私室、そして色
「とにかく、それだけは伝えておこうと思ったんだ。」
「う、うん」
僕は実際のところ、こういうときどうすればいいのかさっぱりわからなかった。あいつの言っていることも、どうして急にそんな事を言いだすのかも、全く分からなかった。想像しようとしても、頭の裏側の北極星がある方角の方がじんと熱くなって想像できているのかどうかよくわからなくなる。
エレベーターはすでに音もなく84階に達し、スチールの扉をありありと開けていた。
「こっちを見なよ」
とにかく僕にはあいつにこっちを見て欲しかった。
「うん?」
お互いがゴーグルをつけていたから、どんな表情なのかはよくわからなかった。でも、こうしてお互いが向き合う事が大事なんじゃないかとそのときの僕はそれしか考えられなかった。
「おい」
「なんだよ?」
「こっちを見なよ」
「見てるだろ。」
「よし」
「行こうか。」
大口を開けたエレベーターのすぐ前は一面ガラス張りの窓だった。他の様々なビルがそそり立っている。その中の一角に、僕らはいるのだ。
ぴかぴかの黒い革靴で、深みのあるグレーの絨毯を踏む。
通路に出てすぐ右に曲がると、そこにおっさんがいた。
というか、エレベーターを出てすぐ左側にはなにもないただの木目が美しい壁で、僕らは右に行かざるを得なかったんだけれど、右に向いてしまうと、もうすぐに小さな部屋に通じていて、というかその部屋と一体に癒合していて、その中におっさんがただ一人、いくつものディスプレイと巨大なタワーサーバーに埋もれて小さな椅子に座っていたのだった。
おっさんは黒くて艶のあるキーボードをたたきディスプレイを必死に睨んでいた。
僕とあいつはある意味で途方に暮れた。困り果ててしまった。エレベーターに乗ってきたはいいけれど、それはオフィスフロアに通じているのではなく、おっさんの私室そのものに繫がっていたのだ。出口は、エレベーターしかない。ここには非常用の扉すらない。
おっさんの悲鳴を思いだす。
できればあまり関わりたくないな。そういう旨をあいつに送るとでもここまできたんだぜ?でもここだと逃げ場がないじゃないか、俺達は二人いるから大丈夫だって、いや、あいつは頭が…。
視線を感じた。