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運命と罪  作者: 愛姫
運命ー母というものー
6/9

母親

「それにしても大きくなったなー。赤髪、緑の瞳じゃなかったら全く気付かなかっただろう」

 キリアが笑顔でそういう。

 そんなこと言われても、カルトは全く覚えていないため、否、本当の子どもかも怪しいうえで、返事ができない。

「道も長い。短い期間だったが一緒に暮らした日の話をしようか」

 返事を聞く必要はないのか、キリアは一人でに話し始めた。ちらりと横を見るとジェノはすでに顔をキリアに向けている。どうやら興味があるようだ。カルトは腕を組みなおした。


 ドリシアル王国の大きな歴史の一つとして刻まれた。カルトの母、シアナの話。

 動物と人間との対決の中で、引きずり回され、命を賭した彼女のお話。

 彼女は人間の王という立場で、唯一動物に寄り添った人だった。だが、動物と人間との溝は大きく広がる一方で、その中に王権を争う企みが混在した。

 そんな中に見つけたのがカルトだった。それは人間によって作り出された人造人間。それも企みの一つだったのだが、シアナはカルトを抱いた。

 それからたった数か月、カルトとシアナとキリアと森の動物たちとの生活が始まった。

 でもそんな幸せも激動の時代の国では続くはずもなく。突然歩けもしないカルトが行方不明になってしまった。後日はっきりしたのはシアナの姉である、エミリアの仕業だった。

 探し回ったものの、川に流したため、すでに国内には姿もなく、国外か、もしくはもうすでに生きていないだろうと断定された。

 それから我を失ったシアナが暴走。国内で紛争が起こった。だが我を取り戻したシアナが国を鎮め、命を落とした。


 カルトは話を聞いてもピンと来なかったが、隣のジェノは少し涙ぐんでいるようだ。女性特有の共感なのかもしれない。もしくは同じような立場に共感したのか。

 キリアの話では川に流されたと言っていた。確かに拾われたのは家に沿う様に流れる川でバスケットに入っていたらしい。

 喫茶店で聞いていた話だったが、聞き直すとさらに辻妻が合うようだ。


「いまでは銅像が立っているんだ、シアナの。国のあちこちにね。国民からの信頼も厚いし、カルトが来たら国民大喜びだ」

 それはどうだろうか。急に来た男に好印象を持つのはなかなか想像できない。

 それにそれだけを聞いても、カルトはシアナに好印象を持てなかった。いくら環境が悪かったとはいえ、結局のところシアナが国を振り回しているように感じるのだ。まあ、それもあくまで自分の考えだが。

 しかも王権争いをしていた姉はシアナが妬ましく殺そうとしていたというではないか。果たしてそこまでことがよく進むものだろうか。

 考えに考えをかぶせているなか、ジェノとキリアは話が合っているようで会話が盛り上がっている。口々にシアナのことだとか政治のことだとか、カルトには少し難しく、今度はカルトが窓の外を見続けることになった。


      *


 しばらくしてついにドリシアル王国へと到着した。門が開き、国境に入るとすぐに景色が変わった。アドル王国は煉瓦造りが主流で町は茶系に統一されている。一方ドリシアル王国はコンクリートや鉄筋が主流のようで、灰系に統一されている。隣国でもここまでの差があるのかとカルトは驚いた。本業が大工であるが故、興味がわく。あとで見せてもらえるだろうか。

 車が止まって、御者がドアを開けてくれる。キリアに続いてカルトが降りる。続いてジェノが降りる。その時サッとカルトは手を差し出した。ジェノはその手をつかんで降りる。キリアは思わずにやけそうになった。そして少し懐かしくも。

「よし、それじゃあ歩きながら城まで向かおうか。いろいろと紹介したいものがあるからね。安心して、歩いても平気なくらいこの国は小さいんだ。シアナも毎日国の端から端まで歩いていたんだ」

 そういって笑顔でキリアは歩き出した。カルトもジェノも顔を見合わせて、静かについていった。初めての場所だからかジェノはフード付きのコートの胸の部分をぎゅっと握っている。

「大丈夫。何かあっても俺がなんとかするから」

 そう言ったらジェノは小さく頷いた。


 そして少し歩くと林に囲まれた一軒家に着いた。

「ここは国の一番端の家になる。シアナが四年ほど過ごした家だ」

 キリアが扉をノックした。

 すぐに機械音がして扉が開かれる。

「お久しぶりです。お元気ですか?」

「あら、お仕事ですか?」

 中からは還暦過ぎの女性が出てきた。キリアと笑顔で話し、やがてこちらに顔を向けた。一度驚いたようにしてすぐに家へと戻った。

「お父さん! シアナが! シアナが帰ってきた!」

 心の中で否定したが、キリアは笑っている。すぐにさっきの女性と男性が玄関に来た。

「シアナ?」

 男性も女性も驚いた表情で見つめる。

「紹介します。こちらアドル王国から来たカルトとジェノです。こちらはシアナの護衛兵であったザクとネクナ」

 紹介されて頭を下げる。名前を聞いてザクとネクナは静かにうなずいて頭を下げた。

「すみません。取り乱して。御気に障ったかしら?」

「いえ、……もう慣れました」

 おそらく行く先々でこんな対応をされるんだろうなと察した。それほど国民に顔を知られてた存在であると、親しみのある存在だったのだと薄々と感じる。

 立ち話もなんなのでと家のなかへ招かれた。


 部屋は綺麗にされていた。埃もない。シンプルなつくりだ。

「お飲み物は? コーヒー、紅茶?」

 キリアは遠慮し、カルトは紅茶をお願いした。ジェノはというと、困惑していた。

「何飲む?」

「わ、私、大丈夫です……」

 と言ってもさすがに喉が渇いているだろう。

「すみません、ヨス茶ってありますか?」

「え、あるけど、そんなのでいいんですか? 遠慮しないでいいですよ?」

 ジェノはあまり紅茶やコーヒーを飲まない。昔は飲んでいたらしいのだが、奴隷暮らしでは水しか飲んでおらず、味が濃ゆすぎるそうだ。最近では安価なヨスの葉で出したお茶が気に入っている。それしか飲まないほどに。

