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第四話 大魔王

「――ワオ!」


それはなんとも華やかな登場だった。

開く扉に合わせて一瞬だけ、粉雪がパァッと舞う。

そして冷たい雪をくぐると、そこには青を基調とした細長い部屋があった。


奥には当然、魔族の君主が腰掛けている。


「!」


――生きてんのか!?

思わずそう突っ込みたくなる色を魔王はしていた。魔王の肌は灰色だ。

玉座も黒くて、魔王らしい雰囲気がでている。

王じたいにも大きな傷跡が顔に痛々しくあるし、ゲームによくある悪の結晶のイメージと変わりなかった。

冷たい目が突き刺さるようだし、まさに鬼のよう――じゃ、なくて、本当に角が生えてるのよ。額に。


「連れて参りましたぞ、大魔王さま」


大臣でもやっぱ魔王には敬語なんだよね。俺、謙譲語とか自信ないけど平気かな?

俺を含める一行が玉座の間に入っていく。


左右にはローブで全身を纏った魔法使い、ワイン色の鎧を着た兵士がずらりと並んでいた。

とても暑苦しい。


そして部屋のちょうど真ん中らへんに着いたころ、大臣らがひざまついて首を垂れた。

俺もいちよう隣の兵士に見習って同じ姿勢を取ってみる。


「顔を上げよ、大臣」


大魔王の声だ。

大臣より声は高めで、いかにも王様というような雰囲気が出ている。


「兵士も下がれ。この場にはエルフがいるだけで十分だ」


王の声に兵士が部屋から去っていく。大臣は少し離れたところに下がった。

それにしても罪人を一人にするなんて、この城、緊張感なさすぎじゃね。

それとも俺がなめられてんかい。ムキ―ッ!


「じゃあ、エルフ。始まりのあいさつといこうか。これは決まり文句のようなものでな」


気さくな感じで話し始める大魔王さま。俺のイメージする魔王とはかなり違う。


「祝福を持って、そなたをたたえる。汝において王にあがらわん。ペアライ……てな。これで終わりだ」


本当にこれだけなんだ。

呪文のようにも聞こえたけど、特になんの変わりもない。


「さて、エルフ。私はお前の言い分を聞こうじゃないか。お前はどうしてこの城に来た?」


王様が身を乗り出して問いかけてくる。

すると奥のほうから魔法使いらが緋色のマントに被された何かを運んできた。

楕円形で、大きさは一メートルほど。あれが大臣の言っていた人の心を映す鏡なのだろうか。


「さぁ、エルフ。答えろ。お前は魔界のものにこの城へ落とされたのだな。私はそう聞いているが、どうなんだ」

「――はい、そうです」


俺の記憶は確かだ。俺のメモリーを舐めちゃあかん!


「鏡を覗け」


王の声に周りの奴らが動く。マントを外した細い兵士が声を上げた。


「正しいです、大魔王さま」


鏡は淡いスカイブルーに染まっていた。


「そうか。なら、お前は人間だった」

「はい」


鏡を取り巻く兵士らが色を見て頷く。

俺に偽りなどないのだ。


「お前は異世界にいた」

「俺は……魔界じゃなくて地球という惑星に住んでいました。その中の日本という国です」

「ほう。ならお前を嵌めた奴は誰だ」

「正しいか分かりませんが、マノという女子です。黒いローブを着ていました――あの……可愛い人なんですよ。モデルみたいでキラキラしとる」

「……」


あれ、一言多かったかな。

なんだか周りの火星人らが咳き込んでる。って、大臣はノーリアクションですか!

可愛かったのは事実だぜ!


