偶然の出会い
会合が終わり、キリアは宿屋に戻ろうと城を出た。
ふと視線に気づいて、パッと顔を挙げると、窓から金髪の女性が見下ろしていた。容姿からするに、おそらく、王女だろう。確かルルと言ったか。
こちらが気付いたことに気付いたのか、姫はにっこりとして手を振った。
キリアは一礼して振り向いた。
(あの姫は、何か嫌な感じがする)
キリアはあの激動の最中、終始陰で糸を引いていたエミリア王女のことを思い出していた。
(何か企んでいる……?)
キリアは考えてみたが、話もしたことのない相手のこと、深く考えるのも答えが出るわけではなく。頭を振って思考を止めた。
「大臣」
馬車に乗り込むと御者から声をかけられた。
「今晩は宿に泊まる。明日の朝帰国する」
言い終わったところで、御者が刃物を取り出し、勢いよく飛びついてきた。
狭い馬車の中、よけることは困難だ。
しかし相手はキリアだった。とっさに体をそらせて避けつつ、刃物を持った腕をつかんだ。そして相手の勢いのまま向かいの扉に投げつけた。
だが相手もなかなかの手慣れのようだ。扉にぶつかる前にうまく体をよじり、扉を蹴飛ばすと、その勢いを使ってまたキリアに襲い掛かる。キリアは避けずに相手の腕をつかんだ。
「何者だ? 王からの命か?」
「貿易をするな。己の国が大事なら」
「何?」
フードを被り、かつ顔に何かを巻いている。顔を見ることはできない。その男は何とか離れようともがくが、キリアはアンドロイド。人間の力ではびくともしない。
ざわざわと遠くから大勢の者が駆け寄ってくる。城の兵士たちだろう。
男もそれを悟ったようで、腕を離そうともがく。
「お前を突き出すことはしない。そのかわり答えろ。何者だ? 本物の御者は何処にいる?」
「……これは警告だ。貿易をするな。俺が言えるのはそれだけだ」
キリアは腕を離した。男は素早く馬車を飛び降り、その場を去った。
その後すぐに兵士たちがやってきた。
「キリア殿! お怪我はありませんか? 何があったんです」
隊長と思しき人物が一歩前に出てきて、口早にそう言った。その後ろには上着を着ていない本物の御者がいた。
「何者かに襲われた。それだけの事。怪我もしていない故、気にするな」
キリアは男が去った方向を言うと兵士たちは隊長の命でそれぞれに移動した。
「今夜は我々が警護をしましょう」
キリアは首を振った。
「いや、いい。多くで移動した方が簡単に気付かれる。用意してもらって悪いが、馬車は借りない。歩いていこう」
隊長は驚き、声を荒げる。
「し、しかしまた襲われれば、二人でどう対処するのですっ」
「私は国の大臣の肩書だが、国軍の将校だ。それにその御者も負けず劣らずの実力者だ。心配ない」
キリアの名は周辺の国々には知られている。特に軍の者は知らぬものの方が多いほどだ。
隊長は顔をしかめたがそれ以上は何も言わなかった。
夜道を二人で歩く。特に襲われることもなく中心街まできた。昼間とは打って変わって全く人がいない。
「ヨー。お前、男の顔を見たか?」
今まで無言だったキリアがいきなり話し出したので、ヨーは肩を揺らした。
「い、いえ、それが背後から急に襲われたもので……。も、申し訳ございません! 私の力不足でキリア様を危険な目にっ」
襲われ、キリアの警護を十分に行えなかったことを咎められるのではないかと思っているようだ。ヨーはびくびくしている。
「そこまで気にするな。お前が力不足と思うのであれば、それを補えるよう訓練するまでだ。それにお前の力は僕も認めているんだ」
ヨーはもう一度深く頭を下げた。
言ったことは確かなことで、ヨーはキリアに並ぶほどの実力者だ。力があるのに驕ることもなく、注意力も警戒心もずば抜けている。つまり今回の相手はそれ以上。
キリアもすぐに気配を察知するものの、今回は気付くことができなかった。相手が刃物を出した一瞬までは。
かなりの実力者がこの国の裏に隠れている。
キリアは男の言った言葉を反芻していた。
――「貿易をするな。己の国が大事なら」――
――「これは警告だ。貿易をするな。俺が言えるのはそれだけだ」――
貿易をするなと言っていた。つまり貿易をすれば己の国に危害がおよぶということだ。この貿易で大きく栄えた国で、いったい何があったというのか。
