操
家に帰る途中ジョーが話しかけてくる。
『お金も出来たし何をしたい?』
「何って?」
『君のやりたい事さ、何かあるだろう?世界を征服したいとかさあ』
「そんな事は思わないよ」
『じゃあ他に何か無いのかい?』
「俺は…」
その時俺の脳裏には前島彩が浮かんでいた。何故俺は振られたのか、俺がオドオドしている為か、たぶんそうだろう。
「俺は童貞を捨てたい」
『!?、く、くくく、童貞!?捨てる!?くくくくく、はははははは!』
「何がおかしい!」
『いや、すまんすまん、これだから人間は面白い。世界を変えられるチカラを得て、やりたい事は己の操を捨てる事だとは思わなかっただけだ』
「別にいいだろ!」
『その通りだ、それで良い。学校で勉強なぞしてるより、遥かに面白いぞ淳平よ。せっかくだ、日本を離れ、海外ででも捨てるか』
「いや、海外はチョット…言葉が通じないのも気が重いし」
『なんだ、つまらんな。一生に一度の体験だ。はじければ良いものを』
「でも確かに地元は嫌だな。金もあるし遠くの方がいい」
『ふむ、ススキノ、国分町、吉原…いろいろあるぞ』
「ジョー、なんでそんなに詳しいんだ?」
『それは私が全知全能の神だからだ。それでどこにする?』
「じゃあススキノにするよ」
別に深い意味は無い、北海道に行ってみたかっただけだ。北海道は大地が広い。心が広くなる。馬もいるし。
『ふむ、では飛行機を手配して、参ろうか。深夜特急なぞも情緒があって良いぞ。操を捨てる旅には哀愁がありちょうど良い』
「いや時間もかかるし、飛行機で行く」
『ふむ、せっかちじゃな。まあ良い』
そうして俺は、飛行機チケットを購入し、初めての空の旅に向かった。飛行機から見る大地はとても小さかった。鉄の塊が空を飛ぶのは、考えて見れば不思議だ。未来視で見たが別に墜落することなく、普通に到着していたので、安心して寝た。
飛行機も到着し、俺は札幌の街に降り立った。
「着いたな」
『ふむ、寒いな』
「北海道だからな」
『ここに、淳平の操を捧げる相手がいると思うと心躍るな』
「嫌な言い方するな」
『この街を旅立つ時、淳平はもう大人という事だ。胸を張るが良い』
「うるせ!」
そんな神様とのやり取りはどうでも良い。ススキノはどこだろう?札幌駅から近いのか?
『ふむ、ちなみにススキノは札幌駅から真っ直ぐ地下道を行くと着くぞ』
「!?、なぜ知っている!?」
『ふ、私は全知全能の神、唯一神だと何回言えば分かるのだ、人の仔よ』
「はぁ、まあいい。真っ直ぐだな」
『ああ』
俺は看板も頼りに、真っ直ぐ地下道を歩く。間違いなくススキノに向かっているようだ。
しばらく歩くと俺はススキノに着いたようだ。地下道を上がり、薄暗くなってきた肌寒い地上を歩く。時折見えるいかがわしい看板に心揺れながら。
「ジョー」
『なんだ淳平。早く、店に入らんのか、同じ所をグルグルまわっておるぞ』
「俺はどこの店に入ればいいんだ?こんなに一杯あると訳が分からない」
俺はもちろん今まで、こういうお店に行った事はない。だがら正直テンパっていた。
『ふん、自分の到らない点を認め、先人に知恵を求めるその姿勢、我は嫌いではないぞ』
「ああ」
『しかたあるまい。競馬に続き神託を授けるか、思えば二千年前、キリストという小僧に言葉を授け…』
「その説明はいい」
『ふむ、時間が惜しいか、焦っておるな。まあよい。いいか淳平よ、条例が強化されたからと言って、キャッチという客引きは依然存在しておる』
「!?、あ、ああ」
『彼らも生きておるのだ。その存在自体は否定せぬ。だがな淳平よ。キャッチに連れていかれた店が必ずしもお主の望む店とは限らぬのだ。むしろその逆の場合が多い。何故ならキャッチはあくまで自分と、店の為に動く。お主の為に動いている訳ではないからだ』
「そ、そうか」
『では淳平の望む店に行くにはどうしたら良いのか?古の孫氏は言っておった。敵を知りて己を知れば、百戦して殆うからず。敵を知らずして己を知れば、一勝一負す。敵を知らず己を知らざれば、戦うごとに必ず負ける、とな』
「何を言っている?」
『ふむ、難し過ぎたか。まあ良い。つまり相手の事を知らなければ、ほぼ必ず負けるということだ』
「あ、ああ」
『例えばそうだな、淳平よ、あそこに見える、【サッポロ看護学園】、お主はあの看護学園について何を知っている?』
「いや、まったく分からない」
『そうであろう、あの看護学園が本当の看護学園なのか、それともいかがわしい看護学園なのかさえ淳平は分かっていない。淳平が操を捨てるつもりで乗り込んだところ、本当に看護の授業をしている学生がいた場合、淳平は凍りつくだろう。果たしてそれは淳平の勝ちと言えるのか?答えは否である』
「あ、ああ」
『つまり相手の事を何も知らない状態で乗り込む事は、ほぼ必ず負けるのだ。これは千八百年前の人間が知っていた事だぞ、愚かな淳平よ』
「う、うるせい!つまり何が言いたいんだよ!」
『ふむ、ここまで言っても分からないか、なんと愚かな人の仔か、自分の操だと言うのに…。まあ良い。つまりお主の持っている携帯端末や、ススキノのコンビニにでも売っている雑誌で、情報を仕入れてのち、店に行けば良いと言っているのだ』
「なっ!?そんな事で良いのか?」
『敵を知らず必ず負けるよりはマシな結果になるであろうな』
神様にそう言われ、俺はコンビニで堂々と売っている風俗情報誌を購入した。まったくこの街はどうなっているんだ。こんな雑誌が普通に売っているなんて。小学生でも買えてしまうぞ。
そして俺はしばし、読書に励む。まさに情報を制するものは世界を制すだ。
「神様、情報は頂いた。俺はあの店にいくぞ」
『…ん?ああ。あまりに長かったから寝ていたぞ。早く行くが良い』
俺は、既に暗くなったススキノの街を歩く。目当ての店の前についた。そうして俺は未来視を発動させる。
『…何をしている?』
「ん、ああ、チョットな」
『く、くくくく、おいまさか!自分の操を捧げる相手の【顔】を確認しているのか!?』
「別にいいだろ。敵を知らずんばナントヤラってヤツだよ」
『くくく、あ、ああ別にいいぞ。しかし、くくく、世界を制するチカラを覗きに使うとはな!まったく恐れ入ったぞ淳平よ!信長の小僧は己らの存亡を掛け、このチカラを使い10倍の大軍に立ち向かい打ち破った。そう、この運命をさえ切り開くチカラを!まさか淳平は覗きに使うとはな!!』
「あー、もう良いよ、そういうの。俺は俺のやりたいようにやる。じゃあちょっと行ってくるぜ」
『ふむ、楽しんでくるがいい淳平。特別に最初だけ我も目を瞑っていてやろう』
「ほんとうか!?」
『冗談だ。こんな面白いもの見逃す訳があるまい』
「この!」
そう言いつつ、俺はついに店に入る。受付の20代の男に3万円払い、写真の女性を指名した。そして薄暗い建物の中を進む。