おっと混乱しかけたところで王様が笑い出した。

こういうジョークが好きなんですかね。


「クフッ。そうか、可愛かったか……」


少し間を開けてから。

王様は顔を上げて、再度イスにもたれかかった。


「それは良かった。お前はマノと呼んでいるが、この城内から消えた女は一人しかいない」


まだ口は笑っている。

それでも、俺を見降ろす青い目は――なぜか、ひどく嘲笑うかのように見下されていた。

先程とは明らかに表情が一変している。


「彼女は『魔の』召喚士だ。そしてお前の言う人間の女は……私にたいそう可愛がられていた娘だ。あれはとても愉快な思い出を残したぞ?」


黄色い歯をぎらつかせて乾いた笑みを広げている。

魔王はやはり悪魔だった――。


「朝昼晩、こき使われたあの娘はどれほど祝福で満ちていたことか!」


どうした、魔王。

テンションがおかしいぞ。しかも悪い方向に進んでいる。


「想像してみろ。彼女が舐めた私の土足は美味であったに違いないな! 城外の野宿は愉快だっただろう、もちろん化け物の監視がつくが……。そうだそうだ――」


自分に泥酔した男、俺には大魔王がそんな風に見えた。


「なかでも滑稽だったのは、あれだ」


間をおいてから、俺に目線を合わせる王。

汚い笑みが肥満気味の顔に張り付いている。カエルみてえだ。


「田舎から来たヘンピな王子を公開処刑させた時だ。あの男は――そうか、召喚士の幼馴染。いや、私。白いやつが嫌いだから。特に人間は嫌いなんでね、人間の王子なんて歓迎するわけがない」

「……」

「人質だった召喚士も晴れ晴れと自由の身だな。なにせ五年前に自分が囮になってでも救いたかった男が目の前で壊されたのだから。王子も召喚士のことなんか忘れて、私を脅すことなどしなければ良かったのに」


まったく困った人たちね――そんな声が聞こえてきそうだった。


「一度は彼を故郷に帰らせてやったのだ。しかし情に流された哀れな人間のこと。処刑後は気分がよくなったから、彼女の頭に遺灰を振りまいてやったよ。なに、彼氏と最期に出会えたのだから幸せだったに違いない」


この男は狂っている。

確かに魔の召喚士、俺が勘違いして呼んでいた「マノ」は俺を魔界に送ることで、俺に同じ思いをさせようとしたんだと思う。それで自分が救われるわけでもねーのにな。

でも俺は死んだ王子と彼女に同情せざるを得ない。

もしこれが本当の話だったのなら、あまりにも悲惨なことだ。


咄嗟に真偽を映す鏡に目が行く。


鏡の色は……あまりにも澄み過ぎた水色をしていた。


王は実際にマノを苦しめたんだ。


「――人間が憎いから……王子を殺したのか?」

「それ以外に理由などあるか」

「自分の気分が良けさえすれば、人も殺すし気持ちを弄ぶのか!?」

「そうだ」

「……最低だ。俺がここに来たのもお前のせいじゃないか! マノは辛さのあまりに正常じゃなくなったんだ」

「貴様に召喚士の何が分かる? 」


責められることにまるで慣れているかのようだ。

実際、俺の言葉に表情一つ変えずにいやがる。こいつガチでカエルなんじゃねえの。


「常識だい! そんなことされて嬉しい奴がいるか! おい、あんたらはどうなんだよ」


まわりの兵士や魔法使いに向かって聞く。人間を魔族は嫌うのか?


「人間は嫌いかよ! こんな王様で、構わねえのかよ――」

「――おい、やめろ! これ以上の暴言は吐かさせないぞ」


後ろから鎧を着た魔族に押さえつけられる。上等だ。

俺に力があることを見せつけてやっぞ。


手についている手錠で相手の顔や胴体をコンッと殴りつける。

ダメージは鎧でまったくないんだろうが、たくさん殴って蹴りゃ、少しは後ずさるに違いない。

しかし数発殴りつけた所で他の連中と揉めることになった。


頭を殴られ、腹に蹴りをきめられる。


「くっそぉお。イテェ」


いつもの半分の力さえ出なかった。

そして痛みも増すので、大人しく兵士に潰される。


「ハッ、エルフよ。兵士は私ではないぞ」


上から偉そうに吼えるフランケンシュタイン。

カエルだけど、灰色だから今そう命名した。


「兵士よ、下がれ。そなたらは忠実だ。私が祝福した通りにな」


意味ありげな話だ。こいつの祝福ってなんだ?