 お願いしますというと、ネクナは柔らかく微笑んだ。

 そして小さな菓子とともに紅茶、ヨス茶が運ばれてきた。

 紅茶に口をつけると、ジェノもヨス茶を手に取った。

「シアナがシアナとして生まれてから数年間、彼らは護衛をしながら両親役としてシアナを育ててくれたんだ」

 シアナはもとはメイリアという正当な王位継承者だったが、事件によって脳を損傷し、シアナとして生まれた。それからシアナとしてここで極秘に育ったのだ。

「といっても普通には暮らせないし、かわいそうだからって犬を飼ってしまったのも間違いだったわ」

「そんなこと言わないでください。シアナはそれでもよかったと思います」

 カルトは深くは尋ねはしなかった。

「ここ最近ではペットを飼う家庭も増えている。その分問題も出てきてはいるが、過去の事件と比べればなんてことない事だ。最後には皆笑いあえる」

「シアナがいれば喜んでいるだろうな」

 三人ともシアナの話を懐かしそうに話している。

「あの、そのシアナが暮らしていた部屋を見せてほしいんですが」

 カルトがそう切り出すと、笑顔でうなずいてくれた。


「あの子はずっとこの部屋から出ることはなかったわ。お父さんは城の護衛にも行ってたから家を空かすときもあったんだけど、私はずっといたの。でもシアナは犬がいなくなってからよく抜け出していたわね」

 開かれた扉の先には小さな小窓が一つ。他は一面真っ白で端に棚が一つ。その棚にはいくつかの本が並べられている。

「あれ、拝見しても?」

 カルトが言うとネクナはええ、と快く許可してくれた。

 棚の方へ歩くとジェノも小さくついていく。

「ねえ、あの方は何か事情があって顔を隠しているの?」

 二人の姿を見ながらネクナはキリアに耳打ちした。キリアも事情があるのは察したが、

「あれは、これですよ」

 にやけながら小指を立てて見せる。

 ネクナは目をキラキラさせて笑った。

(実際には聞いてないから確証はないけど)


 いろいろな種類の本がある。小説・絵本・随筆・図鑑。その中でも一番ぼろぼろの太い図鑑があった。

 手に取ってみる。動物の図鑑だ。ちぎれることはないが丁寧に扱わなければすぐに破れてしまいそうだ。裏の製造日の記載を見たがまだ約20年、ここまで自然に劣化するとは考えにくい。おそらく他の本よりもこの本を繰り返し読んだのだろう。

 開いてみると、本の中自体は綺麗で、落書きもなければ汚れも見受けられなかった。一つ気になったのは狼のページが何度も何度も開いたと証明づけるように破れかかっていた。

「その図鑑は、シアナが動物が好きでね、買ってやったんだ。それを買ってからは他の本は全然読まなくなった。そのかわり飽きることなくそれをずっと読んでいたよ」

 ザクという男が初めて言葉を発した。

「あなたがいつもシアナに買ってきてたものね。犬もそうだったわ」

 そうネクナが言うとザクは視線を逸らした。

 犬のページを開くと、一枚の紙が落ちる。

『リンはミニチュア・ダックスフント』

「その犬って、ミニチュアダックスフントのリンって名前だったんですか?」

 ネクナは指を顎へと持って行って考えるそぶりを見せた。

「どうだったかしらね。私たちはシアナとあんまり話もしなかったし、犬もシアナが世話してたから」

 なるほど、両親役と言ってもそこまで完璧なものではなかったようだ。ただ監視して育てるだけ。それでも愛情というものは育つらしい。カルトに初めて会った時の反応を見れば。

 それでもジェノの表情は少し憂いを帯びた。軟禁のようなシアナの育った環境に奴隷の頃の自分を重ねているのだろう。


 それから数分後、その家を出た。次の目的地へ歩きながらキリアが話し出す。

「少しショックだったかな? ある意味軟禁のような家庭だったからね。でも二人がシアナのことを大事に思っていたのは本当だよ。特にザクは本当に大切にしていた」

 シアナが怪我を負ったとき、そして亡くなったとき、ザクはキリアに食って掛かるような行動を起こした。

『なんでシアナが負傷するんだ! お前に託しただろう!』

『なんで守ってやれなかった! お前がいながらどうして……』

 その時の言葉はキリアに大きなショックを与えた。それでもザクは大人だった。自分がいたところで何もできなかった。これも運命だのだと。ザクはキリアに頭まで下げた。

「ザクは報告係だった。でもその報告をするときもすごく幸せそうだったよ。シアナとどんな話をしたとか、シアナの好きなものとか、今日はどんなことがあったとか、監視の奥さんのネクナよりもよく知っていたよ」

 ザクは口が重いのだろう。おそらく話し出せばいろいろと出てくるタイプだ。ぜひ一対一で話してみたい。




 しばらくすると森に入っていった。

「足は大丈夫? これから結構上るけど」

「俺は大丈夫だ。ジェノが疲れたら俺が抱えていく」

 驚いたようにカルトを向くが、当のカルトは知らんふりだ。

 夫婦漫才を見ているかのような光景にキリアは苦笑した。

 しばらく上ったところで洞窟が見えてきた。

「あの洞窟がシアナが暮らした洞窟さ。テニトカもいると思うけど、」

 言ったタイミングで一匹の白い虎が洞窟の前に立っていた。よく見ると翼が生えている。

「ああ! テニトカ! よくわかったね」

 キリアが大きく手を振った。テニトカという虎はこちらを静かに見ている。

 久しぶりに脳に違和感がやってきた。カルトは幼少期から動物に会うと、脳に違和感を覚える。脳で会話するようなそんなイメージが来るのだ。今は、

「少し馬鹿にしている?」

 呟くとキリアは驚いて振り向いた。

「言葉がわかるのか?!」

「いや、幼少期から何となく大雑把にイメージが伝わるだけだ。理解できて会話ができるわけじゃない」

 キリアは目を輝かせた。

「いや、きっとそれはシアナの特技だ。シアナは完璧に動物と会話していたから。で、今のテニトカの感情は読めるかい?」

 言っていいのだろうか。

「俺のことに少し驚き、キリアさんに呆れている」

 カルトは嘘が苦手だった。

 キリアは間抜けな声を出しつつテニトカを振り向く。

 テニトカはふいと顔をそむけた。

 おそらくあっていたのだろう。キリアが悔しそうな声をあげているが、そこまで気にしてはいないようだ。

 ゆっくりとテニトカの方へと歩いていく。ふいに服が引っ張られ、振り向くとジェノが裾をつかんでいた。

「あ、ごめんなさい」

「いや、掴んでていい」

 ジェノは恥ずかしそうに下を向いた。しかし裾はしっかりと掴んだままだ。

 近づくに連れて大きくなっていくテニトカ。確かに威圧的ではあるが、虎の方はすごく落ち着いている。

「テニトカ、今日は紹介したい人たちを連れてきたんだ。こちらのシアナに似ている男性がカルト。そして隣の女性がジェノ。二人とも、こちらがこの森の主、テニトカだ」

 テニトカは静かにこちらを見ている。その心には優しい感情がみてとれた。

 そしてキリアはテニトカにカルトと出会った経緯を話した。そしてシアナとの子供かもしれないということも。もしそうであればシアナがカルトを連れて森で暮らした短期間に共に暮らしたはずだ。

