競馬場
伊達メガネをかける。
帽子もかぶる。
これで顔の若さも目立ちにくいだろう。
ついでにうちポケットの多い服も着ていこう。
俺は競馬場に来た。今日は快晴。馬場良だ。
「普通に入場出来るんだな」
『ああ。競馬場に入場制限は無いぞ。子供連れの家族も来るのだ』
「なあジョー、どうやって馬券を買うんだ?」
『淳平よ、まず新聞を買うのだ』
「新聞?」
競馬場の外にある小屋で、新聞が売られていた。五百円で購入する。
「買ったよ」
『ふむ、今日の出走馬の情報が載っているだろう』
確かに小さな文字で処狭しと情報が載っている。予想マークも載っていて本命・対抗・穴馬などが記入されていた。俺には関係ないマークだが。この場所では無い競馬場の情報も載っている。他の競馬場の馬券もどいうやらここで買えるようだ。
「馬の情報は分かったよジョー、次はどうするんだ?」
『ふふ、淳平は素直だな。頼られたら仕方があるまい、最後まで教えてやろう。次はマークカードを手に入れよ。競馬場の中には何処にでもあるが、売り場の近くにあろう』
「ああ、ありがと」
俺はジョーの発言通り、売り場近くに行き、マークシートのような紙を手に入れた。
「これに馬の番号を記入して、あそこの自動販売機に入れればいいのか?」
『ああそうだ。マークカードには開催会場、第何レース、馬単なのかどうかも記入せよ、金を入れるのも忘れるなよ』
「そんな事は分かっている」
必要な情報は聞き出したので、ぞんざいに扱う。さてパドックに馬を見に行くか。
初めてナマで見た馬は、色艶もよく、筋肉の張りも綺麗だった。発汗具合も良好だ。
『ふむ、馬は良いな。昔、チンギスと大陸中をかけ回った事を思い出すな』
「ああそうだな」
俺はチンギスでもフビライもどうでもいいので、軽く流す。少し感動していたのに台無しだ。
「じゃあそろそろ、未来を見るぞ」
左眼にチカラを込める。景色が変わる。次のレースの1着は3番オボンコボンだった。最後の直線、追い込んでのごぼう抜きだった。
「1着は3番だな」
『ふむ、見事な走りだった。チンギスの愛馬には及ばないが…』
「それはもういい」
『む、くどかったか。それはそうと、1着から3着まで当てると配当が高い3連単というものもあるぞ』
「そうなのか?」
そういうことは最初に教えて欲しい。
「でも、高額配当を受け取ると目立たないか?」
『おお淳平よ、やるではないか。その通りだ。臆病で良いぞ』
「言い方が気に入らないな」
『臆病であることは悪いことではないぞ淳平。臆病であるからこそ慎重になり準備もするのだ。むしろ褒めたのだ』
「てか、危険な事を勧めるなよ」
『ははは、我の発言を最後まで聞かぬ罰である』
「まあジョーの言う事を全て実行するとは決めて無いからな。好きにしゃべろよ」
『ああ、勿論だ。我は好き勝手喋るぞ。全て淳平の意思と責任で行動せよ。我はそれを見たいのだ』
「ところで何で新聞を買わせた?これは必要無くないか?」
『ふふ、気付いたか。確かに絶対に必要なものではない。だがな淳平よ、競馬場といえば新聞片手に過ごす場であるのだ。周りを見てみよ、皆持っているだろう。あれを持つと気分が高まるのだ。アイドルコンサートのウチワみたいなものだ。気分を高める道具を手に持たせてやろうとしたまでのこと。効率ではない、雰囲気が大切なのだ』
「そうか、まあ確かに皆持ってる中、俺だけ持ってないと目立つし、仕方ないか」
あくまでも隠れ蓑として持とう。さてと、周りを見て、自販機の購入方法も確認する。お金を入れ、マークカードを入れる場所も確認する。準備は万全だ。
「じゃあ、3番オボンコボンに単勝五万円と…」
全財産をつぎ込む。
『ははは、淳平、周りに溶け込むにしては、買い方が豪快だな』
「良いんだよ、オッズも2.2倍だし。そんなに払い出し金もないから目立たないだろ」
『ふむ確かに。あと、百万円を越えると窓口での払い出しになり目立つから注意せよ』
「わかった」
自販機の横の窓口に高額払い戻しについて書いてある。今度は助言を素直に聞いてやろう。
無事馬券も買い、レース開催を待つ。周囲のボルテージも上がりいよいよ発走だ。
レースは進み、最後の直線、3番オボンコボンが駆け抜け、一着でゴールした。
「いけー!」
「なんだよへたくそ!」
「あー!逆だった!」
周りのオヤジ達の悪態が五月蠅い。
「ジョー、競馬って必ず胴元が儲かるよな?」
『ああ』
「何であのオヤジ達は自分達が勝つって本気で思ってるんだ?」
『ふふ、それだけ本気で馬の事を考えているのだ。愚かと思うでないぞ淳平、彼らが負けてくれるそのお金で、淳平が儲かっているのだ』
「ああ」
『本来ギャンブルは必ず負ける。なのでその雰囲気を楽しむものだ。その嗜みを持たずしてギャンブル場には来るべきではない。…もちろん淳平には当てはまらないがな』
周りには大の大人がみっともなく、道端でうなだれているヤツもいた
ああいう大人には普通になりたくはない。
『あいつに当たり馬券教えてやらないのか?』
ジョーの言い分を考える。教えたとしても、道端で恥ずかしくもなくうなだれるような大人だ。
おそらく信じてもらえないだろう。
「いや、そんな事をしないよ、オッズも下がるしね」
『ははは、いいぞ淳平、競馬が少しわかって来たな』
人気が上がる馬券は倍率が下がる。競馬は胴元が必ず儲かる仕組みだ。
そして、たくさんの爺さん、オヤジ達が悪態をつく中
俺は毎レース十万程度の勝ちを重ねた。
払い戻し金は一度にサイフに入れずに、各ポケットに分散して入れて置く。
あまり意味は無いかも知れないが、声をかけられた場合の対策だ。
今日の勝ちは七十万程度、まさしく大金だ。
俺は競馬場を出る。
「簡単に稼げたな」
『ふむ、【未来視】のチカラを持ち、かつて金を稼げなかった人間を我は見た事は無い。人類史上最初の人間になるか?』
「いや、やめておくよ」
金を手に入れ、気分が大きくなった。何でも出来る全能感も感じて、俺は家に帰る。