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第六話 酒 場

「ウンマイ! 残飯のお掃除は皮膚のゴミより最高だな!」


興奮したスライムが皿の上を勢いよく転がっている。

俺たちは町はずれの酒場に来て早々、晩飯をご馳走になっていた。


それでも店は営業中なので、ドレファーは休むことなく肉を焼いては接客をしたりと足を止めない。

狭い店にしては、客数も上場だった。客はどれもいかつい兄さんだけだが。


「みんなガタイがいいんだな」

「魔族はみんな野蛮よぉ。それよりその皿舐めていい?」

「バイ菌がいるんだろ」

「後で熱湯消毒でも解毒でもすればいい……って、聞いてるのか、主人?」


スライムには悪いが、俺はある看板に見とれていた。

看板とはカウンターの壁に置かれた注意書きのことを言っている。

店長直書きなのか太さの安定しない下手な赤い字がよく目立って見えた。


内容はこうだ。


「お客様へ 当店は殺し合い、喧嘩を目的に入店されることをご遠慮させて頂きます。なお、当店で突発した諍い《いさか》な事柄と当店とは無関係でありますゆえ、当事者同士で解決してください。

――店長から」


店の賑わいとは裏腹に、怖いことが書かれてる。

思わず俺はゲームの中の酒場を思い出した。酒場といえば情報を得るところでもあるが、モノによっては揉め事の発端、あるいは隠れアジトだったりする。


ドラマを求めるならルイーダさんの出会いと別れの場、スリルを求めるなら――格闘ゲームの舞台になるんじゃないか。


俺はそんな所に……いる。


「――おい、兄さん」


不意に、知らない奴の腕が俺の肩に回されていた。

生暖かいアルコールの匂いがツンっと辺りを匂わせている。こいつは酔った客だ。

しかも裕に二メートルは超えていそうな筋肉質の――緑色で野生的な顔からしてトロールっぽい――男だった。


「奢ってくれよ。金がないんだ」

「……無銭は……いけません。金がないなら入らないべき――」

「はぁあ? おめぇが払えば有り金になるだろ。それともエルフは金の紐が堅いとでも言うのか、兄ちゃん」


――やばい。

今になって気がついたことだけど、クリームを付け忘れていた。


そして色のせいか、男の声のせいか、俺のほうへ痛い視線が集まってきている。

一斉に客に睨まれるなんて、俺、先輩にやらかした厨房の気分だよ!