 テニトカは覚えているのだろうか。しかしその言葉を聞くことはできない。優しい感情がカルトのことなのかシアナを思い出してからのことなのかはわからなかった。

 しばらくするとテニトカは森へと歩いて行った。キリアの長話が終わったようだ。キリアはその背を見送ると次の場所へと案内した。


 それはすぐに着いた。国が見渡せる森の中の平原のような場所だった。

「ここはシアナが好きだった場所だよ。ときどきサイン、じゃなかった、カルトと一緒に来ていたんだ」

 そこは本当に良い場所だった。ジェノでさえその表情を綻ばせたほどに。

「ここは季節ごとに違う花が咲くんだ。冬は少ないけど」

 そのときふと背後に気配を感じて、カルトはバッとジェノをかばうようにした。

 キリアは静かに振り向いた。

「ああ、サリーか。気にしないで。彼女はこっちを監視してるだけだ」

 林の中に見事な毛並みの白狼がいた。微動だにせず、こちらを監視している。彼女からは強い嫌悪が感じられた。

「彼女は、何かあったのか? 他の動物からは感じられない嫌悪が強い」

 キリアはちらっとサリーを見て目を伏せた。

「彼女は人間が嫌いだ。家族を殺されている。もうこの国には白狼は彼女しかいないんだ。シアナだけが、彼女と和解できたんだ。でも、それももう」

 キリアは言葉を詰まらせた。シアナはこの国でかなりの重要人物だったようだ。心に寄り添える唯一の人物。ジェノはじっとサリーを見ていた。きっと通じるところがあるのだろう。彼女も目の前で家族を殺されているのだから。

「どれだけ、辛かっただろうか」

 彼女のつぶやきは届いたのか。サリーは静かにその場に座った。

 途端に強い風が吹いた。ジェノのかぶっていたフードが脱げる。風は緑と赤が混ざり合う紅葉しかけた葉を連れていく。

 それを見たカルトはふと曲を思い出し、ワンフレーズを口ずさんだ。

 風が通りすぎ、再び静寂が訪れると、キリアは驚いた顔をしてこちらを見ていた。

「その歌は、どこから」

 かなり驚いているようで、こぼれたように言葉を紡ぐ。

「わからない。ただ物心ついた時には歌っていた」

 静寂が三人を見ている。

「それは、シアナの子守歌だよ。それはシアナが作った歌だ」

 キリアはしっかりと言い聞かせるように言った。

 つまりは、カルトはシアナが育てた子供であることの証拠だった。


      *


 森を降りると、下に車が待っていた。

「今度は王宮に行こうか。といっても王宮にいるのは俺と局長とエミリアと使用人たちや兵士だけなんだけど」

 二人は誘導されるままに車に乗り込んだ。


 そう時間もかからずに王宮にたどり着く。ここまでくる間にもシアナのさまざまな銅像があちらこちらに建っており、カルトはすこし威圧感まで覚えてしまった。

 車から降りれば、赤い絨毯が外門から内門まで敷かれていた。本当に王宮なのかと、カルトでさえも気圧されそうになる。肝心の城はというと他の家々よりも古い作りのようだった。

キリアに尋ねれば王国誕生と同じ年月ここに建っているらしい。カルトの職業病ともいえる建造物への興味・好奇心が騒ぐ。

 門をくぐれば使用人・兵士たちが出迎え、一斉に声を掛けてくる。

「おかえりなさいませ。キリア様」


 城に入ればまた荘厳な造りでカルトは思わず感嘆の声を漏らす。それに笑ったキリアは後で好きなだけ見て回っていいと告げた。

「おかえり、キリア。おや」

 キリアよりも少し貫禄のある男が制服をしっかりと着こなしてこちらへ歩いてきた。

「ああ、彼らは先のアドル王国で出会った子たちなんだ」

「なるほどな。君とシアナにとても似ている。あの子だろう」

 今までの反応よりもかなり落ち着いていた。

「カルトです。こちらはジェノ」

「私は局長としてここに努めている。罪から名を捨て、この肩書きだけを背負っている」

 そして握手した。

「それよりキリア、仕事の方はどうした」

「それは後から話すよ。とりあえずこの子たちと話をしないか?」

 局長は何も言わずにうなずいた。


 応接間に通された。そこはやはり荘厳で小さい装飾が施されている。お客を通すために特に力を入れているのだろう。

 後でちゃんと見てみよう。

 席に座るとお茶が出される。

「遠慮しないで飲んでね。もちろんヨス茶だよ。ちょっとアレンジしてあるんだ。お客様向けにね」

 キリアはウインクをしてみせる。

「アレンジは俺の案だがな」

 局長がさらりとこぼし、キリアは苦笑いを浮かべる。

 カルトが口をつけるとジェノもすぐに口をつけた。シアナの育った家で飲んだ時とは全く違う味わいだった。

「それはヨスの葉を紅茶と同じように製法しているんだが、その後に砂糖漬けにしているんだ。俺が気に入っているのでな、気に入ってくれると嬉しい」

 たしかに甘い気がする。けれど強く甘いわけでもなく、調和がとれている。

「おいしい」

 ジェノの言葉に局長は微笑んで、帰りに持って帰ると良いと言った。


「彼が本物であることはほぼ確かだが、DNA鑑定でもするか? 研究所にはよったのか?」

「いや、まだだよ。局長と一緒に行った方が話通りやすいでしょ」

「そうか。研究所には君のカルテ。シアナのカルテもある。そっちで君のことを深く話した方がわかりやすいだろう」

 カルテ。それは研究対象であったということを裏付けるような言葉だ。いや、予想はしていたが、よくよく自分の存在について疑問が湧いてくる。

「昔は局長は研究所のトップでシアナや俺、その他動物達の実験担当だったんだ」

「そう、今は後悔しか残っていないが、今は国を豊かにしていけるようにいろいろと発明をしている」

 外でロボットが多く動いていたがあれらはすべて研究所で作られたものだろうか。それに他にも目を見張るものがたくさんあった。宙に浮かぶ人や動物、立体映像というものらしい。まず自分が乗ってきた車というものは人や馬が動かすことはなく、エンジンというもので動いているらしい。そういうものを見たことも聞いたこともないカルトには何もかもが理解しがたかった。

