夏の夜、はじまり
それは、ひどく蒸し暑い夏の夜のことだった。
がたんっ。
「……?」
最初にその音が聞えた時は風が窓を揺らしたのかなと思った。
何せ、私の家は曽祖父の代に建てられた日本家屋だ。
普段から、少しの風でも窓は音をたてていた。
けれどその後、数秒の間を置き
がたがたっ、どんどんっ。
先ほどより強く、窓ガラスが音を立てて揺れたのだ。
風じゃない…?
鳥にしたって、こんな時間に騒ぐのは妙だ。
考えている間にも音は鳴り止むことはなく、私は嫌々ながら目を擦りベッドから起き上がる。
何か部屋にある訳ではないと思うけど、念のためぐるりと自室を見回す。
大きな本棚が二つと、勉強机、小さなテーブル、そしてベッド。
女子高生としてはシンプルな部屋だと自分でも思う。
小さく息を吐いて、私は部屋に一箇所だけある窓辺を見つめた。
がたんっ!
本当に何なんだろ、泥棒とか…だったら警察呼ばなきゃなぁ。
あぁ、面倒くさい、しかも若干怖いし。
グッと自分の眉根が寄ったを感じて、人差し指で揉み解す。
そして携帯を握って、もう一度だけ窓の音に耳を澄ませる。
「……?」
あれ、聴こえなくなった。
やっぱり風の音だったのか?
「…変なの。」
呟いて、ベッドに潜り込んで寝直そうとした…そのときだった。
視界の隅…窓辺に妙なものを見た。
にょき
「……。」
暗闇の中なのではっきり見えたわけじゃない。
けど、今、確かに。
窓をすり抜けたように、白い手、みたいなのが……。
「―――――……っ!」
私は意識が遠のくのを感じる。
頭がグラグラして背中を冷たい汗が伝った。
恐怖と嫌悪とその他、諸々の感情。
それを感じた私は、ついパジャマの胸元をきつく握り締めた。
どくん、どくんと自分自身の心音が普段より大きな音をたてている気がする。
頭の中は蒸し暑さと衝撃とが相まって、クラクラと回っているようだ。
――いつか、ネタにしなきゃ。
――あ、でも先に警察呼んで…あれ、こういう時も呼ぶのって警察で良いのか?
頭の中の何処かで、冷静な私がそう呟く。
そして、そんな私を嘲笑うかのように、白い手は窓の鍵を外した。
「(……窓の鍵を外す……?)」
多分、あれはお化けの類だと、思う。
なら窓をすり抜けて入ってくるもんじゃないだろうか、普通。
なのに何で、あのお化けは窓の鍵を外して入ってこようとしてる?
しげしげと、恐怖すら忘れて好奇心のままにその手を見つめる。
「よっこらしょっと……ん?」
ガララーッと、私が普段するような調子で開けられ、暢気な声が部屋に響いた。
呆然と、その声の主の顔を見つめる私。
私と目を合わせたまま、きょとんとした金色の瞳を瞬かせる不法侵入者。
間抜けにも見つめ合うこと暫し。
先に我に返ったのは、言わずもがな、私だった。
「不法侵入者ァァァんぐうううっ!!」
「いやぁぁぁっ!頼むから後生ですから叫ばないで下さいっお願いぃぃぃっ!」
私の口元をしっかり押さえ、もう土下座しますんでマジで!
と、よく分からないことを口走る不法侵入者に私は黙り込んだ。
いや…うん、でも、だからと言ってこのままの姿勢を通してやる義理は無いだろう。
相手、不法侵入者。
私、被害者(兼部屋の主)。
こんな状況の中でも…いや、こんな状況だからこそか。
先ほどまでの動揺が麻痺したように、落ち着いて機能し始めた頭で考えた私は…。
「むむ。(えい。)」
思い切りよく、不法侵入者の足を踏ん付けた。
「………、○×△◎#$~~っ!?」
声にならない、不法侵入者の悲鳴が響いたのはそれからすぐのことだった。
「で?結局、アンタは何なの?」
「えと…あの、星泥棒、です。」
「しばくぞ、メルヘン野郎。」
何が星だ。
思いっきり私に足を踏みつけられて悶絶した不法侵入者。
彼は現在、私の前に正座して怯えている。
…そんなに私が手に構えているGペンが怖いのだろうか?
確かに先端尖ってるけど、闇夜にも煌めくトンガリ具合だけど。
すっかり怯えている不法侵入者…年齢は、おそらく私よりいくつか上だろう。
身長も私よりよっぽど高いくせに正座した上に縮こまっている。
印象的なキラキラした金色の髪と瞳。肌は…かなり白い。
外国の人かなと考えたものの、顔立ちは日本人っぽい。
ハーフとか、クォーターとかなのかな。
まぁ、とりあえず美形といえる見た目である…不法侵入者でなければ私は心の中で
「眼福だな」と満足していただろうに。
そんな私の複雑な心境に気付くわけも無く、彼はぶるぶると全身を震わせて目に涙を浮かべ、
ごくりと唾を飲み込んで口を開いた。
「ごめんなさいごめんなさい許してくださいお願いします…っ。」
どんだけ怖いんだ、お前。
「…謝罪はいい。
で?やっぱ泥棒なわけ?何も無い我が家に何を盗みに来たのかな。
『間違えて入りました。』とかじゃないよね?人の睡眠時間を奪っておいて?
うふふふ、返答によってはド突くぞ。」
「目が笑ってない声が怖い許してっ!お願いしますっ!」
「謝罪はいいっつってんだろ。」
超がつく程の笑顔で告げる私に、ヒィッ、と小さく呻く。
そして彼はしどろもどろで言葉を紡いだ。
「あのっ、ですからっ、さっきも言ったとおりなんです!星泥棒なんです!俺っ!」
「星いらん。」
「あ、はい!泥棒です!…違う違う違う!星抜いたら意味変わっちゃうよっ!」
「ほほう、やっぱりドロボウなのね?」
「話を聴いてぇぇぇっ!」
「あはは、言い訳は見苦しいな。黙ろうか?」
さて、どう処断してくれよう。
私が言外に「覚悟できてんだろうな。」と告げた後、Gペンを力強く握り締めるとまたも
引き攣った悲鳴を漏らすドロボウ。
「違います!あのっ、あのっ、ですから、星泥棒なんです!
泥棒とは言いますけど、厳密にはドロボウじゃなくて…あのっ、だから…!」
「わかるわけねーだろ。」
「いやああああああっ!
それ振りかぶらないで怖い笑顔しないで殴らないでええええっ!」
心底、といった様子でビクビクと、小動物のようにデカイ図体を縮こまらせて怯えるドロボウ。
そして…
「うぅ、ヒック…せんぱいぃぃ~っ!助けてえぇぇぇ…っ!」
「…あれ?なんか、本気で泣いてない?」
訝る私を他所に、気が付くとドロボウは本気で床に額を擦りつけ、泣いて土下座していた。
初投稿です、どうぞよろしくお願いいたします。




