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ノスタルジックフレンド

作者: 茶猫

友達が夢に出てきて、懐かしかったのでそれを題材にちょっと短編 



高校三年、夏休み。

朝からうだるような暑さの中で、机にかじりついて勉強をする。

扇風機と、時折おこる自然の風の涼しさ。

垂れる汗がノートにシミを作る。


「どこかにいきたい……」


どこに行きたいかもわからずに、口をついてでた言葉は風鈴の音にかき消される。

なんだか、何かを忘れてしまっているようで、なんとなく寂しい気持ちになる。

こんなに暑いというのに、とても眠たい。

我慢できずに、オレはノートの上に突っ伏して、次第に寝息をたててしまった。





***************************





「おい! コウちゃん! おいッ!」


ぱちりと目を開く。

そして────


「冷ってぇぇッ!?」


いきなり水をぶっかけられて、反射的に飛び起きる。

体はぐしょぐしょに濡れ、真っ白いシャツとパンツまでしみ込んだズボンが気持ち悪い。


「よかった、コウちゃん、いきなり倒れたんだ、心配したんだぞ」


目の前の少年が、びしょびしょになったオレを見て、安心した表情になっている。

オレは、なんだか頭が働かなくて……。


「……オレ、一体……」

「キャッチボールしてたらいきなり倒れたんだよ、コウちゃん、帽子もしないし、水も飲まないからだよ、きっと」


どこで会ったか、ああそうだ、確かコイツの名前は────


「ケンちゃん」

「ん? なんだよコウちゃん、大丈夫ならキャッチボールしようぜ、俺の水筒の水、半分こしよう、無理なら帰ろうか?」


ケンちゃんが、元気な顔になってオレを誘う。

返事なんて決まっている。


「無理なわけ、ないだろ!」


ケンちゃんの元気な顔に負けないよう、笑顔で返す。

よっしゃ、と一言ケンちゃんが言うと、二人で立ち上がって距離を取る。

なんだか、大切なことを忘れている気がするけど、オレは気付かない。


「じゃあ、コウちゃん行くよ!」

「こい! ケンちゃん!」


ケンちゃんの手から放たれたボールが、ちょうどオレの胸元に構えたグローブへと収まる。

パンッ!という乾いた音が響き、そのままグローブへと手を突っ込むと、収まったボールを握る。

なんだか懐かしい感じがして、思わずにやけてしまう。

その表情を見られたのか、ケンちゃんが遠くから話しかけてきた。


「何ニヤニヤしてんだよー! 早く投げ返せよー!」


グローブと手で作った筒で、大きな声を出すケンちゃんに、オレも同じく声をだして、ボールを望みどおりに投げ返す。


「べつにー!」


指から離れ、回転するボールはスピードを上げて、ケンちゃんのグローブへと収まった。


違和感。

少しだけ、忘れていたことが思い出される。


「なー! オレ倒れてる時さー! 変な夢みたんだー!」

「えー! なにそれー!」


何度も繰り返される、ボールをただ投げ合う動作に合わせて、オレとケンちゃんが会話を重ねる。

乾いた音とともに、たまにくる指へのしびれが、何とも心地よい。

そして、もう一度違和感。

しかしそれは違和感ではなく、記憶だった。


「なんかさー! オレがー……」


言い出した言葉が止まる。

ケンちゃんが投げたボールがオレの頭上を越え、後ろに転がる音が聞こえるが、オレの固まった思考を動かすことはない。

そんな様子を不審に思ったケンちゃんが、オレに近寄ってきた。


「どうしたんだよ、コウちゃん」

「夢、みたんだ、オレがさ、勉強してる夢、でもそれは夢じゃなくって、ケンちゃん……君は誰だっけ?」


瞬間、音が消える。

周りの風景が消えて、真っ暗になるが、目の前のケンちゃんという少年だけは見える。

少年は、オレをじっと見据えると、ふふっと笑って喋り出す。


「なんだ、もうバレちゃったのか、寂しいから、君を連れて行きたいんだ、一緒に来てくれないかな?」


ぞわりと、背筋に悪寒が走る。


「……嫌だよ、だって、そんな、嫌だ……」


拒否しないと、もう戻れないかもしれない。

なぜか、そう不安になって、だんだん恐怖心が高まっていく。

だが、そんなオレの気持ちとは裏腹に、少年は寂しそうな顔をして、そう、とだけつぶやいた。


「ん、嘘だよ! キャッチボールがしたかっただけ、楽しかったよ、コウちゃん」


ほんの少しの間だけの寂しい顔が消えると、笑顔で自分を見る少年。


「夏休み、楽しいといいね、コウちゃんはまだ生きてるんだから、俺の分まで楽しんでよね!」


そんな少年の言葉を聞くと、オレの意識はもう一度闇に溶けていくのだった。






******************************************






綺麗な風鈴の音と共に、意識が覚醒する。

変な夢だった。

外を見ると、だいぶ寝ていたようで、もう太陽が沈みかけていた。

夕焼けに染まった部屋で、先ほどの少年を思い出す。

どこかで、見たことがあったような気がしたからだ。


「どこだったかな」


呟いて、思い出す。

あの子は、あの少年は……。





それから間もなくして、母親の言葉により、あの子が近所にいたケンタ君だったことがわかった。

当時、小学三年生の時の同級生で、熱中症で倒れた友達。

なぜ、今まで忘れていたのか、なぜ、今になってオレの夢の中に出てきたのかはわからない。

だけど、ケンちゃんが夢に出てきてから、胸に突っかかっていたものが、取れた気がした。

感じていた寂しさが消え、懐かしさがこみあげる。


後日オレはケンちゃんの家に行き、仏壇に線香と、二人が大好きだった野球のボールを供えるのだった。


読んでくださり、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして。 ジャンル分けはホラーですが、ほんわかしていて、読後感がいいお話でした。文章にも無駄がなく、読みやすかったです。主人公の「オレ」がケンちゃんの分まで生き抜いてくれるんじゃないか…
[良い点] 夏の雰囲気が出ていて、胸が温かくなりました。 短いのにじんわり来る良さが良いですね。 [気になる点] オチか導入に一工夫欲しかったかも?
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