爆弾。
おっさんのパソコンにある文書は全て例の記号で書かれていた。
次々とファイルを開いていくあいつを尻目に、僕はなにかが引っかかっていた。僕たちはあの記号類が実際の文字とどう対応してるかをまず知らなくちゃいけないわけだけど、
「あっ」
あいつが手を止めてこちらを振り向いた。ゴーグル越しに、じっと僕を見ていた。僕に全てを任せたというように。
「キーボードだ。キーボードだよ。ほら。」
パソコンに接続されたキーボードは、僕らの見慣れたキーボードだった。ただ、どれがどの文字かは、書かれていない。無刻印キーボードだ。
「どれがどれかはわからないけど、並びは僕たちが使ってるのと全くおんなじだよ。ということは、アルファベットとこの記号は一対一の対応関係に・・・」
と言う前にあいつはもうテキストエディタを開いていた。
「全部撃ち込んでやる。」
左上から順にキーを叩くと、案の定ディスプレイに記号が並び始めた。
「まさかqwerty配列なんていう単純なもんじゃないよな?なあ?」
声が揺らぐ。わくわくしてるんだ。楽しくて叫びたいのを僕らはさっきからずっと堪えてる。
「それは帰ってから解析しよう。とりあえず、それも含めて、全データディスクに焼いて、さっさと帰ろうよ。」
僕はしんと静かになって動かないおっさんを気づかれないよう、それでもそっと垣間見ながら急かした。嫌な予感がする。急に、嫌な予感がしてきた。
「ああ。そうだな・・・。今、不法侵入してんだったな。さっさと帰るか。」
僕はなぜかおっさんから目が離せなかった。なんだ?なにをするつもりだ?
「おい、おっさん。」
僕は、堪え切れなくなっておっさんを呼んでみた。あいつもおっさんの存在を思い出したように振り返った。
ピー、ピー、ピー、ピー
とどこかで電子音が鳴った。くぐもって聞こえる、すごく微かな音だ。あいつは発信源がどこか、首を振って探したけど、僕はわかった。
「ディスクに、全部コピーした?」
「あ?いや、まだ30%しか」
「ディスク抜け。はやく。」
電子音の鼓動がだんだん早くなる。
「はやく!はやく!はやく!」
あいつは言われるままあわててコピーを中断し、ディスクを抜き出した。
「逃げるぞ。逃げるぞ!やばい。」
動かないおっさんの頭から、だんだんと電子音が大きく早く鳴る。
「まさか」
僕はあいつの腕を引っ張って部屋を出た。重い樫の木の扉を開け僕とあいつは必死で長い廊下を走った。
悲鳴がたくさん聞こえる。たくさんの赤と青の光が交互に散りばめられ目がチカチカする。救急、消防、警察全部のサイレンがごちゃまぜになって耳にわんわん響く。
「あ、危なかったな・・。」
まだ煙の立ち込めるあのビルを眺めながら、荒い息をつきながら壁にへたりこんだ。自分の腕、足が自分でもびっくりするくらい震えている。
死ぬところだった。僕は、仮におっさんの頭に入った爆発物が爆発したとしても、脳を破壊する程度だと思っていた。だから、あの部屋さえ出れば、まあ、助かるだろうという打算はあった。
けれど、実際は違った。ここからも見えるように、あいつのいた階とさらに上下階二つを吹き飛ばした。
僕たちはなんとか、間に合った。爆発が予想よりもはるかに遅かった。あのあと僕たちは非常階段を駆け下り、もう少しでビルから出れそうだと思うくらいには降りられていた。それでも衝撃は強かった。ビル全体が揺れ、警報装置が鳴りっぱなしだった。パニックに陥った社員たちに紛れて外に出るのは簡単だった。
「ディスクは?」
あいつは笑ってポケットから生のディスクを取り出した。少しの傷もなかった。
「だいぶ、時間あったからな。」
ディスクをケースに入れながら、あいつはため息をついた。
「ただ、あのまま全部コピーしていたら、死んでたな。」
あのおっさんは、僕らのせいで死んだ。自分で起爆させたのか、それとも、誰かがコントロールしたのかはわからない。けれど、おっさんが死んだのは事実だ。そして僕らも、もう少しで、死ぬところだった。
「こんな経験、初めてだな。」
あいつがブーツの踵と踵を合わせながら言った。
「こんな経験、初めてだ。」