だから明日からこんな先輩たち(例え)とやってくなんて、ナイーブな僕にはできません。

先生(店長)、助けてください!っと、店長は奥に消えましたね。関わりたくないみたい。


ま、スタッフだし当たり前だよね。

裏切られたなんて思いません……やべ、涙が出てきた。


「見ねえ顔だな。ここは町の中でも奥すぎて、魔族の馬鹿しか通わないような店なんだが、度胸が据わってるじゃねえか。ここらで俺を知らねえもんはいないぜ」


そう言って袖をたくし上げる客。

抹茶色のムキムキに張られた腕は表面に太い血管を浮きあがらせていた。


「俺は喧嘩無敗のマーク様だ。この間なんかもいちゃもんつけてきた連中を全員泡吹かせてやったぜ。魔法なんかよりも力に生命力は使うべきだな」


でたよ、喧嘩の自慢話。

勝ったからいい気になっているんだろうけど、だいたい喧嘩の理由を作るのってフィフティーフィフティーなんだよねー。

ああー、子どもっぽい。


「少しは喋ろよ、兄ちゃん。立てないってことはあれか? お漏らしでもしちゃったのかな」


あー、うぜぃ。軽く骨折させたいわ。

男の挑発に、俺の苛立ちがピークに達した頃、店の扉が開いた。

数人の視線がそちらへ向く――


「おい、あれって」


誰かがそう呟いたのと同時に、扉の向こうからワッと人が押し寄せてきた。

筋肉が隆々と浮き出た黒服の男たちが客もテーブルも構いなく、こちらへ近づいてくる。


マークと名乗っていた男もそれに気がついたのか、俺に背を向けた。

男らがマークから机一つ分開けて、立ち並ぶ。


「よう、あんた。この間はよくも派手にやってくれたな」

「……なんだ。あの時の弱虫さんか。泡の味はどうよ」

「あん? 喧嘩売ってんのか」

「喧嘩を売る気で来たんだろ。それにしても、仲間がいなきゃ怖くて近寄ることもできねえのか、このマーク様にはよぉ!」

「ハァ? タイマンだ、オラ」


マークの挑発に相手の男が乗ったようだ。

袖なしの外衣を脱いで、黒シャツ一枚になる。マークも動いた。


自分の青い服の襟を掴み――


「おぉおお」


ビリッツとまるでティッシュを破るかのように縦へ引き裂いた。

それを見た客の中にヒュンと口笛を鳴らす者が現れる。


「俺はマークに二百ランッ!」


ガソリンに火がつくような早さで、喧嘩に賭けを持ち込む客が広がっていた。

店中、「俺は狂戦士ベルセルクマークを!」「いや、ここは見知らぬリベンジャーに!!」というような声が湧いている。


「ここはヤバいよ、主人。離れたほうが懸命だ」


スライムが小さくなって寄ってくる。これは逃げるチャンスだ。

俺は青いスライムを裾に入り込ませ、椅子ごと後ろへ下がった。音は立てない。


対して、二人の喧嘩組はじりじりと間合いを詰めていた。


そして力の見せ合いか――


マークがそこらにあった机を片手で度突き、粉砕する。


コロコロと大根足の柱が転がってきた。


黒服の男もそれに合わせて動く。

前にあった椅子を蹴り上げ、上の漆喰の天井まで破片を飛び散らした。


「あらら……」


木の粉や白い粉が二人の周りで舞っている。二人はやる気だ。

そしてそれを感じたのか、数人の野次馬は息を詰まらせた。テンションが明らかに上がった者もいる。

しかし中には席に金を置いて、店から去る者もいた。


やるのだ。こいつらは殴り合いを――。


「いまだ!」


直感的なものだった。感じたままに、厨房へ走り抜ける。


すると後ろから聞こえたのは、肉体と肉体が激しくぶつかり合う音だった。

ゲームが始まったんだ。


「オラァア――!!」

「はいやぁっ!」


机の倒れる音。食器が地面に叩きつけられる音。

すべてが子供の喧嘩のようだった。


マークが相手の黒髪を掴み、腹に膝を決める。

やられた相手も朦朧とフラついたかと思いきや、どこから湧いてきたのかも分からない馬鹿力で突進する。


これはすべて素手の喧嘩。道具を使うことはないようだ。

それでも皿やスプーンが空中を飛び交っているのは他の人間のせいか。

黒服の男たちがその場にいた客とやり合っている。


「すげえ――」


生まれて初めて見た大人の喧嘩だ。しかも体格は人間以上。

俺は恐れをなして、カウンターの裏に回り込んだ。袖の中のスライムを放してやる。

するとスライムはゼリーのような、液体のような不思議な外見になっていた。


「おま、生きてるよな」

「あ、当たり前じゃん。オイラは自由に変形できるんだ……」

「あぁ、ビビってんの?」

「ハハッハアハ?? 主人が突っ込んで入れた袖に合わせただけだい! ば―ッか」


そう言って元の形に戻るスライム。

黒い目玉が不機嫌そうにこちらを見ていた。


「どうすんのさ」


催促されて、クリームの存在を思い出す。俺は黒くならねーと困るらしい。

俺は風呂敷を広げ、緑色のケースを開けた。

パカっと心地よい音がしたかと思いきや、何とも言えぬクリームの匂いが漂う。


「臭くね?」

「そんなに」


匂いが気になるのは俺だけか。

緊張しながらも、クリームに手をつけた。


「えっと鏡になるとか、できんの? ほら女子が持ってる」

「オイラ青いからよく映らないよ」

「いい。濃さを見たいだけだから!」


小声で談話したいのに、周りがウルサすぎて大声になってしまう。

また、そのせいか店の奥に引っ込んでいた店長が奥からわざわざ顔を出してきた。

そして俺を意味ありげに見たかと思いきや、また奥の部屋へ消える。


「なんなんだよ、もう!」


無関心なのか、様子見なのかハッキリしてくれよ。

恥じゃん、俺だけ化粧とか!


