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第一話 降 下

「ああ! 財布忘れてた」

――「ちょ、また学校に戻るの? そりゃないよ雷ちゃん」

――「戻るの、はんたーい。待つのもメンドー! 第一、入れんのかよ」

「分からん。でも俺は行く。お前らは行ってろ。あとで追いつくから、あばよ!」


そう言い返して、ダチと別れたのは五分前か。


俺つまり山田 雷男ライオはそのことを悔やんでいる。ダチは連れてくるべきだった。


「――ここ……学校だよな」


目前の景色に唖然とさせられる。

確かに学校であることには変わりない――けど、少々度を過ぎた装飾じゃねえか。


廊下に散らされた土の塊を見てそう思った。

中でも一番の決めつけは――月夜に照らされたサバンナだ。

――学校に草など生えないって?

いや、ここにはサバンナに例えられるほどの草が生えている。


まさに自然。

草もただ置いてあるんじゃなくて、土の上に生えているんだから、驚きザンスよ。


しかも帰りにはなかったしな。話題にさえなっていない。

いったい誰が草原など持ち込むのか、見当のつかない話だ。


もし生徒がしたのであれば、明日の文化祭の影響だと思う。


「ウーム」


これはドッキリなのか。いやー、多分そうだな。

生徒や先生を驚かせるつもりなんだ。


だったら――広げてやろ。俺が先にこれをネタにする。


俺はスマホを取り出して、どうしようか考えた。

廊下だけでどこの高校か分かるもんかね。

とりあえず撮るだけ撮るか。


俺はスマホのライトをつけた。


暗い廊下にはこれくらいがちょうどいいだろう。

よくは見えないが、膝丈まで伸びた草が幻想的に写る。

草は――ああ、見事な麦色だ。


「……あのう――」

「――え、あ、なに」


突然、肩を叩かれた。でも、人なんていたっけ?

しぶしぶ背後へ振り向く。


すると、驚け。そこには魔女がいた。

全身を黒いローブで覆った、とんでもない美人だ。


いや、なぜ暗いのに、美人だと分かるのかって?


それは彼女が光る棒を持っていたからだ。

パーティー用なのかライブ用なのか、俺には一切わからないけれど、淡く光ったガラス棒が暗い廊下を照らしている。とても、暖かい光だ。


俺は引き寄せられるように彼女を眺めた。まるでハリウッドスターの女優のよう。

肌は透き通るように白く、パッチリと開いた碧眼が愛らしかった。

髪は赤髪だ。


でも、コスプレか……。問題ないけど。

ミニスカートの中の太ももが目に染みて痛いです。

こりゃ、モテるんだろうな。俺よりもリア充《駆逐》なやつらに。


「どうしたの、こんなところで?」

「え……ええ? いや、珍しいから、写真を、っと思って。それよりも廊下に土とか大丈夫かな? 掃除とか、片付けがたいへんだよね」


なに、ペラペラ話してんだ俺。

やばい、心拍数が……テンションがあがっている。


「あら、片付けなんて考えなかったわ。私は中の人だから――。……いえ。きっと時空マジックに問題があったのよ。でも、気にしないでね。演出って大切でしょ」


――だわ? のよ? でしょ?


社長令嬢なのか、このやろう。

金持ちがこんな学校にいるだなんて知らねえぞ。

ついでにマジックって、魔法のことだよな。

格好は魔女にも見えるけど、もう文化祭気分なのか。逆に感心するよ。


「それより、どうぞ。中に入ってみたいんでしょ」

「え? 教室? いや、俺は当日でいいよ。文化祭は明日だし」

「ううん。遠慮しないで。お願いだからちょっと中へ入ってくれない?」

「俺が?」


第三者の意見が欲しいということか。

熱の入れ方が違うな。いや、この子はもしかしたら文化祭の実行委員なのかもしれない――。

写真を取ったらすぐ帰ろうと思っていたけど、仕方がないか。

付き合ってもいいと、俺は頷いた。


「いいぜ、ちょうど暇だったし。俺は……そうだな。保健委員長の山田 雷男。よく聞かれるけどライオンとは違うから。あだ名でもやめてくれって、お願いな」

「トラウマなのね」

「まぁ、そんなところなんだ。ところで君は?」

「私は魔の……――魔の……」

「……ああ、マノ。珍しい名前だね」

「ええ。珍しいの、ええ」


よく聞きとれなかったけどいいや。ただ外人の血が入っているのは確定した。


「ねえ、紹介は中に入ってからでいいから。ねっ?」


マノっと名乗った子が肩をすぼめて、入るよう促してくる。

別にいいが、少しせっかちではないか?


