第八話 召 喚
勇者視点からスタート<m(__)m>
電子レンジが爆発した。
二度目じゃない。初めての経験だよ。
僕はただスイッチのボタンを押して、お湯を温めようとしただけなのに。
なんの前触れもなく、火がふいて、雷柱が走った。確かにレンジは体に悪いというけどね。
痛みはなかったよ。熱くもなかったかもしれない。
でも今は、面白い夢を見ているんだ。
大勢の時代遅れの貴族たちが、僕を取り巻いて見ている。
赤子になった気分だ。
何を話せばいいのかも分からず、ただ相手のでかたを待っている。
部屋は広くって、吹き抜けていた。
いるだけで心が綺麗になりそうなステンドグラスの光を浴びて、僕は座り込んでいる。
誰かが動け。誰かが喋れ。
僕にはここが天国のような場所のようには思えなかった。
「ようこそ、我が友よ」
白い豊かなヒゲを蓄えた老人が、杖をついて歩み寄ってきた。
羽の生えたドレスや、やけに長い背広を着た貴族たちが下がって、老人に道を譲っている。
老人の横では、ちょろちょろと背の低い獣が二本足でつきまとっていた。
あれはイタチの顔をした人間だ。
「この方は、ホッピース帝王である。皆、敬礼を」
高い声だ。
僕は、ますますおかしなものを見ているぞ。
「よしなさい」
落ち着いた声で、この王冠を載せた老人は獣人を制した。
それにしても目がピンク色だなんて信じられないね。
「この度は非礼を承知でお呼びした」
「……お呼び、ですか」
「あなたの力が必要なのです。わざわざ異界から召喚してまでしても、あなたが欲しかった」
「僕が?」
「我が国はいま、危機に陥っているのです。そして古代の方法を用いて、救世主をお呼びした」
広間はシンとしている。
それでも涙を押し殺すような音や、鼻水をすする音が耳の中に入ってきた。
何かがあって心を痛めているようだ。
「魔族です。魔王が人を殺戮の的としている。ああ、どうしてこうも人は苦しまなければいけない?」
「聞かせてください。何があったんですか?」
「ああ、勇者。私の息子が殺されたのです。一人息子でした。王子は群衆の前で生き恥とともに焼かれたのです」
「……」
「残酷です。鉄の柱に括られて、火で焼かれた。魔王は野蛮で、血も涙もない獣だ!」
ついに王が目を押さえて泣き出す。
これがもし夢の中のお話だったのだとしても、僕はこの登場人物に同情せざるを得ない。
魔王も王子もしらないけど、そういう設定なんだろう。
「王子だけじゃない。民だって好き放題にされている。町ごと焼き払うなど、あんまりです」
「ンフゥ、同感です。でも一介のアメリカ人の僕に何ができると言うのです?」
「あなたには力がある。今や力ある聖界でさえ、海界でさえ、天界さえ、魔界には手を出したがらないのです。我々にはあなたしかいない」
少し考えた。
妄想が激しくないか。
そんな電子レンジが爆発したら、勇者になれるだなんて。
雷に打たれたらヒーローになれるくらいに、出来た話だ。
「そうだ。僕に力があることを示してください。それから考えます」
「いいでしょう。我々もそのことを考えて、術に工夫を凝らしている」
紫のマントを翻して、帝王が頷く。
そして、それから出た言葉は妄想好きの僕でも、意外すぎる内容だった。
「では、勇者。こう唱えるのです――ステータスオープンと」
「……ホワット?」
――
「溶けちゃうよ!!」
肩に乗った液体がそう叫んでいた。
それには同感だけど、なぜこうも炎が俺の上を通り過ぎていくのだろうか。
そりゃ焦げ臭いし、熱い。
黒い灰にでもなった気分だ――でも、生きている。
最悪な気分の中、俺は炎のなかで立っているんだ。
炎は赤と黄を繰り返して、パチパチと波を立てていた。
「聖なる力……」
俺は前に広がる、透明な壁を見つけた。
手を伸ばして、それに触れようとした。
しかし――
「ライオ!!」
炎の幕は消えていた。
サシャが入れ替わるかのように駆け寄ってくる。
「平気なの……その二人とも」
「……え、ああ」
サシャの声は震えていた。
そして見ると、黒い灰と骨だけが残った場所に、マークが呆然と立ちつくしていた。
ドラゴンは自爆したんだ。
そして俺たちがいた所だけ、何も焦げていなかった。
白い花が俺の足元で揺れている。
「魔法……使えたんだ。それも防御の」
「みたいだね」
笑って答えてみたけど、やっぱ無理みたい。
恐ろしさが後からやってきて、俺は地面に座り込んだ。
――助かった。
それも、間一髪で。
「主人。オイラ、本当に死ぬかと思ったよ」
「……お、俺も」
変に笑いがこみ上げてくるけど、気分は最悪だ。
気持ち悪くて、吐きそう。
俺は胸の中の暴れ虫を押さえこむかのように、白い花を握りしめていた。
放心状態だったマークも、やっと動けるようになったようだ。
眉を八の字に吊り上げて、俺を見据える。
「何者なんだよ……お前」
怒っているのか、不審に思っているのか、むしろそんなものは通り過ぎているかのような言い方だった。
この世のものではないモノを見ているかのような顔をしている。
「ダークエルフは、闇属性しか使えねんだぞ」
「あ……(しまった)」
どう言い訳をしようか。
仮にもスパイだし。素性を教えるわけにはいかない。
とっさに思いついた言い訳はこうだった。
「こ、これはバリアなんだ。闇を出して、固めて、壁にする」
「詠唱は? 術式は描いているの?」
「いや……自分でも分からないというか」
「凄い。天才だ」
なんだろ。
サシャの目が、さっきよりも輝いて見える。
興奮してくれているのかな、俺に――。
でもそう思うと、逆に悪いことをしたように感じた。これからも嘘を重ねるのだろうか。
「助けてもらったことには変わりない。店員、感謝するぜ」
「ちょ、お礼は?」
「またいつか、だな。お迎えが来てるぜ、人間様のよぉ」
「ハァ??」
赤いミニバイクが煙を上げて去っていく。
良いカモにされた気分だ。それでも死なれるよりはましか。
――ププー
車が迎いに来たようだ。
クラクションを鳴らして、黒い車が走ってくる。
車は俺たちの前に止まった。
すると日焼けで赤くなったワゴンが、窓から顔を出した。
「丸焦げじゃないか! どうしたんだい」
そりゃ、思うよね。
サシャが俺の代わりに事情を話してくれる。
しかしワゴンの反応は思ったよりも薄かった。
「たいへんだったな! でもさ、車の中で話さない?」
そう言いますけど、車の中はもう定員だよ。
前にも後ろにも、いろいろと危ない姉さんたちに先取りされていた。
カラフルな衣装といいますか、派手な髪といいますか、その肌が出ています。
「あらー、サっちゃん彼氏?」
「ここじゃ丸見えよ。デートは夜にしなさーい、って、私たちが言っていいのかしら?」
「ハァア? こいつは店員! 入居者!」
「ワオ! 同じ屋根の下じゃな~い。アブなーい」
サシャが女の人に笑われとる。それにしてもみんなキワドイな。
この格好を男バージョンでやったら、ゼッタイ警察に連行されているわ。
「ボウヤ、お姉さんたちと遊ばなーい?」
「いや……」
ここは南米かい! カーニバルかい!
ワゴンも口紅つけて笑うな。尊敬の念も薄れるわ。
「じゃ、行こうか――」
初クエストは多分こんなもん。
俺たちは香水と血臭が混ざった車で、街まで走った。