男の言葉を鵜吞みにはできないが、キリアは貿易をすることに警戒心を抱くことになった。
「あの男は、この国の者でしょうか? 王の密命を受けてとかでは……。いえ、あくまで個人的な意見なのですが」
「いや、それはないだろう。襲撃が王の命だとすれば、兵士は駆けつけては来ないだろう。お前も襲われて上着を盗られるだけではすまないはずだ」
ヨーは深く頷いた。
「この国には大きな裏がある可能性がある。男は貿易をするなと何度も警告した。襲撃した男の言葉だから鵜呑みにはできんが、お前も今まで以上に警戒をしろ。貿易の話は一旦国に持ち帰り、局長にも話す必要がある。それまで何知れない顔をしていろ」
ヨーは短く返事をした。
何事もなく朝はやってきた。
キリアは宿の馬車に乗り、来た時と同じように窓を眺めていた。
昨日と同じような朝だった。街は賑やかで実に栄えている。行き交う人々は皆笑顔だ。――奴隷以外は。
「奴隷、か……」
幼い少女の奴隷がこちらの馬車を見ていた。その顔が、目が、シアナが鎖につながれていた時と重なって、キリアはハッとした。
ヨーがそれに気づいてキリアを気遣ったが、キリアは首を振って軽く平気だと答えた。
再び顔を外に向けた時、そこには無いはずの人の姿が見えた。
「っ……シアナ?!」
確かな赤髪に緑の瞳。すぐに通り過ぎてしまったためしっかりと見ることは出来なかった。キリアは考えるより先に馬車を止めるように言っていた。
馬車が止まるのが先かわからないほど素早くキリアは飛び降りた。街の人が驚いた表情を浮かべるも、キリアは全く気にもしない。人ごみの中、先ほど見えた赤髪の人をさがす。
ちらりと行き交う人の先に赤髪が見えた。キリアは人ごみを掻き分けるようにその人物のもとへと向かった。
見つけてその人物の背後に手を伸ばした。するとその人物も気付いたようでこちらを振り返った。
必死だったため気付かなかったが、その人物は男だった。しかもかなりがたいの良い人物だった。年で言えば二十歳ぐらいだろうか。若者は驚いたようにしている。
「……何か?」
キリアはシアナによく似たその人物に何と声を掛けていいかわからず、何も言えなかった。
「……いや、すまない。人違いだったようだ」
ドリシアル王国では王家の血筋しか赤髪の者は産まれないが、ここは他国だ。多くの者が赤髪なのかもしれない。
「人違いとはまたとんでもないね。カルトみたいな赤髪はこの国には二人といないよ」
カルトと呼ばれた青年が買い物をしていた店の老婆が笑いながらそう言った。
すると後ろからヨーが声を掛けてきた。
「大臣、急に飛び出さないでください。って、え? シアナ様?!」
ヨーもカルトを見るなりそう言った。
「はあ、二人して勘違いとはまた面白いことだね」
老婆はそういって今来た客へと歩いて行った。
「すまない。君があまりにも似ているから僕共々勘違いしてしまったようだ。気を悪くしたなら詫びる」
キリアとヨーは同時に頭を下げた。
「いや、気にするな。確かに俺みたいな赤髪そうそういないし。もともとこの国出身ではないと思う」
青年は特に表情を変えることなくそういった。
「いやーしかし本当に似ていますね。はは、これも運命だったり。よく見れば顎のラインとか眉とか鼻とか大臣にもよく似てますねー」
そう言われ、キリアとカルトは顔を見合わせた。確かに似ている。もともとこの国出身ではないとも。キリアはまさかと思いつつ質問してみた。
「先ほどから失礼を重ねてすまないが、一つ聞かせてくれないか? もともとこの国出身ではないとのことだが、生まれはどこなんだ?」
カルトはすこし表情を曇らせた。が、すぐに口を開く。
「それはわからない。育ててくれた両親は川から拾い上げたと言っていた」
「川……?」
キリアとシアナの子供がエミリアに誘拐されたとき、エミリアは子供をバスケットに入れて流した。――川に。
「サイン? サインなのか?!」
高ぶる感情を抑えることができなかった。キリアはカルトを抱きしめる。カルトは驚いた表情をするしかなかった。周囲を行く人はざわざわと二人を見る。
「生きていたんだな! ああっこんなに大きくなったのか」
