ノスタルジックフレンド
友達が夢に出てきて、懐かしかったのでそれを題材にちょっと短編
高校三年、夏休み。
朝からうだるような暑さの中で、机にかじりついて勉強をする。
扇風機と、時折おこる自然の風の涼しさ。
垂れる汗がノートにシミを作る。
「どこかにいきたい……」
どこに行きたいかもわからずに、口をついてでた言葉は風鈴の音にかき消される。
なんだか、何かを忘れてしまっているようで、なんとなく寂しい気持ちになる。
こんなに暑いというのに、とても眠たい。
我慢できずに、オレはノートの上に突っ伏して、次第に寝息をたててしまった。
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「おい! コウちゃん! おいッ!」
ぱちりと目を開く。
そして────
「冷ってぇぇッ!?」
いきなり水をぶっかけられて、反射的に飛び起きる。
体はぐしょぐしょに濡れ、真っ白いシャツとパンツまでしみ込んだズボンが気持ち悪い。
「よかった、コウちゃん、いきなり倒れたんだ、心配したんだぞ」
目の前の少年が、びしょびしょになったオレを見て、安心した表情になっている。
オレは、なんだか頭が働かなくて……。
「……オレ、一体……」
「キャッチボールしてたらいきなり倒れたんだよ、コウちゃん、帽子もしないし、水も飲まないからだよ、きっと」
どこで会ったか、ああそうだ、確かコイツの名前は────
「ケンちゃん」
「ん? なんだよコウちゃん、大丈夫ならキャッチボールしようぜ、俺の水筒の水、半分こしよう、無理なら帰ろうか?」
ケンちゃんが、元気な顔になってオレを誘う。
返事なんて決まっている。
「無理なわけ、ないだろ!」
ケンちゃんの元気な顔に負けないよう、笑顔で返す。
よっしゃ、と一言ケンちゃんが言うと、二人で立ち上がって距離を取る。
なんだか、大切なことを忘れている気がするけど、オレは気付かない。
「じゃあ、コウちゃん行くよ!」
「こい! ケンちゃん!」
ケンちゃんの手から放たれたボールが、ちょうどオレの胸元に構えたグローブへと収まる。
パンッ!という乾いた音が響き、そのままグローブへと手を突っ込むと、収まったボールを握る。
なんだか懐かしい感じがして、思わずにやけてしまう。
その表情を見られたのか、ケンちゃんが遠くから話しかけてきた。
「何ニヤニヤしてんだよー! 早く投げ返せよー!」
グローブと手で作った筒で、大きな声を出すケンちゃんに、オレも同じく声をだして、ボールを望みどおりに投げ返す。
「べつにー!」
指から離れ、回転するボールはスピードを上げて、ケンちゃんのグローブへと収まった。
違和感。
少しだけ、忘れていたことが思い出される。
「なー! オレ倒れてる時さー! 変な夢みたんだー!」
「えー! なにそれー!」
何度も繰り返される、ボールをただ投げ合う動作に合わせて、オレとケンちゃんが会話を重ねる。
乾いた音とともに、たまにくる指へのしびれが、何とも心地よい。
そして、もう一度違和感。
しかしそれは違和感ではなく、記憶だった。
「なんかさー! オレがー……」
言い出した言葉が止まる。
ケンちゃんが投げたボールがオレの頭上を越え、後ろに転がる音が聞こえるが、オレの固まった思考を動かすことはない。
そんな様子を不審に思ったケンちゃんが、オレに近寄ってきた。
「どうしたんだよ、コウちゃん」
「夢、みたんだ、オレがさ、勉強してる夢、でもそれは夢じゃなくって、ケンちゃん……君は誰だっけ?」
瞬間、音が消える。
周りの風景が消えて、真っ暗になるが、目の前のケンちゃんという少年だけは見える。
少年は、オレをじっと見据えると、ふふっと笑って喋り出す。
「なんだ、もうバレちゃったのか、寂しいから、君を連れて行きたいんだ、一緒に来てくれないかな?」
ぞわりと、背筋に悪寒が走る。
「……嫌だよ、だって、そんな、嫌だ……」
拒否しないと、もう戻れないかもしれない。
なぜか、そう不安になって、だんだん恐怖心が高まっていく。
だが、そんなオレの気持ちとは裏腹に、少年は寂しそうな顔をして、そう、とだけつぶやいた。
「ん、嘘だよ! キャッチボールがしたかっただけ、楽しかったよ、コウちゃん」
ほんの少しの間だけの寂しい顔が消えると、笑顔で自分を見る少年。
「夏休み、楽しいといいね、コウちゃんはまだ生きてるんだから、俺の分まで楽しんでよね!」
そんな少年の言葉を聞くと、オレの意識はもう一度闇に溶けていくのだった。
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綺麗な風鈴の音と共に、意識が覚醒する。
変な夢だった。
外を見ると、だいぶ寝ていたようで、もう太陽が沈みかけていた。
夕焼けに染まった部屋で、先ほどの少年を思い出す。
どこかで、見たことがあったような気がしたからだ。
「どこだったかな」
呟いて、思い出す。
あの子は、あの少年は……。
それから間もなくして、母親の言葉により、あの子が近所にいたケンタ君だったことがわかった。
当時、小学三年生の時の同級生で、熱中症で倒れた友達。
なぜ、今まで忘れていたのか、なぜ、今になってオレの夢の中に出てきたのかはわからない。
だけど、ケンちゃんが夢に出てきてから、胸に突っかかっていたものが、取れた気がした。
感じていた寂しさが消え、懐かしさがこみあげる。
後日オレはケンちゃんの家に行き、仏壇に線香と、二人が大好きだった野球のボールを供えるのだった。
読んでくださり、ありがとうございます。