しかしそう思うだけでは始まらない。


覚悟を決めた俺はスライムを見つめながら、顔を塗り塗りすることにした。


「よしっ。オッケ」


俺の声にスライムが跳ね上がる。


「オイラ、こう――見られるの嫌だな」

「お前なんて見てねー、おりゃスライム変態か」


――と、突っ込みとか久しぶりだな。地球にいるダチを思い出す。


「スマホは……没収されたし。服も違う」


汚いボロとは裁判の後にオサラバしている。今は緑色の下地に赤い紐のついたシャツを着ていた。

肌の出ているところには全てクリームを付けている。


「あ、主人」


喧嘩を見物していたスライムが声を上げる。展開があったようだ。

今思えば、客も静かだ。


俺は様子を見るためにカウンターの影から立ち上がった。


「おお」


教室ほどの小さな店は感動するほどに荒らされていた。

そして座り込んでたり倒れていたりする人垣の中に、勝者は一人立っていた。

腫れた鼻に手を当て、溜まっていた血を吹き飛ばす。

男の体はボロボロなはずなのに、彼はまだ戦いの火を灯らせたまま仁王立ちをしていた。


そしてポツリポツリと倒れていたテーブルの陰から顔が現れはじめる。

戦乱から隠れながらも、ずっと喧嘩を見守っていた者たちだ。


その見物客も中央に立つ男を見て顔色を変えていった。

パァッと歓喜に似た、驚きに似た顔をする。


「あれは……マークだ!」

「勝利者は狂戦士マーク――!!」

「やったぞ」

「トロルのマークに万歳! 勝利をマークに!!」


客の声に失神していた者たちも起きる。

現状を理解したようで、カメ虫の匂いを嗅いだかのような表情をしていた。


「お、覚えてろ……」


一人が悔しそうにそう言いながら店から逃れようとする。

しかしすると瞬く間に客からのブーイングが浴びせられた。


「俺たちの酒代を払え! メシの分も!!」

「修理代だって店に払ってねえだろ」

「「は・ら・え、は・ら・え」」


やべえよ、見知らぬ客同士がこんなことで盛り上がってるぜ。

俺は鳥肌が立つようなものを感じた。


「チッ。行こうぜ、兄貴」


慌てて退場しだす男たちはなんとも情けない状態だった。

客に非難とフォークを浴びせられ、追い立てられるように視界から消える。


「食い逃げ同然だ」


静かにそう言ったのは店長だった。

奥から戻ってきたらしい。


「壁に穴も開いてる。客は誰がここを片付けて、穴をふさぐと思っているんだ」


この中で一番胃が痛い思いをしているのは店長だろう。

喧嘩はタダでも、修理には金がいる――これは事実だ。


「あれ……」


見ると、カウンターの方へ一人の男が近寄ってきていた。

男が耳にあるピアスやベルトを外して、それをカウンタに置く。

どれも値打ちのありそうな品物である。


「すまねぇ、店の主人。これで勘弁してくれねえか」


意外な言葉だった。

なぜならこの男は先程まで俺に絡んでいたマークなのだ。


「……赤力のピアスに、純金入りのベルト……」

「足りなければもっと持ってくる」

「いいだろう」


納得した様子で店長がうなずく。

狂戦士トロルはすまないなと再度詫びてから背を向けた。


口元は……笑っていた。


「よう、もう帰んのか」

「明日がある」

「前よりも強くなったんじゃね?」

「あん? 初めから俺様は強いだろ」


テーブルや椅子を戻している客たちと仲が良いようだ。先程までの覇気はない。

そしてその緑の背中を見送った後、スライムはささやいてきた。


「あいつは多分盗賊なんだよ。盗むといってもココなら死人からだろうけど」

「ダンジョンがあるからか?」

「まあね。それにダンジョンの中でなくても、荒野がある。物を回収して、お金を得ているんだ」

「カシコイな、お前」


ガシガシと叩いて、店長を見上げる。

ドレファーは相変わらず無口で、特になにとも言わずに去ろうとしている所だった。


「あ、あの」


前の白い長靴が立ち止まる。話を聞いてくれるようだ。


「俺、料理は無理でも雑用ならできます。この世界を知らなくても、働くことはできます。俺をここに――置いてください!」


大魔王が決めたことだ。

でも、この人が俺を望んだわけではない。

だから許可は必要だ。


すると店長はやっとこちらに振り向いた。


「……小遣い走りに50ラン。現地食糧調達には1ガン。その他、成果によって値は変わるが……寝床は必ずやる」

「それって?」

「生きるためだけにここにいるんじゃない。小遣いを貯めて、自立しろ。だからよく働け。それだけだ」

「あ、ありがとうございます!!」


ドレファーは思った以上に良い上司だった。

頭を下げて、感謝を示す。


ドレファーは鼻を鳴らすと、俺を呼んだ。


「部屋は二階だ。案内する」

「はい!」


明日からは精が出そうだ。


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