「過去には人工食というものが流行って、動物は必要なくなったんだ。しかし今ではその考えもまるで正反対になって、命を食し命の尊さ、ありがたさを味わうことを善とされている。人工食ではどうしても不可解な病が流行ってしまったんだ」

 不可解な流行り病とは、解析分の栄養酵素は完璧であるにも関わらず、栄養失調、餓死してしまうとのことだった。それから動物の肉を食すようになったが、いかんせん過去の歴史で動物は数えれるほどしかおらず、食せるものはほぼいない。そこで貿易を行い他国の力を借りようということだった。

「今も、その病に苦しむ人が多い。そのためにも貿易をするべきなのだが、今まで他国の力を借りなかったことが祟って、不安がる国民が大半なのだ。どうにかしてそれをまとめようとしている」

 それを聞いて思い当たる節があり、ジェノを見た。ジェノは目を見開いていたが、その視線はヨス茶に向けられている。どう考えてもおかしい。

「ジェノ」

 カルトの言葉にハッとして顔をあげた。そして小さく口を開く。

「貿易は、災いを招きます」

 局長とキリアが怪訝な視線をジェノに向けた時、ノックの音が聞こえた。

「失礼いたします。エミリア姫をお連れ致しました」

 開けられた扉から長身で細身の女性が入る。黒髪に切れ長の目、高くすらりとした鼻に、赤く薄い唇。美人の類に入る彼女は、息を飲むほど美しかった。

 その動きから気品が漂っている。エミリアは足音もなくこちらへ歩いてくる。

 目の間に立つと、カルトに顔を近づける。

「本当にシアナにそっくりね」

 エミリアは表情を変えることはなかったが、その瞳には女性特有の優しさが浮かんでいた。

「本当に私は許されないことをしたわ。謝って許されることでもない。でも本当にごめんなさい」

 エミリアは深く頭を下げた。

「いや、別に、俺は」

 確かに自分の母親を殺した人なのだが、まず実感がないのだから謝られても、こちらが申し訳ないような気がしてくる。

 おどおどしていると、キリアが口を開いた。

「彼女は実質服役中なんだ。今日は特別に面会を許してる」

「メイリアを殺したのも、キリアを殺したのも、あなたを造ったのも、川に流したのも、シアナを殺したのも、すべて私の仕組んだこと。いいえ、それ以上に私は他の命を見ていなかった。私のたくらみで何万もの命を奪ったことか」

 メイリアを殺すため怪物と呼ばれた実験された獣を放したのはエミリアだった。その後獣が人々を殺し、動物はすべて処分対象になった。

 エミリアは席に座った。

「私は王位が欲しいと表では言っていたけれど、心の中ではきっと生まれた時からメイリアのすべてが羨ましくて、妬ましかったんだと思うわ。あの争いで気付いたの。自分の私情で国中を巻き込んでいたこと。自分のせいで失くしてしまったものの多さに。シアナは最後に教えてくれた。命を軽視することなく重んじること。それは自分の命を含めて。罪を背負って生きていく事が、私にできる償いだと」

 エミリアが身を投げようとしたとき、シアナはもう事きれる寸前だった。それでもエミリアを突き飛ばして、その反動でシアナは城の頂上から落ちてしまった。エミリアは最後に聞いていた。シアナの言葉を。


「私はあなたを許します」


 シアナはエミリアを許した。でもそれはシアナの許しであって国の許しではない。今は国の許しのために生きているとエミリアは言う。

 キリアはエミリアをみて変わったと思った。確かにシアナのおかげで変わったのだ。

 ふとアドル王国のルル王女が見せたあの表情が浮かんだ。あそこは王女は一人だから特に争い事はなさそうだが。


「ところで、そちらの女性は何か訳ありなの? 顔をずっと隠しているけれど」

 はっきりとものをいう性格のエミリアは躊躇することなく指摘した。

「彼女は」

 カルトが何とかごまかそうとしたところでジェノはフードをとった。

「私はアドル王国の前、ライズベリー王国の第一王女、ジェノ・ラズベリーです」

 その目はしっかりと開かれており、横顔には王女としての気品があった。

「ジェノ? ライズベリー王国にはいったことがあるけれど、私は知らないわね。でも確かに顔はお父様に似ているかも」

 ジェノが万が一のため、子どもの存在が隠されることを伝えるとエミリアは納得した。

「確かに、あなたの妹の存在を知ったのも処刑された時だったわ」

「妹は母似でしたので、私は国で暮らしていても気づかれることはありませんでした。あの時から今までずっと奴隷として暮らしていました」

 皆何も言わずに静かにジェノの話を聞いていた。

「貿易はすべきではありません。私の国は貿易をきっかけに滅んだのです」

 ジェノは国であったことを伝えた。その間、右頬の火傷の後を優しく触っていた。


 話を聞き終わると、皆沈黙していた。それぞれにジェノの話を聞いて深く考えているようだ。

「確かに話を聞く分には貿易がいい事ばかりではない気がするが、実は三人でもう貿易が一番の救いだと思っていたんだ。先ほど話したように国で流行り病が問題だ。それにあまり時間をかけるわけにもいかない。とすれば研究よりも貿易の方が確実で早い」

