♠10月…その2
22時過ぎに鳥羽先生と、夏目先生の2人が顔を出した。どうやら最終的に、この4人で飲む事になったらしい。夏目は服部より9歳も上のベテラン英語教師で、吉田の上司にもあたる人だった。
おそらく鳥羽と同室で、無視する訳にはいかなかったのだろう。吉田もがっかりした表情を見せた。
「若い子達と飲むのもたまにはいいわね」
夏目が興奮したように目を輝かせている。吉田が冷蔵庫から人数分の缶ビールを取り出すと、4人ベッドの上で乾杯した。
「あー、旅行先で飲むビールは格別ね!」
夏目が頬を紅潮させて笑う。服部と吉田が静かに目配せした。まさか酒乱ではあるまいな。
「服部先生はお酒強そうですね」
いつもと変わらない表情で、鳥羽がさきいかをつまんだ。吉田もそれに便乗する。
「まぁ、服部先生は普段も表情にでませんからね。結構飲むんですか?」
「いや、1人では飲まないよ。確かに酒は強い方だが」
「やっぱりね、そうだと思ったのよ。ねぇ、今度一緒に肴の美味しい居酒屋行かない?私、そこの常連で店長とも仲がいいのよ」
もう缶ビールを1本開けた夏目が、嬉しそうに肩を掴んできた。この人は酒が入ると面倒なタイプのようだ。服部は適当に話を合わせながら、夏目の飲むスピードに気を付けようと思った。
「生徒達には悪いけど、こうやって先生同士も息抜き出来るから楽しいですよね。私この学校に就任する時、2年生の担当にならないかなぁって、思っていたんですよ」
「分かりますよ、修学旅行は言わば学校最大のイベントですからねー。僕は教員になってから2回目ですが、今でも学生気分で楽しんじゃいますよ」
吉田もちゃっかり鳥羽の隣に座って嬉しそうだった。服部はビールを飲みながら、2人の若い教師を微笑ましく思った。自分が初めて就任した学校先では、同世代の教師など殆どいなかったので焦ったものだ。普通は気の合う教員同士が結ばれるものだろうな。服部は3人に対して後ろめたい気持ちのまま、酒を煽った。
しばらく雑談をして盛り上がっていると、突然鳥羽が声を荒らげた。
「そう言えば服部先生、最近彼女が出来たそうじゃないですか」
思わず酒を吹き出しそうになったので、服部は慌てて口元からビール缶を離す。
「えー!それって、本当ですか?」
吉田も驚いた様子でこちらを見てくる。潰れかかっていた夏目も、目を擦って話を聞く体制に入った。
「この間、ショッピングセンターで服部先生をお見かけしたんですよ。そしたら、カゴいっぱいにお菓子を買ってらっしゃって……声はかけづらかったんですが」
3人が興味津々に見つめてくる。まさかそんな所を見られていたとは。
「あれは自分の夜食ですよ。鳥羽先生の考え過ぎです」
服部は咳払いをした。あれだけで彼女がいると判断した鳥羽は、案外鋭くて焦る。女の感って奴か。
「じゃあ、実際に彼女はいらっしゃらないんですね?」
「ええ、もう長い事独り身ですよ」
2人して笑ったが、吉田は面白くなさそうに酒を煽った。
「またまたそんな事言っちゃって。服部先生、実は生徒に気があるんじゃないですかぁ?」
吉田が酔った目で服部を指差す。おそらく拗ねているのだろう。
「言いがかりはよして下さいよ。生徒と関わるくらいなら、俺は親御さんと関係を持ちたいですね」
自分で言っておきながらも、それはないと断言出来た。
「ちょっと吉田先生、今の発言は問題ですよ?服部先生が生徒と付き合うはずないじゃないですか!」
何故か鳥羽が怒って反論する。夏目も聞き捨てならないと言った形相で、吉田を睨んだ。
「教師と生徒なんてありえませんよ、大問題ですよ!勝手なこと言わないで頂戴!」
双方に睨まれたので、吉田は思わず萎縮した。
「じょ、冗談ですよー。まぁ、生徒達は可愛いですけど、恋愛対象には見られませんからねー」
「私達はあくまで教師ですから。教師が生徒に手を出したら教育者としてお終いです!」
次第にヒートアップしてきた討論に、服部は静かに飲みながら聞き流していた。 教師と生徒なんてありえない。教育では当たり前の認識だった。服部はお守りの入った鞄を見つめながら、早く卒業してしまえばいいのにと思った。




