建設と盗賊
前の建設が終わり、職場から新しい依頼が来ていた。
中心街から少し離れた港町。商人が貿易拡大のため店を増築するらしい。かかって一週間だろう。カルトは依頼を受けることにした。
カルトはすぐに馬車を頼んで港町まで行くことにした。
時間としては二時間ほどかかり着いた街。中心街よりも賑やかで、かつ華やかさがあった。貿易が盛んな街だ。人種も多様。職種も多様。商人はもちろん、農家、漁師、楽師、踊り子、兵士。
少し見慣れない光景に違和感を覚えつつ、カルトは事務所から渡された地図を頼りに歩き出す。
思ったよりも酒場が多い。昼間にも関わらず勧誘してくる店が多い。
カルトは街を歩きながら、建築に必要な物資を買う店、建築する間の宿、食品売り場、あとはちょっとした盗みに入りやすそうな宝石店を検討していた。
しばらく歩いていると、少し大きめの屋敷が見えてきた。地図によればあれが商人の家らしいが、店はそれよりちょっと奥らしい。カルトはとりあえず家を尋ねてみることにした。
門の前でインターホンを鳴らすと、屋敷の中から一人の老婆が出てきた。
綺麗な服装で出てきたので、きっと奴隷ではないのだろう。それにしても老婆が歩くスピードが遅い。出てきてから結構待つのだが、まだ門にたどり着いていない。この広い庭はあの老婆にとってきついのではないのだろうか。徐々に申し訳なくなってくる。老婆が門の前に立つまでに、老婆について何故かいろいろ考えていた。
老婆がやっと門の前から
「何用でございますか?」
と話した。
「あ、俺、カルト・サジャストンという者です。ここの商人に店の増築の依頼を受けてきました」
しばらくぼーっとしていた老婆は、はっと急に我に戻ったのか、門を開けて案内してくれた。
屋敷の中は綺麗に掃除されていた。案内される間にあちこち触ってみたが塵一つない。毎日細やかに掃除されているようだ。屋敷には数人の奴隷がいた。掃除等々は奴隷の仕事だろう。老婆は表向き、客人対応の家政婦らしい。
ある一室に通されると一度老婆は姿を消した。
商人が来るまでまだ時間がかかるだろう。カルトは部屋の中を見て回ることにした。
この部屋にも誇り一つない。大きな窓が一つ。そこから見える景色は中々のものだ。海が窓一面に広がっている。
部屋の真ん中に机と、向かい合うソファが二つ。暖炉の上には商人だろうと思われる肖像画があった。
壁には並んで貿易で手に入れたのであろう物品が並んでいた。盗むには少々大きすぎる。
部屋を歩いて回っていたところで、商人がドアを開けて部屋に入ってきた。
「これはこれは。お待たせして申し訳ない。客人と少々もめましてな」
カルトは商人が座るのを確認してから、自分も向かいに座った。
「では早速仕事の話に入りましょうか」
カルトは書類を取り出し、質問事項をいろいろと商人に聞いた。
ある程度聞き終わると、次に実際に店を見に行くことになった。商人は中々の自信家のようで歩いている途中ずっと、生い立ちから今までの話をずっとしていた。正直言ってカルトは飽き飽きしていた。
そしてようやく店の全貌が見えてきた。屋敷よりも小さいが、この街では一位二位を争うであろう大きさだろう。
「あれが店です。従業員の中には平民もいますが、過半数は奴隷が占めています」
確かに店の周りには奴隷であろう人々がうろうろとしている。
「従業員を雇うより、奴隷を買ったほうが安いですからね」
「増築を考えてるのはあのあたりですか?」
商人が聞いてもいないことで話を盛り上げる前に、カルトは仕事の話を振る。
商人はうなずいて仕事の話をし始めた。
話を聞き終わり、カルトはメモ用紙に必要事項を書き終えると、商人に別れを告げた。
家に戻り、明日から作業を始めると言い、帰宅することにした。
帰り際、一人の奴隷とすれ違った。黒めの青い髪にサファイアのような青い瞳。色白のやせ形の女性。
女性はカルトと目が合い、そらすことなく、横ぎった。
「彼女も、奴隷ですか?」
女性の手首には奴隷である手枷が付いていた。
「ええ、上玉でしょう。なかなかな美人だもんで、大金はたいて買ったんですよ」
