアナの顔と重なった。
「そう。あなたの心の答えだわ」
そういうとシアナは立ち上がった。
「もうさよならね。私は消えるけど彼女があなたの道になる。だから迷うことはないわ。信じて進んで」
ふわっと風が吹くとシアナの姿は遠くに会ってもう見えなくなりそうだった。
「シアナ! 一つ聞かせてくれ!」
シアナは振り返って笑った。
「後悔はあっても恨みも未練もないわ。私は死んでも幸せだった」
遠いはずなのにシアナは叫ぶことなく、それでもその言葉ははっきりと聞こえた。
リンと紡がれた言葉に一匹の犬がシアナに駆け寄る。はっと気が付けばシアナの周りにはたくさんの動物たちが囲んでいた。その中には被験体と呼ばれるつぎはぎの怪物も死んだといわれたサリーの家族のようなもものも。そしてよく見ればシアナと薄く重なるように二人の少女がいた。
物音がして目を覚ました。
先ほどの夢が脳裏にこびりついているが、部屋の外に気配を感じた。
カルトは少し着崩れた服を正してドアノブへと手をかけた。
ドアを開けるとすぐ横にジェノが座り込んでいた。ジェノはカルトを見るとあっと声を漏らした。
「なにしてる」
ジェノは少し縮こまったが、小さく眠れないといった。
カルトが手を差し伸べるとジェノは手を取った。その手はかなり冷たくなっていた。
「いつからいた」
「少し前です。五分くらい」
カルトは自分がそれまで気づかなかったことに驚いた。職業柄気配には敏感な方なのだが、今回は全く気付かなかった。
「すまない。気づかなかった」
謝られたことに驚いたジェノが顔を動かすと、髪で隠れていた部分に夢で見た花の刺繡がされていたことに気づいた。
部屋に入れ、ベットにジェノを寝かせて、カルトはその横で椅子に腰かけた。
謝るジェノに、首を横に振る。しばらくしてジェノは寝息を立て始めた。カルトはジェノの頬の火傷の跡を撫で、決意したように視線を明日へと向けた。
*
翌朝、騒ぐ足音に驚いて二人は目を覚ました。
先にカルトが廊下に出て、走るメイドに声をかける。
「か、カルト様! ジェノ様をお見掛けではありませんか?! 起こしに参りましたらお部屋にいらっしゃらなくて」
カルトが慌てるメイドにきょとんとして自分の部屋にいると告げると、メイドは拍子抜けした。
メイドはその後慌てて去っていった。
朝の会食。一番に話になったのがその話で、終始ジェノは顔を赤らめていた。
「食後、準備が整い次第、国へ送ろう」
その話にカルトもジェノもうなずいた。
帰り際、ジェノは少し名残惜しそうに外を見ていた。その様子をカルトはただ見つめていた。
国につき車を降りた。
「カルト。君がいい判断をしてまた俺たちの国に来てくれることを待っている」
カルトは小さくうなずいて、人込みへと消えていった。
*
家に着くともう日も暮れるころだった。
買ってきた食材と土産にもらった食材でドリシアル王国で食べたシュガルツ(パスタサラダ)を作ってみたところジェノは大喜びで食した。
片づけて眠る前にカルトはジェノを呼んだ。
「ドリシアル王国のことだが、ジェノはどう思う」
「私は、あなたがやりたいのであればやるべきだと思います。あなたにはその素質もあると思うのです」
「だが俺は盗賊だ。実際に罪を持っている。それでも人の上に立てると思うのか?」
「それは、でも……」
「そこでだ、俺はお前がなってもいいんじゃないかと思う」
ジェノは驚いた。もちろんそうだろう。関係のない自分が王になることへの道など想像もしないはずだ。
「でも私は特につながりが」
「つながりがなければ王になれないのか? そんなことはない。王としての素質はお前の方が上だ」
ジェノは確かに王族だ。生まれたころから王族として育ってきた。幼い時にそれは断たれたわけだが、生まれてから一般人として育った自分よりも国政のことなどはわかるだろう。
「俺は単にお前が王族として育った経験があるからこんなことを言っているわけじゃない。お前が国を見る目を見て、お前は根っからの王族なんだとわかる。今の王族であるルル姫とまるで違う。お前が望むのは何だ。恨みを晴らすことなのか? ただそれだけのためにお前は我慢して生きてきたのか」
ジェノはじっとカルトを見つめることしかできなかった。やがてその瞳から大きな涙が落ちる。
「私は、ドリシアル王国に行ってこの国があのようになればと思いました。父が愛したこの国を守れるのなら守りたい。でもそんなことできるはずないんです。自分の家族も守れない私ができるわけないんです」
カルトはジェノを抱きしめた。
「俺がいる。お前のためになんだってやるから、俺に道を作ってくれ」
ジェノは泣きながらカルトを強く抱きしめた。