 局長がしっかりと意見を伝える。

「僕は最初に提案したんだ。それしか今は方法が無いと思って。局長は少し渋っていたけど、やはり必要だと思う」

「私も王女としていろんな国へ招待を受けて行っていたけれど、他の国は豊かになって貿易をしてよかったと言っていたわね」

 話を聞いてもなお、彼らは意見を曲げなかった。同情だけで政は進まない。それは彼らが冷静に物事を見極めるのに長けている。

 ジェノは眉間を寄せた。

「ちなみに君の意見を聞きたいな、カルト」

 急に話を振られて、少しカルトは戸惑った。

「お、俺は、貿易はするべきだと思う」

 ジェノは驚いていた。少なからずカルトは自分の意見を主張してくれると思っていたのだろう。

「まだ一部しか見てはいないが、この国には貿易が必要だと思う。確かに隣国のシステムでいいもの悪いものはある。それは国が貿易を結ぶ際に条約だの規制を作ればいい。それに今の現状を打破するには貿易をして他国を学ぶことも必要だ。この国は機械科学が発展しているからそれを欲しがる国も多い。対してこちらが望むのはいろいろな国にあるものだ。最悪一国がダメになっても他の国がある」

 ジェノは震えていた。自分の意見が主張されない事に不安を抱くのは当たり前のことだ。

「お前の意見を否定しているわけじゃない。むしろそれを踏まえたうえでの意見だ。それにお前のその過去を暴くのは貿易への改革じゃないか」

 ジェノは納得したように頷いた。ジェノも感情的になりやすいが、冷静にものごとをみることもできる。

「よし、貿易はやる方向でいいだろう。だがアドル王国は考えるべきだな」

 すぐに物事の話し合いが進んでいる。彼らの性のようだ。

「もし、ジェノ殿。あなたがよければここに移り住んでも構わない。できれば移り住んでほしい。俺たちは三人での政もかなり大変になってきた。君が来てくれれば国をまとめることができる。頭も冴えるようだし、どうかな?」

 ジェノは考え込んだ。そして静かに顔をあげた。

「私は権力が欲しいわけではないんです。ただあの悲劇を過去を暴きたいだけなんです」

「そのあとは? 暴いた後はどうするつもりなんだ?」

 ジェノは口ごもった。全く考えたことがなかったのだ。

「俺と一緒にいればいいだろ」

 ジェノは静かに見つめた。

「俺は特にどんなことも考えていない。ここに住んでもいいし、別の場所に移り住んでも構わない。まあアドル王国にはいられないだろうしな」

 キリアは目を輝かせる。

「君には王位についてほしい。国をまとめてくれないか?」

 なんとなくわかっていたが、やはり王位につくことを目的に連れてきたのだろう。

「俺にはそんな大役勤まらないし、資格もない」

「資格は……」

「いや、俺の本職は大工じゃなく盗賊だ」

 それを言うと皆が驚愕の声を出した。そして沈黙する。

「というわけで俺は王位に就くことはない。それに今まで通り王がいなくてもいいじゃないか。それで国が動いている事には間違いない。国に派閥ができるのは当たり前だ。それはそれで互いに意見を出し合うことでより良いものができるだろう」

「確かに、シアナさんが王の資格を排除した今、誰もが王になれる。でもそれはつまり王である意味もないのではないでしょうか。リーダーは必要ですが、そのリーダーを決めるのは国民であり、リーダーになるのも国民でしょう? それならやりたい人は名乗りを上げるはず、まずは目を国民に向けることも必要だと思います」

「王族の君がそういうのならその意見を主張しよう。確かに俺らがやることが絶対ではないな」

「国民から立候補を出してみようか」

「局長とキリアさんはどうするんだ」

 そういうと二人は押し黙ってしまった。何か言いずらい事でもあるのだろうか。

「この際だ、はっきりと言っておこう。俺は病気に掛かっている。原因も特定できない。流行り病でもない。だが余命もそんなに長くない」

 その時エミリアが遺憾の声を出した。

「なぜそれを黙っていたの! なぜ私に言ってくれなかったの?!」

 局長のことで重要なことを隠していたことにエミリアは怒っていた。

「それでも私はあなたの妻なのに……」

 相当なショックだったのか、それきりエミリアは一言も話さなくなった。

「すまない。それでキリアの方なんだが」

「僕はアンドロイド、つまり機械だ。でも永遠に生きていけるわけじゃない。脳は歳をとるし、この体もガタが来ている」

 キリアは自分の胸を押さえていた。

 つまりはそう先が長くないことに二人は怯えていた。自分たちの後を誰がやるのか。エミリアがいるがおそらく国民の上に立つ顔ではないのだろう。

 理解ができないわけではなかった。そこに運命かのようにカルトがいたのでこれはと思ったのだ。

 国民の中に立候補する者はそしてそれを推薦する者はいったい何人いるのだろうか。少し怪しいところがある。

「ジェノ殿。少し考えてみてはくれないか? 確かに君は権力を望んでいるわけではないだろう。だが、君は罪びとでもなければ優しい人であるのだ。もちろんこの国では君が王族であることなんて知る由もない。しかし君は利口だ。その心と頭でどうか国を支えてはくれないか。カルトもいるならなおさら我々は心強い」

「裏を知ってなお、国を思う君は、シアナに似ている。きっと国をうまく導ける。今は君しか選択肢が無いように思う」

 ジェノはうつむくことしかできなかった。うなずくことも首を振ることもできない。

 それをみてエミリアは何かを思ったようだった。

「このあと研究所に行くんでしょう? その前にカルト、キリアと手合わせをしてみたらいいんじゃないかしら」

 突然の話に皆がエミリアを見たが、当の本人はジェノを見据えている。

「その間に彼女と話がしてみたいのだけれど」

 そういうエミリアを見て、キリアは置いていたサーベルを手に取って立ち上がった。




「いやはや、こんな日が来るなんて夢にも思わなかったよ」

 裏庭に存在する修練場で二人がストレッチをする。

 キリアの顔はとても晴れやかで、本当に嬉しそうだった。対してカルトはこういったことをしたことがない。いつも自主練のみであるため相手と対局したことがない。しかも相手はアンドロイド。どういう戦法が飛び出すのかと内心ひやひやしていた。