美人の部類には入るだろうが、ルルよりは劣る。そんなことを思いつつ、彼女から目が離せなかった。何かほかの奴隷とは違う雰囲気を放っている。
カルトは正気に戻ると足早に馬車へと乗り込んだ。
*
港町で馬車に乗ったのが日暮れ。中心街まで行くともうすっかり夜だった。酒場ばかりが盛り上がっている。もうしばらくすると酔っ払いがほっつき歩くようになるだろう。絡まれると面倒だ。カルトは足早に家に帰る。
ルルには二日後と言っていたが、港町まで馬車で通勤するのは時間が惜しい。今夜中にルルの依頼をこなしてしまうことにした。
服を着替えるとすぐに家を出る。依頼された華族の家には一度、建築の方で行ったことがあったため、構造は把握している。盗むのは難ではない。
実際に、警備もなく、宝石も簡単に盗み出せた。というか守りが薄すぎる。盗ってくださいと言っているようなものだ。カルトの所要時間わずか五分。思ったよりも早く片付いて、カルトは少々上機嫌で足早に城へと向かった。
いつものように窓をノックするとすぐにルルが起きてきて、窓を開いた。
「あれ、どうしたの? 持ってくるのは明日じゃなかった?」
カルトは袋を投げると窓のサッシに座った。
「明日から本職の方でしばらく街を出る」
ルルは驚いた顔をし、続いてしょんぼりとした表情で報酬を渡す。
「えー、しばらく会えないってこと?」
カルトはうなずき、報酬を受け取るととすぐに飛び降りた。
ルルは少し不貞腐れて袋の中から宝石を取り出した。月にかざすと琥珀の様に黄色く透けていた。
急いで家に帰ると扉に一通の手紙が挟まっていた。
カルトは驚いて扉から抜き取った。裏を見るとボスのサインが入っている。つまり、ボスからの緊急依頼だ。
カルトは家に入り手紙の中を見た。内容はこうだ。
明日から行く街の依頼。しかもどこから嗅ぎつけたのか、建築の依頼主の商人が今回のターゲットだった。商人の裏とも言える、闇取引のことに関する書類を盗み出すこと。書類は一週間後の正午に中心街の噴水で交渉人に渡すことになっている。
カルトはベットに倒れこむと手紙を見上げる形で眺めていた。
寝床に置かれたコインをつまみあげ、胡坐をかいて座ると、また指ではじき、掴み、はじき、掴みして、しばらくしてから眠りについた。
*
朝一番にカルトは金をもって家を出た。
馬車を捕まえると、すぐに港町まで行くように指示する。
朝の通りは少なく、一時間半で港町についた。街はすでに活気づいていて、カルトは何人かの通行人にぶつかりながら商人の店まで向かった。
「おはようございます!」
商人はカルトを見るなり、大きな体を振りながら駆け寄ってきた。
「今日からよろしくお願いします。カルトさんの腕はよく聞きますからねー」
また余計に喋られるのもなんなので、自然な流れで作業を開始する。
「じゃあ、適当に買い出しとかしてくるんで。あとあとから何人か助っ人も呼んでます。お代のほうは心配ないです。予算内で済ませるんで」
カルトは用件だけ話すと、商人が話す間もなく商店街へ出かける。
商店街は相変わらず、盛り上がり、早朝とは思えないほどの人通りで、よく人とぶつかってしまう。しばらく歩いた先でやっと木材の店を見つけた。
「今日仕入れた輸入品! なかなかの上物だ! 安くしとくよ!」
カルトは大声を張る店主に話しかけた。
「おはようございます。木材見せてもらえます?」
店主は気前よくいいよと言った。
カルトは触ったり叩いたりして木材を確認していく。
そんなカルトを見て店主が話しかけてきた。
「坊主、仕事かい?」
カルトは目も合わせずに返事した。
「そうかい。建築家か何かか?」
「ええ、一応。まだひよっこですけどね」
「そうかい、そうかい。若いのに中々の体してるもんだからさ。つい気になっちまった」
確かにカルトは幼いころから盗賊をやっているので、運動神経は良い。そして十五から始めた建築業で、どんどん筋肉質になっていた。普通より肩が広い。だから余計に通行人とぶつかるわけだ。
店主はそれからもカルトに話しかけてきて、カルトはそれに曖昧なうなずきで返していた。
