警察。
警察が、来た。
あいつ、届いた興奮のあまり稼働させやがったんだよ。二台目のバルカン。もちろん弾は入ってなかったから良かったんだけど、突然砲身がぐるぐる回転しだしてさ、すっごい音なんだよ。びっくりしてあいつのほう見たら赤いスイッチ押したまま呆然としてるんだよあのバカ。
「早くそのボタンから手を放せよ!」
大声で叫んだんだけど、いまいち聞こえてないのかな。ずっと押しっぱ。しょうがないからコントローラーをひったくって、なんとか収まったんだけど。僕がなんか言っても、あいつずっと無言だった。
そしたらさ、案の定ピーポーだよ。仮にマンションの入り口に仕掛けたセンサーが無かったって僕らのとこにくるってわかるよ。いやぁ、焦ったね。人生崩壊の危機を初めて感じたよ。僕はもうとんでもないところまで足を突っ込んでるのに、いまさら常識に気づいたんだ。
「警察が、このバルカン見たら、なんて言うだろうな」
「確かに、もう、いっそのこと、ばーんって見せて、模型かなんかって言っとく?」
「それかこれで迎え撃つか。前作った『玄関自動開閉マシン』仕掛けて開いたら俺達がこれに跨って…」
「いや、それよりもさ、警察を中に入れてから…」
だんだん、二人とも興奮してきちゃったんだよな。焦りよりも、楽しみのほうが勝ってきてたんだ。なんだか流れが澱んできたところに、久しぶりにでかい何かがきたんだよ。それに二人とも気づいてて、二人とも、なんて言うか、「一緒」っていう共有の感覚があったんだ。それってすっごくあったかいもんなんだよ。この感覚はとても伝えにくいものなんだけど、とても懐かしい感覚。
そうこうしているうちに、ぴんぽーんと間の抜けた音が響いた。
沈黙。二人、目を合わせる。さっきのは、なしで。二人とも、こういうのはなんていうのかな。「ガチで」、やばいって思った。
ピンポーン
僕達は無言でベランダの窓を開け、バルカンをそっと二本重ねて置いた。いま思い出すととてもシュールな光景だったんだけど、さすがに僕らはビビりだしていてそんな余裕はなかった。ばれたら、この計画が全て終わりになるどころか、自分達の人生が危うい。
ピンポーン
二回目のチャイム。
「すいませーん。警察の者なんですが、ちょっとお話を窺えないでしょうかー?」
軽い口調を装っていても、その芯に響く声には硬い緊張が含まれていた。
「はい。」
僕が扉を開けた。顔を見られるけれど、もう、仕方ない。あいつは風貌が風貌だから、風呂場に隠しておいた。
「あのー、先ほどこのマンションに住む方から、この部屋から大きな音がしたという通報をいただきまして」
「あー、はい。」
僕らの間にはなんの策も考えていなかった。僕らは、本当に、馬鹿だった。後悔が、おしよせてきていた。
「できれば、部屋の中を見せていただいても大丈夫ですかね?」
二人の警官の内、一人の、少し腹の出たおっさんがじっと僕を見つめてそう言った。部屋には、火薬、基盤、配線、工具類、計測機器などがテーブルに山と積まれている。
「いや、あのぉ、ちょっといま散らかってて…さっきの音はテレビが倒れちゃった音で…ご迷惑をおかけしてすいません」
なんとか、これで切り上げたかった。
「そうですかー。でも、一応我々も仕事で来たので、少しだけ、部屋の中を見せてもらっても構わないですかね?」
もう一人の若い警察官が、不審な目で僕を。
僕はビビりだった。弱かった。プログラムで力をつけて調子に乗っていただけの、ただの子供だった。「任意を断ると公務執行妨害でやられる」という知人の言葉がいまさらになって響いてきた。
僕が黙っていると、「いいですね?」と言いながら割って部屋に入ってきた。
侵入。ぼくらのアジトに、警官が。
全てが崩れていく音がした。もう、ぼくはみっともないほどに震えていた。涙目になっていたし、いろんなことが頭をよぎった。離婚した両親のこと、その彼らの両親のこと、自分の人生。大学のこと。友達。今後の未来。
未来。
ゆっくりとした足取りでリビングに向かうと、二人の警官が無言でテーブルを見つめていた。
「君は、なにをしていたんだ」
後ろから、ドアがバタンと締まる音が聞こえた。ああ、やられたなって、二人の警官に見つめられながら、呆然と思った。