 キリアは練習用の木刀をもって位置に着く。対してカルトはこぶしに包帯を巻いただけだった。

「おや、武器は良いのかい?」

「俺はこれしか知らないんで」

 実際のところそういうわけでもないが、どちらかというと組み手の方が得意ではあるのだ。それは盗賊の時に教えられた身のこなしを最大限に使えるからだ。

 刀や銃は使ったことが無く、大きいものでもナイフぐらい。むしろそれを持った方が不利になる。

 お互いにお辞儀をし、一人の兵士が手を振りかざした。

「ファイ!」

 一気に振り下ろすとともにキリアが走り出す。それを見たカルトは二つステップを踏んで同じように走り出した。キリアは真っ直ぐに突っ込んでくるカルトに驚いたが、チャンスだと木刀を突き出した。するとカルトは手を差し出したかと思えば木刀を滑らかに掴み、まるで重力を感じさせないようにその腕だけで側転をする。勢いづいたキリアの背後をあっという間にとって蹴りを繰り出す。キリアは背中を蹴られバランスを崩す。地面に倒れそうになると、片手をついて何とか体を持ち上げた。カルトも蹴り上げた足が痛んで着陸で少しバランスを崩す。

 カルトが勢いを落とすことなく突っ込んできたのは勢いのまま側転を繰り出し、背後を瞬時に取る為。さすが、盗賊だと思った。相手の死角に入りこんむことを前提に考えている。蹴り上げキリアが体制を崩したところをさらに追撃するつもりだったが、キリアの背中は機械だ。予想以上に足が痛んで、思わず自分も体制を崩してしまった。

 両者が相手の出方をうかがっていた。

 そしてカルトはまたステップを踏んで先手を仕掛けた。いや、次の攻撃へと誘導した。思ったようにキリアは木刀を構え、カルトを狙って刀を横に振った。それを見切ったカルトは避けて背後に回る。再び背後をとられたキリアは焦って体をひねり、刀を後ろへと振った。しかしそれもカルトは誘導したのだ。振った腕の肘へカルトは裏拳を繰り出し、キリアの関節がゆがんだ。その弾みで木刀が落ち、驚いている間もないままカルトはキリアの腕をつかんで、足のみで一回転。気付けば体は仰向きに倒れており、カルトに首を抑えられ、身動きが取れなかった。

 カルトは肩で息をしながら、ゆっくりとその手を離し、キリアの上から退いた。

「いや、まさかここまでとは、はっきり言って驚いた。負けるつもりはなかったんだけどなー」

 そういって頭を掻きながらキリアは笑う。訓練しなおしだなとつぶやいて木刀を拾った。

「それは盗賊として習った体裁きかい?」

 カルトは頷いた。しかしキリアはカルトの不自然な立ち方に違和感を感じ察した。

「カルト、足大丈夫か? いくら技術で勝てたからと言っても、俺に当てた足と腕が痛まないはずがない」

 カルトは表情を変えることなく頷いた。




 ときは少しさかのぼり。

 キリアに続いてカルトが出ていき、そのあとに続くように局長が出ていった。

 部屋に残ったのは、エミリアとジェノだけ。

 沈黙が訪れたが、それは長く続くことはなく、エミリアはすぐに口を開いた。

「さて、さっきの話の続きだけれど」

 ジェノは息を飲んだ。カルトがいない部屋で、シアナを殺したエミリアと一緒というのがどうしても緊張してしまう。

 それに気づいたのかエミリアは優しく微笑んだ。

「心配することはないわ。何もしないから。ただ純粋に話をしたいだけよ」

 と言われてもすぐに納得して気を許せるわけではない。

「あなた、闇を暴いてほしいって言ったわよね。それって恨み? それとも国を救いたいから?」

「恨みです」

 それだけははっきりと言える。なぜならいつもそこに怒りがあるから。

「そう。じゃあ暴いたら、殺すの?」

 そういわれてジェノは息を飲んだ。まさか、殺す? いや、そんなことしても家族が帰ってくるわけでもない。それは無駄な死だ。

「……殺すなんて、考えてません」

「どうして? 恨んでるんでしょ? 憎んでるんでしょ? それなら殺しちゃえばいいじゃない」

 畳みかけてエミリアは殺すように誘導する。ジェノは恐ろしさがこみ上げて、胸に手を当てた。

「……そ、そんなことしても、何にも変わりません。彼らの命も、地位も名誉もいらない。ただ暴いて、ちゃんと……」

 そこまでいってジェノは気付いた。私は暴いてそれから彼らに何をしてほしいのか。全く浮かんでこなかった。

 口ごもったジェノを見て、エミリアは表情を緩ませた。

「わからないんでしょう? あなたは恨んでいる相手に暴いてどうしてほしいのか。それってきっと違うんと思うの」

 エミリアは席を立った。そしてゆっくりと歩き出す。

「あなたは相手を恨んで、暴きたいわけじゃない。きっとそれは国のため」

 ジェノは理解ができなかった。そんなこと思っていない。

「相手に恨みが無いわけではないと思うわ。家族を殺されて、それでも恨みませんなんてできるわけない。でもね、あなたはさっきカルトの言葉に納得したじゃない。貿易の改革だって。普通、国のためを思わないで暴くなんて言ってたら、革命だと言われて納得するわけない。それにこの国が貿易しようがしまいが、あなたの目的には関係ない。最初から黙っていればよかった」

 確かにそうだ。ではなぜ?

「あなたは確かに国のことを思っている。あなたは根っからの王族なのよ。人の上に立ち、国を守り、それでいて謙虚で、本当にシアナにそっくりだわ」

 エミリアは窓から下を見て微笑んだ。

「みて。彼、キリアに勝ったわよ」

 ジェノは立ってエミリアに並んだ。確かにキリアの上に跨るカルトが見える。

「あなたはまだ若い。間違えることも不安に押しつぶされることも多いでしょう」

 カルトが立ち上がる。どこも怪我はしていないようだ。そのあとに笑いながらキリアが立ち上がった。

「でも彼と一緒ならきっと大丈夫よ。誰も一人で背負うことはできないわ。シアナもいろんな人が支えてくれたから、成し遂げたのよ。そして私も罪を背負うって言いながら支えてもらっているもの」