いくつか必要な木材を品定めして、買う。
「こっちで運ぼうか?」
店主が気を利かせてくれたが、カルトは断った。カルトは木材を一本ひょいっと肩に担ぐ。
「おお、見掛け倒しじゃねーんだな」
「まあ。あとで別の奴をよこすんで、その時に全部持っていきます」
店主が承諾すると、カルトは一本を担いだまま店を出た。
店に戻ると数人の仕事仲間がすでに来ていた。
「おお、カルト! 早いな仕事が」
カルトは木材を置くと、仲間を集めた。
「これが設計図。ナルとレインは木材店に行って木材を運んできてくれ。場所はここ。その他はこの設計図見ながら作業してくれ」
カルトの指示に皆は軽く返事をしてそれぞれ動き始めた。
昼になり、徐々に作業していた男たちが作業場から外に出てくる。
それを見計らってか、女たちが昼食を乗せた盆を持ち、店から出てきた。その女たちは皆、奴隷の証である腕輪をつけていた。その中には当たり前のようにあの青い瞳の奴隷もいた。
奴隷たちは一つずつ食事を渡して店に戻っていく。
皆、顔には元気がなかった。
青い瞳の女性にカルトは思い切って声をかけてみる。
「あの、ちょっとお話し良いですか?」
女性は驚いたように目を見開き、明らかに困ったかのように目を泳がせた。
「ここの主な貿易物って何ですか?」
「……すみません。お答えできません。失礼します」
女性は足早に店の中へと戻っていった。徐々に話を引き出していくつもりが失敗したようだ。
カルトは握り飯を一口食べると、レインがカルトの横に座った。
「何々? お前ついに女が……」
「ちげーよ。そんなんじゃねえ」
レインがニヤニヤしながら茶化してきたので、カルトは冷たくあしらった。
レインはいわゆる軟派だ。いいなと思った女にはすぐ手を出す。顔もいいし、軟派というところを引けば性格もいい。今いる女の数もカルトは把握していない。カルトとは同期で一番仲がいい。
「嘘ぉ。お前から女に声かけるって初めてなんだけど。超レアなんですけどぉ?」
「オカマかお前」
「オカマじゃねーよ。女大好きだよ」
「下衆が」
レインはカルトの頭を軽くはたいた。
「つか、マジなんでだよ。いろんな女に声かけられても、見向きもしねぇお前が、声かけるのが、不思議でしょうがねえ」
「仕事だ、仕事」
カルトはそう言い残して仕事に戻った。
レインはそんなカルトをしばらく見ていた。
正直にカルトはあの女性を気にして声をかけたわけではなかった。適当な話から書類についての情報を聞き出そうとしていたのだ。ただ一度会ったことがあるから聞きやすそうと思っただけ。
カルトは建築作業をしながら、時々通る奴隷や使用人に話を聞いて、書類を盗む方法を考えていた。
二日後、だいたいの情報がカルトのもとに集まった。
書類はどうやら商人の寝室のベットの下にあるらしい。
男は大切なものをベットの下に隠す。どうせならもっと厳重に保護していてくれた方が盗みやすいのだが、何を言ったってしょうがない。
(商人が寝ている間に忍び込む以外ないな)
カルトは一度夜中に下見に行くことにした。盗みの基本は計画の念密さ。でなければミスをして終わる。ちなみに計画を立てるのは一つではなく三つ五つまでは考えていた方がいい。一つのミスで計画をつぶさないためだ。
建築業も六日目を終え、カルトは一時宿に戻った。家に着くなり、すぐに着替えて、盗みの仕事へと出発した。今は夜中の一時。夜の居酒屋もところどころ店じまいしている。
カルトは木々に隠れつつ、自然と屋敷へと向かった。
屋敷につくと明かりは一つもついていなかった。
屋敷には警備がいない。一度侵入したときにそれは把握している。空いている扉も把握している。
カルトは靴裏に細工して、自分の靴が特定できないようにして、塀を乗り越えた。
手袋には特定しづらいように綿を使っている。非常用ドアから静かに屋敷内へ侵入した。