ただ狼狽するしかないカルト。涙を浮かべるキリア。それを困惑したように見るヨー。その様子に混濁する人々。
ヨーの提案で三人は近くの喫茶店に移動することにした。
*
それぞれにコーヒー、紅茶を飲み一息をついた。
まずはキリアが先ほど取り乱してしまったことを詫びた。そしてそれぞれが自己紹介をする。キリアの階級に驚いたカルトだったが、あまり気圧されることもなく、落ち着いていた。
「つまり、僕とシアナの子が君かもしれないということなんだ」
キリアは簡潔にドリシアル王国で起こったこととシアナとキリアと子供の関係を話した。
カルトは少し狼狽していたが、明らかに冷静に事を考えている。
「確かに辻褄が合う。その可能性はある。だが確信を得ることはできない」
確信を得ることはできない。それはキリアもヨーも同じだった。
「そうだ。だから一度我々とわが国に来ないか? ともに来てくれれば何かわかることもあるだろう。DNAの検査もあるし」
「DNA?」
ヨーは科学技術で親子かどうかを判断する業だと簡潔に補足説明をする。
「どうかな? 例え僕らが親子じゃないとしても、その事実ははっきりするわけだ。君も知りたくはないか?」
カルトは考える。自分の出生を知りたいとは思っていたが、あまりにヒントが少なくて調べるにも調べられなかった。それが急にこの展開だ。さすがのカルトも少し思考がまとまらない。それに自分はもはや独り身ではなく、ジェノがいる。彼女を一人にするのは避けたい。もしものことがあれば国外からでは間に合わない。
「少し、……今日一日時間をくれ」
カルトは家に帰り、家のそばを流れる川岸でぼーっとしていた。
昼に帰るなりあそこから動かないカルトをジェノは不安そうに見ながら本を抱えていた。
すると小さく鼻歌が聞こえてくる。それはどうやらカルトが歌っているようで、しかし、カルトではない面影が歌っていた。優しく静かな、でも暖かい母親のような子守歌だった。
ジェノは席を立った。
「それは育ててくれた母方が歌っていたのですか?」
後方からの声に、歌は途切れ、カルトが静かに振り向いた。
「いや、母のじゃない」
不思議そうな表情のジェノに笑って見せる。
「おかしな話だが、おそらくは産みの母の歌だと思う。母が歌っているのを聞いたことがない」
彼の表情はいつもの大人びた表情と違い、子どものような無邪気さが混じっている。
「この歌を歌うといつも落ち着いたんだ。それにとても懐かしい感じがして」
彼の晴れやかな表情に、何か迷いが映り込んだ。
気にはなったものの、特に何も声を掛けなかった。するとカルトはそれを見切ってか、小さく口角をあげて、一つ息を吸った。
「実は隣国のドリシアル王国から招待されているんだ」
あまりに突拍子な話にジェノは瞬きをした。
「今日買い物に中心街に行ってきたんだが、」
カルトは簡単に、今日あった出来事を話した。ジェノはそれを少し悲しげな表情で聞く。
「それで一緒に来る気はないか?」
予想外の言葉にジェノは隠すことなく驚いた。自分を置いていくのだろうと思ったのだ。しかしカルトは真剣に聞いていた。
「お前が行くなら俺は行くし、お前が行きたくないなら俺も行かない」
「そんな、私が決めることじゃ……」
ジェノはカルトと水面とを見合いながら考える。カルトは静かに回答を待っている。
「別に俺のことは気にしなくていい。それにあれから一度も外に出してやれてないから、退屈だろうしな」
ジェノは小さい声で、行きたいです、と言った。
*
翌日早くに、ジェノにフード付きのコートを着せて、カルトは森を降りた。
待ち合わせた中心街の噴水のところへ行くと、すでにキリアと従者がそこにいた。
カルトがジェノを連れてという条件で国への誘いを受けることを伝えると、キリアは大喜びした。
馬車に乗り、国を出る間、ジェノは窓の外を見つめ続けていた。いや、正確には奴隷たちを一人一人見ていたのだろう。その顔を窺うことはできないが、小さな背中からは悲しみを感じた。
カルトはジェノに小さく、顔が外の人に見られないようにと注意した。その声に答えるようにジェノはフードを深くかぶる。
キリアはその二人を見ていて、何か隠し事があることに気付いたが、あえてそのことを口にすることはなかった。