 エミリアを見れば空を見ていた。

「駄目ね。私はまだ彼を支えれない」

 おそらく局長のことを言っているのだろう。余命告白。相当ショックだったのだろう。

「支えれないなら、手を添えてみればいいんです」

 口をついて出た言葉にジェノ自身が驚いた。エミリアはすこしキョトンとした。

「手を、添える?」

 どぎまぎとしてェノは手を組んで下を向いたが、口を開いた。

「手が触れたらそこに温かさがあります。温かさは安心するから」

 エミリアは数回瞬きをして、微笑んだ。

「そうね。ありがとう」

 そしてジェノの肩に手を添えた。

「考えておいてね。この国の王位。私はあなたに賛成できる。あなたなら、いいえ、あなたたちならきっといい国づくりができるわ」

 ジェノは口をきつく結んだ。


      *


 キリアとカルトが戻ってきた。

「あら? 彼は?」

 一緒に出ていった局長がいなかった。

「局長は手合わせする前に研究所に行ったよ。いろいろまとめるから手合わせが終わったら来いって言って」

 エミリアは少しうつむいたが、ジェノをみて口角を少しだけ上げた。

「じゃあすぐにでも研究所に向かうといいわ。彼、仕事は早いから、きっともう待ってるわよ」

 キリアも笑って頷いた。

「じゃあね、ジェノ。今度会ったらまたお話ししましょう? 収容所ででしょうけどね」

 エミリアは笑ってそういった。

 そしてエミリアが見送る城をカルトたちは後にした。


 しばらくして森に入り、鉄筋製の小さい建物の前で車が止まる。

 旧動物管理局。今は研究所と呼ばれているらしい。

 キリアを先頭にその建物の前に行くと、扉のようなものは見受けられなかった。どうやって入るのだろうと思っていると、自分のすぐ上についている箱が鳴り出した。

「キリア様とお連れ様ですね。少々お待ちください」

 箱が喋ったことに驚いていると、次はジーという音を立てながら目の前の壁が下へと動き、そこに道ができた。さらに驚いているとキリアが慣れたように入るので、恐る恐る建物へと足を進めた。


「よくきた。ここが研究所。シアナと君が生まれたところだ」

 局長が出迎え、一室へと招かれた。部屋は左右に棚を立ててあり中央にローテーブルとソファ、そして奥にデスクがあった。

「君とシアナの研究内容をすべて出してみた。見てみてくれ」

 ソファに座り、書類を手に取る。そこで初めてシアナの顔を見た。赤髪のボブヘア。緑の丸い目。姉は美人だが、シアナは柔らかい顔をしていた。

 書類にはシアナのことだけでなくシアナのもととなった二人の情報も載っていた。一人がメイリア。シアナの体となった女性だ。こちらの写真も載っていたが、シアナと一緒だった。違うところは髪が長く、もう少し口角が上がり、優しい顔つきだった。もう一人はシアナの脳の一部となった女性。こちらはぼさぼさとし白いロングヘアで、肌も人一倍白かった。紅い瞳で鋭い目つき。その表情は強い恨みを持っていた。

 メイリアは職員の発砲により頭部を大きく損傷。だがそれで死んでいなかった。息もあり、心臓も動いていた。それが奇跡だったのだ。だが回復は見込めなかった。薬や機械で延命してはいたが、いつ事きれるかわからない。そこでその当時の王が脳の移植を実行するように命じた。そして目についたのが狼と暮らしていると噂された一人の少女だった。メイリアとは面識もあったようだ。すぐに捜索され、邪魔をしてきた狼を数頭殺害。一頭を逃した。少女は連れてこられてすぐに脳を取り出された。

 衝撃でさすがのカルトも目を見開いてしまった。

「この、生きたままっていうのはどういうことなんだ」

 局長は目を伏せた。そして数回深呼吸をして口を開いた。

「脳の移植は初めてのことだ。私たちの研究では生きたままやらねば成功しないとデータがあった。時間もなく、我々は結局、副作用の可能性のある禁忌の回復麻酔薬を使い、彼女たちを生きたまま手術した」

「その回復麻酔薬っていうのは」

「それは身体に驚異の回復力を与える麻酔薬だ。どんな怪我もすぐに治ってしまうが、まず効力が強すぎて、いくつかの副作用が確認された。一つは打った瞬時に対応できずに身体に異常。一つは回復の際に加わる痛みに耐え切れずにショック死」

 いろいろな動物で実験する際に用いられたらしいがうまく適合したものがメイリア、白髪の少女、テニトカ、怪物だけだったそうだ。

「しかし、それならなんでシアナは死んだんだ」

 どんな怪我も回復するのであれば、たとえ死に至るものでも治るのではないのか。そうカルトは疑問に思った。

「あれの成功例はない。たとえ適合していても何かのはずみで予想外のことが起きる。確かに言えるのはあれの効力は永遠ではないということだ」

 キリアによれば怪物はシアナと再会したときすでに効力がきれていたようで、銃で殺害できたということだ。森であったテニトカもシアナの死んだあの戦争で深手を負い、事きれるかという状態だったようだ。治療を施し、なんとか今も生きてはいるが、おそらくもう効力は残っていないだろうという。シアナも本当は落ちて生きてはいたが、回復が追い付かず死んだのではとも仮説がとれるといった。

「この女性の方はどうしたんだ。回復なら脳も修繕されたんじゃないか」

 カルトの意見はもっともだった。たとえ移植されたとしてとられた脳は戻るのではないか。

「そう、彼女の脳は修繕された。でも」

 それはとてつもなく恐ろしい事だった。もともと女性は狼と育ち、言葉を話せなかったが、研究所に来たときは滅茶苦茶に暴れたらしい。しかし、移植をして、脳が元通りに戻ったとき彼女は生き物としてそこにあらず。目は虚ろで何にも反応しなかった。食事も食べず寝ず動かず。ただそこにあるだけ。何かが足りなかった。あるべき何かが彼女の体から消えていたのだ。耐え切れなくなった局長はじめその他研究員たちは彼女を目につかない牢に閉じ込めた。数日後様子を見に行くと、彼女は餓死していた。

 研究は恐ろしいものだった。そしてそれはシアナには教えていないという。あまりにも酷いものだったから。

「どんなことがあったからと許されることではない。許しを請う気もない。俺は綺麗に生きるには酷すぎることをした」

 局長にかける言葉などなかった。何をいったところできっと変わらないと思った。

 カルトは表情を重くして続きを読み始める。

 うまく適合したメイリアは記憶の混濁で自我を奪わないように記憶を改ざんされ、シアナとして生きるように手配した。いつかゆっくりと記憶が戻ったときは、王としての地位につけるように。