廊下を静かに歩いていると、やがて商人の寝室へとたどり着く。静かにドアを開け、中を確認すると、商人はご婦人と一緒に眠っていた。カルトは静かに部屋に忍び込むと、ベットの前まで移動した。呼吸と寝顔を見て、確実に眠っていることを確認した後、カルトは這いつくばり、ベットの下に手を伸ばした。下には無い様だ。つまりはベットの裏に貼ってあるのだろう。手のひらを上に向けてゆっくりとなぞると、小さくカサリと音がして、紙袋のような感触がした。できるだけ上に刺激を与えないように、かつ音が鳴らないように注意しながら引っ張り出して、一度部屋を出た。紙袋を開け、書類を取り出し、内容を確認する。確かに闇取引の情報の様だ。カルトはそのまま来た道を引き返した。
塀を乗り越え、家に直接帰るわけではなく、宿から少し離れた林へ向かう。そして木の幹に書類を隠し置いて帰った。
翌日、カルトはいつものように建築作業に戻った。今日でちょうど一週間。今日で仕事が終わる予定だ。作業も問題なく進んでいる。この調子ならば日が暮れる前に仕事を終え、日付が変わる前に中心街に戻れるだろう。
取引は明日の正午。
それまではとりあえず寝てようかなどと考えてると、突然商人に呼び出された。
人のいない商談部屋に通されると、商人は重々しい空気を放ち、話し出した。
「カルト君、君を信じて話がある」
カルトは商人にそっけない返事をした。
「実は私の大事な書類が盗み出された。あれは取引先の個人情報等が載っている大事な書類なんだ。正直あれが盗まれたと知れると、取引先から契約打ち切り、商談破綻。私のこの生涯も終わってしまう。頼むから心して聞いてほしい。君たちの誰かが私は怪しいと思っている」
カルトは読んでいた。この時期に無くなるのだ。それは怪しんで当然。だからこそカルトは書類をあえて自分から離していた。
「確かに俺らを疑うのは当然のことだと思います。でもそれはない。もし俺らの中の誰かなら今日の夜にやった方が足が掴まれずに済むと考えるはず。怪しまれるとわかっているのに今日余裕綽々とこの場に来れますか? それに盗んだとして報酬をもらう前にここが潰れてもらっちゃ困りませんか? 俺らには動機がない」
商人は腕を組んでそれもそうだなとつぶやいた。
「それに疑うべきは自分の身の回りの人間が怪しいんじゃないですか? 奴隷があなたに恨みを持っていても不思議ではないかと」
「それはない。奴隷については朝一から調べ上げた。それに夜中に勝手に動き回らないように、部屋には外から鍵をかけている」
「そうですか。じゃあ夜に盗まれたんすね。疑いが晴れないなら、俺らの宿に行って調べてもいいですよ。たぶん書類なんて出てきませんから」
カルトは仕事に戻ると言って立ち上がった。
「カルト君、これは報酬だ。他の人たちにも渡しといてくれ」
商人はカルトに分厚い封筒を渡し、肩をたたいて先に部屋を出ていった。
カルトは商人の顔に冷や汗をかいているのを見た。闇取引だ。確かにバレれば人生が終わるだろう。
カルトは渡された封筒を開けて中身を確認した。なかなかの報酬で、ほかの奴も納得するだろう。
カルトは封筒を懐にしまって、仕事に戻った。
予定通り仕事は終わり、カルトたち建築家はそれぞれ報酬をもらい家に帰宅することになった。
帰り際、商人がカルトに近づいてきた。
「カルト君、すまなかった。本当に君たちの止まったそれぞれの宿を調べさせてもらったが、書類は見つからなかったよ」
カルトは商人に礼をして商人のもとを去った。
馬車に乗り込む寸前、あの奴隷の女性と鉢合わせた。女性はカルトに目配せをして、建物の影に来るように促した。カルトは馬車に待つように言うと、女性についていった。
女性は建物に背中を預けて立っていた。
「書類を盗んだのはあなたでしょう」
よほどの自信があるのだろう。彼女は目をそらさずにそう言った。
「なぜ?」
「見たんです、昨夜。廊下で書類らしきものをもつあなたが」
「人違いではなくて?」
「あの体格はあなたでしょうね。細型だけど筋肉質。高身長。頭には被り物をしてたから、正直確信があるわけではないけれど、建築家の誰かだとしたら、あの体格はあなたしかいないと思います」
正直驚いた。女性は感で言っているのではなく、確かな推理のもとで言っている。この数日間でしっかりと観察していた証拠だ。