下から睨みつけてやる。


「エルフよ、私には試したいものがある。どれほど私を憎く思っているのか、このナイフで示してくれやしないか。当然、刃で私を切り刻んでも良いぞ」


無表情で小型のナイフを玉座から投げ落とす魔王。

紫色の絨毯に、白く波を描いたナイフが弧を描いて手元に落ちた。

外見は果物ナイフに似ている。


「手で持て。立ち上がれ、そうだ!」


はやしたてて、俺に殺傷を求めてくる。この魔王は何を望んでいるんだ。

人格のテストか? 運動神経の試験なのか、分かんねえ。

理解できないまま、ナイフに手を伸ばす。

そして己の手に得物を握りしめた――その時。


「エルフ風情がぁッ!」


叫ぶ魔王の手から黒い靄が噴出する。

闇の煙が立ち昇っては無数の剣へと姿を変えた。

漆黒のクレイモアが俺のほうへと真っすぐに放たれる。


――魚の群れだ。


黒く渦巻いた集団が魚の一軍に思えた。


――殺される。


そう勘づきながらも頭から魚が離れない。

群れは畝って光を反射させるものだ。互いに隙間を開けず、確実に移動する。

完璧だ。……でも、真ん中が開いているんじゃないか。トンネルのように。


すっと、頭がさえて目の前の魔王を見つける。

王との距離はたった十数メートル。

剣のトンネルの中、真っすぐ前に玉座が見えた。


「ああああああ!!」


イチかバチか。手元のナイフをダーツのように投げてみる。


しかし途中で体が動かなくなった。少々ぶれた刃が魔王の額よりも少し上の方へ飛ばされる。


対して漆黒の剣たちは動けない俺をよそに、手足の血肉を突き破ってきた。

勢いで体が飛ばされる。


壁と衝突した。


「アァァアア――!」


痛い。

そして焼けるような痛みがするのに、王への怒りが収まらないのに――憎めば憎むほどなぜか体に自由が効かなくなっていた。


……神経がいかれちまったのか――俺も廃人だ。


そう思ってふと見れば、背中に、あの不思議な扉があることに気がついた。

そして黒い剣たちがその扉には傷一つ残さず、煙となって消えていく。

体には痛みだけが残った。

腕と足以外には突き刺さっていなかったようだ。


少し安堵するようでしない状態だ。

血があまり流れていないことを確認すると、俺は大切なことを確認するために動いた。

ギロッと――前へ向く。


ナイフはどうなった。


「……あ」


玉座に座っている男の様子が目に映った。

何も損傷はない――が、空中でスタッと止まったナイフが真っすぐに王の頭へ向けられていた。


「――見事だ」



そう言い残して、立ち上がる魔王。

目前で止まっていたナイフが、とつぜん地面に転がった。


「もう遅いが、私はお前に呪いをかけていたのだよ。汝において王にあがらわん。ペアライとな。殺気を持つと身体が麻痺に侵される」


俺の体が今だに動かないのは呪いのせいなのか。


「そして私には最強のバリアが張られていた。だから誰かが剣で切りつけたところでビクともしない。だが、驚いたぞ。お前はバリアに刃を突き刺した」

「……凄いことなのかそれは。でもあんた、初めから自分が傷つかないことを知っておいて俺に殺傷を求めてきたんだろ。見事も糞もねえよ」

「そうだな……お前は本当に果敢だ。久々に罪人を生かそうか。もちろん、それはお前のことだが」

「聞かれても困るぜ、それは」


生きたいと王にせがむ訳にはいかない。かと言って死にたい訳じゃなかった。


「お前にチャンスをやろう。生きるチャンスをな」

「……」

「酒でもやろうか。私はお前が酷く気に入った」

「あいにく、俺は酒が飲めないんで。未成年者なんですよ」

「ミセイネンシャ……」


どういう風の吹き回しか。カエルはなぜか俺の生意気を気に入ったらしい。


「――大魔王さま」


とつぜん大臣が手を上げた。

そして意味ありげに俺の方を向く。


「ダンジョン下町には人がよく泊まりに来ます。人類の情報を得るためにも、彼を使いませんか」

「私は人間をよく思っていない」

「お会いしなければよろしい。かわりに彼に人間界や他国の情報を吐かせるのです」

「おいおい、俺じゃ嘘つくかもよ」

「はっ? こちらにはそれなりの物があることを忘れたか」


そう言いながら、鏡を指さす大臣。

なるほど、真偽を確かめるぶんには何も困らないわけね。


「どうです、大魔王さま」

「……そうだな。決めた」


悪い予感だ。俺は魔王に使われることになってしまう!


「お前は下町で暮らす。そして酒が飲めないのだから――酒場で働け。これは命令だ……」


嘘でしょ。


「どうしてこうなった! 魔王の犬だなんてゴメンだぁぁああ」


叫んだけど。

俺は巨大なメイドによって部屋から担ぎ出されていたのであった――。

まさに完全大敗である。



ご愛読ありがとうございます!

といっても、まだ続きますよ。


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