プロローグ
「……なぜだ。お前は息子だろう」
苦しく呻きながら魔王は膝をつく。
確かに子は多かった。それでも国を治めるものとして仁義を教えてきたのではないか。
他者をもてなし、民を厚く保護する。これこそ王の要。
まして殺生をしてまで王位を切望するとは――王族の顔が立たない。
なぜだ、末の子よ――
魔王は言葉にならない声を出して、さらに小さく沈んだ。
白い玉座の前に、清い宮殿とは掛け離れた赤いものがこぼれ落ちる。
「悪いな、父上。死んでもらうしか方法がないのだ」
細い剣身を一振りして颯爽と立ち去る青年。
その黒い外衣は雨に打たれたかのように、小さく萎れていた。
足を踏み出すたびに赤いしずくが彼の後を追う。
「ああ」
血に濡れた手で自然に頬をさすっている。彼は手袋を外し、それを床へ放り投げた。
「兄者はいない。王もまた然り。なら王位は誰のものだ」
答えは知っている。自分しかいないのだと。
しかしそこに邪魔者はやってくる。
「待て!」
王座の扉が威勢よく開かれた。王の従者らだ。
「王位転覆の容疑、ならびに王族虐殺の疑いにより、第六皇子、貴様を逮捕する。武器を捨て、手を組みなさい」
手を組ませるのは魔法による攻撃に正確性が弱まるから。
しかしそのようなもので捕まるようでは、次の魔王が務まるか!
「アハ、アハハハハ」
「何がおかしい」
「私のすることを知っていて、なぜ魔王が殺される前に来なかった。さては貴様ら……王位を奪うつもりだったな」
武器を手袋同様、投げ捨てる。
動きづらいがゆえに、上の外衣もまた脱ぎ捨てた。
皇子の顔は――死人のような灰色だ。
「私は恐怖でこの世を支配する。そして完全なる中央集権国家を設立するのだ。私は魔王を越す――大魔王なり! よって貴様らは用済みだぁああ!」
国を捨てたのか。
魔王が好んだ白い鎧ではなく、黒に染められた鎧の兵士らが盾を構えるよりも早く、皇子は駆け出していた。
手にはすでに攻撃のための黒い靄が蓄えられている。
「我が命よ、天命を持って命ずる。闇を放ちて、敵を突き刺せ! クレイモア!!」
こうして国に反旗を上げていた従者ら二百、またそれに順した者たち三千が一人の男によって殺された。
魔族暦一億三千年の冬である。
あの日から魔族は悪魔に王位を譲ったのであった。
しかし話となるのはそれから一千年後。
腐った世に一人の男がはるか遠くの惑星から落とされた所から始める。
その男の名は山田 雷男。
後に勇敢に戦いしエルフとして語り継がれる男である。
それは秋空の綺麗な日だった――
一人の学生が明日にも開かれる文化祭のことを考えながら、自転車に鍵をつけようとしたその時。
彼はふと思い出す――
財布、教室じゃね――と。