「残念だけど俺じゃねーよ。ところで気になってるんだが、商人に聞いた話、君たち奴隷は夜は一部屋に鍵を付けられるはず。その君がどうして夜中に見たなんて言ってるんだ? 君じゃないのか、犯人」
「私はあの部屋からいつも抜け出してるんです。鍵はついてるけど窓から普通に抜け出せます。いつもは月を見るためですけど、昨日は人影が見えたから廊下に行ったんです」
「そう。君のことを商人にいうつもりはないが、どうして犯人だと思った俺に直接言ったんだ?」
「言いたかったことがあったからです」
カルトは彼女の顔色を窺った。
「犯人なら、あなたのせいで無罪の私たちがひどい仕打ちにあったと、言いたかっただけなんです」
彼女は服をずらして肩を見せた。肩にははっきりと青痣ができていた。商人は調べ上げたと言っていた。つまり暴力でもふるって吐かせようとしたんだろう。そのことにこの女性は怒っているのだ。
「すまん」
「なぜあなたが謝るんですか? 別にいつものことなので平気です」
女性は肩をしまって一礼した。
「すみませんでした。呼び出したりして」
「いや、別に大丈夫」
「正直困るんです。私たち奴隷はあの商人に飼われてることで居場所を得ているんです。だからこの居場所がないと困るんです」
カルトは彼女に何も告げずに背を向けた。胸の内のどこからか締め付けられるような痛みが襲ってきたからだ。
カルトはその後も馬車に揺られながら女性のことを考えずにはいられなかった。
待ち合わせの一時間前に目を覚ますと、カルトは軽く食事をすませ、変装して、すぐに待ち合わせの場所へと向かった。
なぜ正午か。それは自然に怪しまれずに受け渡しができるから。
しばらくすると一人の青年が現れた。明らかに噴水前できょろきょろとしている。
人ごみに紛れて、青年のすぐそば、噴水の縁に書類を置き、すぐその場から離れた。
青年はいつの間にやら置かれていた書類を手に取り、中身を確認。メモ書きを読んで懐にしまうと小袋を同じ場所に置いた。青年はメモ書き通りに、すぐに人ごみを抜けて帰っていく。
青年が行ってしまったことを確認し、カルトは再び噴水に近づく。小袋をとると中身を確認することなく懐にしまい、その場を後にした。
夜になり、いつものように報酬のコインを指で弾く。
今日の青年は城で見たことがある顔だった。おそらく兵士の一人だろう。
それよりも脳裏にちらついているのがあの奴隷の女性だった。
カルトは胸の不安感をどうしてもぬぐえないでいた。
*
数日後、あの商人は闇取引を暴露され、連行された。店は当然のごとく倒産した。
カルトは朝から朝食のサンドウィッチを片手に、新聞を読んでそれを知る。
仕事が休みだったので、城下町へ行って食材や日用品を買いに行くことにした。
城下町はいつも以上に人で溢れていた。カルトはいつものようにフードを深くかぶって、できるだけ人にぶつからないように歩く。
食材を買っていると、一部で人ごみができているのに気付く。カルトは店に商品を預け、その人ごみへと歩いて行った。
人ごみをかき分けて、人ごみの原因を見える位置まで来ると、カルトは目を見開いた。
商人のもとで働いていた奴隷たちが、奴隷の収容所へと連れていかれていたのだ。その中にはあの青い髪の女性もいた。
近くの男性にカルトは尋ねる。
「あの奴隷たちはどうしたんですか?」
「新聞で見てないのか? 闇取引がばれた商人が連行されて、倒産したんだ。あの奴隷はそこの奴隷たちさ。一度収容所に入れられるが、おそらく明日からまた競りに出されるだろうな。お、あの青い髪の女、なかなかいいな」
カルトは最後の言葉にムッとして、ため息をついた。
「ばれたって言ったことは、あなたも商人として闇取引をしてるんですね」
「な、馬鹿なのことを言うんじゃねえ!」
明らかに男性は狼狽えている。
カルトは人差し指を立てて、静かにするように促す。
「冗談ですよ。そんな大声立てると注目されます」
カルトは小さく笑った。
