第十話 草原
「勇者様! 魔物がぜんぶ逃げていきます!!」
「なんだって」
始まりの草原にて。
僕らは魔物を追いかけている。
「オーラが強すぎです。このままでは一匹も狩れないかと」
「わお(やったね)」
僕らは戦わずに、敵を追いやることができるんだ!
最強じゃん。
僕はワサワサと急いで揺れる草を見ながら、そう思っていた。
でも――
「何をのんきに」
ドラゴンを愛でる、隣の美女に釘をさされた。
「勇者。あなたは成長する前に、強敵とやりあうことになるわ」
「え、そうなの」
「そうだよ、メイソン。基本から攻めないと」
剣士のクックがそう言って、肩を叩いてくる。
彼だけが僕のことを名前で呼んでいた。
「勇者さん。弱いのは強いの嫌いますが、強いのは強いのが大好きです」
薬師の子が小声で伝えてくる。
僕の今の状態はいけないんじゃないかな。
つまりは、弱いまま魔王城に行ってしまうってことでしょ?
強い魔物は強いオーラの僕に引き寄せられちゃうし。
「このままではいけないね。走って追わない?」
「勇者、私たちがしようとしているのは過剰防衛よ。虐待じゃないわ」
「俺もそう思う。追って殺すのは可哀想だ」
「ヘイ、君たち。誰の味方?」
こんなことでへこたれますか。
僕は走って、逃げていく生き物を追いかけた。
それで、後で知ったんだけどね。
僕が地面を踏み込んだ時、土がえらく抉られたようだよ。
本当にクレーターみたいな穴ができて、こんな光景は初めて見たって。
参っちゃうな、僕はそうとう壊れやすい世界に来ちゃったみたいだ。
――
side ライオ
町の話をしよう。
俺のいるアザレアは、裏表の激しい町だ。
出店の多い、いわゆる商業エリアが表で、魔族(地元の人)の多い奥の世界は裏だ。
正面は北を向いている。
俺の働く酒場はそこから奥へ進む、東のエリア。
まだ治安もいい方で、住宅街あり、農地あり、店ありの穏やかな場所。
んで、南にいけばスラム街だ。
スラム街に住む者は魔族でも、人間でもない。
彼らはどの国民にも属せなかった者で、税を払う必要がないかわりに「不法の民」として差別を受けている。
スラムはこの町で一番、殺人の多いエリアでもあった。
暗い話だったかもな。
町の西に話題を移そう。
あそこは良い場所じゃない。良い子は近寄らないホテル街だ。
あそこに定住してる人間?
いるよ、ワゴンさ。あいつは毎日遊んでる。
さて、それはいいとして。
俺は今どこにいるでしょうか。
「……答えはどこか分からない、でした!」
「主人、独り言が多いよ」
「迷子なんだぜ。人生初の迷子なんだぜぇえ!! お前が冷たいだけじゃねえの!?」
細道に入ってみたら、同じような建物ばっか。気がつけば、静か―な場所でグルグル回っていた訳です。
「店もねえ。人もいねえ。まるで迷路だっつの」
「オイラが思うに、高いところを目指したらどうかな」
俺より液体の方が冷静だったわ。
エルフになっても俺の中身は変わんねーよ。
「建物といえば……あれか」
目に入ってきた、白い塔を指さしてみる。
三角錐の尖った屋根が他のどんな建物よりも上にあった。
あれなら町を見渡せるかもしれないな。
「行くか」
俺は階段をのぼって、塔のドアに手をやった。
すると、少し開いていたのか人の声がした。
中にいるのは子どものようだ。
「聞き耳を立てるのは悪いよ、主人」
「ならお前が呼べよ」
「……」
「……」
変な目で見るな。別に、コミュ障って訳じゃないんだぜ。
「オールライ、オールライ。心配すんな」
異界だって挨拶は変わらないさ。
なに、ポポポポーンで仲間は増えるだろ? テレビでやってたぜ☆
「……こんちわー」
ノックしてドアを押してみる。意外にも抵抗なく木の戸は開いて、中が見えた。
室内にいたのは、大勢の子どもだった。
「ワー」
一斉に注目の的だよ。
誰誰、と数人が長机から寄ってきていた。
中は教会のような場所だ。天井が高くて、上のステンドグラスが神々しい。
俺は建物の装飾に心奪われた気がした。
「祈願に来られたのですか」
「あ、いや」
心地よいソプラノの声だ。
子どもたちの中から一人の女性が、カラカラと音を立てながら近づいてきている。
ただし歩いてはいない。
彼女は黄緑の車椅子に乗っていた。
「いい天気ですね」
「まぁ、そうだと思います。ここは教会ですか?」
「どうでしょうね。今は学校ですから」
微笑んで答えてくれる。
金髪の美女は、白くて長いスカートを履いていた。
俺んとこのサアシャとは、またえらく違うタイプですな。
「すみません。邪魔をしてしまいましたか?」
「いえ。構いませんよ。なにせここは良い訪問者が少ないので」
「?」
「何用で来られたのですか」
「あ、道に迷ってしまったもので」
いやー、迷子なんて恥ずかしいね。
子どもたちが変な顔をしている。――ん? チビッ子が何か囁いているぞ。
「ここは、ス・ラ・ム。スラムの学校だよ」
「はい?」
「だから……」
女の子が一息つけてから、口を開く。
手では拍手のポーズをしていた。
「――ここは、スラムー!」
「スラム―」
「魔王なんて知らないさ!」
「王様なんていらないよ」
「自由でサイコ―、我らは放民!」
メロディーを刻みながら、子どもが笑顔を見せてくる。
これはあれかな。
子ども特有の「○○隊の一人なんだぜ、イェーイ」のテンション。
歌もあって、本格的なグループになっちゃってるけどね。マジで、危ないと思うけどね。
いいんじゃない? 子どもなら。
でも、そうだな。俺は天才らしい。だって――
「ようこそ、兄さん。我らスラムの隠れ家へ」
迷いこんだ先は、あの不法の地なんだから――。
メロディーが分からねー、だいたい歌って何だよw!?
って、草生やすのヤメーイ。それはあれだ。
教養が足りんのだよ(´・ω・`)