 しばらくしてシアナは飼っていた犬を管理局に連れていかれ、取り戻そうと忍び込んだ際にテニトカに出会う。そしてシアナとして国に大きく関わっていく。

 すべてを読み終えると、自分の母親のことがなんとなくわかった。そしてこの国の闇だったことも。

 次に自分の資料を手に取った。顔写真などはまったくない。そして書いてあることも少ない。カルトはエミリアの案で造られたという。人工的に人を作り出すのは違法だったが、シアナとキリアには子供が作れない。後継者のために王も特別に許可をだし、カルトが生まれた。そしてエミリアの企みでシアナに出会い、連れていかれる。それからしばらくしてエミリアに川に捨てられた。

 自分の生まれたときの実験内容も書かれていたが、難しいことで少しも理解できなかった。

「どうだった? この国のことが嫌いになったかい?」

 キリアに言われてカルトは首を振った。

「いや、ここまで大きくなったのはすごいことだと思う。それに、それがあって今があるのなら何も責めることばかりではないだろう」

 カルトの言葉に皆が驚いていた。そしてキリアは吹きだした。

「君は、本当にシアナに似ているね。きっとシアナもそう言うよ」

 たとえ何があろうと受け入れる器が大きい。成り立ちからだろうが、第三者の目線の様に自分の現状を受け入れる。

 シアナの場合は感情が先に出ることもあったが。


「それではカルト君、DNA検査と手合わせの際の治療をしようか」

 局長が言うとカルトは立ち上がった。いまだに痛むのが少しぎこちない。


 地下へと進んでいくと、あちらこちらで研究がされていた。

「今も動物を使っているのか?」

 カルトの言葉に局長は頷いた。

「といっても試験薬をすぐに投与なんてことはしない。まずは我々の作った人工的サンプル体に試験して、合格したモノを動物に、そして合格したものを人間に、そして合格したモノが一般に使用される」

 人工サンプル体とは生物を構成する要素をすべて物体として作り出したものだ。

「それを利用したら人造人間も作れそうだな」

「はは、そんな恐ろしいことはせんさ。きっとどこかで失敗するだろうしな」

「もし悪用する者がいたらどうする」

「今は作るのも大変だ。一人ひとり作業工程を分け、すべての工程を研究員一人に把握されないようにしている。すべてを通して知っているのは俺だけだからな」

 対策を立てたとしても、存在するのであれば誰かしら利用する可能性が無いわけではない。

「これは他国に知られない方がいいだろうな」

 局長は少し真剣にうなずいた。


 いくつかの扉の一つの前で局長は立ち止まった。

「集中治療室。国の兵士たちが大けがをしたときにここで治療する」

 局長が腰のかぎの一つを使って扉を開けた。

 部屋には薬品のそろっている棚。道具が入っているであろう棚。大きな照明と、治療台。白い空間だった。

「まずはDNA採取をする」

 カルトは腕を差し出した。局長が注射器をカルトの腕に指し、血液を採取した。

「これを機械に差し込めば、数分後にDNAの結果が出る。キリアとシアナのデータはすでにあるから、結果が出る間にその足の治療をしようか」

 続いてカルトが足を差し出した。

 打撲しているのは右足だった。腫れ具合をみたいからと左足を出すように言われたが、左足は、

「これは」

 機械だった。精密さにはかけるが生活には不十分無いぐらいだろう。

「幼少期に突然もげたんだ。理由はわからなかったが」

 あの時の痛みは幼少のカルトにとっては死すら悟るほどのものだった。両親も驚いていたが、いかんせん原因がわからなかった。父親の知り合いに義足を作ってもらったのだ。

「おそらく成長抑制線の副作用だろう」

 腫れのみの治療は薬を塗るだけで終わった。

「明日には治るだろう。骨が折れててもおかしくはないと思っていたが、鍛えられた足の筋肉で骨は無事だったな」

 カルトは静かに裾を降ろした。

「その義足だが、少し良ければこちらで改造か新調できるが、どうする? 何度か改造はしてるみたいだが、こちらの方がその技術は上だろう」

 カルトは少し考えて頷いた。

「お願いする。最近ガタが来たと思っていたんだが、今までやってくれていた整備士が亡くなって、それから俺が何とかしてたんだ」

 局長は頷くと近くのボタンを押した。すると大きな筒形の機械が壁から出てくる。

「それで足の形とか図るから」

 カルトが体ごと円筒形に入った。すると四方から細かい網目のような光がカルトを包み、数秒でその光は消えた。

 するとすぐに扉が開いて一体のロボットが入る。その手には一つの義足がある。

「これが今ある義足の中で君の足に一番適しているものだ。さっそく履いてみてくれ」

 カルトは手に取り、驚いた。今の義足よりもはるかに軽い。

「軽いだろうが、丈夫さは上だと思う。キリアに使用しているものと一緒だ」

 自分のものを一度外し、新しい義足をはめてみる。若干の違和感はあるが、重さもないし、かなり機動性が増した。

 そして微調整をしてもらい、かなりしっくりとした。これでいろいろと働きやすくなるだろう。

「支払いは」

「いい。これは俺からのプレゼントだ」

 カルトは深くお礼をした。


 局長室に戻ると、二人が随分と溶け合ったようで、ジェノの顔には笑顔が浮かんでいた。

「カルト、ジェノさんは素晴らしい女性だ。思想も面白いし、何より美人だからな」

 ジェノは照れたように手を振った。

「まあ、俺の惚れた女だからな」

 それを聞いたジェノは今までとは比にならない程、顔を赤らめ隠した。

 局長とキリアは共にニヤニヤと笑う。

「それで、結果は出たのかい?」

 キリアの切り出しに局長は静かに一枚の紙を差し出した。

 結果は合致。シアナとキリアの子であることが確定された。

「じゃあ君は本当にシアナの子なんだね」

 キリアは優しく微笑んだ。

 事実の証明。それだけのことだが、自分のことが理解できて、カルトは少し嬉しかった。

「そんな顔もするんですね」

 ジェノの言葉にカルトは驚いてとっさに顔を隠した。

 思わず笑っていたのかもしれない。


 城に戻り一晩泊まることになった。

 カルトはベットに倒れこんだ。いろいろな情報が一日で手に入って、いまだに処理しきれていないことがあるが、それでも有意義な一日だった。

 いろいろと頭で処理しようと思ったが、ふわふわとしたベットに包まれて、いつの間にか視界は黒く染まっていた。

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