だが心では確信していた。男性の店は絹売りを主にしている、カレットという店。商人の名は確かユーグリバ・サス・カレット。商人から盗み出した書類に書かれていたメンバーの一人だ。確信が持てたのは、男性の服にカレットと刺繍されていることと、大声を出した時に見えた商人特有のハンカチを胸ポケットに入れていたこと。
もしカルトの推理が正しければ、この男性が巷で噂になるのも遠くないだろう。
カルトは向きを変えて、食材を買いに戻った。
カルトは買い物から帰ると、夜になるまで筋力トレーニングをしていた。日が沈むと同時に、夕食を食べ、盗賊用の服に着替えた。
向かうのはあの収容所だ。
正直、突発的かつ急な仕事になるので、ミスをする可能性が高い。いつものカルトならなかなかしないようなこの仕事を、カルトは必ず成功させるつもりでいた。
収容所は警備が厳重だ。今日の新しい奴隷が入ったことも理由の一つだろう。
カルトはいつものように太い木からひょいっと塀を飛び越えた。飛び越えた先に一人警備員がいたので、とりあえず気絶させた。
警備員が起きたら捕まるのも時間の問題だ。カルトは急いで収容所へと忍び込んだ。
明るい廊下を速足で歩いてると、前方に人の気配がし、カルトは身を潜めた。
足音はしないが、確かに誰かいる。
しばらくすると曲がり角から、きょろきょろとしながら忍び足をする、青い髪の女性が現れた。
カルトはタイミングを見て飛び出すと、叫ぼうとした女性の口を抑えて、再び身を潜める。暴れそうになった女性に静かにするように言うと、女性は素直におとなしくなった。
やがて、一人の警備員が廊下を通り過ぎる。カルトは警備員が行ってしまったことを確認すると、女性を解放した。
「なんなんですか、あなた。どうしてこんな場所にいるんですかっ」
小さい声だが強い口調で女性は言う。
「お前を盗みに来たんだ」
「え」
「だからお前を盗みに来たんだよ」
女性は顔をしかめていたが、やがて意味が分かったように目を開いた。
「やっぱり、あなたが――」
「悪いが話している暇はない」
カルトは女性の言葉にかぶせて言う。女性はスッと姿勢を整えると、静かに言う。
「私は行きません。それに、どうして私なんですか」
「俺がお前に好意を抱いているから。それにお前の許可なんてとる気はさらさらない」
女性が口を開くと同時に、カルトは女性を担ぐと走り出した。
「ちょっと!」
「舌を噛むから黙ってろ」
そういわれて女性は口をつぐんだ。
カルトは廊下を走り抜けて、収容所を出た。目の前には起き上がったばかりであろう警備員がいたので、頭を蹴り飛ばし、再び気絶させる。カルトは踏み台をうまく使いながら、塀を軽々と上ると、女性を前に横向きに担ぎ直した。そして三メートルはあるであろう塀を飛び降りた。
カルトはそのままの状態でとりあえず森に向けて走る。
家に着くとカルトは女性をようやく下した。
女性は警戒心を解くことなく立ち尽くす。
「お前を無理に連れてきたことは詫びる。だが、今からお前は自由だ。ここから逃げようと追いはしない」
女性は手首を見た。奴隷である印の腕輪はすでに取られていた。盗賊業をやっているカルトにかかれば腕輪の解除なんて朝飯前。
カルトはベットに腰かけて酒を煽った。
「私には居場所が無い」
呟いた女性にカルトは目を向ける。
「あなたが私たちの居場所を奪ったんです」
女性は恨みを込めた視線をカルトに向けていた。
カルトはそんな女性に酒瓶を投げた。女性は驚いて瓶をつかむ。
「酒は飲めるか?」
女性は首を横に振った。
「飲んでみろ。年はいくつだ?」
「そんなことより――」
「あれは仕事だった。闇取引をしていたのは商人だし、俺が盗み出した書類でそれを発表したのは城の兵士だ」
女性は何も言えないでいた。
「年が十五以上なら飲んでみろ。疲れた時にはよく聞く」
カルトは再び酒をを煽る。
女性は瓶を眺めるしかない。開け方がよくわからなかった。
そんな女性をみたカルトは察して、女性の瓶を受け取ると、コルクを指で開けて、また女性に渡した。
女性はじっと瓶を見つめたが、やがて口を付けた。
しばらくすると、女性は酔いつぶれ、ソファで眠ってしまっていた。
カルトは女性を抱きかかえると、自分のベットに寝かせ、カルトはソファに座って目を閉じた。