ドア。
決行の朝、土曜日。時間は、確か10時半。
「土曜日は塾じゃないの?」
「塾だよ」
「え、なら行かなくていいの?」
「行ったことになってる」
「…へぇ、そう」
「まぁ、いつかはばれると思うけど、そうなっても何とかなるでしょ」
「これが親にばれたら、大変じゃない?」
小学4年から毎日塾に通わされたガキの家庭環境については少しだけ想像がついたし、話にも聞いていた。
「その時は、そのとき」
じゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ
「しっかし、うちのトイレはどうしてこうも流れる時間が長いかね」
洗った手を自分の服で拭きながら言う。
「さて、それじゃ、ガキ。準備はできてるか?」
「準備もなにも、ただシール貼るだけじゃん」
そして相手がそれにキレたらクロ。キレなかったらシロ。
なんだかなあ。
「では、行って参ります」
「おう。頼んだぞ」
「まぁ、いざとなったら僕らが出ていくから…」
がしゃ
「よし、球根開始」
球根とはあいつが発明した盗聴器の事で、お医者さんがよく首に下げてる聴診器から取り出した音をさらにデジタルで波長を増幅させる仕組みだ。それならこのマンションのドアの内側に張り付けるだけで音がちゃんと拾える。ちなみにノイズを消してよりクリアに聞こえるように改造したのは僕だからね。なぜか球根って呼ばれてるけど。
せめて吸根にしてあげたらいいのに。
まずは向かって右の人にアタックだ。
「ピンポーン」
…シーン。
「いないんじゃない?」
「土曜の午前だろ。いるに決まってるよ」
がしゃ
「はい。」
出た。女性だ。
「こんにちは」
それを合図に貼るようにしてあった。
「うん…?かわいいシールだね」
「シロ。」
「シロだね」
「ならこっち側の奴だな。」
「そう上手くいくかなぁ…」
そう言いあってるうちにガキはなんとか話をまとめて終わっていた。
次、こっち行くね。覗き穴からあいつが指で示しているのを確認する。まぁ、あいつの説が正しければ、消去法的に次がクロになるわけだから、緊張するのも当然と言えば当然なんだけど、ちょっとお前、顔の汗多すぎだぞ。
「ピンポーン」
…しーん。
「すいませーん」
ガキがアドリブを利かせる。自分が取るに足らない単なるガキだということの必死の証明だ。
しーん。
1秒、2秒、3秒、4、5…
だめか。
がしゃ
「なんでしょう」
あいつの顔が上がる。おっさんの声。まとわりつくような、粘っこい声。
「こんにちは」
過ぎゆく一瞬の間。
「何なのかな、これ」
「いや、すいません。実は、これ学校の」
「君ここに住んでるんだよね。何号室?」
「いや、ほんとにすいま」
「何号室?親と話がしたいんだけど」
「逃げろ。」
無線で指示が飛ぶ。
「おい。待て。おまえ、」
キーーーーーーーーーーーーーーーーン
男が急に高い声で叫び狂ったんだ。拡大された波長は球根をあっけなく破壊した。
隣の部屋のドアが閉まる音だけが聞こえた。追いかけたのか。部屋に戻ったのか。
予想を超えた反応に次にどうするかが全く思い浮かべられずに固まっていると、ぶるると僕の携帯が震えた。
「はぁ…はぁ…いやぁ、びっくりした」
「大丈夫?」
「うん。あいつが通報したんだね…あいつ、頭がおかしいよ」
時間を開けて、もう一度三人で集まった。
「どうするか、だな」
あれは、尋常じゃなかった。
「とりあえず、あいつの行動パターンの把握。盗聴。それであいつがいない時に部屋を探索する。」
え…
「探索って?」
「あいつの部屋がどんなのか気になる。」
「いやいや、そこじゃねぇよ。どうやって探索なんてするんだよ。ピッキングの技術でも持ってんの?」
「いや、ここの鍵だと無理だ。というよりも、探しに行くのは何も俺達じゃなくてもいい。」
「あー…」
作るんですか。
「そういうこと」