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エリコ  作者: ムライリカ
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♠4月…その3

「まだ帰りたくない」

「いいから黙って乗れ。この手の駐車場は、監視カメラが付いているんだ。事情は後で聞いてやるから」


 軽く脅してやると、山下は諦めて車内に乗り込んだ。バックミラー越しに彼女を確認するが、薄暗くて表情までは分からない。服部は静かに駐車場を後にすると、適当に駐車できそうなコンビニへ入った。山下は始終俯いて座ったままだ。


 さて、どうしたものか。このまま家に送り届けたいのは山々だが、この状態の山下が素直に従うとは思えない。家に帰る振りをして、またその辺を徘徊されても困る。しかし、これ以上生徒を連れ回すのはもっとまずいか。とりあえず飲み物でも買ってこようと、シートベルトを外した所で山下が呟いた。


「先程はありがとうございました」


 礼を言う子ではないと思っていたので、服部は少々驚く。


「まだ家に帰れないのか?」


 山下は答えない。時間は夜の8時をとうに過ぎていた。この質問に関しては答えてくれる気はないらしい。強情な奴だ。あの場で山下を助けようが助けまいが、どの道別の方法で帰宅を避けていたに違いない。


「先生、煙草吸うんですね」


 鼻をヒクヒクさせて、バックミラー越しに視線を寄越してきた。その表情は先程より柔らかく見える。


「意外か?」

「ううん、別に。それより買い物は良かったんですか?」

「その事なら気にしなくていい。それより何時なら家に帰れるんだ」

「そうですよね、買い物なら昨日もしていましたしね」


 意地悪そうに口元が歪む。やはり気付いていたのか。こいつは人に難癖を付けるタイプか。憎たらしい。


「家に早く帰れないのなら、明日からは学校に残っていけ。そうだ、部活動に参加すればいい」

「一緒に帰る子より先に停車駅に着くから、この辺りで時間を潰すしかないの」


 山下はきっぱりと言い放った。なるほど。仲の良い友達には、理由を知られずに過ごしたい訳なのか。面倒だな。


「しかし、もうあのショッピングセンターでは時間を潰せないぞ」

「わかってる」

「かと言って、他に時間を潰せそうな場所やお金もないと」

「そう」

「だったら塾にでも行かしてもらえ。勉強も出来て一石二鳥だ」


 適当にあしらわれたのが癪だったのか、山下が反論した。


「そんな余裕もないし、勉強したくもない」


 仮にも教師に向かって勉強したくないとは。服部は呆れながらも、どうしたらこの荷物を素直に降ろせるか考えていた。


「先生こそ、こんな事していいんですか?夜間に車で生徒を連れ回すなんて、問題ですよ?」


 その事も少しは懸念していたが、こいつは私情を話すタイプではない。先程の警備員とのやり取りを思い出していた。


「何だ、脅すつもりか」

「だったらどうします?」


 生意気な口をきいているが、恐らく本心ではないだろう。遠からず自分を試しているのだ。服部は鼻で笑った。


「お前は喋らないよ。そこまで親子関係が良好なら、とっくに帰宅している筈だ」

「……そうですね」


 少し言い過ぎたか。それとも深入りし過ぎたか。服部は黙ってシートベルトをかけ直した。


「今日の所は素直に帰れ。どんな家だろうと、どんな親だろうと、そこがお前の帰る所だ。本気で嫌なら、卒業してから一人暮らしでも何でもしろ」

「…………」

「先生は一々生徒に構ってられないんだよ。忙しいんだ」

「でも、今日は構ってくれましたよね?」


 山下とミラー越しに目が合った。


「そんなの、たまたまだ」

「……嘘付き」


 最後の台詞は聞こえなかった振りをして車を発進させた。どう言いくるめて、どう行動を起こすのが正解だったのか。きっと何をしていても、彼女とは今後関わる事になっていたのだろう。名前からそんな気はしていた。




「服部先生、少しいいですか?」


 四月も下旬を迎え、そろそろゴールデンウィークに生徒達の心が傾いている時期だった。職員室で主任の浅川に呼び止められた服部は、資料作りをしていた手を休めた。


「三者面談の許可願いですが、山下さんだけ提出がまだなんですよ」

「本人は何て?」

「親は忙しいから来られない、の一点張りで。服部先生からも何とか言ってもらえないでしょうか?」

「……わかりました。今日の放課後、言いつけておきます」


 また山下か。最近大人しく帰るようになったと思ったらこれだ。彼女を自宅まで送り届けて以降、あのショッピングセンターで見かける事は無くなった。その代わりに、彼女からの風当たりは一層きつくなった。授業中に当てても返事すらしない。一生懸命考える振りをして、時間稼ぎをしてから答える。小さな悪あがきだった。


 放課後、案の定山下を呼び止めると露骨に嫌そうな顔をした。


「私、浅川先生にも説明しましたが?」


 服部は他の生徒達に聞かれぬよう、窓際に山下を連れて用紙を渡した。


「お前の説明は必要ない。要るのは書類だ。親と話すのが嫌なら、印鑑だけ盗んで押して、自分で手書きしろ」


 小声で助言した内容が可笑しかったのか、山下が笑った。


「先生がそんな事言っていいんですか?」

「いいから。明日中に持って来い」

「……はーい」


 山下は面倒くさそうに、それでいて何処か愉快そうに用紙を鞄にしまった。ついでにショッピングセンターで見かけない事も尋ねてみようか。


「山下、今はどこで時間を潰しているんだ?」


 動きを止めた山下が、冷めた瞳で言い放つ。


「……さぁ。気になるなら、探してみればいいじゃないですか?」


 そっぽを向いて、さっさと教室を後にしてしまった。やはり素直に教えてくれるはずもないか。相変わらず可愛げのない奴。

 服部は山下の態度に口元を緩ませた。あそこまで頑なに拒絶されると返って清々しい。山下の言う通り、ドライブがてらに探してやってもいい気になっていた。


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