俺はそう疑問に思ったものの、そのドアに手をかけた。

しかし、ここで違和感に気がつくべきだった。もう、後となってしまった話だが……。


俺はその時、ドアにほんの少しの力を加えていた。

そう、ドアはゆっくりとスライドするはずだったのだ。――でもドアは思いのほか高速で開いていた。

そして――


「残念ね。雷男さん。あなたは美女に騙された――」


背中に悪寒が走った。

それは背後から聞こえた撫で声のせいでもあるが。それ以前の問題でもある。

俺は気がついたのだ。


俺が――今、開けてはいけないものを開けてしまったことに。


「どこ……!!」


驚いたことに、ドアの向こうに広がる景色は普段見る教室ではなく、ただただ青い空の景色だった。

しかし、なぜ上空にいる?


確認しよう。

俺は今、廊下にいる。そりゃ目の前はお空だけど。

飛行機のドアをスライドさせた記憶はねえ。クライミングだってしたことないしな。


ついでに下のほうが赤く掠んでいるように見えるのは、幻覚かな。いや、CG?


俺は身の危険を感じて、教室から離れようとした。しかし、なぜか動かない。

ああ、そうか。後ろの子が俺の腕を掴んでいる。って、掴んでいる!?


「恨みなさい、雷男さん。私はこの青い星でバカンスを楽しむけど、あなたは魔界で生きるのよ」

「そんな――」


何、ご冗談を。

俺は相手が本気でないことを確かめるために彼女の顔を覗いた。が、結論から言わせてもらうと俺は少女の表情を見て凍りつくこととなる。


なぜなら彼女は笑っていたのだ。

子供のような無邪気な顔で。


「――だから、落ちて。か弱いライオンさん」


急に悪魔のごとく豹変した少女に、扉の向こうへ突き落とされそうになった。

――が、前から大砲のように押し込んできた大気が俺たちを元の場所へと戻す。

ムニュっと背中に彼女の豊かな双丘が密着した。


とても幸せ――だが、状況が状況ゆえに興奮なんて無理だね。

機嫌を損ねた彼女が背後からキックを繰り出してくる。

危うく頭に彼女のヒールが突き刺さるところだったが、なんとか風の流れでそれだけは避けられた。


しかし、喜ぶ訳にはいかない。


なぜなら、俺の体はとうに扉の向こうへ投げ出されていたから。

蹴りをよけた時に足を滑らしていたようだ。


「いってらっしゃ~い」

「い、いやややや。落ちるぅ――……!!」


なんとかドアに掴まろうとしたが、突き出した手は虚しく空中を掴むだけ。


気が付けば、俺の周りを青い空が回転していた。眩しい日光に澄んだ空、そして赤い地上。

空と赤い星の境界線で俺は今、転がっているのだ。


つらい。

あまりのことに思わずリバースしそうになった。

そして巨大なGに意識を手放しそうになる。というか、普通ならすぐそうなると思うけど――


――あの女、許さねえ。引っかかったのは俺だけど。魔界はないだろ、魔界はっ!


俺は怒りの頂点にいた。

そして強い風に顔を歪ませながらも、上へ向く。


すると、はるか遠くに浮かぶ扉からは黒い人影がこちらを見下ろしていた。

そしてもう豆粒ほどの大きさだというのに、俺には彼女の笑顔がはっきりと見える。

それは一見美しく、可愛い女の子には変わらないはずだが。


今となっては憎たらしい笑み。


俺は彼女の顔を目に焼き付けた。一生忘れない。

もしこれが夢だったとしても、俺は忘れない。


――コスプレした都合のいい、社長令嬢には気を付けろ。


人生の教訓を胸に刻んだ後。


哀れな俺は青い遥か上空で気を失ったのさ。




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