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お昼

作者: 竹仲法順

     *

「稲葉さん、お昼行っていいよ」

「はい」

 課長の貞方(さだかた)がそう言ったので、席を立ち、フロアを抜け出る。後から同僚の朋花(ともか)が付いてきた。彼女があたしに訊いてくる。「どこで食事する?」と。一瞬考えたのだけれど、やがて、

「確か、会社出てから向かって左に、洋食屋出来てない?」

 と言ってみた。

「ああ、あそこはいいって思う。安いし」

 朋花がそう言って笑顔を見せる。あたしも頷き、

「じゃあ今日はあの店に行きましょ」

 と返して、歩き出す。あたしたちはいつも一緒なのだけれど、会社にお弁当を持ってこないのだ。代わりに外食する。別に外食って言ったって、そう高く付くものじゃない。ランチだと、千円札一枚でお釣りがくるぐらいだ。地方都市のランチ店は、実に安い。

     *

 朋花が歩きながら、話しかけてきた。

成海(なるみ)、腱鞘炎どう?大丈夫?」

「うん、何とかね。痛いのは痛いけど」

 本音が漏れ出る。あたしも思うのだ。パソコンのキーの叩き過ぎで、腕が痛むのを。まだ三十代なのだけれど,早々とそういった症状が出てきつつある。一応湿布はしていたのだし、鎮痛剤も携帯していた。季節柄、尚更痛い。秋冬は腕や足、それに関節などが痛むというし……。

 朋花も鎮痛剤は持っていたようなのだけれど、腱鞘炎はそうひどくないらしい。むしろ彼女は頭痛持ちだった。頭の方が痛むようだ。あたしも思っていた。頭痛も慣れればそうでもないのだけれど、痛いのには全く変わりがないと。会社でずっとパソコンのキーを叩く女性社員はいろいろあるのだ。腱鞘炎なり、頭痛なりが……。

     *

 店に入り、窓際のテーブルに座ると、朋花がメニューを見ずに、

「日替わり二つと、コーヒー二杯」

 と、近くにいたウエイターにオーダーした。別に気にしてなくて、返って朋花って気が利くなと思えたのである。お冷を飲みながら、寛ぐ。食事休憩時ぐらい休めた。確かに三十代だと、もうあちこちにガタが着出す。まあ、気に掛けても仕方ないことなのだけれど……。

 普段、抱え込んでいることはある。仕事が忙しいので、気は紛れるのだけれど、疲れていた。単なる事務職だったのだけれど、ずっと朝から晩まで会社にいて、文書類を作り続ける。悩み事を話すのに、朋花は適当な相手なのかもしれないけれど、彼女はお喋りだ。他人に吹聴して回ったら溜まったものじゃない。だから、あえて口を閉ざしていた。単なるランチ友達の一人として、だったらいいのである。

     *

 ものの十分ほどで日替わりが届き、一緒に持ってきてもらっていたコーヒーを飲みながら、食事を取る。別に気にしてなかった。朋花相手に当たり障りのないことを話し、食事を取り終えてから、コーヒーをお替りする。いつも通り、ブラックのままで啜った。

 ちょうど午後一時前だ。始業時刻にぎりぎり間に合いそうで、席を立ってからレジで食事代を清算する。そして店を出、歩き出す。秋晴れだった。空には雲が一つもなく、すっきり晴れ渡っている。お互いスーツ姿で、社に戻れば、また午後からの仕事がある。午後五時半に業務が終わるので、合間に休憩を挟み、それまで仕事だ。

 フロアに戻り、席に座ってから、パソコンのキーを叩き始める。単調だったのだけれど、仕方なかった。人間だからだ。常にキーを打ち、いろいろ作っていく。さっきまでのお昼の時間が心地よかったと振り返りながら……。

                              (了)


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