♠12月…その2
英里子と母親の願いで、服部は大学に通い続ける事にした。あれから両親は離婚し、実家に2人が残る形となった。
『兄さん。今度の連休で、そっちへ遊びに行ってもいい?』
離婚騒動から妹の英里子とは、頻繁に連絡をとる間柄になった。服部も英里子の願いは極力受け入れてやるよう努めていた。
「はー、やっぱり田舎と違って、こっちは随分人が多いわねー」
英里子が土産を片手に、当時住んでいたアパートにやって来ていた。大学からも近い学生寮で、滅多に友達すら入れない服部は、妹と言えど友達以上に緊張していた。
「駅からも遠かっただろう。ここへ来たって、遊ぶ所は何もないぞ?」
「いいの、いいの。お母さんにも様子を見て来なさいって、言われていたんだから」
英里子は退学した後、地元の居酒屋で働き出していた。母親はあれから教壇に立つ事が出来なくなってしまい、最近は家でのんびりしている事が多いそうだ。
服部は自分1人で生活していくのが精一杯で、2人に何もしてやれないのを大いに悔やんでいた。学生という身分が嘆かわしい。そんな自分を英里子と母親は、気にせず頑張りなさいと応援してくれている。正直2人には、感謝しきれない程多くの物を恵んでもらっていた。意地でも教師にならなくては。
「兄さんも、たまには地元に帰って来なさいよね。お母さんも喜ぶわよー」勝手に冷蔵庫の中を開けて中身をチェックする。「あ、ビールあるじゃない。結構お酒飲むの?」
「まぁ、それなりにな」
「じゃあ乾杯といきますかー」
時刻はまだお昼を過ぎた所だった。昼間からビールとは贅沢な休日だ。
「そもそもお前、未成年だろうが」
「あ、もう生活指導?こわーい」
英里子がそう言ってはやし立てるので、面倒だった服部は見て見ぬ振りをした。狭い部屋で乾杯を交わす。床に転がっていた煙草の箱を、英里子が見つけて拾い上げた。
「兄さん、煙草吸うの?」
「まあな」
「でもこの部屋、全然臭わないけど」
「全寮禁煙だからな。ベランダでこっそり吸っている」
「この不良教師ー」
2人で飲みながら、しばらくは互いの近況を報告し合った。電話とはまた違った声色で英里子が話す。英里子が笑う。こうして向かい合って世間話をするのは本当に久し振りだった。
今まですれ違っていた時間を埋め合わせるかのように、2人は語り尽くした。大半は英里子の愚痴だったが、服部は楽しくて大いに酒も進んだ。
「ねぇ、もう一本飲んでいいー?」
英里子も威勢が良かったのは最初だけで、3本目を空けた頃にはすっかり出来上がっていた。
「もう止めておけ、顔真っ赤だぞ」
そう言って無理矢理ビールを引き離す。
「何よー、折角来てやったのに飲ませなさいよー」
あははと高らかな声で笑う。元々お酒に強い方ではないのに、自分に合わせようとしてくれたのだろう。代わりにミネラルウォーターを差し出した。
「そろそろこいつで酔を覚ましておけ。1人で帰れなくなるぞ」
「帰れなくなったっていいもん」
「我儘を言うな」
「…………」
急に萎れたように英里子の元気が無くなった。不貞腐れたように床に転がる。様子が変だ。やはり飲みすぎたのか。
「おい、大丈夫か?気分でも悪いのか?」
英里子は少しも動かない。眠くなったのか?風邪を引いては困ると思い、服部は上に掛けてやる布団を取り出そうとした。
「私が……今日どんな気持ちで、ここへ来たか分かる?」
振り返ると、英里子が顔だけをこちらに向けて横たわっていた。その仕草にドキッとした。思わず触りたくなるような膨らみを帯びている。色っぽく身体をくねらせている様にも見える。
服部はミニスカートで来てくれるのを、密かに期待していた。英里子は今日、その期待に答えたかのような可愛らしい格好。少し動けば、安易に中まで見られそうだった。
酔ってはいるが、目の標準はしっかりと自分に定まったままだ。睨んでいる。
「どうした、急に」
服部は背中に嫌な汗をかきながら、ぎこちない動作で布団を元に戻す。英里子が見ている。自分の返答を待っている。期待されている。その視線を大きく避けながら、辛うじて英里子の隣に着席するのが精一杯だった。
「逃げないでよ」
はっきりとした口調が胸に突き刺さる。動けなかった。妹の目を見られなかった。自分は英里子を異性として見てしまっている。気持ちを悟られるのが怖い。沈黙したままビール缶を見つめ続けた。
やがて怖気付いた服部を、見破った英里子が鼻で笑った。
「ばーか」
初めて妹に貶された瞬間だった。服部の中で何かが弾けた。酒の勢いに任せて、咄嗟に英里子の身体を押さえ付ける。無性に腹が立った。このまま馬鹿にされてたまるか。
英里子は目を見開いて、驚きはしたが抵抗はしなかった。それどころか、兄の自分にそんな事が出来るのかとせせら笑っている。
「お前こそ逃げるなよ」
今度は服部が睨みつけると、英里子は口角を上げて静かに瞳を閉じた。マスカラが綺麗に施されていて美しい。酒気で頬が程良い具合に紅潮している。
服部は酒臭いのも構わず英里子に唇を重ねた。柔らかかった。乱暴に自分の舌をねじ伏せる。英里子はすんなりと侵入を許したどころか、待ち侘びていたように応えた。互いの吐息が忙しなく交じり合う。
この先に身を投じれば、後戻り出来ない事は安易に予想がついていた。それでも妹の英里子が欲しくて堪らなかった。接吻を通して、英里子の気持ちが切ないほど伝わってきていた。兄妹なのに。血が繋がっているのに。それでもこの想いは止められなかった。
お前も同じ気持ちだったのか。憎いほど背中に爪が食い込み、部屋の一角で乱れた息飛び交う。2人は出口の見えない快楽に迷い込んでしまった。